第四章
第四章初めての恋心と強大な敵
「ワレイド様、長期の旅大変ご苦労様です。大変せまくはございますが宿屋を近くに用意していますのでこちらに。」
エリスは緊張していた。彼女の直属の上司であり、「銀の夜」の現頭首を前にしても起こらなかった緊張は今、この瞬間に起きていた。といってもやむをえないかもしれない。
「銀の夜」においては異色の存在。そしてあまりにも強大な存在。それが彼だったからだ。今でも膨大な魔力を放っている。これが牙を向けばどうなるかは明白だったし、一度話したことのある祭具守護隊の一人、「奏楽の魔術師」は「審問」についてこう語っていた。
「「審問」はね、私たちの中でも異質な存在なのよ。何せ、何百年、果ては「銀の夜」創設時にはもういたって言われてるくらいの伝説的な人物でさ、魔力もケタ違いで、「審問」以外の祭具守護隊が全員でかかってもあいつには勝てないかもしれない。もちろん、表の人間が全員でやってもね。・・・それなのに、彼は上を狙わずに裏の仕事に就いてる。・・・
不気味じゃない?」
「奏楽」は守護隊の中でも最も親しみやすく、明るかった女性だったが、そんな彼女ですら若干の恐怖を浮かべていたのは意外だった。ちなみに、祭具守護隊の人間は祭具の近くから離れるには頭首の命令が必要であり、必然的に地下深くにある祭具に縛られるため、祭具守護隊の人間、あるいはそれに配属された人間は自分たちを「裏の人間」と呼び、本部守護隊や遊撃隊を「表の人間」と呼んでいた。
「そう畏まらんでもよい。別に儂はそなたを怖がらせるために来たのではないのでな。」
深くしわがれた声で「審問」、ワレイドは言った。
「すいません、伝説の方を目にしたのでつい・・・。」
「よい。」
だが、意外といい人そうだった。確かに無愛想だが、目も合わせず話さないわけではなく
それなりに気を使ってくれてもいる。
「では、こちらへ。」
エリスは空間転移の呪文を使用し、魔術師しか泊まれないホテルへと繋げ、案内した。
「何で私は誘ってくれなかったの?」
小夜はふくれっ面で稜に尋ねてくる。
「いや、朝倉がすでに配り終えてたから・・・。」
「僕らだけ置いていくなんて君は何も思わなかったのかい?」
「・・・そりゃ、思ったけど・・・。」
「エリスと二人だけが良かった?」
「違う!」
稜は三人から愚痴を言われ続けていた。もちろん、論題は「何故、稜はエリスと二人だけで遊園地に行こうとしたのか」である。
これについては三者三様の表情を見せていた。まず、小夜はどこかむかついたような顔。
渡部は二人だけで行こうとしたことに対する落胆。山城は相変わらずのなんとも言えない無表情だ。
「だから、皆で一緒に行こう!ってチケットまで用意したんだろ!?」
稜は軽くなりすぎた財布を思い出しながら、言う。
「まぁ、これはもらっておくけど・・・。」
三人の手にはそれぞれチケット。
「ただいま〜!」
エリスが部屋に入ってくる。ここは渡部の部屋。一番学校に近く、それなりに広く、しかも一人暮らしなので他の四人の家も近いのでここで集まるようになっていた。
「あれ、皆どうしたんです?そんな顔して?」
そして、三人の手にあるチケットを見て、笑顔だった表情を凍らせた。そして、稜に向きなおる。稜は意味もなく背筋が凍る思いがした。
「・・・なんだよ?」
「いいえ?ただ何故皆さんの手に遊園地のチケット・・・それも私たちの行先と同じ場所のチケットがあるのかなぁと思いまして。」
「それがな・・・。」
「ずるいから。私たちだって朝倉君たちをエリスちゃんと同じくらい心配したのに、少し最後の決定打加えたくらいでチケット貰って・・・・。」
「小夜さん・・・?あなたは何て理不尽な言いがかりを・・・。」
「言うんです?」と言いかけてエリスは止めてさっき小夜が言った言葉を思い出し、そして違和感を見出した。
(小夜さんは遊園地のチケットを貰えなかったくらいでふてくされるような子どもではない。それなら、最初のずるいという意味は・・・。)
エリスはにやりと笑う。そして、少しエリスの様子に怯える小夜に対してこう言った。
「それだったら―。」
「ご、ごめん・・・。いろいろ身支度に時間かかっちゃって・・・。」
