カキツバタ クニイチ
絢爛豪華とはまさにこの事。
俗に言う悪の中枢部の舘は大層立派であった。
「ただいま。」
莇野京介が重たい扉を開けて、そう言った。
扉を開けて早々に見えるのは食卓___(かの有名な絵画の最後の晩餐をイメージできるだろうか)、一般的に言ったら奇妙な光景かもしれない。
そこにぽつりぽつりと空いた席はあれど座している幹部達。
ひとりはにこやかに笑う女。(戸張 和)
ひとりは不機嫌そうな男。 (本城 叶生)
普段は温厚だが京介を前にすると警戒心を顕にさせる者(西連寺 春臣)、もうひとりはそれを楽しそうに見物する椅子に行儀悪く座す者(北大路 吉呑)。
全員魔王と呼ばれる京介を支える重要な役目を担っている。
そう伝え聞いた。
さて、京介は 魔王 ではなく、何故 魔王と呼ばれる 男なのか。
それは単純に彼が正確には魔王ではないからだ。
魔王の眷属に座す者であるのは確かだが、彼はこの薊の咲き誇る楽園に立つ壁でしかない。
莇野京介という男はただの人であり、絶対的な存在ではないのだ。
これも伝え聞いた話だ。
「おかえりなさい。莇野。」
つい先程の京介の言葉に戸張和が答える。
柔らかい印象を受ける。
そこから視線を自らの手元に戻し、器用に書類をまとめてトントン、と机を鳴らす。
「今日もしぶといですね。ましてや吉呑すら途中で返すなんて。」
文面で見るとまるで嫌味だが、そんなことは感じさせないような声色と表情をつくる西連寺春臣。
名を挙げられた北大路吉呑は無言でそれを楽しそうに、春臣と京介を交互に見つめる。
不機嫌そうな本城叶生は黙って睨みつけるだけだ。
「……で、何処の方です。その後ろのお方。」
和に急に話を振られた後ろの彼は肩を震わせる。
「…杜若國一です。よろしくお願いします。」
今までの態度の割には威勢のいい挨拶であった。
「新しくこっちに配属された子だよ。いじめないであげてね。」
京介は胡散臭い笑顔を振りまくと 一般兵にも挨拶しに行こうか と耳打ちしてきた。
こくりと頷くと、礼をするように促され、されるがまま礼をした。
「一般兵って、あの方々は……」
控えめに京介に杜若國一は訪ねる。
自分は新入りなのだから、つまり自分も一般兵という事か。
「幹部。君もあそこの仲間になる。」
え、という言葉が漏れる。
幹部とは自分の思い描く幹部なら、何故配属されたての自分が。
確かに前の職場___配属先では優秀な成績だったし、訓練場でも優秀ではあったが……
「一般兵はね、すぐに死ぬんだよ。」
ロウソクの明かりが揺れる。
その京介の言葉にすこし背筋が寒くなった。
「つまり、どういうことですか。」
カツカツと響くローファーが鳴らす音は次第に一般兵のフロアへと近づく。
この廊下は異様に長い。まるで歩みを止めるのが億劫だが、この話を一般兵のフロア付近でしたくないような、そんな長さだ。
「僕らは不老の呪いがかかってる。君はこの腕輪が証拠かな。」
物心着いた頃から取れない黒い腕輪だ。
なんの飾りもなく、ただただどす黒い。
「深く考えなくていい。僕らは死ぬけど、それなりに耐久力があるのさ。一般兵はか弱い。ヒトと同じだ。」
___自分だって人なのだが。
そんな反論を飲み込んで、黙って頷く。
また京介は笑う。
ロウソクの明かりが揺れる。
すると心なしか遠くに聞こえていたざわめきが近くなってきて、扉が見える。
ふっと体が軽くなったような気分がした。
白でできた目立ちそうな扉が前に立つ。
_どうしてこんな目立つ扉、曲がり角を通った訳でもないのに直前まで見えなかったんだ。
