第二章
第二章強き力
普段とは何も変わらない朝。しかし、稜は一味違う朝を送ることになっていた。
まず一つ目は小夜の存在。中学校に入学するころから、なんだか気恥かしくて一緒に登校するのを止めていたのだが、昨日の事件の後、稜が「守ってやる」的な事を言ったことで今日から一緒に登校することになったのだ。
「小夜は分かるんだよ・・・。だが、何でお前たちが一緒何だ?」
「おやおや、二人だけのアバンチュールを楽しみたいのは分かるんだがね、君だけじゃ心配なんだ。」
渡部は稜の冷たい眼をどこ吹く風で受け流す。
「あなたは無力。それにこれは私たちの仕事。気にしないで。」
そこに山城が容赦ない一撃。稜はやや傷つきながら、尋ねる。
「というか、誰が俺たちを襲うんだよ?「銀の夜」とかいうのはお前たちがいるし、襲ってこないんだろ?」
「私たちの組織にも殺せという意見はある。けれど、現状では「悪魔の四肢」を破る魔術を使えるものはいない。」
「ええと・・・、要するに・・・。」
「当分はない。」
「そ、そうか・・・。」
「だがね、僕たちとは違う組織が小夜君を狙いにくるかもしれない。」
「違う組織?」
渡部の眼が急に真剣になる。
「「悪魔陣の創造者」・・・。」
「私たちと敵対する呪術師集団の事。」
山城が補足する。
「というか、前から気になってんだが、呪術と魔術ってどう違うんだ?」
「呪力を使う術式と魔力を使う術式の差だけよ。いろいろ思想とかは違うみたいだけど。」
小夜が言うと、山城は繋ぐ。
「魔力とはこの世界の正のエネルギーの事で、呪力とはこの世の負のエネルギーの事。」
「けど、それと小夜の四肢とはどういう関係にあるんだよ?」
稜は尋ねる。
「彼女のそれはゲオルク・ファウストの四肢。悪魔に魂を売り、その代償として「下の世界」へと持っていかれたもの。」
「ゲオルク・ファウストというのは十六世紀のドイツ人の錬金術師でね。錬金術というのは元来が魔術と原理が似ていたため、魔術師であるという認識だったんだが・・・。」
「彼は己の愚かな欲望のために悪魔を呼び出そうとした。」
「だが、悪魔というのはものすごい力と器を持っていて、故に召喚陣を書いたんだが、いかせん一人の人間で呼び出すのは無理だった。そこでファウストは考えたのだ。どうすれば、悪魔を一人で召喚できるのか?」
渡部と山城の交互に行われる説明を聞きながら稜は次の質問を紡ぐ。
「何でファウストは一人での召喚にこだわったんだよ?」
「彼の野望は世界征服だったといってもかい?」
渡部は嘲笑を浮かべる。しかし、それは稜に向けられたのではなく、その場にはいないファウストだったような気がした。
「世界征服に二人もいらないか・・・。」
「そう彼は絶対の支配者を目指し、そして彼は一つの方法を見出したんだ。」
「まさか・・・。」
「そう、悪魔の体を構成する負のエネルギーが集まりやすい自らの四肢に召喚陣を書いた。そして、実際に彼は悪魔を召喚し、彼は絶対的な力を手に入れたはずだったのだが・・・。」
そこで渡部は話を区切った。
「結局悪魔の力に耐えきれず、五体がばらばらになったんだ。その様子を記したファウストの部下の手記が我らの組織にあってね。こう書いてあった。
「私、ユストゥスはファウストが悪魔に四肢を引きちぎられ、頭が飛ぶのを見た。悪魔は私を見て言った。「永久の輪廻がこれから始まる」と。」
なかなか壮絶だろう?」
渡部はなんともいえない複雑そうな顔で言う。それは悲しそうであり、それが当然であるとでもいうような顔。
「それで、彼女の四肢は一度は「下の世界」に落とされ、悪魔の力に直接干渉したせいで普通の人が持つ負の力、呪力の何千倍もの呪力を持つようになった。」
「僕たちがカラオケで言っていた「魔力干渉」というのは小夜君の四肢が放つ呪力によって僕たちの体を構成する魔力が中和されることなんだ。」
「魔力が体を構成・・・?」
稜の怪訝な顔を見て渡部は説明する。