さすがに暑いからか、腕が結構出る半袖に足が結構出るミニスカートを履いている。それでも誰も彼女の四肢について注目しないのは小夜が仲の良い「水鏡の魔術師」山城憐が再び偽装の魔術でもかけたのだろう。
二人は合流すると、すぐに歩き出す。他にはもう誰も来ないからだ。何故こうなったのかと言えば、やはり昨日のエリスの発案が原因だろう。彼女は昨日の席でこう言い放ったのだ。
「それだったら、小夜さんと稜君が一緒に行けば良いんです。それに今思い出したんですけど、私明日仕事が入ってて・・・。「銀の夜」のね。宗君と憐も同行してもらうので明日は二人で行ってきてください。」
そうやって押し切られたのだ。それでもエリスに比べれば小夜の方が気心も知れてていやすいといえばいやすかったが。
「そういえば、今日行くところって何があるの?」
小夜は話題提起のつもりかそのようなことを尋ねてくる。
稜もそれが気になってそれについては調べてあったから答えられた。
「確か、結構大きい規模のジェットコースターが・・・。」
「タイフーンだよね?」
「あ、うん。それ。って何で知ってるんだ・・・?」
「えっ、い、いやそれはニュースでやってたから!」
「そうなのか?で、あとは国内最大級の観覧車も・・・、確か一回回る時間が・・・。」
「15分だよね。」
「それもニュースで見たのか?」
「ええと・・・。」
稜は一度溜息をつくと、笑った。
「調べてきたんだろ?」
「ええと、うん。何乗ろうかなぁって思って・・・。」
「じゃあ今日は俺が小夜にエスコートしてもらわないとな。」
そう茶化すと小夜は可愛い笑顔を浮かべて頷いた。
休日の始まりだからか、それとも夏休みが始まったからなのか、遊園地にはたくさんの人がいた。それでも、朝倉からもらったチケットは特別なものだったのか、ほとんど待ち時間なしで乗れた。昼までには遊園地内の半数近いアトラクションを制覇していた。
昼からもそれなりに数をこなしていたが、小夜はあるアトラクションの前で顔をひきつらせ立ち止まった。そこはこの遊園地に来てから何度も通り入ろうとしては思いとどまって止めたアトラクションだった。そのアトラクションの名は「恐怖!廃病院でうろつく怨念達!」おどおどしい音楽と、建物の外観だけでもう怖いのに中からは叫び声が聞こえる。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
小夜は青白い顔をして、見ている。
稜は「別にこれにしなくてもいいだろ?」的な事を言おうとして小夜に袖をひっぱられ、気づけば中に入っていた。だが、かなり長い構造らしく「気分が悪くなった方はここから出てください」の表示が点々としている。それを見ただけで普段はあまり怖がらない稜でも恐怖心を煽られた。
それでいて中は当然だがかなり暗い。と、
「うわぁ〜!!!」
奇声をあげていきなり横から幽霊役の人が出てくる。
「ぎぅやうああー!!!」
だが、こっちも負けていない。これが本当に人の声なのかと思うほどだ。
それからというもの小夜はものすごい勢いで稜にひっついて来た。稜的には頼られてる感じがしてとても嬉しいのだ。
ようやく一段落したところで、稜は話しかけた。
「なぁ、小夜。」
「何?」
「小夜ってお化け怖いのか?」
「当たり前でしょ?人智を超えた存在なのよ!?」
まぁ、このお化け屋敷の方は人智を超えていないと思うが。
「別にそんなに怖がることないんじゃないか?」
「な、何で?」
「一人じゃないから。頼りないかもしれないが俺がいる。ほら、腕組まずに手を組め。そうすると、お互いの温かみを感じていい。」
「うん・・・・。」
小夜は自分の手を稜の手と繋ぐ。小夜の手はまるで男のようにごつごつしていたが、稜はそれが小夜の手のような気がして強く握った。それからは、やっぱりお化けに恐怖しつつも、稜と手をつないだ安心感からかものすごい悲鳴は無くなった。
だが、小夜と稜がお化け屋敷からでた瞬間、信じられない事態が目の前で起きていた。あれだけいた人は皆地面に伏し、数人の人影が対峙していたのだ。
「宗君、憐、エリス!?」
三人はその声にちらっと横目で稜を見て苦笑いすると、再び前を向いた。彼らの視線の先には前にプールのときに襲ってきたレイルとまだ若い二十代くらいの男の二人。
「エリスちゃんが、僕の目の前に現れるときはいつも敵としてだね・・・。本当に悲しいよ。」
