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Chapter:0017

「あーあ。マジで一気にお尋ね者じゃねぇか」


 顔を布で巻いて異民族の扮装をした男たちが、新聞を広げて呆れたようにため息をつく。


「見てみろよ、マーチンボルグ。下っ端のヘイズまで写真が載ってやがるぜ」

「あいつ、なんか喜んでいると思ったらこれのことか……馬鹿なやつ」


 陸に上がった海賊たちは、食料補充のため久しぶりに揺れない大地を歩いているのだが――……港に船を停めることができないのはいつものこととして、少し歩いただけで騎士に出会うこの厳戒態勢には辟易した。


「で、食料を積んだあとはどうするんだ」


 マーチンボルグが膝を撫でながらそう言えば、目元まで布で覆ったバーレスクは新聞を折りたたむとテーブルの上に放り投げて空を仰ぐ。


「そうさなあ……」


 船守を失った痛手はでかい。

 こうなってしまっては新たに雇うこともできないし、そもそも市香より優れた船守などいないのだ。

 どうやって船を守るかが要になってくるが、果たしてあの指輪を探し続けることに意味があるのかと悩み始める。

 そんなときのことだった。


「船守をお探しなら私なんてどうかしら?」


 顔をあげれば、つい先程別れたばかりの女。


「キツネ……!?」


 マーチンボルグが勢いよく椅子から立ち上がったので、椅子は音を立ててひっくり返った。


「何故ここにいる……!」

「何故って前の契約をクビになったから、就職活動をしているところだけど。楽しそうな話が聞こえたので声をかけたの」

「そうじゃねぇ! だいたいお前、こんなの協会が許さねぇだろうが!」


 それはそうだ。

 いくら市香が金さえ払えば悪魔とでも契約をすると言われていたとて、国を敵に回すような依頼は協会が許さない。

 しかし、もう遅いのだ。


「…………」


 少し黙って、なんと言えばいいのか迷った。

 正直に言ってしまえばもう少し一緒にいたいと思ったからだが、それを正直に言うのははばかられる。

 どうしてもう少し一緒にいたいと思ったのか、市香にもはっきりと理由がわかっていないからだ。ただそう思ってしまった。


「なんか……中途半端は嫌っていうか……」

「仕事熱心なのはいいが、この件だけは手を引け。手を引いたからってお前がどうこう言われることはねぇだろうさ」


 呆れたようなバーレスクの声にムッとした表情を浮かべ、口をとがらせる。


「いやでももう副協会長ぶん殴って飛び出して来たから後に引けないし、いくつか掟破ってるから逃げ切らないと船守の牢に入れられるところまで来てる」


 二人の男の動きが止まる。


「さらば……って格好つけて出てきちゃったし。戻っても審議にかけられて一番大事なものを盗られるくらいなら、もうとことん好きにやっちゃおうかなって」

「なっ……ば……」

「だって指名手配されたから手を引けとか言われてもねぇ? そんな理由で依頼を断るって保身的すぎない? 手のひら返しもいいところでしょうに」


 何故そんな馬鹿な真似を。

 言われたとおりにしておけば身の安全は確保されただろうに。

 そういったような言葉が浮かんでは消え、何度か口を開き、そして諦めてため息をついた。


「……キツネ殿は噂に聞くよりだいぶ熱いお方らしい」

「悪かったわね、短気で」

「後先考えないのは馬鹿のすることだぜ」

「でもなんとかする力があるわ。違う?」


 全く違わない。

 だからこそタチが悪いのだ。

 船守協会が何を恐れているのかを知らないのかと怒鳴りたくなる。


「がはは! いや武者震いがするぜ。あのキツネが協会に反旗を翻して世界的な指名手配犯になった俺らの仲間になるんだろう? 諦めろよ船長、こいつぁ世界一の馬鹿だぜ」

「はあ~……」


 手で顔を覆い、特大級のため息をつく。

 最近ため息しかついていないような気がして、バーレスクは思わず笑ってしまう。


「理由は?」


 そう問えば、市香はわずかに眉をひそめて顎に手をあてた。


「正直自分でもよくわかってない。でも強いて言うなら……あなたが……私を理解しようとしてくれているから、かなあ……」


 とても小さな声で言ったのに、それはしっかり届いていたようで。


「……ふーん」


