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第一章

第一章悪魔の四肢を持つ少女

 少年の名は久野稜、十七歳。お世辞にもかっこいいとは言えないその平凡な顔立ちに、何かに疲れた中年のサラリーマンを想起させる目、おしゃれという言葉を忘れたかのような服装と髪型。運動も勉強もけっしてできるわけではない。常に何を言われても決して笑わず常に微笑みを浮かべるだけの「地味」という言葉が最も相応しいであろう少年は珍しくその表情を驚きに変えていた。稜の眼が捉えているのは妖艶な美少女。切れ長の瞳にすらりとした肢体、少し茶色がかった長い髪。・・・しかし、稜が見ていたのはそんな部分ではなく彼女の二本の足と二本の腕だった。

「・・・ばれちゃったね。・・・驚いたでしょ、これ。」

そう言って彼女は体とは違う色の腕を稜に突き出してくる。

「ええと・・・、その・・・これは夢じゃないんだよな・・・、小夜・・・。」

稜は少女の名を呼ぶ。それは稜が常に親しんできた幼馴染の名だった。少女の名は内浦小夜。稜の幼馴染にして同じ高校に通う生徒。そんな彼女が何故?稜は疑念を拭いきれない。

そんな稜の様子を見て小夜はただ何の感情も浮かべない微笑みで答える。

「うん、これは生々しい現実。私には悪魔の四肢がついてるの、ずっと昔から。」

「そうだったのか・・・。」

稜はそれしかいえない。小夜は稜にとっては大事な幼馴染だった。とはいえ、そんなにずっと一緒にいるわけでもなかったし、そんなにまじまじと全身を見ることがなかったから余計なのかもしれない。

「・・・それは一体何のためについてるんだ?」

もっと他にも言いたいことはあるし、小夜の体の事も気遣いたいのに出てきた言葉は本当はどうでもいいような質問だった。

「さぁ?私もこの腕でずっと生活してきてるけど腕としての能力以外には使ったことないから。・・・まぁ、そんな能力は使わなくても十分威力発揮してるけどね。」

そう言って自嘲気味の声になって言う小夜を見て稜は思い出す。

(そういえば、小夜の両親が小夜を置いてどこかに行ってしまってのはまさか・・・。)

疑問の点が線で繋がる。

「ふふふ・・・、稜もこれ見て私の事嫌いになったでしょ?」

小夜の声で稜は現実に引き戻される。

「そんなわけ・・・・。」

ない。そう言おうとして言えない自分に気づいた。嘘でもいい。言ってやれば小夜も少しは救われたかもしれないのに、こんなときに限って稜の口は嘘を言うのを拒否するように開かなくなってしまった。

小夜はそんな稜の様子を見て子供を見るような眼で稜を見て、言った。凛としてそれでいて寂しげな声音で。

「これからは私に近づかないで。そうすれば、あなたは傷つかないで済むから。」

そう言うと日が沈み、すでに暗くなった教室から小夜は出ていく。残されたのは未だ信じられない面持ちの稜だけだった・・・。



  朝、起きると鳥のさえずりが聞こえる。稜は寝室のカーテンを開け、入ってくる日光に顔をしかめる。ようやく目が慣れてきて、鮮やかに晴れた空を見て昨日の事を反芻していた。

(「これからは私に近づかないで。そうすれば、あなたは傷つかないで済むから。」)

そう言って去っていった明らかに肌の色とは違う、何かの模様が描かれた腕を持った小夜。

稜は今更になって思う。

(何で俺は「俺はそんなことでお前を嫌いになったりしない。」って言えなかったんだろう。)

その場の雰囲気でなのか。それとも単に自分の口下手がいらないところで発揮されたか。

・・・それとも本当は小夜の腕を見て嫌悪したのか・・・。

稜はそう思案して悲しくなった、そして怒りに打ち震えた。例えどんなに素晴らしい人間だろうと聖人君子ではない。それがどこまでも平凡な自分なのだ。好き嫌いは当然ある。それでも、あの傷ついた少女の表情を一瞬見たあとの後悔はそんな馬鹿な考えの自分を殺したいくらいだった。

(けど、あれが夢だったら・・・。ってそれはないんだよな・・・。)

小夜が帰った後稜は頬を思いっきり抓り、その痛みを体感したから確認済みだ。そんなあやふやなので現実だといえるのかと言えば、自分が現実だと認識していれば現実なのだからこの際は気にしない。

