第六章
第六章 最後の戦いと解決
「ほほぉ、やりおるな童。」
ルシファーは心底楽しそうに言う。だが、エドワードもといファウストは息も途切れ途切れ、体も傷だらけ。力の差は圧倒的だった。
「何故だ・・・?ルシファーとはいえでも人間の器ならば百分の一も出ないものとふんでいたのに・・・。」
忌々しげに呟くファウストにルシファーは悠然と笑みをたたえ子供言い聞かせるような口調で言う。
「そうじゃな。確かに貴様の予想は正しいが、問題は妾の元の力。それを見誤ったようじゃな。」
「馬鹿な、これがお前の百分の一だと・・・。化け物め!」
「何とでも言うがよい。これで終わりじゃ。デビルズワード「墜落の力」。」
「ぐおっ!」
呪術を避けきれず、ファウストは地面に倒れこむ。ルシファーはそれとは対照的に優雅に着地すると、ファウストに真っ直ぐに手をかざす。
「チェックメイト・・・じゃな。」
「くっ・・・・。」
エドワードは憎しみに満ちた目でルシファーを見る。
ルシファーの手の先に膨大な呪力が構成され始める。
と、一つの影が二人の間に立ち塞がった。
「ミリー!?」
それは目に強い意志を抱いたミリーだった。
「止めてください。」
彼女は決然と言い放った。しかし、さすがにルシファー。顔色一つ変えず脅しにも似た一言をかける。
「お前がかばったところでその後ろの奴も巻き込まれて死ぬぞよ。そんなに死にたいのか?」
「かまいません。エドワード様のためです。」
稜はその言葉が何故かひっかかった。しかし、ルシファーは敵の首でも抑えた気分でいるのかそのまま言葉を紡ぎ始めた。
「デビルズワード「極無の光線」。」
ルシファーの手の先にあった呪力が大きくねじれ、光輝く巨大掘削機のような形になると、かなり速いスピードで走り出し、そして直撃した。
「ミリー!」
稜が叫ぶと煙の中から二つの影。それはミリーとエドワードだった。
「何じゃと?」
ルシファーの顔に初めて驚愕の色が浮かぶ。
「それがあなたの攻撃なら大したことはないわね。私の中間体も破れないのなら。」
「中間体って俺と同じ・・・。」
「そうよ。・・・まぁ、そんな話はどうでもいいの。今は私たちの宿願が叶いそうなのだから!」
ミリーはこれまでにないうっとりとした恍惚の表情で言う。
「あぁ・・・。さぁ、はじめましょうファウスト。・・・私たちのやり残した全てを叶えるための儀式を!」
「あぁ・・・。いくぞ!ユストゥス!」
「はい!」
「融合練成!」
二人の言葉が重なり激しい風が起こる。禍々しい力のそれは、やがて、夜の光に集まる虫のように次々と光る物体が集まり始め、そして、膨大な量になった。
「ユストゥス。」
ファウストの何かを含めた声を聞きとると、彼女は惜しげもなく肢体をさらした。
「なんだよ、あれ・・・。」
稜はそれを見て絶句するしかなかった。それは小夜の四肢と似た文字の彫られていたからであり、そして、その文字は今怪しく光っていた。
「なるほど、妾ら悪魔まで騙した一生に一回の大ばくちということかの・・・。」
ルシファーは冷静に言ったが、目は怒気を孕んでいた。
「どういうことなんだ?」
稜が訊くと、ルシファーは相手の様子を見ながら答えた。
「妾の拠り所である小夜の四肢は偽物じゃ。あれとはよう似てはおるが、こっちのは魔界と繋げていたがために呪力が吹き出し、また妾が小夜に憑依することができた。・・じゃが、稜。おかしいと思わんか?」
「ええと、何が?」