「僕たちが魔術を使えるのはこの世の正のエネルギーを理解し、それによって人間だれしもの体にある魔力と呪力のうち、魔力を増幅させたからなんだ。僕たちの魔術は周りにある魔力と自分の体内にある魔力を重ねて発現させるものということ。」
「けれど、この世の負のエネルギーである呪力と魔力がぶつかると、中和され、「中性力」というものになる。科学でいうところの酸性と塩基性みたいなもの。中和が起きると、魔力を体内に多く取り入れて、魔力を体内の構成物質としている魔術師は命の危機に晒される。」
珍しく長く話した山城にまた疑問が起こる。
「じゃあ今までよく生きてたな。長い間監視してたんだろ?」
「問題ない。これも今日思い出したんだけど、対呪力用に御守りもらってきてるから。」
「そうなのか・・・。」
稜は朝の通学路で思った。カラオケのときは気まずくて何も話せなかったのに、今は一応の敵であるにも関わらずなかなか話が弾んでいる。質疑応答だけど。
「というか急いだ方がいいんじゃないか?」
「そうだね。」
「問題ない。空間転移で飛ぶ。「時空の歪み」。」
そう言うと山城は杖を振る。しかし、何も起きない。
「そういえば、それがあった。」
そう言って恨めしげに小夜の腕を見た。
「って、できないことはするもんじゃないと思うよ。」
渡部はやれやれといった感じで走り始める。
空は青い。もうすぐ、夏だ。だが、台風はもうすぐ迫りつつあった。彼らにもまた。
「ミスター・エドワード。一体何の御用ですか?」
エリスは不機嫌に目の前の上司を睨みつける。
「ミス・エブァン、そんな怖い顔をすると可愛い顔が台無しだよ。」
「冗談は止めてはやく本件を。」
「まったく・・・。」
エドワードはやれやれと首を振ると、エリスにとんでもないことを言った。
「君に日本に飛んでもらいたい。」
「はっ?」
「言葉通り、日本に行って例の監視対象の監視に努めてくれたまえ。」
「ば、ばかなことを・・・。そんなことをすれば、この本部を守る「堅牢の魔術師」の私がいなくなりますよ?」
「「覇矛の魔術師」がいれば大丈夫だよ。それに「悪魔陣の創造者」のメンバー数人が日本へ飛び立ったという報告があった。時間がないんだよ、ミス・エブァン。」
「・・・・・・・・・・・分かりました。」
エリスは部屋を出ようとしてそこで長年一緒だった上司を鋭い目つきで睨みつけ、言った。
「「奏楽の魔術師」、「聖印の魔術師」、「審問の魔術師」、「守宝の魔術師」私達の祭具を守
りし四人の魔術師だけでなく、「憤怒の魔術師」、「獅力の魔術師」といった主力となる魔術師までも外へ派遣していますね・・・。何を考えているんですか?」
「さぁ?ただ必要になっただけを派遣しただけだけど?」
「食えない人ですね。」
それだけ言い捨てると、エリスは準備をしに部屋を出る。エドワードはただ静かに微笑むだけだった。
「ってわけで、皆でプールでも行かないですか?」
朝倉はにやけた顔で昼休みにそう誘ってきた。佐倉は元気よく一番に返事する。
「はいはーい!私行く!いいよね、朝倉君?」
「もちろんです。」
なんというかすでに付き合ってます的な雰囲気を見せつける朝倉と佐倉。
それに比べて複雑な残りの四人、稜、小夜、山城、渡部。
「いいですね、僕も同行させてもらえますか?」
と、渡部が口火を切る。
「じゃあ、俺もいいかな・・・?」
稜がそれに続く。
「・・・・・・・・・・・・・。」
だが、あとの二人の返事がない。
「あれ、どうしたんだい?君たちが行かないと、華がなくなるんだけど。」
渡部は朝倉たちに見えないようにひきつった笑いを浮かべる。稜は納得する。
たぶん、なし崩し的に朝倉と佐倉が一緒に動く。そうすると、今のメンバーで、となると渡部と稜の二人で行動することになる。なんだか絵的に華がないし、きもちわるい。
「けど、私・・・。」
小夜はおどおどとした表情で何かを言いあぐねる。
「あっ、そうか・・・。」
稜は小夜の四肢の事を思い出す。確かに人目に触れたくないと思うのは当然かもしれない。
