サージ君の事情 ~エルハイミ-おっさんが異世界転生して美少女に!?-外伝~
「エルハイミ―おっさんが異世界転生して美少女に!?-」の外伝です。
付き人の十一歳サージ君が次第に騎士候補生のロクドナルに引き寄せられるお話です。
まだ自分の気持ちが理解できないサージ君、ロクドナルさんに「兄」を感じているようです。
サージ君の事情
僕の名はサージ=ディープ。
栄えあるガレント王国の王家に代々使える隠密行をつかさどる一族の者。
現首領の父ヨハン=ディープの命により今はティアナ殿下の留学に付き人として従事している。
ティアナ殿下とは小さな頃から付き人として一緒にいたがまさか留学にまで同行させられるとは思ってもいなかった。
さらに言えば女子寮での従事までするとは思いもしなかったのでかなり緊張をしている。
女子寮の従事と言う事は他の女性の方々もいるのでいろいろと気を使う。
ティアナ殿下ははっきり言って自分の三つ年下の妹くらいにしか感じていない。
幼いころから一緒だったせいもあり、着替えやその他のお世話をするときも特に何も感じない。
でも一応僕も男だ。
女子寮となると状況は変わってくる。
いくら女子寮とは言え殿下のご学友兼護衛のアンナさんまで下着姿のままふらふらするし、他の方もそうだ。
十一歳になる僕が付き人の制服を着ていると、どういう訳か男でもそこにいない者扱いされている。
つまり完全に空気状態なのだ。
だから余計に困る。
王宮にいた頃は王族の方のお世話をしたこともあるが、常に王族としての気構えがおありで着替え一つとってもそつなく行っていた。
しかしここはどうだ!?
殿下は流石に僕以外の使用人、サリーとラミラがいるので常にきちっとさせられているが、他の方々はお出かけになる以外には何と言ったらいいのか、少々だらしなさすぎる。
その都度、寮母のシルフィーさんがお説教をしているが、特に貴族の方でお付き人がいない方は下着すらつけないでふらふらすることがある。
そう言えばエルハイミさんが「女子寮と言っても理想郷じゃないですわ。」なんて訳の分からないこと言っていたけど、今はなんとなくわかる気がする。
もう少しこう、皆さんつつしみを持たれた方が良いのではと思う。
ティアナ殿下からご学友兼護衛のロクドナルさんに渡してほしいものがあると言う事で僕は呼ばれた。
サリーやラミラは男子寮に入ってはいけないとの事なので、男である僕が呼ばれたわけなのだが、使用人でも女性は男子寮に入ってはいけないってどういう事だろう?
なんとなく不公平を感じながら僕は男子寮に行った。
・・・なんなんだろう、この臭い。
こう、海産物のようなにおいや汗臭さ、たまに異臭もする。
階の低い場所は一般学生だ。
ある程度身分の高い者はもう少し上の階になる。
そして殿下の様な貴族や王族は最上階が一般的だ。
ロクドナルさんは騎士候補生でもあるので一般学生より上の階だ。
僕は階段を上っていきロクドナルさんのいる階に足を踏み入れた。
すると、今まで漂っていた異臭は全くなくなり、なんとなく小ぎれいな感じさえする。
特に装飾が変わるわけでもなく、扉や窓の形が変わっているわけでもない。
それなのにこのさっぱり感は何だろう?
不思議に思いながらもロクドナルさんの部屋に行く。
扉の前でノックをして返事を待つ。
しばしの合い間をおいて扉が開く。
「どなたかな?おお、サージ君かどうしたんだい?」
上着を脱いだ制服姿のロクドナルさんが僕を迎えた。
「どうも、ティアナ殿下から預かりものをお届けにあがりました。」
そう言ってわきに抱えた荷物を差し出す。
「それはご苦労様。そうだ、ちょうどよかった。今お茶を入れたところなんだ、サージ君も飲んでいってくれたまえ。」
そう言ってロクドナルさんは僕を部屋へと入れる為に更に扉を大きく開く。
「しかし、おじゃまでは・・・」
「なに、ちょうどジン殿にボヘーミャ名物『たこ焼き』と言うものを沢山もらってね、一人では食べきれずどうしようかと悩んでいたところなんだよ。サージ君も一緒にどうだい?」
そう言って部屋のテーブルを指さす。
ちょうど小腹も減っていたのでその名物とやらをいただくことと成った。
僕はロクドナルさんの部屋に入るのはこれが初めてだ。
もともと荷物の少なかったロクドナルさんは僕が手伝いましょうかと言うと、「荷物が少ないから無用だよ、むしろ殿下の荷物を手伝いたいところだが女子寮には私は入れないからサージ君に頑張ってもらいたい。」と言ってさっさと自分で引っ越しを終えてしまった。
部屋の中を見るとシンプルの一点で、筆記机とタンス、ベットと今お茶を入れてもらっているテーブルとイスくらいしかない。
「お茶が入った。さあ、かけてくれたまえ。」
そう言って自分も椅子に座る。
僕もロクドナルさんの合い向かいに座りお茶をいただく。
お茶はグリーンティーのようで、すがすがしい香りと味がした。
初めての味だ、今度殿下にもお持ちしよう。