「妾の腕はもとは「ファウストの四肢」と呼ばれていたはずじゃ。じゃから、この腕から放たれる力は呪力。そして、ファウストは悪魔陣から悪魔を召喚するために己の体内に呪力を注ぎ込んだはずじゃ。しかし、ファウストは錬金術師であると同時に魔術師でもあった。ということは中和反応が起きて消えるはずじゃろ。なのに、消えないということはあの目の前の女、ユストゥスとかいう人間が中間体じゃったことを考えれば話は簡単。要はこの腕はあやつのものだったということじゃよ。」
「じゃあ・・・!」
「うむ、妾の同胞を呼び出すために体に陣を書いたのはあやつ。そして、全てを悪魔に奪われたのもあいつじゃ。」
「なら何でこんな状況に?」
ルシファーは少し稜を見て神妙な顔つきで言い放った。
「ここから先は悪魔以外は知らん話なのじゃが、実はの。傍で召喚の手伝いをしていたファウストがその悪魔を引き止め、己の体を生贄にユストゥスを呼び戻したのじゃ。しかし、その際にそのときの悪魔はファウストの四肢を引きちぎりユストゥスにくっ付けてから連れて行ったらしい。とはいえ、記憶がないままでは困るからと状況がそれらしくなるような状況を書いて、のちの文献としたのじゃ。」
「それで、エドワード・・・じゃなくてファウストは?その流れだと魔界へ行ったんじゃ・・・。」
「それがの、ファウストは我々がその魂を奈落へ落とすより前に天界から「召喚命令」が下っての。後にユストゥスが国一つを滅ぼして奴を蘇らせたと聞いた時は驚いたものじゃったが、意図が読めんくての。結局放置した。しかし・・・、何万という人間の命を吸い半ば不老不死の状態になったファウストが「銀の夜」などという組織を作り始めたあたりから、鋭い者が何かに感づいての。魔界で保存されていたユストゥスの四肢を地球に生まれる人間の誰かにつけ、その動向を探らせてみてはという意見が出ての。代表として妾が憑いた。」
「・・・・・。」
「じゃが、それすらも罠じゃった。要するにファウストと悪魔は結託しておったのじゃ。たぶん、悪魔は好物の人間の魂と引き換えに再び事を起こすのに必要なユストゥスの腕を再び世界に召喚させたのじゃろう。」
「ってことはまさか、今・・・!?」
「そうじゃな・・・。ぐうっ!?」
痛みに顔を歪めるルシファー。四肢はユストゥスと同じように光り輝いていた。
「まずいの・・・。もう陣は完成しておる。今更止められん。・・・じゃが!稜!貴様の力なら勝てる!」
「お、俺!?」
「そうじゃ。稜の力は魔力も呪力も己のものとしてほぼ無限に使える。それならば、あの風の中心に行け!」
「で、でも・・・。」
目の前には苦しむルシファーもとい小夜がいる。しかし、ルシファーの表情がふと緩み、その声を聞いた時稜は走り出していた。
「稜・・・。頑張って・・・。」
それは小夜のものだった。
「うおぉおぉぉぉ!」
雄たけびを上げながらまきあがる風に突っ込む稜。ある程度行くと体が浮き上がり、激しい回転に巻き込まれた。それとほぼ同時だった。
「融合術「ユグドラシルの生命」!」
光輝いた光の塊がものすごい勢いで四方へと拡散していく。それとほぼ同時に二人の四肢が直視できないほどの輝きを始め、そして、それが起こった。
軽い浮揚感。そして、圧倒的な二つの力。そして、爆風。
稜は地面に叩きつけられ、そして、少しして痛む全身を無理矢理動かして顔をあげてそして呆然とする。
何もない。自分の体を支える大地以外の何もかもが消えている草の一本すらもない。
「ふはははは!やったぞ!俺はやった!俺は・・・、俺は・・・・!」
あとは声にならないらしく泣いている。稜はその様子を見ながら何も考えられなくなっていた。
(皆は・・・?)