「・・・・・・嫌。」
渡部に視線を向けられていた山城は何故か頬を赤らめながら首を振った。
これは参った。
稜は諦めたように渡部を見て驚いた。彼がいつになく真剣な、カラオケで小夜に杖を向けていた時くらい真剣な顔で何かを考えていた。そして、いきなりとんでもない発言をした。
「憐、胸がないならパッドを入れればいいだけなんだ。」
「・・・・・・・死ね!」
朝倉と佐倉が見ていない瞬間を狙って水で作った拳骨で思いっきり渡部を殴った。
と、渡部が倒れる。その場所には小夜がいた。ふだんなら小夜は渡部を受け止めてあげたかもしれえない。それなのに今日に限って受け止めず、避けた。
「ぐえっ!?」
みっともない声を上げ、渡部は気絶した。
見れば、小夜が山城に何かを耳打ちし、それに山城がやや微笑み頷く。傍から見ればとても仲のいい女の子同士が秘密の話をしているようで微笑ましい。と、小夜と稜は眼が合う。
「何にやけてるの?もしかして・・・、私たちの話聞いた?」
「は?」
「な、わけないよね。」
小夜は目の前の弁当を食べることに集中し始める。山城も同じようで、稜は所在なさげに朝倉たちの話を聞きながら、熱いくらいの日差しを受けていた。
チャイムが鳴り、生徒たちが思い思いに散っていく。稜は前方で座っている小夜に声をかける。
「帰ろうぜ、小夜。」
「ごめん、今日は山城さんと用事があるから。」
「えっ?」
驚きだった。いつのまにそんなに仲良くなったのだろうと思う。と、小夜が恥ずかしそうに稜を見て言った。
「それと、プールの話なんだけど、行くって朝倉君に伝えてもらえるかな?」
「いきなりどうしたんだ・・・?」
「内浦さん、行こ。」
「ごめん!山城さんが呼んでるからまた後で!」
小走りで去っていく小夜を見て稜は不思議に思いながらも、朝倉にその旨を伝えると、帰った。そして、日は過ぎ、プールに行く日になった。
プールには現地集合ということで、稜は早めに起きると準備をし始めた。と、物音に目覚めたのか真帆がリビングに入ってきて、眠たそうな眼をこすりながら、稜に尋ねた。
「何してるの?」
「いや、今日友達とプールに行く予定でさ。それで準備してたんだけど・・・、悪い、起こしたか?」
「ううん・・。私も今日は私も遊びに行く予定で早起きしたから・・・。」
それだけ言うと真帆はいろいろと準備し始める。
稜は準備が終わると、部屋へと戻り、マンガを読み始めた。
それから暫くして下の階で呼ぶ声がして、リビングに入るとすでに朝食が用意され、大作がご飯を食べていた。
「おはよう。」
「おはよう。」
母からはかえされるものの父、大作からはない。だが、いつものことなので席についてご飯を食べ始める。暫くして、いつもは無口な大作が稜に話しかけてきた。
「いつもお前に言ってきたと思うのだが、お前は真帆と違って何もできないんだから、せめてこのような休日くらい勉強しようと思わんのか?」
「けど、今日は友達と約束があるから・・・。」
「ふん。友達など高めあえる存在以外は必要ない。」
「・・・・・・・・・・。」
稜は食べ終えると、外へ出る。すでに門の前では小夜が待っていた。ところが、稜は小夜の格好を見てあっけにとられる。なんと、あれほど忌み嫌い、人の目にさらされるのを嫌がっていた小夜がノースリーブの白いワンピースを着ていたのだ。
「小夜、大丈夫なのか?」
稜の質問の意味が分かったのは小夜はにこりと笑顔になり答えた。
「大丈夫よ。山城さん・・・じゃなかった憐が私に魔法掛けてくれたから。」
「けど、小夜の四肢は魔術を消すんじゃあ・・・。」
「うーん・・・。良く分かんないけどそれの影響を受けない術式らしいわよ。・・・ほら。」
目の前を一人の男が通ったが、特に何も反応を示さない。
「すごいな・・・、山城は。」
「そうよ。憐は何でもできるの。感動したわ。それに・・・。」
「それに?」
「な、何でもない!行こう!」
