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Chapter:0010

ちょっと長いです。

「ねぇ、依頼の第一優先は指輪を取り返すことであって、レイヴンズチェストの討伐ではないでしょう?」


 敵船から目を離さずそう言えば、視界の端でバーレスクが頷くのが見えた。


「まあ、殺してもいいが、指輪のありかがわからなくなるからなあ。殺したいなら指輪を見つけてからにしてくれ」

「物騒なこと言わないで。そういう意味じゃなくて、最悪殺したらどうしようって心配しただけ」

「国を落としておいて殺人の心配を?」

「うるさい。私はサイコキラーとは違うから、殺しの趣味はないの。あれは殺しの依頼だっただけよ」


 そりゃ失礼、とおどけた声が返ってくる。

 それを無視して、市香は大きく深呼吸した。

 ――さて、強がっては見たが、殺すどころか話にならないレベルだったらどうしようか。


「…………」


 正直全く相手の戦闘能力に予測がつかなかったが、船守としての仕事は果たすつもりだ。

 だが今回ばかりは市香にも不安が残る。


『私は恐らくキツネよりもだいぶ強いだろう。そちらから仕掛けなさい』

「めちゃくちゃ舐められてるな、船守殿」

「……腹立つわね」


 市香は血の気が多い。

 女一人でやってきたのは、この血の気の多さが大層役に立っていた。

 しかしそれが仇となる時もあり、今までに何度も命の危険に身を晒している。

 だから今回こそは挑発なんぞに乗らないつもりだ。


「まあ、やっていいって言うならやるけど」


 ――そのつもりだったのだ。先程までは。

 そう言うと、チラリとバーレスクの方へ視線をよこす。


「幼馴染って殺したらまずいの?」


 その瞬間、わずかだがバーレスクが言葉に詰まった。


「……ま、お任せだな。好きにしろ」


 その一瞬が答えだ。

 実に面倒臭い、と内心でため息をつく。

 市香の力はあまりにも強大で暴力的なので、こちらから打って出る戦い方をするときは人を殺さないというのが難しい。

 それに水上での戦いは実に不安要素が多い。地面が水であるがゆえに、意識喪失したまま水中に落ちてしまえば待っているのは死のみ。

 地面で寝転んでいても助かる地上とは違うのだ。


「殺さないわよ」


 そう言って駆け出した市香の背に、小さく「そりゃ重畳」と返ってきた。



 + + + + +



「ぐっ……ううっ……レイヴンズチェスト! 貴様何をする!」


 一方で、こちらは幼馴染の船の上。

 豪奢なつくりのそれは、明らかに戦闘をするような船ではない。そしてその船の主は貴族の若い男である。

 レイヴンズチェストに引き倒されて乱れた襟元を直しながら、男はレイヴンズチェストを睨みつけた。

 クルクルと綺麗にカールした金髪は乱れているが、整った顔を前にすれば髪の乱れなどどうでもよい。綺麗な碧色の目は宝石のようである。


「おや? 目が覚めたかね。もうじきここは戦場になる。船は壊れるだろうから、小舟にでも乗って避難すると良い」


 しかし目の前の男――レイヴンズチェストにはそんなことはどうでもよかった。

 貴族の紳士となんらかわりのない品の良い服装をしているが、ピエロのような面を付けているため、不気味さが拭いきれない。手にはめた革の手袋が、握り込む度にギチギチと音を立てている。

 髪は綺麗にシルクハットの中に押し込められているものの、わずかに見えるその毛の色は栗色をしていた。


「避難だと? 敵を前に何もせずに逃げるなど、私の騎士道精神に反する」

「騎士道などと言っている場合ではなくなるのだ。キツネは私より弱いが、君たちよりは遥かに強い。あの女は一国を一夜にして滅ぼした猛者なのだよ、ヨルダン君」

「そんなことが――」

「おや、知らないのかね? 常雪ハルクロウ公国血塗れの一夜の話を。その他にもいくつか国を落としているはずだが」


 その言葉に、ヨルダンと呼ばれた男は息をつまらせた。


「それから、戦場とは言ったがその戦場もすぐ消える」

「……どういうことだ?」

「言葉通りの意味だ。一瞬にして船ごと沈められるだろう。さて、私も海に沈む前に甲板に出るとしよう。ではな」


 レイヴンズチェストはそう言って部屋を出ていった。

 しばらくボウっとその言葉の意味を考えていたヨルダンであったが、船がズズズと軋み始めた瞬間にマイクへ向かって「総員退避!!」と叫ぶと、弾かれたようにして部屋を飛び出したのだった。



 + + + + +



「全く……恐ろしい女だな」


 目の前に広がるのは赤い靄。

 そしてそれが幼馴染の乗る船を覆い、徐々に海底へと船を沈めている。それも結構な速度だ。あと数分もあれば船は完全に海に沈むだろう。だが小舟と人は器用に避け、大型のみを狙って沈めている。

 バーレスクはこれが市香の全力ではないと確信していた。敵意のない者たちに逃げる時間を与えているのだ。

 その思惑通り、船員たちは異変に気づいた瞬間に海へと飛び込み始めた。周囲の船が飛び降りてくる船員たちを回収しているが、しかし残念ながら全員は乗り切らないはずだ。それでも、()()()()()と戦闘をしたとは思えないほど多くの者が助かるだろう。