だが、自分と目の前のファウスト以外になんの気配も感じられない。
「ん?お前はあぁ・・・、例の中間体の奴か・・・。お前運良かったな。」
「何がだ・・・。」
「お前、俺が術使ったときに呪力も魔力もないゼロの状態だったからな。運良く助かった。」
「中間体は外部エネルギーとして使うことができるんだから、皆生きてるんじゃ・・・。」
「それは少し違う。中間体といえどもそれを一度体内の構成物質としないと魔術も呪術も使えない。だから、それを一度にとられると、それを補うことができずに魔術師や呪術師のように消える。」
「何だと・・・。」
「それと今この地球は俺のものだ。誰がどこにいるのか地球の「感覚」から伝うことができるが、今この地表にいるのは俺と、お前だけだ。・・・いいぜ、地球を自分のものとした感じは。たまらない。」
稜は警戒しながらも尋ねる。
「お前は世界の支配者を目指してたんじゃないのか・・・?」
「それも少し語弊があるな。正確には地球の支配者を目指していた。・・・俺を見捨てた全ての人間への復讐としてな・・・。」
「復讐・・・。それだけのためにあんたは!」
「お前には分からんだろうな。・・・俺には妻がいた。そしてもうすぐ生まれそうな子供も!それなのに俺が異端審問にかけられた経験があるだけでどこの病院も妻を受け入れず結局死んだ!どちらも!それに私を師と慕ってくれていた弟子たちは軍に無理矢理徴収され、無茶な指揮官のせいで全員死んだ。どちらも俺は死に際を見れなかった!しかも、それだけじゃなくて毎日のように争いを続けこの世界を殺そうとする人間などいらない。そう思うんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
稜は一度顔を伏せた。
そして、顔をあげ、強い口調で言った。
「あんたの意見は自分が過去に納得したいがための我儘だ。確かにひどいかもしれない。俺には妻とかいたこともないから分からないからその苦しみも理解しきれない。それでもあんたのやってることは誰も喜んだりしない。・・・現にあんただって泣いてるじゃないか・・・。」
ファウストは驚いたように声をあげる。
「私が泣いている?これは歓喜の涙だ。」
「嘘つけ。」
「一つ言わせてもらっていいか?」
「何だよ。」
「お前も感じ始めているだろう?地球の鼓動を。」
「あぁ。」
「私はこの地球の支配者が一人でなければ納得できなくてね。・・・死ね!」
ファウストが突っ込んでくる。稜はそれを片手で受け止めると、そのまま流そうとして、しかしファウストがその手をつかんだまま自身の勢いを流し、稜を地面に叩きつけようとする。
「デビルズワード「漆黒の翼」。」
稜の背中に可視できる黒い翼の幻影ができ、回避すると、逆にファウストに一撃を与えようとする。ファウストはそれを受け止め、再び乱打戦になる。
「まったく!最後の最後で忌まわしい敵だ!」
ファウストは闘いながら叫ぶ。稜は答えない。
「「紅蓮の常深」!」
ファウストは強力な火系魔術を唱える。
「デビルズワード「魔神の息吹」!」
それを稜は風で受け流す。
それからしばしの間神の業にも等しい戦闘が行われた。しかし、稜はいくら力があると言っても戦闘経験は乏しく、見る間に熟練の猛者ファウストに押され始めていた。
「・・・・・・・・・・・!」
ファウストの呪文が当りそこね稜は声にならない悲鳴をあげる。
「ふふ、ようやく捉えた・・・。」
ファウストは勝利を確信する笑みで稜を見る。彼は一方の手を真っ直ぐ稜に向けると、詠唱を始めた。その力の大きさから稜は危険を察知し逃げようとするが、体が思うように動かない。
「どうだ、今の気持ちは?もうすぐお前は死ぬ。感想を言う暇を与えてやろう。」
ファウストは余裕然と振舞う。だが、その間にも手の先には光が凝縮してきている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・怖い。」
稜は小さく小さく呟いた。それがファウストには気に入ったらしい。
「そうかそうか、怖いのか!」
ファウストは嘲るように笑う。しかし、その笑顔は直後に凍りつく。
「だけど、諦めなければその怖さは屁でもないぞ!」
「よく言った!「炎燕の刀」!」
「「エレノールの聖水」。」
稜の背後から水と炎の呪文。ファウストにそれは直撃する。