小夜は何か言いかけて止めると、元気よく歩き出した。
それを見たときふと嫌な予感が稜はした。よく分からない。何故なのかはただふとした瞬間でそれを思ったのだが、すぐに思いなおす。
(まぁいいか。今日は楽しい日なんだから。)
だが、それは思いすごしなどではなかった。のちに彼はとんでもない騒動に巻き込まれるのだから。
「やあ、おはよう。お二方!」
朝倉がぶんぶん元気よく手を振る。
「おーい!」
佐倉もそれに追随して手を振る。何というか元気な二人だった。
それに比べて渡部と山城は元気がない。どこかげっそりした感じもある。
「おい、どうしたんだ?」
稜は渡部に尋ねる。と、彼は朝倉と佐倉に気を使いながら稜にぎりぎり聞こえるくらいの声で返してきた。
「実は自宅が何者かに襲撃されてね・・・。憐も同じで・・・。夜通しで警戒にあたっていて寝不足というわけだ。」
なるほど、確かに山城も気づけばうつらうつらとしていた。
「まぁ、たぶん痕跡から辿るに呪術師の仕業だろうと考えられるんだが、いかんせん本部も混乱しているようで・・・。自分の身は自分で守れということだろうな。」
渡部は自嘲ぎみに笑うと、朝倉たちの後について建物の中に入って行った。
その後ろ姿を見て稜は何となく不安に思った。もし、敵が攻めてきたとしたら、今は彼らの助けを借りるしかない。その彼らが・・・。そういう思想にたどり着けば当然の恐れだったが、それでも彼はここでも杞憂と思い込んでしまった。稜はプールの建物の中に入っていく。
「楽しみですねえ!」
本当に楽しそうな表情の朝倉。ただ単に変態なだけのような気もするが。
だけど、このときばかりは渡部と稜も同意せざるを得なかった。
彼らは海パン一丁で女子集団の到着を待っていた。
「ごめん、待った―?」
まず最初の出てきたのは佐倉だった。ビキニである。元気な彼女に似合った明るい色とそのすらりとした体形がいやがおうにも目立っていた。
「・・・・・・・。」
続いてやや恥ずかしめに登場したのは山城。少し身長が小さく発育も良くない山城だったが、それでもなかなか細く、その可愛さと合わせて相乗効果で威力を発揮していた。
そして、最後に出てきたのが小夜。
「うぉ!可愛いですね〜!」
山城のかけた魔術が完ぺきだったのか四肢についてはばれていないようだった。
「うん、いいね。」
渡部も珍しく朝倉に同意する。確かに、その明らかに不釣り合いな四肢に目を向けなければ、今までの中では段違いに美しかった。しかし、四肢も含めて小夜なのだからと稜はじっと見つめる。その視線に気づいたのか小夜は体を縮める。
「あっ、ええと・・・すまん。」
稜は思わず謝るが、じっとこちらを上目づかいで見ていることを考えれば何か言って欲しげにしているのは確かなのだが、何を言えばいいのか分からない。と、稜は肘で脇を突かれた。見れば、佐倉が結構真剣な目で稜を見ていた。
「稜君!女の子はこういうとき自分の水着姿がどう映っているのか気にかかるものなんだよ?ちゃんと感想言ってあげなきゃ!」
初めて喋ったに久しい会話でなかなかフレンドリーに話しかけてくる佐倉にたじたじしながらも稜はできる限り笑顔を作って言う。
「いいんじゃないか、それ。似合ってるよ。」
「稜・・・・・・・。」
小夜は特に何も言わなかったが、嬉しそうに立ち上がり稜の方に近寄ろうとして・・・・。
爆風にさらわれた。
「これは・・・・!」
「呪術師。」
山城と渡部が臨戦態勢に入ろうとして決定的なミスに気づく。
「杖・・・。」
「忘れた。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「おーほっほっほっ!さすが、できそこないの魔術師ですこと。私たち、優秀な呪術師にはかないませんわね。」
プール場では最も高い飛び込み専用の板の上で傲慢に笑う少し年をとった女性。その声が響き渡ると同時に様々な方向から似たような服の男女入り混じった部隊が現れる。
「くっ!」