レイルの声が空しく響く。
「ふん、僕を敵とするにはあまりに貧弱な陣だね。で、どれだい?前に君を威圧感だけで撤退させたのは?」
若い男の質問にレイルは小夜の方を向く。男はうん?という本当に不思議そうな顔で再びレイルに尋ねる。
「本当に彼女なのか?全然殺気を感じない。」
「騙されてはいけないぞ。あいつは真剣に放たれる呪力だけで殺されるそうになるくらいだからな。」
若い男はじっと小夜を見て、小夜の四肢を見て、納得したように頷き、いきなり小夜に話し始めた。
「僕の名前はケビン・ドラント。よろしくね。」
「よ、よろしく・・・。」
「一つ質問いいかな?」
「は、はい・・・。」
「その腕と足、最初からそんなものなの?」
「そうですけど・・・。」
「そっか・・・。」
ケビンはただ笑っていた。そこから動く様子もない。だが、小夜とケビンの間に入るように渡部が入ってきて、その認識が間違えていたことを知る。
「「遮断の熱波」!」
渡部の目の前に炎の盾。しかし、その盾は簡単に破られ・・・。
「どかん!・・・なんてね。」
ケビンは渡部に鋭い一撃を与える。それだけだった。渡部は崩れ落ちる。ケビンは小夜の眼の前にいた。
「あっ!」
小夜も稜も今の状況をようやく認識する。
「すまないな、お嬢さん。」
ケビンは手をあげ、しかし、それを振り下ろすことなく後ろへと飛ぶ退った。
「ったく・・・、いい時期に現れるなぁ・・・。ワレイド・・・。」
空間から割って出てきたのは初老の神父さんのような服を着た男性。
「審問の魔術師」ワレイドであった。さらにワレイドの出てきた後から数人の魔術師がでてくる。
「そこまでじゃ・・・、「幻想」の呪術師ケビンと「悪魔剣の使い手」レイル。」
「くそっ!」
レイルは悔しそうに悪態をつく。しかし、ケビンは余裕を持った態度で対峙している。
「まぁ、ここまでお揃いでは僕たちもさすがに苦しいですがね。・・・少し見誤りましたね。」
「!?」
ワレイドは鋭い声を飛ばす。
「この景色は幻想じゃ!感覚を研ぎすませ!」
「さすがに察知も速くていらっしゃる。・・・しかし、何も見えないのでは意味がない。」
「ぐわっ!」
一人が倒される。しかし、どこにいるのか分からない。というよりも誰が誰なのかすらもケビンが張った呪術による幻想で分からなくなっていた。次々とケビンが連れてきた配下の人間は倒されていく。加えて、全員違う幻想でも見せられているのか同士討ちをしたりあろうことかワレイドに攻撃を仕掛ける者までいた。
だが、歴戦の兵ワレイドもすぐに機転を利かし、大声で呼ぶ。
「エリス!」
エリスもエリスでその声の意図を理解する。
「「聖結界」!」
彼女の技聖結界とはその範囲の呪術を無効化するもの。それを一帯に広げれば・・・。
「ほぉ、僕の技を吹き飛ばすとはさすが。」
「今じゃ!」
「だけど・・・。遅かったですね。チェックメイト。」
場は非常に魔術師側にとっては不利な状況になっていた。レイルが牽制して、近づけないエリスにワレイド、渡部に山城。対してケビンは小夜に最接近していた。
「それでは最後くらい華々しく散らせてあげよう。デビルズワード「死への送花」。」
小夜の四肢が光り出し、小夜は苦痛に顔を歪める。小夜の四肢から放たれる呪力を使っているのだ。
「や、やめろ!」
稜はものすごく久しぶりの大声を出す。その手を小夜の手と繋いだまま。
「おや、一般人を殺すのはしのびないが・・・、覚悟してもらおう。」
ケビンの向けた手には眩い光が集まっていた。
「逃げて・・・。」
小夜が弱々しく呟く。その声はしんとした静かさがあった。どこかにあきらめにも似た何かが。稜はぞっとした。小夜が死ぬ。それだけは考えられないし、嫌だった。
「嫌だ。」
「逃げて・・・。」
小夜は繰り返す。それでも稜の心は決まっていた。
「嫌だ!!!俺は小夜をおいていけない!」
「稜・・・。」
「まったく熱いお二人さんだな。それでは良き旅路を。」
光が向かってくる。稜は小夜と光との間に入って、小夜をかばう。
「嘘だろう・・・?」
渡部は呆然と呟く。死んでしまった。稜も小夜も・・・。
「ははは・・・・。マジかよ・・・。」
あいつらが殺した。許せない。
渡部は自分の中で燃え盛るような熱さを感じた。「導火の魔術師」たる彼の本性。
(コロシタヤツラガニクイカ?)