稜は自分の名前が呼ばれたことで下の階のリビングに向かい、そこで妹、久野真帆と顔を会わせた。

「よう。」

「おはよ。」

短く稜は挨拶すると、テーブルで朝食を摂る父、大作と母美紀にも同じように挨拶する。

稜は自分の席に置かれた朝食を食べる最中、大作が稜に話しかけてきた。

「おい、稜。こないだの中間試験の結果を見たぞ。あの成績は何だ?担任の先生からも授業態度や生活態度が悪いという話を受けたし・・・。お前には何も期待しとらんからせめて大学に行って、普通の会社で働いてくれ。」

いつものことだ。別に稜にやる気がないわけではなく、たぶん担任は何をさせても平凡な成績と稜のやる気のない顔にその結論を見出したのだろう。それを受けて言う父の言葉もそろそろ飽きてきた。生涯通して常にエリートであった父にとって自分の子供が自分から見れば落ちこぼれに見えることが許せないのだろう。そんな父の唯一の救いと言えば、稜とはまったく真逆の妹、真帆だ。真帆はエリートだった父の影響を受けて勉強も、挙句の果てには運動までもよくでき、母の影響で顔も非常にいい。年子だから常に比較される運命にあるわけだが、とにかくよくモテる。稜のところにわざわざ仲介を頼みにくる奴がいるくらいだし、真帆にいいように思ってもらおうするためだけに稜の友達になった奴もいたほどだ。バレンタインデーはいつも一つももらえない稜と比べて、真帆は女子ながらもらう立場にいて、それも膨大な数を貰ってくる。ほとんどが男子ながらたまに女子からのもあって同性からも強い支持があるようだった。性格も悪くなく、中学校の生徒会長を二季連続でやるほど。先生受けもいいから進学も確定的。ぎりぎり進学できて、先生受けも悪かった稜とは確かに全てが真逆だった。中学時代はそんな状況を不公平だとぼやいてみたりもしたが、年をとるごとに何も変わらないことに気づいた稜はいつからか父のぼやきすらも適当に流すようになり、それでも劣等感を心の底では感じていたのか真帆と接する時間もなくなり、母すらも他人に思うようになってきてよそよそしく、確実に稜の居場所はなくなりつつあった。


稜は家をいつもより少し早めに出る。なんとなく家に居たくなかったからなのだが、不幸かは分からないが小夜とばったり会った。

「よ、よう・・・。」

稜はどぎまぎしながら挨拶する。

「・・・・・・・・・・・。」

小夜はじっと稜の顔を見ていたが、しばらくしてふいっと顔をそむけると学校に向かって歩き出した。

(やっぱり、だめか・・・。)

稜は諦めて歩き出した。このとき彼はまだ何にも気づいていなかった。小夜の身に起こる異変や、稜をじっと見つめる存在に。


 「やっぱり、今年は勝負の年だと思うわけですよ!」

「何が?」

興奮気味に後ろから話しかけてくる朝倉智也という少年の言葉に稜は冷たく返す。いや、本人としてはそんなつもりはさらさらないのだが、どうしても雰囲気と相まってそう聞こえる。しかし、朝倉はそのようなことをきにする人間ではないのか興奮した口調をそのままにやや音量を下げ、稜の耳元に囁いてくる。

「もちろん、彼女に決まってます!こうしてお互い彼女いない歴十七年を迎えたわけですが、そろそろ進路決めが始まってて、三年生になればもう勉強に縛られる毎日なるでしょう!となれば、自然と皆が浮足立ってくる今がチャンスなのです!狙い目の女子は比較的可愛く、しかし控え目で浮いた話のない女子となります!」

「それはお前の主観だろ。それにどこの誰が浮足立ってるんだ。」

「そんなことは関係ありません!」

「いや、あるみたいな口調だったろうが。」

「気にしないでください!」

稜の突っ込みは朝倉の勢いに完全に消された。稜はやれやれと思いながらも、彼もまた男だ。当然女子には興味があったし、付き合ってみたいという願望も持っていた。だから、尋ねることにした。

「で、誰がお勧めなんだ?」

「そうですね。僕の見立てだと、山城憐ちゃんとか、佐倉沙希ちゃんとかそこらへんですね。」

山城憐はクラスではさして目立たない存在の女子だが、よく見ればなかなか可愛い。昼休みになるとよく本を読んだり、たまに昼寝をしてあどけない寝顔を披露したり等、不思議な魅力を持っていた。

