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Chapter:0016

「単刀直入に聞く。協会との通信で何の話をした」


 予想していた問に一度だけ頷くと、市香は腕を組んで壁に寄りかかる。

 バーレスクは執務机に座りながら、お気に入りの煙草に火をつけた。


三五(サンゴー)協定に則って依頼を終了させろと。あんた知ってると思うけど世界的指名手配されてるみたいよ」

「そうか。思ったより遅かったな」


 天井に向かって吐かれた煙は薄く部屋の中へ溶けていく。


「知っていたの……?」


 まあ近々そうなるとは思っていたが、と言うバーレスクに頭を抱え、市香は大きく息を吸い込んだ。


「指名手配の理由に心当たりは?」

「ありすぎるが」

「……そうでしょうね」


 そもそも海賊など犯罪者集団だ。心当たりがない方がおかしい。


「それで? キツネ殿はどうするつもりだ」


 ニヤニヤと笑いながら顎のあたりで手を組むバーレスクを、市香は舌打ちしながら睨みつけた。


「最後までやる」


 そう言った瞬間、バーレスクが心底驚いたというような表情をしたものだから、市香は思わず「え?」と漏らして目を細める。

 面食らったのは市香の方だ。


「驚いた。切り捨てると思ったぞ」

「切り捨てて良かったの? 多分だけどこの依頼、私以外の船守にこなせるとは思えない」

「まったくもって同意見だ」

「なら良いじゃない」

「何故そこまでするんだ?」


 それをお前が言うのかと呆れつつ、自分でもよくわからない“私情”で動いているという答えは出ていた。

 しかしそんなことを知られるのはプライドが許さなかったので、深呼吸しながら適当な理由を探す。


「まあ、レイヴンズチェストに挑める機会ってそうないし」

「取って付けたような言い訳だな」

「本当にムカつく男だこと」


 目を細めて睨みつければ、バーレスクが喉の奥でクックッと笑う。


「協会からはやめろと言われているのにやめないんだろう? 掟破りか? それともバレなければいいと思っているのか? 何にしても、お前もはれてお尋ね者と言うわけだ。まさか船守協会から犯罪者が出るたぁな」