 バーレスクはわずかに口角を上げると、ぽんと市香の頭を叩いて首を傾げた。


「では契約続行といこうか、キツネ殿。どうあがいても絶望的な依頼だが、我々はキツネ殿を信用している」


 すぐに下を向いたが、バレただろうか。嬉しくて口角が上がってしまったのを。

 そう思ってから面をしているのを思い出し、市香は恥ずかしさを隠すために小さく「了解」とだけ言った。



 + + + + +



「取り敢えずは食料を積んだらすぐ海に出る」


 そろそろ荷積みも終わっただろうと膝を叩き、三者は船へと向かった。

 道すがらどうやって家出してきたんだとからかわれながら、市香たちはのんびり船へと歩いていく。

 しかしそんな時間は長くは続かなかった。


「お頭」


 建物と建物の隙間から声をかけられ立ち止まれば、顔を青くした船員が身を潜めている。


「どうした」

「夕刊はもう見ましたか?」

「いやまだだ」


 差し出される新聞。

 そこには「バーレスクの正体は王弟殿下!! 船守はあのキツネか!?」という見出しがある。

 自然と出た舌打ちは誰のものだったか。


「船守協会はキツネを反逆者としているようです。国と船守協会が組んで動き始めています」

「はあ~全く面倒なことになったな。情報が早すぎるだろうが。予め仕組んでいたのか? ったく――急ぐぞ」


 皆無言で足を速める。

 向かいからやってくる騎士を人混みに紛れてやり過ごし、なんとか街外れの船着き場までやってきた。


「お頭ぁ! すぐにでも出れやすぜ」

「悪いな」


 垂らされた縄梯子を登り始めたのと同時に、船は海へと繰り出した。


「全部ミールが漏らしたのかな」


 市香の低い声に、バーレスクが肩をすくめる。


「俺のことに関して言えば元々知っているやつは知っているからな。混乱に乗じて色んなやつが通報しているさ。だが王族はこんな情報が出回らないように新聞社に圧力をかけていたんだ。それがこうも簡単に情報が出るってことは――」


 爆音が鳴る。


「いよいよ腹をくくって大捕物をするって決めたってこった。貴族連中は暇人が多い。最高の見世物だろうさ」


 他人事のようにそう言った次の瞬間には、ワンテンポ遅れて爆風が船を襲った。


「敵襲ー!!」


 気配に気づいて陣牢を張ったが、それでもわずかに遅れて船が軋む。


「ところでキツネ殿。反応が遅いな。年でもとったか?」


 バーレスクがからかうように市香を笑うが、市香は全く笑えなかった。

 気配は確かにあった。しかしそれは遥か彼方にで、こんなふうに攻撃をしてくることができる距離ではなかったのだ。


「多分だけど船守がいる」


 その声に顔をしかめたのはマーチンボルグだ。


「どういうことだ」

「敵意を持った気配はいくつかあって、すぐにでも攻撃してきそうなのは一キロほど先にあった。なのにこうもすぐ攻撃してくるってことは――」


 また近くで爆発が起こる。


「陣牢で兵隊や砲弾を守って気配を遮断してるんだと思う」

「なんだそれめちゃくちゃ厄介じゃねぇか」

「そんな事ができるやつなんて一人しか知らないし、正直私とそいつはクソほど相性が悪い」


 マーチンボルグは下品な言葉で悪態をつき、海に向かって唾を吐く。


「キツネ殿と相性の悪い船守などいたのだなあ」


 バーレスクが本気で感心したというように漏らすのを見て、市香は顔をしかめた。


「私だって無敵ってわけじゃないから」

「いや待て待て。まだ陸から離れていない。海も船もねぇのに船守がいるのか?」

「忘れたの? 私が国を落とした依頼を」


 その言葉に思わず半目になる。


「陸上戦ができるやつがいるってことか」


 ひとつ頷き、市香は唇を湿らせる。


「残念なお知らせだけど……さっきも言ったように陸上戦を得意とする船守は一人しか知らないの」

「誰だ」

「ミール・バートン――センチェルト協会の副協会長よ」

「ははあ、お前の親代わりか。わざわざ副協会長のお出ましとはな」

「いや、親じゃなくて天敵だから。今まで一度も勝てたことがない」


 自信満々に言うそれが、本当に相性が悪いのだなと思わせる。無敵と謳われた船守にも天敵がいたとはと感慨深いものがある。

 船の上にはただならぬ緊張が走ったのだった。

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