もう一人の佐倉沙希は憐とはうってかわって元気なスポーツマンタイプでバスケの推薦でこの学校に来たと云う通り遊びたい年ごろだろうに毎日真面目に練習している真面目さに加え、活発でフレンドリーな性格と凛とした顔が男子から受けている。

二人とも浮いた噂はなし。ただ・・・。

「この二人を狙ってるやつは多いだろう?」

当然のことだ。二人とも容姿、性格面問題ないのだから、稜たちと同じような考えの人間がいることは簡単に予想できた。しかし、何故か今回は余裕の笑みを浮かべる朝倉。そして、彼は何故そんなに余裕なのかを自慢気に稜に話し始めた。

「実はですね、憐ちゃんと僕は中学校からの知人なんです。それで、憐ちゃんと沙希ちゃんは親友でして。・・・・。」

ここで朝倉は何か探るような眼で稜を見てきた。普段は鈍いはずの稜はそのときに限って気づいた。

「まさか・・・、お前は佐倉狙いで山城に仲介を頼んだはいいけど、山城だけ余るし俺を呼んで数を合わせようっていうんじゃあ・・・・。」

「おしい!半分あってるけど半分間違いです!」

「じゃあ何で?」

「実は憐ちゃんがあなたの事を気にいっているようでして。」

「なっ!」

顔が赤くなるのを感じる。間接的にとはいえ、人の好意を伝えられたのだ。人並みの少年、稜が赤面しないはずがなかった。

「・・・で、どうでしょう?近いうちにどこかで遊ぼうかと思ってるんですが・・・。」

「・・・お前に任せるよ・・・。」

「何の話をしているんだい?」

と、突然二人の会話に入ってくる人物がいた。渡部宗君わたなべむねきみ。稜たちのクラスの委員長にして、生徒会の書記も務める秀才。誰にでも話しかけ、親しみやすい性格、運動部にも買ってしまう優れた運動神経を持ちながら吹奏楽部の部長として、あるいはフルート奏者としてすでに国内では有名であり、ゆくゆくは稜たちの通う県立和田島高校初のプロ演奏家となってほしいという期待を込められた神童。ミニ久野真帆といった感じだ。そんな彼は人の良さそうな笑みを浮かべていた。しかし、朝倉は敵意むき出しの言葉で反応した。

「君みたいにモテる人には何も言われたくありませんよ!」

しかし、まったく飾らない笑みで少し困ったように渡部は否定した。

「そんなことはないよ。僕はちゃんと好きな人は一人でずっと片思いだからね。」

「だ、誰?」

朝倉は少しきょどって尋ねる。もし、佐倉沙希だったらどうしようという思考で聞いているのは丸わかりだった。しかし、渡部の口から出た名前はある意味もっとも驚きそして軽くショックを受けた。

「内浦 小夜さん。」

「マジですか!?なかなか御似合いな感じですね。そうだ!僕たちの計画に含めましょう!多いがいいですし。」

そういうと朝倉は今まで稜と話していた概要を説明する。そして、結局稜が小夜を誘うという形が決まった。しかし、そのあとはその機会がなく、稜が小夜と会ったのはその日の夜だった。

「回覧板、親に渡しておいて。」

小夜は極力稜と眼を合わさないようにしているのか、うつむきながら薄汚れた回覧板を突き出してくる。稜はその様子を見ながら、あまり話したくないであろう小夜の気持ちも理解しながらそれでも最後のチャンスかもしれないこのときに誘うことにした。

「あのさ・・・、いつかはまだ決まってないんだが、どこかに遊びに行かないか?」

「ごめん。」

即答だった。だけどここで退くわけにはいかない。

「あのときのことはもう気にしない。小夜が忘れてほしいなら忘れる。」

「どうやって?」

「それは・・・・・・。」

口から出まかせのせいで何も言えなくなる。と、突然小夜が冷たい表情を一変和らげた。

「ごめん、苛めすぎたね。・・・いいよ。あんな私の姿見てもまだそうやって誘ってくれるの、とても嬉しい。」

「そうか?なら今度また連絡するから。」

そう言うと稜は駆け出す。その徐々に遠ざかっていく稜の後ろ姿を見ながら悲壮感漂う声で小夜は呟いた。

「これでいいんだよね・・・。ごめんなさい、稜・・・。」



「ねえ、佐倉さんはどんな歌が好きですか?僕の場合は・・・・・・・。」

「本当に!?私もその歌好きなの!」

街中にあるカラオケ店の一室で盛り上がるのは朝倉と佐倉。元々のりがよく元気な佐倉と似たようなタイプである朝倉はすっかり意気投合し、すでに二人の世界を作り上げていた。