「あぁ、憎い。」
(ジブンノチカラヲモウオサエタリシナイカ?)
「しない。これ以上後悔はしたくない。」
(イイダロウ。オレトオマエノフタリデヒトツノシンノチカラヲミセテヤロウゼ)
最初に渡部の異変に気づいたのは山城だった。
「どうしたの?」
「憐、俺ちょっとあいつら殺してくるわ。」
渡部は自分の事を「俺」などと言ったことなどなかったのに、今は人が変わっていた。
「そこの雑魚。何している?お前も殺してしまうぞ?」
レイルはまだ何も気づいていないようで渡部に剣は突き付けている。
「馬鹿が・・・。」
渡部はそれだけ呟くと、堂々と歩みを進める。レイルの攻撃範囲に入ると、レイルはためらわず剣を振るう。しかし、それは途中で止められた。渡部の周りをものすごい魔力の炎の壁が覆っていた。
「ばかな・・・?」
「死ね。」
「なっ!」
渡部は炎をまるで触手のように自由に使い、レイルを攻撃していく。そこには今までのような弱さが嘘のようになくなっていた。
「ぐっ!くそがぁ!!!」
レイルは憤怒の声を上げるが、間髪入れずに迫る炎の触手に攻撃できないどころかダメージまで受けていた。
「何だ、こいつ?今までとは全然違う・・・。」
レイルはプールの時に感じた恐怖と似たような感じを受け、下がる。それをエリスは見逃さなかった。
「「聖結界」!」
レイルの動きを封じる。
「「崩落の千矛」!」
ワレイドの詠唱でケビンは全てを防ぐという神業をやったあと、邪悪な笑みを浮かべ、言った。
「まぁ、今日はこれくらいで終わりだ。目標は達せられたしな。」
ケビンは一瞬で消える。残されたのはレイルだけだった。
「くっ・・・、殺せばいいさ。俺は用済みだ。いてもいなくてもいい存在ってことだ。」
レイルの自嘲気味の笑いにワレイドは表情を変えず、詠唱し始める。その様子に声を上げた人間がいた。
「待って下さい!その人を殺すのを・・・。」
意外にもエリスだった。
「どういうつもりだ?」
ワレイドは冷たい視線をエリスに向ける。
「それは・・・その・・・。」
言いあぐねるエリスに、声がかけられた。まったく予期していない人間が。
「いいんじゃないのか?」
「り、稜!?」
エリスの驚く声は他の人間にも伝わった。
「稜!?・・・それに小夜も!」
山城は本当に嬉しそうに声を上げる。それは渡部にも伝わったらしい。
「な・・・お前たち・・・、生きてたのか!?」
先ほど纏っていた殺気と炎は崩れ落ち、いつもの渡部に戻っていた。
稜は渡部に笑みを向けると、エリスとワレイドの方に向き直った。
「そいつ、確かに敵だったのかもしれない。けど、「昨日の敵は今日の友」っていう言葉もあるみたいにさ、仲良くなれるかもしれない。」
「そんな絵空事を・・・。」
ワレイドはやれやれと言った感じで首を振る。
「・・・それよりも貴様。何故ケビンの攻撃を喰らっても平気だったのだ?」
稜は自分の体を見て、ワレイドの質問に答えた。
「よく分からないけど、あいつの攻撃が俺の体に吸い込まれていって・・・・。」
「「吸い込まれた」?」
稜が頷くのを思案顔でワレイドは考え込んだ後、突然ふいと稜に背中を向け、エリスに向けてこう言い放って帰った。
「儂は仕事があるので帰る。」
ワレイドが帰った後、渡部との戦闘でケガしたレイルを診ようとしていたエリスはレイルに話しかけられた。
「さっきはありがとう。やっぱり君は素敵だ・・・。僕は間違えていたのかな。」
「何を?」
エリスは手当の準備をしながら、尋ねる。
「僕は今まで君を手にしたくて・・・、手にしたいが故に君たちを困らせ、傷つけようとしたのに、殺されそうな僕を助けてくれた。あんな方法で君の愛を得ようとした僕を。