「船守であれば殺人も合法で許されるのにね。変な国」


 皮肉を言えば鼻で笑われる。


「……ああ、ごめんなさい」


 この国の王子に言う言葉でもなかったかと謝れば、バーレスクは肩をすくめて煙草の煙を吐き出した。


「依頼を続けると言ってくれて実にありがたい。だがキツネ殿との依頼はここまでだ」

「――は?」


 思ってもみない言葉に一瞬反応が遅れる。


「そこまで巻き込むつもりはねぇよ」

「なんでよ!!」

「お前が部外者だからだ」


 市香は目の前が真っ赤になり、気がついたらバーレスクの胸ぐらを掴んでいた。


「部外者ですって? 強引に契約をして振り回しておいて今更言うに事欠いて部外者?」

「報酬は全額払う」

「はあ? 馬鹿にしないでくれる?」

「いや当然のことだろう? こちら都合のキャンセルなのだからな。今までの働きに敬意を払ってのことだ。受け取ってくれ」


 あくまでも事務的な態度。

 頭に血がのぼっていくのがわかる。


「正気……?」

「無論、そのつもりだが」


 なるほど、と細く息を吐く。


「すっかり忘れていたわ。これが仕事だって」


 勝手に期待して、勝手に仲間になった気になっていたのは市香だ。

 しかしバーレスクだって仲間だと思ってくれていたのではないかと苛立ちが募る。


「馬鹿みたい」


 与えられた自室の扉を乱暴に開き、少ない荷物を鞄に押し込む。

 その勢いに驚いた船員たちは、なんだなんだと入り口から顔を突っ込んだ。


「荒れてんな」

「どうした」


 口々に心配そうな表情で聞いてくるのを全て無視して、荷物をまとめ終わるのと同時に全員の顔を見渡した。


「クビになったわ。今までお世話になりました」


 それだけ言うと、市香は呼び止める声を無視して空へと飛び立ったのだった。



 + + + + +



「もうちょい言い方ってモンがあったんじゃねぇのか、船長」


 呆れたようにそう言うのは、部屋の中で事務仕事をしていたマーチンボルグだった。

 マーチンボルグは足が悪いので、いつも部屋の中で過ごすことが多い。自然と事務仕事をやることが増え、今では全ての事務仕事を一人で担っている。

 市香は気が高ぶっていて全く存在に気づいていなかったが、マーチンボルグは始めから終わりまでずっとソファに座って一連の流れを見ていた。

 マーチンボルグの言葉に渋い顔をしながら、バーレスクはため息をつく。


「あいつ馬鹿だからなあ。それに本人が気づいているかはわからないが、恐ろしく情に厚いしな」

「――まあ、追い出すにはアレくらいがいいのか。若者が無駄死にするのは好かねぇ。特に女が死ぬのはな」


 自分より遥かに年下の女が肩を怒らせて部屋を出ていく時、心が痛まなかったわけではない。

 しかしこれから自分たちの身に起こることを考えると、ああでもして追い出すのが最善だったとしか言いようがないのだ。


「状況は」

「最悪だぜ船長殿。アンタの家族は指輪を取り返すべくいよいよ動き出したって感じだな。なんで今更指輪を取り戻そうとしているのかはわからんが」

「すぐにでも来るか?」

「どうだかなあ。だがキツネの協会から通報があったようだぜ。キツネのやつは知らないようだが」


 全くあの協会は食えないやつだとボヤくマーチンボルグは、椅子に沈み込むようにして座るとチラリとバーレスクの方を見る。


「珍しいじゃねぇか。船長が人材を使い潰さないのは」

「まあな」

「なんでだよ」

「あれはそういうのじゃないだろう」

「春でも来たのか」


 ニヤニヤ笑いながらそう言えば、バーレスクも思わずといったふうに小さく吹き出す。


「ばーか」

「いいじゃねぇのいい加減に」

「いや、なんていうか……あれはほら。平気で人を殺すくせに、大事に育てられた貴族の娘みたいな純粋さがあるだろう?」


 わかる、と思った。

 あのアンバランスさが不思議でならないが、あの世間知らずさは世の穢を全く知らない幼子のようだと思った。

 一体どういうふうにして生きてくればああいう大人になるのかわからないが、マーチンボルグですら“こんな汚いオッサンどものお家騒動に関わらせるのは嫌だな”と思うほどに市香はどこかがおかしかった。


「海賊なんかと関わるもんじゃあねぇな」

「まったくだ」


 ゆっくり立ち上がると、マーチンボルグは棚にしまったラム酒を取り出す。


「俺のことは地獄まで連れて行ってくれよ、船長」


 それをグラスに注いでバーレスクに渡せば、バーレスクはニヤリと笑って一気にそれをあおったのだった。



 + + + + +



「ミール、いる?」


 怒り覚めやらぬといった表情で扉を勢いよく開けると、珍しく動揺したように視線をそらすミールがいた。

 ぽつりと心に疑惑が湧く。


「…………」


 別に何も言っていない。


「ねえ、やましいことあった?」

「……私は……」


 平気で嘘をつくくせに、肝心なときにこの男は嘘がつけないのだ。

 とくにその嘘で市香が傷つくとわかっているときには。


「何をしたの」

「イチカ、あなたは今冷静な判断ができない状況に――」

「そういうことが聞きたいんじゃなくて」


 拳を顔のすぐ横の壁に叩き込み、空いた手でミールの胸ぐらをつかむ。


「何をやったのか簡潔に言えって言ってんだけど」

「…………」


 ミールはしばらく迷った後、やがてため息をついて胸ぐらにある市香の手を解かせた。


「国にバーレスクのことを通報しました。協会の――市民の責務ですから」

「あなたの意思でなの?」

「……どうとっていただいても構いません」


 市香の眉間にシワが寄る。


「わかった」

「イチカ、私は――」


 次の瞬間、市香は船守の力を使ってミールの頬を思いっきり殴りつけた。

 軽く吹き飛んだミールの体は、受付台に置いてある備品を巻き込んで床へと叩きつけられる。


「さようなら、副協会長(ミール)


 それだけ言うと、市香は動かないミールを一瞥することもなく協会を出ていった。

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