しかし、そんな二人を余所にまったく盛り上がらないのが、他の四人である。内気な山城と口下手で決して盛り上げ役ではない稜はしょうがないとしても、クールタイプでやや戸惑っている小夜までも無口になれば、渡部も手の施しようがなかった。

四人は朝倉と佐倉のデュェットでも聞きながら適当にだべるしかなかった。

そんなときだった。

「店内にいらっしゃいますお客様に連絡いたします。只今店内で火災が発生いたしました。繰り返します、火災が発生しました。ただちに避難経路より避難下さい。」

部屋に緊張感が広がる。それまで元気よく歌っていた朝倉&佐倉も顔を強張らせている。

「と、とにかく逃げよう。」

そういって朝倉は扉を開ける。彼は佐倉の手を引っ張り逃げ始める。稜もそれに続いて逃げようとして、逃げ切れなかった。

目の前で突然火災が発生したのだから。

「まじかよ・・・。何で・・・?」

急に火災が発生したのか。とりあえず他の人間の方を振り返り、そしてその場で起こる光景に思わず稜は眼を疑った。

「さて、おとなしくしていただこうか?」

渡部がこんなときにも関わらずすごく真剣な顔で小夜に杖を突き付けていた。

この景色をどこかで見たことがある。そうファンタジー映画の一部分だ。

「何してるんだ、渡部!今そんなことをしてる場合じゃ・・・。」

「静かにして。」

稜は隣から杖を突き付けられ言葉を今度こそ完全に失った。

「山城・・・・?」

山城は普段とはうってかわって冷徹な見る者をぞっとさせる表情で稜の体に杖を突き付けていた。冗談だと笑うことは簡単だが山城の眼にはそうさせない何かがあった。

「御苦労さま、憐。」

「早く終わらせましょう。魔力干渉がひどい。」

「そうだね、・・・それでは内浦小夜君。すまないが死んでくれるかな。」

「ちょっと待てよ!」

混乱する稜はそれでも目の前で繰り広げられる会話を看過できるほど馬鹿ではなかった。

「何だよ、お前ら!杖何か持ってさ。何だよ、魔力干渉って!何で小夜が死ななきゃいけないんだ!」

普段は出したことのない大声に渡部は少し驚いたような顔をして言った。

「君は小夜君のあれを見たはずだよ。」

あれ―つまりは小夜のものではない四肢。

「だったら何だっていうんだ!?」

「あれを説明していないのか、「悪魔のファウスト」」

稜の様子に山城は小夜の方をじっと見つめた。小夜は半泣きで実際潤んだ声で言う。

「してないわ。」

「なるほど、愛する人を巻き込みたくないという美しい感情か。まぁ、本当のところはあんなくだらないことでこの世の摂理を曲げ、協力した魔術師を裏切ったくらいだから、ただ単に不都合なことでも知られたくなかっただけか。」

渡部は納得したように言う。

「違う・・・。」

小夜が心もとない声で反論するが、渡部は気付かないように振舞って稜の方を向いて、大仰な身振りで話し始めた。

「君は小夜君の四肢について不思議に思ったことはなかったか?」

「それは・・・。」

「よく考えてみたまえ。君は異性でそんなに付き合いも深いものじゃなかったから今まで彼女の四肢について知る機会はなかったかもしれないが、同性の人間は着替えなどで知る機会があるかもしれない。しかも彼女の四肢は生まれた時からあれだった。今までの十六年の間なら必ず誰かの眼に晒されたはずだ。それなのに何故小夜君は両親と君以外に見られたものがいないのか。それは彼女が一ヶ月前からの彼女にかかわるほぼ全ての記憶を消したからだよ。我々が所属する現代魔術師の結社「銀の夜」に依頼してね」

「「銀の夜」・・・?」

「魔術集団のこと。私たちのような人間が加入して、活動している。規模は世界全体で1万人。」

山城が説明する。

「要するに秘密結社みたいなものか。」

「御明察だ。我々はその依頼を引き受け、実行した。・・・にも関わらず彼女は対価を支払わなかったのだ。さらに、間の悪いことに我らが聡明な頭首エドワード・ミランは自分以外の人間すべてに忘却魔術をかけてしまったせいで、小夜君の監視役として来ていた僕と憐はその事を忘れていた。君が小夜君と話しているところを我々が見るまではな。」