「まずい。杖がないと、魔力の媒介が上手くいかない。」
山城は悲しげに呟く。だが、取るには何人もの敵を倒す必要があり、とても今のメンバーではできないと思われた。
「そういえば、小夜?」
「ここ!」
気づけば、プールの中に落ちていたらしい。稜はほっと安心する。
「・・・。これは何の夢何でしょう?」
朝倉は呆然自失の体で稜に尋ねてくる。稜は返答に困った。
「これは夢なのです!ほら頬を思いっきり抓って!きっと痛くないはず!」
渡部がフォローに入るが・・・。
「いや、痛いよ・・・。」
「抓り方が違う!もっともっと!」
「こうですか?うぉおおおおおおおお!痛すぎ・・・。」
「これはあなたがこうしたら痛いだろうなぁという想像をリアルに再現しているだけです!さぁ、眠って下さい。眠れば今日の悪夢は取り除かれるでしょう。」
「はい・・・。ではオヤスミナサイ。」
「これ、何なの・・・?」
呆然と聞いてくる佐倉にも渡部は似たようなことを言って強引に納得させた。
本当にその場で寝てしまう朝倉と佐倉。それを見て稜は一言。
「お前、押し売りとか得意そうだな。」
「まったくありがたくない。」
本当に嬉しくなさそうに渡部は言うと、飛び込み台の上から見下してくる呪術師のボスらしい人間に対して話しかける。
「貴様らは「悪魔陣の創造主」の組織員か?」
「そうよ。だったら何本気出しちゃうわけ〜?」
「キモイ声で話すのは止めろ。」
空気が固まる。そして次の瞬間中年の女性はこめかみに怒りのマークを浮かべながらそれでも笑顔を浮かべ、渡部を見る。
「キモイ声?あんたたちみたいな無能がそんなこと言っていいと思ってるわけ?」
「いいに決まってるだろう?お前も大したことない無能みたいだしな。」
「な・・・んですってえー!!!」
中年の女性呪術師は容赦なかった。
「デビルズ・ワード「征略の宴」!」
女性はそれだけ叫ぶと、あとは何かをぶつぶつと唱え始める。それを見て、渡部は稜を押して、後ろに下がる。
「気を付けて。魔術師は魔力から物を生み出すのに対し、呪術師は言葉を使って対象のものを利用する方法をとることが多い。つまりどこから攻撃が来てもおかしくない。」
その緊張感漂う言葉に稜は黙って頷く。一応稜なりに覚悟を決めたつもりだったが、現実は想像を遥かに超えていた。
めきめきという音が聞こえたと同時に前方にあったウォータスライダーがまるで生き物のように動きだしたのだ。
「まじかよ・・・。」
「ふふふ、予想通り呪術による物体操作・・・。気づかないとでも思ったのかい?」
だが、驚く稜とは裏腹に渡部は不敵に笑っていた。それを見て、何で笑っているんだ?と思ったとき、爆発が起こった。しかも、硝煙付き。あっという間に視界には何も映らなくなっていた。
「くそー!「暴風の到来」!」
また女性魔術師の声が聞こえたと思うと同時に激しい風が起こり、硝煙は消え去る。時間にして5秒かそこら。しかし、その空白は魔術師たちが体制を立て直すには十分だった。
「「断罪の業火」!」
カラオケ店で小夜に使いしかし効かなかったそれは今度は効いていた。燃やされた人間たちが次々と消えていく。呪術師達が体内に取り込んだ呪力が中和されたのだろう。
「「激流の矛」。」
さらに山城が近くのプールの水を乱用し、地の利を生かして敵を倒していく。
「くっ!」
飛び込み台の上にいた女性呪術師はいらいらとしながら、戦場を見ていた。最初は圧倒的な戦力差だった。しかも杖を持っていない。その有利さが逆に油断を生みだした。まさかあの程度の魔術師が「伏せ呪術用罠」を扱えるというのは完全に予想外。加えて次々と敵を狩っていく手際の良さ。明らかにこちらが不利になっていた。
・・・だが、ここでしくじれば次はなかった。一度失敗したものは悪魔召喚の贄用に永遠に監獄で死を待たねばならない。彼女は身を震わせた。
―もうなりふり構ってられない。
「「破壊の淵燦」!」
彼女は全身がだるくなるのを感じながらも止めない。彼女の口からは無数の「言葉」が溢れ出し、斜め上にある鉄骨へと吸い込まれていく。