「さて、これがボヘーミャ名物『たこ焼き』というものらしい。一緒に食べようではないか!」
そう言ってロクドナルさんはお皿に山盛りになった茶色くて丸い物体に木でできた細い串を挿す。
僕にも同じような串を渡してきてそれで丸い物体を持ち上げそのまま口に運ぶ。
もごもご咀嚼して飲み込む。
「おお、こういった味だったのか!悪くない、小麦の中にいろいろな具材と何やら弾力のある食材がアクセントとなり味わい深いな。」
ロクドナルさんはつづけて茶色い丸いものを口に運ぶ。
僕も同じようにその丸いものを口に運ぶ。
と、驚きである。
外装はカリカリと香ばしく、中は熱々のトロトロ、表面につけられているたれが程よいしょっぱさで、中の具材がいろいろな味を楽しませてくれる。そして真ん中に入ったこの弾力のある味わいの食材、なんだろう噛めば噛むほど味が出てくる。
「これは我が国にはない味ですね、おいしい。」
「うむ、小麦自体は我が国にもあるがこの中に詰まった具材、見る限りいろいろなものがあるな。そしてこの弾力のある食材だが、吸盤の様なものがついていないかね?」
言われて僕も丸いものを半分だけかじり、中央付近にある弾力のある素材を凝視する。
確かに吸盤の様なものがついている。
吸盤は赤っぽいのに中の身は白い。
全く見当のつかない食材だ。
と、ロクドナルさんは何を思ったのか小皿とナイフ、フォークを取り出した。
そしてこの丸いものを解体し始め真ん中の吸盤がついた食材を取り出す。
それをよくよく観察するロクドナルさん。
と、ロクドナルさんは驚き顔になる。
「こ、これはまさかクラーケン!?」
危うく飲んでいたお茶を吹き出すところだった。
クラーケンだって?
僕でも聞いた事が有る海の魔物。
大きなものは船さえ襲い沈めてしまうとか。
その見た目の異様さから悪魔の魚とも呼ばれている。
この国の人間はそんなものを食うのか?
確かに海が近い国だが、そもそもクラーケンって食えるものなのか?
しばし二人して見つめていたそれをロクドナルさんはクラーケンだけフォークで刺して口に入れた。
もごもご噛んで飲み込む。
「うむ、少々驚いたがこれはこれで悪くない。もともと名物となるのであるから害は無いだろう。」
そう言ってまた『たこ焼き』を食べ始める。
僕も訓練でいろいろなものを食べたことは有るが、毒でなければ栄養になる。
確かに驚きはしたが、冒険者の中には迷宮の中でモンスターを食料にすることもあると聞いたのでクラーケンが食材になってもおかしくない。
むしろそれを美味しそうに食べるロクドナルさんに驚かされるくらいだ。
僕もつられてまた食べ始める。
そしてお皿は空っぽになった。
最後にお茶をすする。
このグリーンティー、『たこ焼き』に非常に合う。
食べ進めると油を使っているらしく口の中が重くなってくる。
しかしこのお茶を飲むと不思議とさっぱりと油っぽさが無くなる。
紅茶のようにミルクや砂糖を入れないせいもあるだろうが、非常にこの『たこ焼き』に合う。
「ごちそうさまでした、ロクドナルさん。ちょっと驚きましたがおいしかったです。」
「うむ、これはジン殿にお礼を言っておかねばならんな。非常に美味であった。今度殿下にも召し上がってもらおう。」
「それは良いですね、では後でジン様に購入方法を聞いてまいります。」
僕は席を立ち上がりながらそう言って再度お礼を言ってから退出しようとした。
「うむ、また遊びに来たまえ、サージ君。残念ながら私はこちらで話し相手が少なく暇を持て余すのでね。」
「ええ、お邪魔でなければ是非とも。では失礼します。」
僕はそのまま殿下の元に戻っていった。
宿舎の裏側に少しひらけた裏庭が有る。
ここは毎晩ティアナ殿下とエルハイミさんがロクドナルさんと剣の稽古をする場所だ。
意外な事にあの飽きっぽい殿下が剣の稽古だけは毎晩参加している。
エルハイミさん曰く溜まりすぎの発散方法の一つだとか。
律儀に稽古はしないもののアンナさんも参加している。
「はい、よろしい。本日はここまで!」
ロクドナルさんの終了の声で最後の模擬戦が終わる。
「くううぅぅぅぅっ!やっぱりまだ一本も取れない!」
終了の礼が終わってティアナ殿下がものすごく悔しがっている。
エルハイミさんは束ねた髪の毛をほどきながら仕方ありませんわ~とか言って殿下を慰めてる。
僕は終了と同時に汗をぬぐうタオルを殿下たちにお渡しし、用意していた飲み物をお持ちする。
と、まだロクドナルさんは素振りをしていた。
「ロクドナルさん、タオルと飲み物お持ちしました、どうぞ。」
そう言ってロクドナルさんにタオルを渡そうとしたら、いつもと違った香りがふわっと漂ってきた。
「あれ?ロクドナルさん、今日は香水でもつけられてるのですか?」
汗をぬぐいながらロクドナルさんは自分の腕あたりの匂いをかぐ。
「ふむ、気付かなかったが昨晩いただいた石鹸というものを使ったせいかな?確かに良い香りがするな。」
石鹸と言うと、貴族や王族が使う体を清めるときに使うものか?
