第008話 プレイボール!
ブクマ、評価、感想などありがとうございます。励みになっております。
敵チームのシートノックが終わり、考え事をしながらも観察していた私は、全体的にうちのチームの方がレベルが高そうだと感じていた。相手は緊張で動きが固くなっているのかもしれない。となると、初回が大切だ。
後攻なのでまずは守備から。リズム良く三者凡退に打ち取って、裏の攻撃で先制点が取れたら理想だね。
ピッチャーの一日の球数制限は七十五球だから、六イニング制の試合ではほぼ継投が必要になる。出来れば四回十点差、五回七点差のコールドを狙いたい。
プレイボールが掛かり、貴大くんがワインドアップから一球目を投げる。速いストレートに振り遅れの空振り。二球目もストレートで、一番打者は先程の空振りからタイミングを合わせてきたが、当てただけのピッチャーゴロで難なくアウト。
うん、貴大くんはエースで四番なだけあってやっぱり良い選手だ。ストレートは速いし、しっかりストライクゾーンに投げている。練習の時に見たら、腕の振りは多少緩むがチェンジアップも投げられるようなので、緩急もつけられる。
二番は空振りと振り遅れのファウルで追い込まれてから、高めのストレートの威力に負けて三振。私も含めあちこちから「ナイスピー!」とこれも野球界独特の声が掛けられる。その調子で三人で切ろう!
ツーアウトで迎えた三番は、前の二人を見ていたのだろう。初球から振りにきて、一塁線への速いゴロでファウル。左バッターだから、貴大くんのストレートを引っ張ってのファウルだ。ナインにちょっとした緊張が走る。
「ツーアウトツーアウト! ピッチャー楽に行こう!」
すかさず私は声を張り上げた。それをきっかけに皆もそれぞれ声を出してくれる。
二球目、キャッチャーのサインはチェンジアップだ。あれだけストレート一本のタイミングで振りに来られたら当然だよね。真ん中低目に投じられた緩いボールに、バッターは見事に空振って一回転してしまう。
これでバッターに迷いが生じる。更に人間の目は緩急の差に騙されやすい。三球目のやや甘いコースにいったが速度は充分なストレートに、バッターは俗に着払いと言われる、ボールがキャッチャーミットに収まってからのスイングで三振した。
再び皆がピッチャーの貴大くんに称賛の声を掛けながらベンチへ戻る。貴大くんは嬉しそう。わかるよ、三振はピッチャーにとって一番気持ち良いもんね。だけど私としては僅か八球で抑えてくれたことをナイスと言いたい。三振も大事だけど、省エネ投法だって大事なんだよ。
さあ一回裏の攻撃だ。私までまわってくるかな?
投球練習を見ると、相手のピッチャーは貴大くんほど球は速くない。コントロールも、投球練習からややボール球がいっていることを考えると、良いとは言えないだろう。コーチもそれを一見して見抜いたらしく、ベンチで皆に言う。
「ストライク、ボールをよく見て、打てる球を積極的にいこう!」
「はい!」
皆で元気よく返事をする。
前世でもよく聞いたことのある指示だけど、これでストライクを打ちに行って、結果凡退すると怒る理不尽な指導者もいた。幸い春日野東のコーチ陣は直すべき点は直し、結果を出した時に褒めて伸ばしてくれる方針なので、今までにそういうことはなかった。つくづく良い環境だと思う。
投球練習が終わり、一番打者が打席に入る。初球は外に大きく外れてボール。腕が振れてないね。やっぱり緊張しているんだろうな。
二球目は、一球目のボール球を意識してかゾーン内に置きにきた甘いボールで、バッターはあっさりとセンター前に弾き返した。先頭打者出塁だ。得点の匂いがしてきたよ!
続く二番の由香さんが左打席に入る。二球ボールが続いて「ナイスセン!」とベンチから掛け声が続く。三球目はアウトローの難しいコースにストライクが決まった。由香さんは平然と見逃していた。あれは流石に打ってもヒットにすることが難しい。
ツーボールワンストライクで迎えた四球目は真ん中に入ってきた。由香さんは待ち構えていたかのようにフルスイングして、ライナー性の打球が右中間へ。転々と打球が転がり、ライトとセンターは懸命に追いかける。外野手が捕球してボールが内野に戻ってくるまでに、一塁ランナーはホームインし、由香さんは俊足を飛ばして三塁まで到達していた。
「ナイスバッティング!」や「ナイスラン!」の掛け声が飛び交う中、私も同様に叫んでいたが、内心では由香さんかっこいい! と感激していた。
私にはまだ外野の間を破る打球は飛ばせない。足の速さも学校では運動会のリレーに出る程だが、二歳上の由香さんには敵わない。何より、難しいストライクを平然と見送って、ピッチャーからするとストライクが欲しいカウントで狙い打つメンタリティが凄い。前世で小五の時、私はそこまでのプレイをしていただろうか。
由香さんは私を褒めてくれる時に度々昔の自分と比較していたが、それが本当だったとしても今はとてもレベルの高い選手だ。
先制点で更に士気高揚する私達。逆に失点で更にコントロールを乱した相手ピッチャーから、三番が落ち着いてフォアボールを選んで、四番の貴大くんが打席に立つ。
ノーアウト一、三塁、バッターは四番。これは期待できるシチュエーションだね。
しかし初球の高めに抜けたボールを貴大くんは豪快に空振ってしまう。チャンスで力んじゃったみたいだ。すかさずベンチから声を張る。
「リラックス! ヒットでいいんだよ!」
勿論声の主が私だということは分かっただろう。年下の私にシングルヒットでいいと言われ、貴大くんは打席から外れて素振りを一回する。その表情は既に落ち着いたように見られスイングの力みは消えていた。だけどおそらく内心は長打で見返してやると思っているだろう。それくらいの気持ちがちょうどいいと私は思う。
一球明らかなボール球を挟んで三球目を貴大くんはジャストミートした。打球は左中間に落ちてタイムリーツーベース。なおもランナー二、三塁のチャンス。だが続く五番はショートライナーに倒れてしまった。ランナーは動けずにいたので幸いダブルプレーにはなっていない。
私は五番打者のバットを回収し、ネクストバッターズサークルに来た七番に渡す。
ワンアウトランナー二、三塁の大チャンス。初打席としては上々だ。
期待に応えて、綺麗にランナーをお掃除しちゃうよ!
お読み頂きありがとうございます。