第009話 躍動する紗友
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ようやく紗友の初打席です。お待たせしました。
幸先良く二点先取した一回裏、なおもワンアウト二、三塁と追加点のチャンス。
打順はこれが公式戦初打席となる私、永嶺紗友。
「紗友、シングルでいいぞ!」
二塁ベース上からそう言ってニヤリと笑う貴大くん。別に先程の私の言葉を表面的に受け取った結果の意趣返しではなく、シングルヒットでホームインしてやるから楽に打て、という気遣いだろう。
とは言え私には前世で鍛えられたメンタルがある。初打席だからといって緊張はない。
元より狙いは決まっている。レフト線、左中間、右中間、ライト線のいずれかに打ってのツーベースだ。相手ピッチャーの球がそれほど速くないことから、この打席で狙うのは更に絞り込んで、引っ張ってレフト線か左中間へのライナー。
そう考えて打席に向かうと、キャッチャーがやや遅れたタイミングで立ち上がり、内外野全員に前進の指示を出した。状況的には間違っていない指示だが「外野もっと前!」の声に私は少しムッとした。確かにマイナー部門の他の主力選手と比べると、体格は我ながら可愛らしいものだが。
しかし、おかげで外野の間を抜くチャンスだ。外野手の正面はなるべく避けたいが、それでもオーバーするかもしれない。それくらい前に来ている。
チラッとコーチに目をやると、苦笑しながらヒッティングのサインを出してきた。その後に大げさなスイングの動作付きだ。私は笑顔でヘルメットのつばに手をやり了解の合図。
「お願いします!」
声を張り上げて一礼し、打席に入る。
シビアに行けば満塁策もある場面だが、キャッチャーの指示からして私が打てるとは思っていないのだろう。ストライクで勝負して、ツーアウト目を取りに来るはず。まさにコーチの言った通り、好球必打だ。
リトルリーグではランナーが離塁出来ないから、ピッチャーはセットポジションで投球する必要がない。これはピッチャーにとって身体面でも心理面でも楽なことではあるが、常に同じフォーム、同じリズムで投球するということでもある。
だから私は今までの投球を見て、打席に立たずともタイミングを完璧に掴んでいた。
そして初球、リリースされてから僅かの瞬間に甘いストライクと判断した私は、体格に似合わない確かなスイングでボールを真芯で捉えた。フォロースルーを大きくとる意識で最後まで振り切る。
打球は狙い通り左中間へ。前進し切った外野を嘲笑うかのように、レフトとセンターの間を速いライナーが破っていく。
打ち終えた瞬間から全力で走る私は、一塁ベースを華麗に回り二塁へ向かう。全力疾走の最中、外野に目をやるとまだまだ打球に追いつきそうにない。二塁も無駄なく回って三塁へ走りながら三塁コーチャーの指示を伺うと、腕を大きくぐるぐると回している。「回れ回れ!」という叫び声が耳に入る。
息が上がりそうなのを堪えて、スピードを落とさず三塁ベースを蹴り、ホームを目指す。キャッチャーの奥では、既に生還した貴大くんが、本来その役割のネクストバッターを押し退けて、両腕を私から見て右方向へ大きく振っている。
「スライ! スライ!」
私はその指示に従い速度の乗ったスライディングをして、左手でホームベースにタッチ。
ワンテンポ遅れてキャッチャーがミットでタッチしてきた。
「セーフ!」
主審が両手を広げて大きな声で告げると、自陣ベンチと応援席から歓声が上がる。
私は流石に肩を上下させて呼吸を整えながらベンチへ戻る。
「やったな紗友! ナイスバッティングナイスランだ!」
コーチに頭をぽんぽんされた。
深呼吸して返事をする。
「ありがとうございます!」
先を歩く貴大くんにも声を掛けられる。
「やるじゃねーか、紗友!」
どうやら認めてもらえた様子。
「ホームの指示、ありがとう」
なんとかそう返答すると「ネクストがちゃんと見てなかったからな。あれくらい当たり前だろ?」と言われた。
練習ではあまり接点が無かったのだけど、想像以上にナイスガイな貴大くんだった。
自分のグラブを置いた位置まで戻ると、由香さんがドリンクのカップを持って待ってくれていた。
「ナイスだったね、紗友ちゃん! これ飲んで呼吸整えよう」
「うん、ありがとう」
カップを受け取ってスポーツドリンクを一息に飲み干す。もう一度深呼吸をすると、すぐに呼吸は整った。
攻撃はどうなってるのかな?
そう思って状況を確認すると、七番が出塁しているが、八番打者がボテボテのサードゴロに倒れてしまった。サードが前進して処理し、一塁に送球してアウト。これでツーアウト二塁。
続く九番はファーストへの強い当たりだったが、ファーストがなんとか前に落として掴み直し、一塁ベースを踏んでアウト。
初回の攻防は五対〇で終わった。私のスリーランは大きかったよね! この調子なら本当にコールドが狙える。ともあれ守備に集中しよう。
二回表は四番からだ。体格は貴大くんより少しだけ背が低いが、ガッチリしている。いかにも長打を打てそうなバッターだ。
ワンボールワンストライクから投じたストレートを、やや振り遅れ気味だが捉えて、打球は一二塁間を抜けてライト前ヒットとなった。マウンドで首を傾げる貴大くん。
「シングルオッケーだよ! 次切り替えていこう!」
すかさず由香さんが声を掛けた。頷く貴大くん。
こういう時こそバックがピッチャーを助けないとね! ランナー一塁はゲッツーのチャンスだよ。私と由香さんはほぼ同時に視線を交わした。
五番を右打席に迎えて、守備陣は大きく声を出す。
「ばっちこいばっちこーい!」
私も仲間達に負けじと叫ぶ。どうか私に飛んできますように!
初球はアウトコースのストレートを空振りでワンストライク。二球目、キャッチャーはストレートのサインを出してインローに構えた。私はそれを見て投球と同時にやや守備位置をずらす。
キャッチャーの要求よりやや中に入ってバットに当てられたが、充分低目だったので捉えきれずゴロになる。来たよ、ショートゴロ!
正面から来る速めの打球に私は猛然と突っ込んでいき、難なくバウンドを合わせて捕球。一瞬の間にワンステップでくるりと二塁ベースに向き直りながら、素早くトップの形を作って送球する。二塁ベースカバーに入った由香さんが、捕球しながら体重移動を利用して一塁へ送球。「アウト!」のコールが二つ順番に発せられ、6―4―3の美しいダブルプレーが完成した。
「ナイスショート!」
貴大くんがこちらを向いてグラブを叩きながら称えてくれる。
するとちょっと時間が止まっていたかのようにワンテンポ遅れて、ベンチから声が上がり、応援席からは大きな拍手の音が聞こえてきた。
ファーストからボール回しが行われ、セカンドの由香さんから私へとボールを投げる際にはお互い満面の笑みだった。
気を引き締め直して迎えた六番打者は、初球から積極的に打ってきたがショートへの平凡なフライで、私は落下点でしっかりと右手をグラブに添えて捕った。
アウトのコールを聞いて、ボールをマウンド付近に置きながら走ってベンチへと戻る。
由香さんと私はゲッツーでコーチから大いに褒められた。その後二人でハイタッチを交わす。
「ナイスショート!」
「ナイスセカンド!」
互いに褒め合って笑顔の二人。
やったね、念願が叶ったよ!
さあ、二回も一番からだね。二巡目も打っていこう!
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