「……あいつは脱出できるのか?」


 ボソリと呟いた途端、急に不安になってくる。何せ間の悪いというか、どこか抜けた男であるのは幼い頃から知っている。

 例え市香があれを殺さなかったとしても、この混乱では船員に踏まれて気絶しているかもしれないとすら思えた。


「おい、キツネ。船を沈めてどうやって戦うつもりだ」


 少し大きな声で呼びかければ、舳先(へさき)で敵船の方へ手をかざしている市香がちらりとバーレスクの方を見た。


「私は空中でも戦えるもの」

「……左様で」


 心配ご無用だったらしい。

 しかしそうなってくると水に浮くしかないレイヴンズチェストを倒すのは簡単なのではと思えてきた。

 だが、市香の表情を見るにそうではないらしい。


「レイヴンズチェストは船守の能力と合わせて魔力的なものもあると思う」


 そう口を開いた市香に、バーレスクは首を傾げながら片眉を少しだけあげた。


「ご明察。だが何故そう思う?」

「普段の私が船を沈めるのに必要な時間が一秒だから」

「……船員たちに逃げる時間を与えていたのではないのか?」

「は? 妨害のせいで沈まないからゆっくりなだけだけど。あと、ちょっと魔力の臭いがするのよ。船守とは別の、カビみたいな臭いが」


 なるほど、どうやらレイヴンズチェストは魔法で抵抗しているらしいという考えと、船を一秒で水の底に沈める能力ってなんだという疑問と、魔力ってカビみたいな臭いなのかという新しい発見と、色んな思いがごちゃまぜになりながら、バーレスクは視線をそらして何度か頷いた。


「それは困ったな」

「ええ、本当に困ってるの。たぶん、あいつ全力でやってないし」


 忌々しげにそう言う市香を見て、船員の一人が呆れたように声を上げた。


「お頭はあんたに高い金を払ったんだろう? 勝ってくれないと困るんだが」

「わかってる」


 細く長く息を吐き、市香は小さく舌打ちをする。


「一人も死者を出さないつもりだったけど、無理だわね」


 一瞬バーレスクは市香の目の色が変わったような気がした。


「あと悪いけど、これ一千万でも足りない」


 そしてその次の瞬間には――


「なっ……!?」


 大きな水しぶきとともに、ガレオン船の周囲にいた小型船は全て海の底へと沈んでいった。

 瞬きをする間もなく、あっという間に。轟々と音を立てて水しぶきが上がり、まるで嵐であるかのように降り注ぐ。

 やがて海の波が穏やかになる頃には、僅かにあった喧騒は全て消え去っていた。


「な、な……なんっ、なんだアイツは……!」


 辛うじて浮いてきたであろう船員だろうか。海上から誰かが叫ぶが、誰もそれには答えない。答えが見当たらないのだ。

 答えどころか見えていたはずの船すら見当たらない。船の破片すら、沈んだまま浮いてこない。

 しかし、その中でもガレオン船の甲板だけは辛うじて海上にあった。甲板の高さが水面から三十センチほどのところまで、と言った具合には沈んでいるが、そこから先は沈まないようだ。

 それはまるでステージのように、円盤型に残っている。


「ホント腹立つ……!! 全然沈まない……!」


額に流れる汗が目に入り、市香は面の下で目を細めた。


「とっとと沈めっつ~のぉ……!!」

「物騒だなお前」


 背後まで来ていたバーレスクが呆れたようにそう言えば、市香は大きく深呼吸して正面に突き出していた右の掌を握り込み、そして手の甲を下にするように回転させてから人差し指と中指を立てる。


「沈め!」


 その立てた指で空中に()()を描き、天へと掲げて振り下ろす。

 マストがバキバキと音を立てて折れていくが、船は一向に沈まない。海上に残った僅かな甲板に大きなヒビが入っても、甲板そのものは決して沈まない。


「……なんで浮いてんだあの板切れ」


 誰もがそう思っていた。

 市香ですら内心でそのように悪態をついていた。

 そう思っても不思議ではないほど船は大破しているというのに、それでも甲板だけは水面にある。


「……よし、駄目だ逃げよう」


 そして、市香は諦めた。


「は?」


 どこか吹っ切れたような台詞に、全員の思考が停止する。


「今のままじゃ敵わない。逃げて体制を整えたい。じゃないと数分後には私たちが海の下」

「おい、一体どういう意味だ」

「そのままの意味だってば。帆を張って。私が風を送るから。あと体力に自身がない人は船の中に入っていてくれない? と言うかできれば全員入って欲しい。甲板に出ていて吹き飛んでも文句言わないでよね」


 言うが早いか、市香は突き出していた手をマントの下にしまい込むと船を覆っていた陣牢を強化した。

 そしてそれとともに、押さえつけられていた敵船は勢い良く水面へと浮かび上がり、川を滑る木の葉のように揺れ動く。


「さっさと逃げないとアイツ――」

「どこに行くのかね」


 動かない船員の尻を叩いて準備をさせようとしていたが、しかし、それは一歩遅かった。

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