「・・・死になさい!」
彼女は一気に力を込めた。破壊音がして同時に鉄骨が外れ、落ちていく。続いて支えを失った他の鉄骨も。彼女は自身を呪術で守りながらその光景を見ながら、笑みを浮かべ、全貌が見えた次の瞬間。その笑みを凍らせた。
「ば・・・かな?何故あなたがこんなところに・・・?」
そこにいたのは秀麗な一人の少女。彼女は少女を知っていた。他の呪術師も同様にたじろぐ。
「まったく、あなたがこんなところで戦闘を行うとは失望です。ミス・マクロード。」
「「堅牢の魔術師」、エリス・エブァン!」
稜は自分の目の前に現れた少女を見ていた。彼女は瞬間的にバリアを張ってプール施設にいる全員を助けた。
稜の横にいた渡部は驚いたようで困惑したような声で目の前の少女に話しかけていた。
「エリス様、何故このようなところに?」
「派遣されたのです。これは仕事なのです。」
エリスは短く答えると飛び込み台の上で驚愕する女性魔術師に冷ややかな目線を浴びせる。
「さて、この場で多くの被害者を出したくなければ退きなさい。それができぬようなら全員まとめて消してあげますが?」
「・・・・・!」
マクロードは唇を引き締める。どう見ても不利は明らか。誰もが呪術師側の負けを確信した。しかし・・・、マクロードは突然高笑いし始めた。
「おーほっほっほっ!まったくあなたが「銀の夜」本部守護隊の一人だとは聞いて笑わせますわ!」
「まったく・・・。気でも触れたのですか?」
「危ない!後ろ!」
山城の悲鳴にも似た初めての大声。
とっさにエリスは前方いっぱいにシールドを張って「しまった」という顔をした。
エリスの前方を飛ぶ少年。それは「悪魔陣の創造主」が誇る切り込み隊長、レイル・イバンだった。
レイルはマクロードのように何も唱えず、剣一つで切りかかった。
その剣はエリスが展開するシールドにぶつかって弾かれるはずだった。しかし、その剣はシールドを紙でも破るように簡単に破ると、そのままエリスに切りかかったのだ。寸前にエリスは避けたが剣風で腕が切れていた。
「くっ、あなたまで来ましたか・・・。」
エリスは舌打ちしたくなった。レイルはうっとりとした眼でエリスを見つめ、そしてまるで劇の主人公のように大仰な身振りでエリスに話しかけてきた。
「やぁ、僕の愛しのエリス。あぁ、この瞬間を僕はどれほど待ち望んだことか。君のその麗しい声、瞳、仕草、雰囲気、容貌・・・・。ううん、いい!やっぱり君は僕とともにあるべきだ!」
「お断りです。」
レイルの口説き文句は瞬殺される。だが、レイルにめげた様子はない。ただ・・・、どことなく殺気が生まれた気がするのは不気味だったが。
「そうかそうか、君はいつも僕の事を受け入れてくれない。誰か好きな人がいるのかい?そこの男?」
渡部が指さされる。しかし、渡部は首を振る。稜は妙に思う。だが、原因が分からない。
「じゃあそこの見るからに眠そうでやる気なさそうな男かい?」
確かにやる気のない顔をしているが。稜は複雑な顔になる。と、レイルは何を思ったか、顔を赤くして怒り始めた。
「そこの貧民ごときがエリスと!?・・・許せないね・・・。殺す!」
レイルが稜に向って走り出す。しかし、それは途中で水を浴び、止まった。
「ふうん、僕にこんな冷たい仕打ちをするなんて雑魚のくせにやってくれるね。」
レイルは愉快そうに先ほどまで残党を倒していて、ようやく戦闘に介入してきた山城を見た。
「あなたも私たちと変わらないくせに。」
山城は冷たく言い返す。
「ふん、僕が何の力もないことを知っているのか?」
「もちろん・・・。かなり有名。中性力によって体を構成していながら、その呪力を浴びすぎて禍々しい力を持った「悪魔の剣」を使いこなすことができた天才。」
「ありがとう。」
山城の言葉に恭しく頭を下げる。先ほどまでの態度とは違う。
「だったら、分かっているよね?僕を怒らせたらどうなるかっていうのがさぁー!」
