第004話 ティーボール開始!
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「大事な話がある」と呼ばれた私は、リビングでお父さんとお母さんと向かい合って座っている。二人共表情は真剣そのもので、もしかしたら野球を諦めるよう説得されるのかもしれないと思って焦る。
「まず確認するけど、紗友は本気で野球を始めたいんだね?」
「うん、本気でやりたいよ! 佳菜子さんが言ってたリトルリーグに入りたい!」
「やっぱりそうか……」
困ったような表情のお父さんに、やっぱりこれから説得されるんだ! と思った私はとにかくお願いする。
「もちろん学校の勉強もしっかり頑張るから! 野球はお休みの日に目一杯やるから、学校ではちゃんと勉強する!」
「ん? それは偉いな。良い心掛けじゃないか、紗友」
そう喜ぶお父さんに、だから大丈夫だって言ったでしょ、とお母さんが微笑んでいる。
「紗友、なにもお父さんとお母さんは、紗友がやりたいことをダメっていうつもりじゃない。ただお父さん達は子供の野球についてよく知らないから困ったんだ。それで昨日からお父さんは人に訊いたりネットで調べたりして、お母さんは佳菜子さんにもっと詳しい話を尋ねたんだ」
あれ、もしかして勉強頑張る宣言は私の空回りだったのかな?
「それから二人で話し合って、紗友が本気なら佳菜子さんの言った通りリトルリーグに入団させようって決めたんだよ。子供の野球の中でも一番しっかりした環境みたいだし、お父さん達も安心出来る」
「紗友より上の学年にも女の子がいるそうよ。良かったわねえ」
お父さんもお母さんも良き理解者だった。更にもう問い合わせもしてくれていたんだ……。私は予想外の展開に驚きと感動で思わず少し涙ぐんでしまった。
「お父さんお母さん、ありがとう!」
六歳児らしく両親に泣きながら抱きつく私だった。
その日は嬉し涙とこの先野球ができる幸せと興奮とで、なかなか寝付けなかった。
それからあっという間に小学校の入学式を終えて、私の土日祝日は野球漬け、もといティーボール漬けになった。
私が前世で野球を始めたのは小四で、リトルリーグではマイナーと呼ばれる世代のリーグからだ。だからジュニアと呼ばれる世代専用のティーボールとは無縁だったんだ。
ティーボールはその名の通り、ティーに置いたボールをバッターが打つところから始まる形式のゲームだ。ボールも硬式球ではなく柔らかい素材で出来た物を使う。
他の用具やルールも野球と別物なのだけれど、私の所属する春日野東リトルで行うティーボールは、マイナー世代になる前に野球の基本を学ぶ為の極めて野球に近いものだ。
これを画期的だと思う私と違和感を覚える私が併存している点は否定出来ない。だって私はピッチャー歴二十年近いんだもん……。
ちなみに、だからといって打撃が下手なのかと言えば、自分で言うのもなんだが違うと思う。
前世の私は日本時代はDH制の無いリーグに所属していて、本塁打を打ったことが三度ある。
気になってお父さんに探してもらったウェブ上のマニアックなデータベースを見ると、十九歳から二十六歳の八シーズンの通算打率は一割九分三厘だった。現代野球でこの数字は多少誇っても良いだろう。
話は戻ってティーボールになるが、スタートとなるバッティングが難しい。設置されたボールを打つだけなので、単純に小学一年生の身体では飛距離が出せないのだ。
しかしそこで私は工夫と努力を重ね、「良くて二塁打悪くて単打打法」を編み出した。要は飛距離が出ないなら低い打球で守備の間を抜けばいいんだよ。この発想を徹底して実践していると、ある日若いコーチに訊かれた。
「紗友は狙ってああいう打球を打ってるのかな?」
「はい! 私はまだ遠くに飛ばせないからフライを打つとアウトになってしまいます。なので低いライナーを打つようにしています!」
「よく考えてるね。身体が大きくなるまではそうやって工夫していこうね」
褒められているとはいえこのやり取りで分かるように、リトルリーグとは小学校低学年にすらある程度の礼儀作法と言葉遣いが求められる場なのである。
前世でリトルシニア時代に散々叩き込まれた礼儀作法や言葉遣いは、高校で更に徹底され、プロ入り時の講習で社会人レベルまで引き上げられ、球界の皆様との交流は勿論のこと、各種メディアのインタビュー、後援会などの公人として振る舞う際にも大いに役立った。それを小一女子の私が控え目にとはいえ発揮しているのだから、周囲からはさぞかしお利口さんに見えているに違いないよ。
守備では、最初のうちは全ポジションを順番にやらせてもらった。コーチがその間に適正を見るという目的もあるのだろう。しかしティーボールレベルではどのポジションも卒なくこなし、捕球が上手く送球も正確な私を最終的にどの守備位置にするかで、ジュニア担当の二人のコーチが相談したと後から両親経由で聞いた。結局、コーチ二人は私をショートとして起用することで一致したのだった。
春日野東ジュニアはショートが難点だったらしく、現時点では送球は上手いが守備範囲の狭い子か、捕球が上手いが肩の弱い子しか他に候補がいなかったようである。
ショートはアメリカの野球では花形ポジションだ。日本野球だってセンターラインは重要視している。とりあえずピッチャーが要らないジュニアの間は私に任せてもらえるよう頑張るよ。
そしてポジション問題が落ち着いて少し経った五月中旬、練習後に突然声を掛けられた。
「君が新しく入った女の子?」
そういえば歳上の女の子がいるってお母さんが言ってたじゃん! すっかり忘れてたよ。
お読み頂きありがとうございます。
今回、登場人物が「リトルリーグが一番」といった趣旨の発言をしていますが、あくまで一登場人物の私見に過ぎず、他意は無く筆者の主張でもないことをここに記しておきます。