しかし男性が使うのは少ないと聞く。
「あたしがロクドナルにあげたの、だって最近ロクドナル汗臭いんだもの!」
どうやらお使いで渡しに行ったのは石鹸だったようだ。
ティアナ殿下曰く、毎晩稽古でロクドナルさんと組み合うと汗臭さが気になっていたとか。
特に留学してから匂うようになったとかだが、どうやらこちらの国の風習のせいらしい。
基本穏やかな気候のここでは沐浴は水で済ませる。
僕たちの国では流石に水だと冷たいのでお湯を沸かして使う。
ロクドナルさんはこちらの国の習慣に合わせて水で済ませていたようだが、お湯より汚れが落ちにくい。
なのでそれが気になった殿下から石鹸を送られたわけだ。
「はははっ、これはレディーに対して失礼でありましたな。今後もいただいた石鹸を使わせていただきますよ、殿下。」
そう言って使い終わったタオルを僕に渡してきた。
僕は受け取ったタオルをこっそりとかいでみる。
確かに汗臭さは抑えられ、ふわっとした香りがする。
と、今まで感じたことのない不思議な感覚が胸を締め付ける。
なんなのだろう?
汗の香りに石鹸の良い香りが混じった香り。
どことなく胸がもどかしい。
えっ?
僕ってこういった匂いが好きだったのかな??
試しに殿下やエルハイミさんのもこっそりかいでみる。
しかし二人のものには何も感じない。
何なのだろう?
疑問に思いながら自分の仕事をこなし、殿下たちをお部屋に戻す。
早い所体を清めていただいて、おやすみになられないと明日の受講に影響が出る。
僕は心に何か引っかかるものを感じながらサリーやラミラと本日の最後のお勤めをこなす。
それからの僕は暇があるとロクドナルさんの部屋に遊びに行くことが多くなった。
たわいない話から、殿下の安全にかかわる話などロクドナルさんは僕には気さくに話してくれた。
一度、僕も剣の稽古に参加しないかと誘われたが、給仕の仕事もあるので丁重にお断りした。
それに、あれ以来僕はロクドナルさんの使ったタオルの香りをかぐのが癖になってしまった。
あの香りをかぐためには給仕の仕事は僕でないとだめだ。
サリーやラミラには任せられない。
最近は視界にロクドナルさんが入るとついつい追ってしまう。
つくづくこんな兄がいたらいいのにな、なんて妄想をしてしまう。
たくましくて朗らか、身分の低い僕にも気さくに声をかけてくれる。
正直今回の付き人の件は重荷だった。
エルハイミさんは僕の正体を知っているようで、事あるごとに助言や陰ながら応援してくれる。
ティアナ殿下よりお小さいのに、立派なお方だ。
ご学友という名の護衛でロクドナルさんやアンナさんがつき、僕は付き人として殿下の身の回りに目を光らせる。
何かあればすぐに本国へ連絡をしなければならない。
同僚のサリーやラミラもいるが、平常から殿下の近くに控えなければならないのは僕だ。
自分の任務がしっかりこなせるかどうか不安ばかりであった。
しかし、同じ護衛の任務を受けたロクドナルさんがいると思うと少し気持ちが軽くなる。
最近は私的な話にも相談に乗ってくれるようになった。
ますます頼りになる方だ、本当に自分の兄にでもなってほしいとまじめに思う。
女子寮でだらしない女性の方々を見ても最近は何ともなくなってきた。
彼女らも僕はいない者と扱っているので、寮母のシルフィーさんの説教も何のそのでいつもどおりだ。
むしろ、暇ができて男子寮に遊びに行くときの方がドキドキする。
早くロクドナルさんと話がしたいと思う。
そんな事をなんとなくエルハイミさんに話したら心底いやそうな顔をされて一言「お幸せに。」と言われた。
なんなのだろう?
今日も僕はロクドナルさんの姿を追ってしまう。
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