正直嬉しかった。僕はだから間違ってたんだろうなぁって・・・。」
エリスはその様子を見ながら、わざと冷たい声で言い放った。
「そうですよ。本当に毎日毎日うざくてうざくて・・・・。」
「そうだよなぁ・・・。」
「だけど、そんなあなたを私は放っておけなかったんです。」
エリスのその言葉にレイルはぱあっと顔を輝かせる。
「か、勘違いしないで下さい。別にあなたの事を好きになったわけじゃないですから。」
「そんなのいいよ!君が僕を放っておけなかったっていうだけで。」
「だーかーら!そんなに特別な意味はないんですよ!?」
「あいつら仲いいなぁ。」
稜はそれを横目で見ながら、渡部たちに自分の身に起きたことを説明してもらっていた。
「あなたがあれほどの高呪力の受けて無傷なのは非常に稀有な能力、「中間体」であると考えられる。」
山城は相変わらず無表情でそれでもやや表情に驚きを含めて説明する。
「「中間体」?」
聞きなれない言葉に稜は首を捻る。山城は続けて答える。
「普通は呪力を受けると、体内中の呪力が増加して、普通の人では耐えきれなくなってその人は消えるけど、「中間体」の人間はどれだけ強い呪力を浴びようとも常に中性力によって体を構成するようになる体質があるから体に呪力が残ってもそれを自分の構成物質として使うことができる。・・・要するに人間版「エネルギー吸収体」。」
「試しに「凋落への誘い」という術を唱えてみるんだ。」
渡部の言葉に頷くと「凋落の誘い」という言葉を呟く。その瞬間だった。
稜の言葉が空気中に浮き出てきて、それらは一番近くにあった木へととりついた。
と、あっという間に木は朽ち果てていく。
「これが君の力。あの「幻想」の呪力をもろにくらったんだ。今の君には並みの呪術師より強い力がある。」
渡部の言葉に稜は自分の手を見た。
「ねえ、大丈夫?」
そこに小夜が声をかけてくる。小夜は稜が盾になったおかげか無事だった。
渡部はその様子を見て納得する。
「そういえば、彼女の力もあったんだな。」
「わ、私?」
「あぁ、君の四肢は呪力を絶え間なく放つほどの強力な呪力を持っている。僕たちはお守りをもっているから大丈夫だったが、稜は平気なわけがなかった。しかし・・・、「中間体」だとしたら説明がつく。とすれば、稜。君はとんでもない力を持っているのかもしれない。」
「ま、待ってくれ・・・。じゃあ小夜が今までに会ってきた人間は・・・。」
自分でも絶えず呪力を浴び続けてきたのなら小夜との接触の多い人間、とくに家族はとうの昔に消えているのではないのか。だが、渡部は首を横に振った。
「前も言ったと思うがあくまで呪力は「世界の負のエネルギー」にすぎない。呪術師が使う呪術は呪力を糧にした力にすぎないから、まったく別もの。彼女の力は呪力と対極の魔力を持つ人間には中和されるという危険がつくが、それもそう言った力を微々たるものしか持たない一般人がそう言った事を起こす危険性は少ない。・・・たぶん、起きてもその人の負の感情を増幅させる程度だろうね。」
その言葉に稜は思い当たることがあった。例えば、小夜の家族。彼らは小夜に必要以上に怯え、迫害し、逃げた。いくら気味が悪いからって実の娘にそんなことするものなのか?と思っていたが、もし負の感情が増幅して、小夜への嫌悪の気持が増えたとしたら?十分考えられる話だった。小夜が体育の先生によって自分の四肢の事が知られた時も、先生は嫌がる生徒の長そで長ズボンを脱がせた。正直やりすぎだと思ったが、もし体育の先生がいくら注意しても聞かない生徒に業を煮やした憎悪が増幅したのなら?