(その頭首聡明じゃないだろ・・・。)

と、稜は心の中でつっこんだが、もちろん表には出さない。しかし、あのとき。偶然宿題を取りにいって、そこで見てしまったあのときがこんなところにまで影響を及ぼしているとは正直意外だった。

「そうして本来の僕たちの役目を思い出し、今ここでこうしているのさ。」

そうすると、渡部は再び小夜に杖を近づけた。

稜は焦り、渡部に対して尋ねる。

「ち、ちょっと待ってくれ・・・。その対価っていうのを払えばいいんだろう?だったら・・・。」

「無理だね。対価は小夜君の命なのだから。」

「・・・・・・・・・!」

稜は絶句した。その様子を見た渡部はもう話すことはないという風に小夜に向きなおり、言った。

「覚悟はできてるね?」

「ええ。あなたには殺されないから、覚悟するつもりもないわ。」

「なんだって?」

「やってみれば分かるわ。」

小夜の挑発ともとれる発言に渡部は怒りを露わにする。

「僕を馬鹿にするとはいい度胸だ!「断罪の業火」!」

その瞬間渡部の杖から炎が吹き出し、小夜を囲み、そして、小夜を燃やした。

一瞬の出来事に稜は呆然としていたが急に正気を取り乱し、小夜の名を呼ぶ。

「小夜!」

だが・・・。

「心配いらないわ。私が魔術で死ぬことはないから。」

そう言って小夜は何事もなかったかのようにそこにいた。渡部は忌々しげに舌打ちする。

「やはり、「悪魔のファウスト」の四肢は我々の力では・・・・!」

「当然よ。あなたのような三流の魔術師の魔術程度じゃ私の四肢から放たれる呪力の壁を破ることなどできない。」

その小夜の言葉に稜は気づく。初めて小夜の四肢を見た時に小夜自身が言っていた言葉―。

(「さぁ?私もこの腕でずっと生活してきてるけど腕としての能力以外には使ったことないから。・・・まぁ、そんな能力は使わなくても十分威力発揮してるけどね。」)

まぁ、一度小夜に関する記憶をすでに消された稜とは違い、今までの記憶を全て保持している小夜ならそれくらいは知っていたかもしれない。それでも稜は悲しくなった。

見られた後でも言わなかったということは信頼されていなかったのだから。

「ならば、「最終の炎」で!」

渡部は再び杖の先を光らせ、小夜に向けて放とうとして、水を被った。ものすごい勢いで。見ていただけの稜が思わず身震いするほどのコントみたいなかけられ方をして。

「宗君、そこまで。「最終の炎」を使えばあなたは死ぬし、私たちも無傷ではいられない。私は今思い出したけれど、ミスターエドワードにあることを頼まれていた。

「もし、小夜を殺せなかった場合は貴方達は「悪魔陣の創造主」たちの手から守るため守護者に任命します。」と。」

渡部ががくっと頭を垂れる。そんな様子を知ってか知らずか無視して、稜を見て言った。

「というわけです。今日はお帰り下さい。御分かりにならないことがあるようでしたら後ほどお受けいたします。」

「あ・・・あぁ・・・。」

毒気の抜かれた表情を見せる渡部を引きずりながら部屋を出て帰っていく山城を見送った稜は小夜と二人きりになった。

「帰ろっか。」

小夜はほんのりと微笑むと歩き出す。すでに火は消えていた。


「あのさ・・・、何で嘘なんかついたんだよ・・・。」

星がまたたいて静かな夜の道を並んで歩く稜は隣の小夜に問うた。

「ごめん・・・。けど、何故か稜に知られたくなくって・・・。」

「俺は気にしない。そう言ったはずだ。」

「けどね、ダメだった。苛められた時の記憶が蘇ってくるの。」

「苛められた・・・?」

まったく記憶にないから記憶が消される前の話だろうと納得する。小夜はぽつぽつと語り出した。

「私のこの四肢が同級生にばれたのは体育の時間だった。その日も長そで長ズボンで授業を受けてたんだけど、先生が許してくれなくて、泣いたのに、それでも駄目で結局・・・。そこからだった。私の四肢を見た人間、そうでなく噂で知った人間・・・。私は虐めの対象になった。私は無視し続けたけれどどんどん手口が悪化して、それでふとした瞬間に死にたいって思うようになって・・・。昔から私を監視している人間の存在は知っていたからその人たちに楽に死なせてほしいって頼んだの。そうしたら、頼んだ人がこの世の中では何か死ぬ前にしておきたいことはないかって聞かれて・・・。」