やっぱり怒っていた。
「「冷水の陣」。」
山城の周りに謎の紋様が浮かび上がり、それから水が溢れ出す。そして、それらは意志を持ったように動き出し、向かってくるレイルを迎え討ちにしていた。
「無駄だぁー!!!」
鋭い振りがひと振りで山城の魔術は崩れ去った。
「なら、僕のはどうかな?「熱の焔」!」
渡部は山城と交代し、魔術を放つ。周りは極端に暑くなり、加えて炎が周りをたぎっていた。
「君のその剣はよく切れるのかもしれないが、僕のこの魔術なら・・・。」
「なんだ、そういうものは効かないぜ。」
そう言うと、レイルは振り下ろした。その瞬間熱波が巻き起こり、気づけば、もう魔術は吹き飛んでいた。
「さぁて、覚悟を決めてもらおうか。」
レイルは不敵に笑みを浮かべる。
「「聖結界」。」
「おっと!」
「させません、・・・ミス・マクロードも同様です。」
さすがにエリスの視野は広かった。守備ついでにもう一方の敵の動きも止める。
「こんなちんけな盾で僕を防ぎきれるとでも思っているのかい?」
レイルは剣を振り上げ、魔術ごと壊そうする。
「馬鹿な・・・?」
壊れなかった。さらにレイルの剣にわずかにではあるが傷もつけた。
「あなたは私の二つ名が「堅牢の魔術師」であることを忘れてるんですか?「絶壁」には遠く及ばない守備力ではありますが、彼とは違い私には「重複詠唱」ができるのに加えて呪力を破壊する「宇宙防壁」を初期装備していますから、あなたのような剣に頼った戦い方では私を倒すことはできませんよ?」
「さすが、「堅牢」・・・。だけどそこがまたいいんだよなぁ・・・、エリスちゃん。」
うっとりした様子で呟くレイルにエリスはため息をついて言う。
「本当に死んでください。」
エリスは一言で戯言を切り捨てる。その言葉を聞いてレイルは身をくねらせて悶えたあと、残酷な笑みを浮かべた。
「本当に残念・・・。もう少し可愛げあれば助けてあげたのにさぁ!」
稜は自分が何を見ているのか分からなかった。相手はさっきからずっといるレイルなのに剣さばきがそもそも違った。
「ほらほら!どうしたどうした?」
「ぐっ!」
剣風でエリスの腕に切り傷ができる。すでに彼女のシールドも修復が追い付いてなかった。
「上にどれだけ重ねたって結局は魔力で構成された盾。壊すのは簡単さぁ。」
エリスは自分の認識の甘さに歯噛みしていた。
エリスは、レイルが剣の攻撃力を封じられれば、自動的に勝利できると思い込んでいた。しかし、実際は本気を出させ、自分の命も危なくなっている。
(「堅牢」が、このざまでは・・・。)
彼女は自らの二つ名に懸けて魔術を唱えだす。
「「虚無の空間」!」
まず、その詠唱が終わった時点で目の前に真っ黒な空間が浮かび上がり、そしてレイルを猛烈な勢いで吸い込み始めたのだ。
「へえ、さすがはその歳で本隊に入ってだけはあるけど、またまた残念!少し力が足りないね。」
それだけ言うと、レイルは何と真っ黒な空間に自ら進んだのである。だが、吸い込まれる直前に彼は剣を振るう。空間は消え去っていた。
「僕の剣は魔力で構成された全てを切れるんだ。それが異空間の入口であってもね。」
「くっ・・・!」
エリスはすでに立てなくなっていた。魔力の使いすぎとレイルに与えられた傷が原因だった。
「「炎上の覇主」!」
渡部は魔術を詠唱して、エリスにレイルを近づけまいとするが簡単に切られる。
近くではエリスのシールドが消え去り自由になったマクロードが山城と対峙していた。
稜は何もできない自分を悔いていた。朝倉は近くで寝ていて、佐倉もそれに寄り添って寝ている。正確には気絶しているだけだが。と、ここで稜は背後から聞こえた凛とした声を聞いた。
「これは何事じゃ?あまり五月蠅くしすぎて、妾の楽しみを邪魔するのであれば許さんが。」
稜は振り返る。そこにいたのは小夜のはずなのに、まったく小夜とは違う別格の存在。小夜の四肢は怪しく輝き腕に刻まれていた文字たちが躍動していた。そして感じられるのは禍々しい邪気、そして呪力。その場にいる全員が金縛りにでもあったかのように固まっていた。
