ナポリを見てから
多量服薬の女性が運ばれてきた。幸いながら服用量は致死的ではなく、意識も回復傾向。やれやれと思いつつ、事情を伺う。
「彼と喧嘩して、別れ話が出て」
年齢は21歳。一目、美人な女性だった。大きな、泣き腫らした目から零れる涙に情感が籠る。瞳が見つめる先と話しの仕方が危うかった。
「喧嘩はいつも。私が悪いの」
彼と離れていると不安になってしまうとのこと。そのため、常に居場所を確認して、LINEして、束縛して。それで彼に鬱陶しく思われて、無視されて。付きまとって、詰って、言い合いになって。
「彼から、別れようと言われたの」
だから、ですか。
「ううん、違うの」
そう告げられた時は、もうこの世の終わりかと思ったとのこと。それで、許して欲しいと謝ったの、泣き喚いたの、取り縋ったの。なるべくしないから、でも、あなたが居ないと淋しいから、生きていけないから。
で、許して貰えなかった。
「ううん。そしたら、彼から連絡が来たの。やり直そうって」
それはよかったじゃないですか。
「うん。とても幸せな気分になれた」
その前との落差があったからかなとのこと。
「それは、今まで生きてきた中で一番幸せなひととき。今後これ以上ないかなぁって、思えるくらい。生きてきた甲斐があった」
「だから、この幸せな気持ちのまま死ねたら、幸せかなぁって思ったの」
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駆け込つけた彼氏さんに状況を説明する。見た目、女性と同じ年頃の男性。優しそうな面持ちの、ただ、やつれ気味、瞳に窪み。話を聞くと、呆然と立ち尽くし。
「僕はどうすべきだったのだろう……」
そんな彼を見て、彼女は涙を伝わらせながら痛切に声を上げる。
「違うの。あなたは悪くないのぅ」
だが、喜色混じりにも聞こえてくる。
「どうすれば……、一緒に死ねばよかったのでしょうか」
彼は尋ねてくる。真正面から向き合う眼差しが、真剣で、痛い、痛い。
「違う、違うの……」
「どうすれば、どうしたら……」
混沌は深みを増していき、螺旋を奏で……
ヤレヤレでした。だから、あさっての答えをして帰って貰いました。
だからだから、ごめんなさい、ナポリの皆さん。そちらに行ったら何とかしてあげて下さい。