「それで皆の記憶を消してほしいって言ったのか・・・。」

「本当は私みたいな人間の存在を消すためにお願いしたつもりだったんだけど、私の四肢のことを覚えていない人が全ての世界を見て・・・。」

「もう一度やり直したいと思ったのか・・・。」

小夜は頷き、そして稜のやや前方まで小走りでそしてくるっと回ってそこで稜に尋ねた。

「どう?ひどいでしょ、私。逃げたくても逃げられずに戦ってる人たちがいるのに、同じ境遇の私は安易に逃げた。それもたくさんの人を巻き込んで。私の力のせいで・・・。なんていう意味のない恨みまでその人たちに押しつけてさ。・・・それに今日だって稜は危ない目にあったよね?だから・・・。」

稜は不思議と今小夜が考えていることがなんとなく分かった。小夜の体を見た時に言われたことだ。

「これからは私に近づかないで。そうすれば、あなたは傷つかないで済むから。」

なるほど確かに的を射ていた。

「確かにお前はよくないことをしたと思う。それでも、小夜はもう一度人生やり直したいと思った。・・・だったら、次はもうさせない。俺がお前を守ってやる。ついでにお前のそれを狙うやつからも。」

稜は非力だ。それでも、彼女の過去を知り、そして寂しげな顔をも見て、それで彼女をよく知っている。稜は困っている人がいれば助けてしまうお人よしだ。

「ば、ばか・・・。」

小夜は顔を赤くして、視線を彷徨わせる。きっと本当は稜を頼りたいのだろうが、今までの境遇が小夜を素直にさせにくくしていた。

稜は微笑み言った。

「それに・・・、まだ小夜のことよく知らないって分かったし、小夜の事を知るという意味で勝手にそばにいる。」

「ストーカー?」

「似たようなものだろ。」

「・・・・それっていいな・・・。」

静かな周りに負けないくらい静かな声で小夜は呟いた。だが、稜には聞こえず聞き返す。

「今、何て・・・。」

「何でもない!」

小夜は大きな声で遮ると、家に向かって走り出した。何故走り出したかはよく分からない。ただ、とても清々しい気分で、それをもっと感じたくて気づけば走っていた。後ろから感じる稜の気配。小夜はこれから始まる生活に心躍るのだった・・・。



 銀の夜、本部―

「お呼びでしょうか?エドワード・ミラン様。」

若い魔女の格好をした少女が前で椅子に座って不敵に笑う自称三十二歳の、しかしずっと前から「銀の夜」の頭首として君臨する謎の男。

エドワードは笑みを崩さず前で礼儀正しく少女を見ながら言った。

「・・・私の「予知眼」が、非常に興味深いものを見せてくれた。」

「どのようなものでしょうか?」

少女は尋ねる。エドワードは瞑想して一つ一つの言葉を噛みしめながら話し始めた。

「一人の巨大な悪魔に小さなされど強い輝きを放つ光がまとわりつき、あげくに燃え上がる炎と静かな水が悪魔の周りを彩り、そして、世界の正の力を持った大きな力の何かが悪魔の元へと行きやがてその悪魔が浄化されていくんだよ。・・・面白いと思わないかい、ミス・エバァン。」

エブァン・エリス。それが彼女の本名である。エリスはやや考えるような仕草をしたあと溜息をついて、エドワードを見た。

「今回我々から派遣された二人・・・、渡部宗君と、山城憐。宗君の方は「導火の魔術士」という二つ名で呼ばれる火の魔術師。憐は「水鏡の魔術師」という二つ名の水の魔術師。

まさかとは思いますが予言どおりになさるつもりですか?」

「いや、勝手になってた。ほんの偶然だったんだけどね。」

「・・・まさか!」

「これをどう思う?エリスちゃん?」

「それが事実ならば悪魔は内浦小夜、光は・・・、報告にあった久野稜という少年・・・。ならば正の力を持つ人間というのは?」

「さぁね?」

エドワードは肩をすぼめ、けれど凛とした口調でエリスに言った。

「だけど、たぶん「悪魔陣の創造者」たちも動き出す頃だろう。あまり時間がない。だから・・・、さっさと探そうか。」

エリスはエドワードを見て、複雑に思う。

いつもこれくらい仕事してくれたらいいのにと―。


非常に拙い文章です。読みにくい、あるいは違和感を覚える場合があるかもしれませんが、暖かく見守っていただけると嬉しいです。

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