「そうだったのか・・・。じゃあ小夜の四肢は何とかして普通の四肢に直せないのか?」
稜は一縷の望みをかけて尋ねる。しかし、渡部は首を横に振った。
「これはあくまで予想だが、彼女は生まれたときから今まで成長に伴って四肢も大きくなったという現実を鑑みれば、それが彼女の腕のデフォルトなのかもしれない。」
「そんな・・・。」
小夜はずっとこの様々な力を持つ四肢と付き合っていかなければならないのか。だが、稜の気持ちを察したのかは分からないが絶妙のタイミングで山城は加えた。
「直せるかは分からないけど、たぶん「奏楽の魔術師」なら・・・。」
「そっか・・・。彼女は呪力の扱いに長けていたからね。それに確か呪力汚染も詳しかったな。」
「「奏楽」がどうかしたんです?」
エリスがレイルの手当を終え、レイルとともに戻ってきた。
山城と渡部はやや警戒するが、レイルはそんな様子を見てはっきり言い放った。
「もう何もしねえよ。それに俺の当面の敵は何の因果か、呪術師になったしな。」
「なら、いいんだが・・・。」
渡部がおとなしく下がったのを見てレイルは不思議そうに見つめる。
(あいつ、あんなに弱かったっけな?)
レイルの闘った渡部はもっと強力な魔力と闘気をもっていたような気がしたが今はそれがまったくない。レイルは自分の思っていることが顔に出ないように気をつけながら、目の前の会話に耳を澄ませる。
「いや、小夜の手を直せないかと思ったんだけど。」
「「奏楽の魔術師」ならいけるんじゃないのか?」
渡部と稜の言葉にエリスは眉根を顰める。
「それは・・・たぶん無理です。「奏楽」は今ヨーロッパ戦線に投入されてますし。」
「ヨーロッパ戦線?」
小夜が首を傾げるのにエリスは頷いて答える。
「もうすぐ「悪魔陣の創造主」と「銀の夜」が戦いを始めようとしてるんです。両方の本陣があるヨーロッパで。だからほとんど総力戦になるみたいです。だから・・・。」
「だけど、ヨーロッパ戦線の開戦はまだみたいだし、エリスの空間転移の術でいけるんじゃないのか?」
レイルの言葉にエリスはキレぎみに答える。
「そんなに遠くに飛べません!そんなに遠くに飛ぼうと思ったら、それこそ今日のケビンくらいの呪力を超える呪力がないと!魔力もそう!どこにそんな膨大な力が・・・。」
そう言いかけてエリスは皆の眼がある一点に集中していることに気づいた。そして、彼女自身も気づく。
「その手があったんですね・・・。」
その日のうちに稜たちはエリス経由でヨーロッパの「銀の夜」の人間に連絡を飛び、稜は結構長い空間転移の術の詠唱を練習し、それぞれ準備を整えていた。彼らが行く先は険しいこともしらずに。
一方、ヨーロッパ北東部「銀の夜」本陣。
彼らは急いで作られた本陣のテントで日夜会議に勤しんでいた。他の兵士もこれが魔術師の未来を占う一戦であることを認識しているらしくどこか浮足立っていた。
そんな本陣のテントではまだ若い女性の魔術師が声を張り上げていた。
「何故、私たち祭具守護隊がこのような危険地帯に配置されているのですか!?私たちは本来殺すことを目的とした戦闘方法は素人同然でこんな激戦区にいけば全滅確定ですよ!」
彼女の二つ名は「奏楽」、名はミリー。祭具を守りし一人で呪術の事に関しては敵以上にそれを知る人間だが、彼女とて戦闘経験はないに等しい。最後の戦闘経験は約5年前とブランクもある。それでも戦争の恐怖を知っている人間だからこそ、何もできない人間が役立たずなことを知っていた。だが、そんな彼女の様子を見て鼻で笑い立ち上がった人間がいた。
「迅雷の魔術師」、コーバー・フライである。先遣部隊の大将にして「銀の夜」の本部守護隊の筆頭でもある、彼はミリーが知る中では最も「表の人間」らしい魔術師といえた。「裏」を蔑み、死んでも構わないという下種な人間のことだ。
「まったく君たちは理解していない。君たちは祭具守護隊という以上に「銀の夜」の一員だ。そうやって駄々をこねられると後々士気にも影響するのだよ。」
その言葉を聞いてミリーは心の中で叫ぶ。
(このくそ野郎!「審問」がいないからって調子に乗って・・・!)