「お前ら!」
「すまないな。少し遅れたようだ。」
「何だ!?お前らはー!!!」
ファウストが激怒して問う。だが、彼は後ろからの攻撃にそれを中断することを余儀なくされた。
「愚かなことをしたものだな、エドワード。」
「「審問」ワレイドだと・・・?」
痛みに顔を歪めながらワレイドを見る。
ワレイドはかつての頭首を見据えて堂々と言い放った。
「我らは今ここに「銀の夜」、「悪魔陣の創造主」の有志達とともに世界の恒久の平和を維持するための組織、「金の朝の創造主」を創設することを宣言する!」
「ば、ばかな・・・!」
ワレイドの言葉と同時にかつては敵同士だった魔術師と呪術師が次々と何もない空間から現れる。
そして、稜にもようやく事の次第が分かった。
「異次元転移・・・。」
「そうだ。ルシファー殿にも手伝ってもらってな。全員を魔界へ飛んでいた。幸い魔界でもファウストに加担した悪魔の粛清が終わっていて、わしらは一人として命を奪われることなくこうして戻ってきた。」
「くそがっ!このゴミ虫どもめ!うじゃうじゃと・・・。」
「暴言もそこまでにしないとな。・・・まったく私が嵌められるとは・・・。」
そう言って現れたのは、白銀の長髪をなびかせた若い男。
後ろにいた渡部が「悪魔陣の創造主」の盟主ファン・ナバーロ様だと教えてくれる。
ファン・ナバーロはファウストを見据えると、目にもとまらぬ速さで呪術を繰り出す。
ファウストはぎりぎりで防御するが、四方からくる呪術や魔術を避けきれず、次々とダメージを食らう。あっという間に形成は逆転していた。
しかし、第二波の攻撃が始まったとき稜は嫌な感じがした。そしてそれは現実のものとなった。
「てめえら、ふざけんじゃね!!!」
その恐ろしいほどの大音量は同時に障壁になっていたらしく魔術、呪術ともに全て跳ね返される。防御が間に合わなかった人間が次々と倒れていく。
「はぁはぁはぁ・・・。どいつもこいつも、俺の邪魔ばっかりしやがって!皆死んでしまえ!」
そう言うと、彼は恐ろしいまるで地獄と直結しているような声で歌い始める。
歌詞の内容も言語も理解できないが、彼の周りに光の輪ができたとき、稜は大声で叫んでいた。
「全員固まって守備態勢!」
「遅い!融合術「光爆の輪廻」!」
光の輪が急回転を始め、次々と光線が地面に降り注ぐ。一発一発がけた違いに強く次々と被弾し、消えていく。
「なんという力・・・。」
ワレイドもうめくことしかできない。
「もうだめか・・・。」
すでに再度の攻撃準備が始まっている。一度目はぎりぎりで防げたが、もう力は残っていなかった。
「さぁ!全員死ね!」
光線が地上に降り注ぎ・・・、そして終わった。もうもうと舞い上がる砂埃を見てファウストは額に大粒の汗をかきながら笑う。
「やったぞ・・・!やっと俺は・・・・。」
「「俺は・・・」何だって?」
その声にファウストは凍りつき、そして吹き飛ばされていた。
ファウストはゆっくりと起き上がり、信じられないようなものを見る目で呟いた。
「馬鹿な・・・何故貴様が・・・?」
そして、全てが風で流されたのを見たときファウストはようやく自分がへまをしたことに気づいた。全員生きている。そして、じっとファウストを睨みつける少女。「予知の魔術師」から教えてもらっていたことを今になって思い出した。
「悪魔を守る水・・・。」
「貴様の暴挙、もう見過ごしていられん。」
ファウストは己の体が燃えるのを自覚した。
「そして、炎・・・。くそっ!光爆の輪廻・・・!」
再びファウストの周りに光の輪ができて全方位に発射される。
「その技見切りました!「レイノアシールド」!」
ファウストの周りにシールドができ技が跳ね返ってくる。エリスがいた。
「盾・・・。」
「ファウスト!「破壊の導き」!」
ナイフにも似た鋭い刃物が飛んできて刺さったところから痛みを感じる。稜がいた。
「光・・・。」
「すまぬな、ファウスト。せめて後生は苦しまぬようにしてやろう。デビルズワード「虚無の空間」。」
ある一点から黒い円球が広がり始め、やがてファウストを飲み込んだ。ルシファーはそれを見送った。全てが・・・終わった。
「何でなの!?」
小夜の声が虚ろに響く。稜は悲しそうに微笑みながら、言った。