「ふむ、妾の同胞が多いの・・・。だが、今回は宿主のたっての希望で妾は魔術師側に加担させてもらうぞよ。さぁ、かかってこい、小さき人間よ。」
「いいね・・・。その殺気。最高だぁ!」
レイルは顔を狂気に歪ませながら向かっていく。だが・・・。
「勇気だけは認めてやろう。だが、その剣はもとは妾の持ち物。その剣を取り上げられたくなくば、失せろ!」
小夜の中にいる何かはそれだけ言う。まったく動かない。だが、レイルはそれだけでまるで悪夢でも見たかのように呆然自失の体になり、動かなくなる。
小夜は稜の後ろから前に進み出て、マクロードを見た。マクロードはそれだけで蛇に睨まれた蛙のように怯え、逃げる。
レイルも逃げ出したらしくプールは何事もなかったかのようにしんとする。
小夜の中の何かは稜の方に振り返り、さっきとは打って変わって優しい母のような顔をして言ってきた。
「すまぬな、稜。妾が目覚めればこのような悲惨な事態にはならんで済んだのに・・・。本当にすまぬ。」
「いや、別に俺は・・・。」
本当は少し楽しみにしていたが稜は顔の前で手を左右に振って違うというジェスチャーをしようとするが、小夜の中の何かはそれを見て一層寂しそうに言う。
「妾が「破壊」ではなく「再生」ならば良かったのにな・・・。妾はこの力で後悔し続けておる。」
場はしんとする。だが、稜はそんな寂しそうにする小夜の中の何かを放っておけなかった。
「誰かは知らないけど、君のおかげで助かったからそんな風に謝らないでほしい。・・・ええと、ありがとう・・・。名前は?」
小夜の中の何かは小夜の顔でにこりと優しく微笑むと、稜に近づき耳元でこう囁いた。
「妾の名はルシファー。助けた礼は憑き主を遊んでやること。以上じゃ。」
「ルシファー?」
だが、返事はなく、稜のすぐ近くにはきょとんとした顔で立つ小夜がいた。すでにあの圧倒的な存在感は失われていた。
「ええと、皆が呪術師に襲われてて、それで今気がついたんだけど、何かあったの?」
「いや、別に。」
稜は横に首を振る。屋根は崩壊しいつのまに野外になっていたプールの近くで稜は呟いた。
「・・・寒いな。」
夏でもパンツ一丁は寒いものである。
「「堅牢」はどんな感じだった?」
「予想通り「悪魔剣の使い手」と遭遇。現地スパイによれば撃退したとか。」
エドワードは感嘆したように声を上げる。彼の目の前にはフードで目を隠した男がいた。
「予知の魔術師」、キース・キッド。魔術師集団きっての特殊能力者である彼は同時に「銀の夜」の参謀的位置にあった。
「で、お前の眼にはこれからがどう映っている?」
「予定は狂っていない。すでに「悪魔陣の創造主」は動き出している。お前の計画もついに中盤に突入した。」
その報告を聞いたエドワードはにやっと笑った。
「そうか。」
返答はそれだけだったが、彼の声音は楽しげだった。
その頃、ヨーロッパ某所にある「悪魔陣の創造主」の本拠地では戦闘準備が整えられ、今戦闘員が広大な広場に集められていた。その数三千。世界各地から集められた精鋭だった。
彼らより一段高い場所に白銀の長髪をなびかせた若い男が昇り、三千の兵に演説を始めた。
「勇敢なる呪術師の諸君!我々は今最高のチャンスを目の前にしている!それは長年の宿敵だった「銀の夜」を倒せるというものだ!もちろん先に何が待ち受けるかは分からん!だが、我々には呪術の神ルシファー様がついている限り負けはない!進め!立ち止まるな!銀色の曇った夜は終わり、我々は世界を新たな場所へ連れていく!」
大歓声が響き渡る。男はそれを見ながら口端をひきつらせた。正確には彼なりに笑ったのだが。
「さぁ、見せてもらおうか、エドワード。私の懐かしき旧友よ。」
彼は呟く。それは大歓声にまぎれ、空へと吸い込まれていった。
いかがでしたでしょうか?何か文章について意見や感想がありましたらお願いします。