だが、そんなことを言えるはずもない。ただ、彼女は睨むことしかできない。そんな中おどおどとした拍子抜けする声が座に響いた。
「も、もうやめましょうよ!すいません、「迅雷」さん・・・。うちの大将は今機嫌がよくなくて・・・。」
このひ弱そうな男の二つ名は「守宝」、名はモリス。祭具守護隊では守備的役割の人間である。だが、その力は「審問」と並び出でるほどなのに、彼はその性格で今回はミリーの副将的立場にあった。
「何で、あんたが出てくんのよ!」
「す、すいません・・・。けど争うのはよくないですよ・・・。」
二人がひそひそ話をしていると、表の人間からも再び意見が飛んだ。
「確かに魔力はあろうとも戦闘経験はないに等しいのですから、戦闘経験豊富な我が方からも増援を出すべきかと存じまする。」
そう言ったのは「砕土の魔術師」デトナー。表の人間では良識派にあたる人間で、「迅雷」の副将にあった。今回の作戦は長年ここ一帯を警備していた遊撃隊を加えた「表の人間たち」の本隊に祭具守護隊の副隊が加わる格好であり、当然、それらの軍の扱い方には苦慮していた。
「それでいいですよ・・・、ねえ?ミリー?」
おどおどと尋ねてくるモリスをミリーはキッと睨むと、大声でその場に対し、威圧する。
「馬鹿言わないで!デトナーの意見はもっともらしく聞こえるけど、所詮は付け焼刃。闘うことに異論はないけど、うちは後方支援の方がもっと力を発揮できるし、実際そんなのばっかり!」
「ふん、これだから、小娘は嫌いだ・・・。」
コーバーが呟くのをミリーは睨みつけ、そこで凛とした静かな声が彼女を諌めた。
「そこまでだ、ミリー。」
「トゥドル・・・。」
それは座の一番端で静かに瞑目し聞いていた「聖印の魔術師」トゥドルだった。祭具の秘密を開けるのに必要な聖印の意味を知り、使用できる唯一の存在にして、祭具守護隊屈指の知将。ミリーは期待した。彼なら変えてくれると。だが、彼の口からでてきた言葉は彼女の期待を大きく裏切った。
「分りました。戦場に到着するまでには少し魔力が必要になりますので陣の構築に行ってまいります。ミリー、モリス、行くぞ。」
そう言うとトゥドルは本部を出ていく。この瞬間、祭具守護隊が最前線で戦うことが決まった瞬間でもあった。ミリーは全てを破壊したくなる衝動を抑え、モリスとともに外に出る。そこではトゥドルが静かに立っていた。彼はミリーとモリスを見ると、静かに話し始めた。
「この戦・・・妙だ。ここは「銀の夜」の支部でここが落とされると相当苦しくなるのに、本部はまったく守る気がないようにしか見えない。実際ここの総大将があんな馬鹿ではここも数日経たずに落ちるだろう。」
「よくは分かりませんが、何かエドワードさまにもお考えがあるのでは?」
「それが分からない。とりあえず、我々は多くの敵を倒し、戦果をあげ後の事を考えねばならぬ。今のように日陰者のままでは不利益をこうむり続ける。・・・今日のように。我々祭具守護隊は力を見せねばならない。」
「そうね。こうなったらやるしかないわ・・・。癪だけど。」
三人は頷きあった。そのとき、ミリーの携帯に着信が入り、彼女は携帯を開く。メールだった。そこには懐かしい名前があった。ミリーの友、エリスだった。エリスのメールには次のように書かれていた。
「少しお願いしたいことがあるの。例の「ファウストの四肢」について。彼女の腕を見て。それから可能なら直して。」
さらに下ページにいくと、
「というわけで明日そちらに行きます。たぶん呪力の空間転移で行くので、対呪力シールドの一部解除もお願い。時刻は9時ちょうど。」
ミリーは早速二人にそれを見せると本陣にそれを見せに行った。時はもう夏が遠くへ行きそうなときのことだった。