第003話 六歳児なのにテストされる
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お父さんが帰るのを待って、いざ夕食となった。その席で私は早速切り出す。
「お父さんお母さん、私小学校に入ったら野球やりたい!」
「あら、どうしたの突然。今日ユウくんとキャッチボールしたのが楽しかったのかしら」
おっとりと言うお母さん。お父さんは少しだけ考えてから声を発した。
「……野球か。子供はやりたいことをやるのが一番だが、大事な時期でもあるから適正も考慮すべきだろうね」
お父さんは先のことを考えて葛藤している様子。
「どうしてもやりたいの。祐一くんにも紗友の方が上手いって言われたよ!」
「むう」
考え込むお父さんに、お母さんが言った。
「あなた、私の従姉妹が中学と高校の女子野球部でコーチをしているでしょ、覚えてる? 彼女に一度見てもらうのはどうかしら」
急に本格的な審査を始めようとするお母さんであった。学童野球やリトルリーグでも体験入団はあるんだけどね。お父さんもお母さんも子供の野球事情には詳しくないから仕方ないか。
「それなら確かだな。呼びつけるのも失礼だし、手透きの日程を伺って紗友を連れて行って見てもらおう」
六歳児を中学か高校のグラウンドでテストさせるつもりなのだろうか、お父さんは。でも余計なことを言って話が流れても困るので、両親に「ありがとう」と言っておく。
かくして両親の間で話は纏まり、お母さんが従姉妹に連絡をすると「そういうことなら来てくれて構わない」というありがたいお返事を頂いた。次の土曜日の午前なら生徒は授業があるので、手が空いているとのこと。
それから金曜日までの数日間、私は毎日祐一くんを誘って公園で練習に明け暮れた。練習内容は主にキャッチボールと投球練習で、私は鳴沢恵吾の動きを永嶺紗友の身体で再現することに重点を置いた。
その間に祐一くんはキャッチングがすっかり上達した。練習に付き合ってくれてありがとうね。
そして土曜日になり、お父さんの運転する車に乗って、とある中学校のグラウンドに向かった。野球部コーチのお客さん扱いなので、正式に学校を通す必要はないようだ。逆にその方が問題になりそうだもんね。だって私まだ六歳児だよ。
車がグラウンドの駐車場に止まると、良く日に焼けた肌のお姉さんが出迎えてくれた。
「久しぶりねえ、佳菜子ちゃん。今日はよろしくお願いね」
お母さんがそれなりに仲の良い従姉妹同士という感じの挨拶をする。
お父さんはそれに続いて形式張った口調で丁寧な挨拶を交わす。
「よろしくお願いします!」
私は子供特有の高くて通る声を一層張り上げて元気よく挨拶した。
「はい、よろしくね。簡単なテストだから、緊張しないで頑張ってね」
佳菜子さんは私に優しく微笑んだ。
そして両親はグラウンド脇のベンチに座り、私と佳菜子さんはウォーミングアップから始める。しっかり準備をしないと怪我に繋がるので当然だ。
そしてとうとうキャッチボールをすることに。グラブは佳菜子さんが子供の頃使っていたという物を用意してくれていた。ボールは中学生用のM球だ。私の希望が通ればリトルリーグに入りたいので、硬球でもよかったのだが、未経験者ということで配慮してくれたのだろう。流石に小学生用のJ球は中学校に無いだろうしね。
ボールを受け取り、一球目を投げる。我ながらスマートなフォームで投じたボールは、見事佳菜子さんの胸元に構えられたグラブに吸い込まれた。
「おっ、ナイスボール!」
ちょっと驚いた感じで言う佳菜子さん。ワンテンポ置いてこちらに投げてくる。
そのボールは配慮を感じる山なりの軌道で、私がグラブを構えたところにスッと収まった。
ちょっと気を使われ過ぎていると感じた私は、次の一球を全力で投げ込んだ。それも先程と同じく構えられたグラブが動くことなくボールが収まる。六歳児だから全力投球してもさほどスピードは出ないけれど、フォームとコントロールを見て欲しいんだよね。
すると流石にコーチをしているだけあって、佳菜子さんは目を見張っていた。そして返球の速度を徐々に上げてきた。上げてはきたが、上限は小学校中学年のピッチャーが投げられる程度の速度のようだ。
その間も私は全力でストライク送球を継続する。
しばらくキャッチボールを続けると、佳菜子さんはわざとグラブを動かさないと捕れないコースに投げてくるようになった。
本当に未経験の六歳なら捕れないし、速度もあるので恐怖心で避けてもおかしくない。だけど私は当然のように捕球した。
「ボール、怖くない?」
佳菜子さんが訊いてくる。
「大丈夫です、今くらいの速さなら捕れます!」
私が自信満々にそう言って再び抜群のコントロールで投げ返すと、佳菜子さんが今度は先程と同じ速さでショートバウンドになるボールを投げてきた。咄嗟に反応し、片膝を落としてしっかりグラブのポケットでキャッチする。
「やるじゃん、ナイスキャッチ!」
言うと同時にこちらへ歩いてきて、「上手いね。すぐ試合に出られるよ」と言ってくれた。どうやらこれでキャッチボールは終わりらしい。
そしてベンチへ行った佳菜子さんは両親に向かって断言した。
「こんなにセンスのある子供を見たのは初めてです。投球フォームも綺麗なものですし、野球をやらないでいたら勿体無いくらいに上手です。もし良ければ私の伝手で、地元のリトルリーグチームに紹介しますよ」
これに驚いた様子のお父さんが慌てて言う。
「ちょ、ちょっと待って下さい。何もいきなりそこまで本格的にやらなくても」
「プロになる選手はその殆どが幼い頃から、より本格的な環境でやっています。紗友ちゃん程センスがある子を小学校の軟式野球にというのは、逆に可能性を奪ってしまうことにもなりかねません」
「佳菜子ちゃん、紗友はそんなに上手いのかしら? つい最近お友達とゴムボールでキャッチボールを始めたばかりなのよ」
お母さんのこの言葉には、逆に佳菜子さんが驚かされてしまった様子だ。
「紗友ちゃん、本当にお母さんの言った通りなの?」
動揺を隠し切れずに訊いてくる佳菜子さん。
「はい、でも今日のために頑張って練習しました!」
「偉いね! 全球グラブ動かさないで済んだのと、ショートバウンド捕ったのには驚いたよ!」
褒めながら頭を撫でてくれた。
「私からは以上です。本人のやる気も充分みたいですし、お二人も是非前向きに考えてあげて下さい。また何かあれば遠慮なく言って下さいね」
佳菜子さんはきっぱりそう言うと、この後雑務があるのでと帰っていった。
お母さんは「佳菜子ちゃんにあんな風に言ってもらえるなんて、紗友は凄いわねえ」と微笑んで褒めてくれるが、お父さんは無言で何か考え込んでいる様子だ。
家に帰ってからも、お父さんはずっとそんな調子だった。
すると翌日の日曜日に、お父さんから紗友に大事な話がある、と告げられた。
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