京介が扉を押すとそこにはホテルのロビーのような光景が広がっていた。
だが、自分たちがいるのはその大きな広場の観覧席のような場所。つまり絶妙に一般兵は下にいる。目の前の手すりに手をかけて京介はすこし大きめに喋る。
「さぁ皆。幹部のお出ましだよ。」
一般兵は片膝をついてじっと自分を見つめる。
____すごい、叫んでもいないのに、あれほど賑やかだった広場を、静かにした。
京介に微笑まれ、やっとのことで自己紹介を求められていることに気づいて口を開く。
確か自分は今日より幹部だったか。
一般兵が多すぎて目線が定まらないので仕方なくシャンデリアを眺めて言い放つ。
なるべく低く、声を張って、
「今日から配属された杜若國一だ。よろしく頼む。」
おぉっ、と声が上がったと思えば拍手喝采。
大丈夫だったみたいだ。
わざとらしく目を見開いている京介も手を叩いている。
「なんだ、偉そうにできない子かと思ってた。」
にこりとまた微笑むと、京介は幹部の部屋の方へ歩き出す。
何を今更。
数日前のことを彼は忘れているのか。
それともからかったのか。
数日前(薊の本館 会議室にて)
「はてさて。どうしようかしら。」
ショートのカラスの濡れ羽色の髪をした常夜元帥だ。悪の女帝。魔王と呼ぶならこのお方がふさわしい。
スリットのはいった長いスカートから覗く足はおそろしく長く、優美である。
「単独行動など言語道断。罰するべきでは。」
自分が気に入らないらしいほかの部隊連中は必要以上に左遷を望む。
「自分は出来る限りのことを迅速にこなそうとしただけです。」
笑って答える。本当にくだらない。
すると無数の鋭利な黒い結晶が一直線に飛んでくる。
__幻術師の技だ。避ける必要は無い。
思惑通り体を結晶はすり抜ける。
「どういうおつもりで?」
幻術が解けたかと思いきや首元には薙刀の刃が突きつけられていた。
かなりのやり手だ。目の前にたつ自分より背の低い女__(男かもしれない)は気配なく幻術が溶けると同時に目の前に現れた。
それは低めのポニーテールを揺らし、ふっと嘲笑う。
「あー。やりすぎだよ吉呑。怖がってしまってはこれからが面白くない。」
そう声が聞こえるとかの莇野京介が現れる。
「こらこら。会議室へのテレポートは禁止したはずですが。」
常夜がなぜか嬉しそうに呟く。
ほかの部隊連中はいかにも非常識だ、という目で見てくる。
そんなものはお構いなしに目の前の男は笑う。
胡散臭い。
「やぁ、僕は莇野京介。君のことを貰ってもいいかな。」
しんと静まり返る会議室に常夜の声を殺した笑いが響く。
「ふふふふ、ふふ、面白い。良いわよ。ねぇ、あなた達?」
部隊連中は致し方なく頷く。常夜元帥の意向ならば逆らうのは愚かだ。
そこに僕の意思は関係ないのだ。
「じゃあ、頼んだよ。数日後、迎えに行くよ。」
_数日後とはずいぶんアバウトな言い方だ。
場所すら教えてくれないのか。
低めのポニーテールを揺らして目の前の女は言った。
「どうぞ。杜若國一さん。」
鈴のような声だ。
紙切れには五日後、アザミノ異端救援隊舘へと書かれていた。
「莇野?異端救援隊?……あぁ、ろくな奴らじゃあねぇよ。理由は特にねぇが。でも人が救いてぇなら救助隊に入ればいいし、救援隊なんざ圧倒的に死亡率が多い。まぁ座には莇野京介がいるから救援隊に援助された所は陥落しないが、みんなくせ者だって噂だ。配属されるのかい。ご愁傷さまだな。幹部には気をつけろ。味方でも喰われかねねぇって噂だ。」
薊の本館 配属変更受付の男による証言。