「ワレイドさんによると、この地球はもうもたないらしい。だけど、その術が成功すれば、また元通りになる。」
「けど、稜が犠牲にならなくたって!」
「決めたんだ、小夜。ごめん。」
「そんな・・・。」
稜は周りにいる人間と視線を合わせていく。最初に合ったのは渡部。
彼は静かに笑いかけると、優しい声で語りかけてきた。
「僕、実はあなたがたぶん初めての友人だったように思います。思い出は闘ってばかりでしたからあまりなかったかもしれませんが、それでも一日一日が本当に楽しかった・・・。
もし、もう一度会える日が来たら今度は名前で呼んでもらえますか?」
稜は笑う。
「宗君か・・・。分かった呼ぶよ。」
次に目があったのは山城。山城は一言それでも一番心に残ることを言われた。
「絶対に帰って来て。」と。
次にレイル。彼はぶっきらぼうに稜の方を見ずに言った。
「お前とは戦ってばかりだったな。だ、だが、エリスは渡さないぞ!今度帰ってきたら正式に勝負しろよ!・・・待ってるぞ。あと、お前との共闘悪くはなかった。」
エリスは若干涙声で稜を見て母のような微笑みを浮かべて言ってきた。
「いろいろありがとう。あなたとの思い出は・・・いいことと悪いこと半々でしたね。まぁ、これから・・・・・・・・・、あれ?何で涙が出てくるんでしょう?・・・・悲しんですかね?あはは・・・今まで本当にありがとう。」
稜は最後に小夜を見る。だが、彼女は眼を合わせない。
他の人間はそんな二人の様子を見て心配そうに見ているのを感じて稜は苦笑を浮かべる。
事の起こりは全てが終わった後のワレイドの提案にあった。
「もうこの星は復活できないほどのダメージをおった。・・・しかし、ファウストが融合術なるものから全ての命を自分の力として吸い込んだのなら、逆に膨大な力を持つ人間の命を生贄にすれば、必ずや元に戻る。幸い魔術師も呪術師もいるし、できる要素は整っておる。ただ・・・、あまりにも強すぎる術故、失敗の可能性も否定できん。それでもやってくれるのなら、儂のところに言いに来てくれ。」
それを聞いた時稜の心は揺れた。自分の命だけでこの世界は帰ってくる。・・・しかし一方でその事実に恐怖する自分もいた。まだ生きていた。そしてもっと世界を見ていたい。・・・けれどもそれは自分たちのいた世界ではならない。彼は迷った挙句結局ワレイドの提案を飲むことにした。
「そうか・・・。よく決断してくれた。君は英雄だ。」
ワレイドの言葉を彼はほとんど聞いていなかった。決行は明日で、術式は融合術「神の采配」というもので行われることだけしか頭に入ってこなかった。
夜、静かな大地で稜は一人佇んでいた。別に何か用事があるわけでもなく少し一人になりたい気分だったのだ。だが、それは叶わなかったようで後ろからきた小夜と話すことになった。
「明日・・・なんだよね。」
「うん。」
「明日になったら稜消えちゃうんだよね?」
「そうなる・・・と思う。」
「私と稜は一生会えないんだよね?」
「あぁ・・・。」
その瞬間、頬に鋭い痛みを感じた。
「痛っ!何する・・・。」
「何するんだ!」そう言おうとして柔らかいもので唇がふさがれる。
永久にも等しい一瞬。それは思ったよりも早く終わってしまった。
小夜は眼から溢れる涙をふくこともなく、自分の心をぶつけてくる。
「何で、何でそんな簡単に言えちゃうの!?私、嫌だよ!稜と離れるのはいや・・・。」
「小夜・・・・。」
「だって、好きだから・・・。稜が好きだから!」
「・・・俺も好きだ。・・・けど、これは俺たち以上に全ての人にかかわる問題なんだ。だから我儘言ってられない。」
「そんな・・・・・・。」
体の力が抜けて倒れそうな小夜を支えながら稜は優しい声音で約束した。
「俺、帰ってくる。待ってくれ、なんて言わない。待つのに飽きたら誰のところでも行けば良い。それでも・・・、帰ってくるから。」
「期待しないで待ってる。」
二人は笑いあい、月夜のもとで優しくキスをする。やがて、日は昇り始め、そしてその日が訪れる。
「それではお願いできますかな?」
ワレイドの言葉に稜は頷く。そして、始まった。魔術師側と呪術師側からお互いの力を相殺しないように細心の注意を払いながら稜に力を注ぎ込んでいく。そして、一定の力が溜まるのを見計らって、稜はこの世の全てを包むような声で詠唱した。
「融合術「神の采配」」
世界は光輝きそして収束する―