第六話 食との出会い
窓から太陽の光が差し込んでわしは目を覚ました。まだ日も出たばかりの時間。動物の世話ですっかり習慣になった早起き、せっかくなので朝の散歩としゃれこむことにする。モッズはいびきをかいて熟睡しているので起こさないように部屋から抜け出して一階に降りる。するとすでに女将さんが起きていて今日の仕事の準備をしているようだった。わしを見つけると優しい笑顔で迎えてくれる。
「あら、坊や早起きなのねおはよう」
「おはようございます。少し散歩してきてもいいですか?」
「ええ、ただあんまり町から離れないでね。この辺りはまず大丈夫だけど……」
「わかりました。朝食の時間までには戻ってきます」
「気をつけてね」
外に出ると早朝の空気が気持ちいい。まだ外には人の気配はしない、まるで町をわしが独り占めしているような少し気分がいい。昨日聞いた街道沿いの河、広い河をこの世界でまだ見たことが無かったので興味を持った。
「少し急ぐかな」
身体強化をして街道を横切って草原を突っ走る。ほんの少し走るとすぐに目的の河が見えてくる。
「おお、なるほど。大きいのぉ……」
対岸までは2キロと言ったところか。大きな川だ。流れは穏やかで水も綺麗、これはいいものだ。
「ふむ、魚もそこそこおるのぉ……」
足元にちょうどいい石があったのでひょいと摘み上げる。魚のいる位置にその石を親指で弾き飛ばす。少し魔力を乗せてあるので石は高速で目的の場所に飛んでいく。魚のすぐそばにある岩に石が当たると周囲に衝撃波が広がる。その衝撃波を近距離で受けた魚が気絶してぷかーと浮いてくる。
「なかなかのサイズ、どれ、宿への土産にするか」
川辺に降りてその魚を持ってみるとよく肥えて5歳児のわしといい勝負の大きさだ。ついたばっかりだが、風景は楽しんだ。今から急いで戻れば朝食の準備中じゃろう。あの絶品料理のお返しと言ったところだ。
なにも用意していなかったので近くの草で包んで抱えるようにして走って宿へと戻る。気絶させただけなので早くしないと目が覚めてしまうかもしれん、少しだけ急ぐことにした。
「あらあらまぁまぁ立派なテグルスだこと!」
「この魚はテグルスって言うんですね」
「このあたりの河にいる名物の一つよ。しかもこれ金目って言って目が金色のまま!高級なのよー、ありがとー、朝の料理は変更ね! 他のお客さんも喜ぶわー」
「良かったです。村でもよく釣りをしていたので得意なんです!」
「……? あら? でも川まで行って帰ったにしては随分と早いような……キャッ!」
ぐたっとしていたテグルスがビチビチと動き出す。おかみさんは宿の従業員と4人がかりで慌てて調理場へ魚を運んでいく。
「うやむやになって助かったわい……」
そして、朝食に並んだテグルスを食べて、わしは自分のしたことが素晴らしい所業であったことを、舌と腹で確かめるのだった。
「お、おいしい!」
カリッと揚がった歯当たりの良い表面の薄皮を破ると、中からうま味の凝縮したジューシーな肉汁が口の中いっぱいに広がる。川魚とは思えない、そもそも魚とは思えないほどの歯ごたえとガツンと来るうま味の量。香草と野菜と一緒に油で煮るように揚げただけという調理方法が、この魚本来のおいしさを十二分に引き出している。この魚を煮込んだ油でさえもそのうま味によって最高のソースに変化している。パンにつけて食べればこれもまた絶品だ。
「こんなに状態のいいテグルスは初めて調理したわー!
もうラオちゃんのおかげ! まだまだあるからたくさん食べてねー!」
「俺……、ラオがお客でほんとによかった……」
モッズは少し涙ぐんでいる。それも理解できる。わしも前の世界でもいろいろとうまい料理は食べたことがあるが、そういったものとは別ベクトルで旨い。この世界、美食的には前の世界以上だな、間違いない。
これはこの世界でこれから生きる楽しみが、わしにとってとてつもなくうれしい意義を新たに見つけてしまった。
以前の仕事でも職務上いろんな土地に溶け込む必要があるために、古今東西あらゆる国文化に触れて学んできた、食もその一つだ。庶民の家庭料理から宮廷料理まで、あらゆるものを知識として知り、実際に食した。もちろん素晴らしい味との出会いもたくさんあった。それらの経験を持つわしでも食べたことがないレベルの味わいだ。しかも、正直味付けで引き出したものではない、素材としての味が格段に優れた食材が存在している。
「女将さん、このテグルスのような美味しい魚はやはりかなり貴重なんですか? 例えば土地が変わると同じような名物の食材があるとか……」
「そりゃそうよ! 世界は広いわよー、名物なんてものじゃなくて幻って言われている食材だってたくさんあるわよー。有名なのはドラゴンの宝珠ね! ある年数以上生きたドラゴンから取れるというとてもとても貴重なお肉で、噂によるとそれを手に入れたら一国の王になれるって言われているほど高級品で、とんでもなく美味しいらしいわよー!」
ごくり。思わず喉が鳴る。名物と呼ばれている物でもこれほどのおいしさなのに、幻なんて食材があるのか……
「ラオ、何を隠そう俺は冒険者のころは食材を専門に扱うフードハンターを目指していたんだ。先輩に食わせてもらったシルバーシェルって言うモンスターの肉もこのテグルスに勝るとも劣らないおいしさだったぞー」
それからグルメ会話に朝の食堂は大いに沸き立った。わしは改めてミラ様にこの世界へと呼んでいただいたことを感謝する。わしに何が出来るかはわからないが、精一杯楽しんで生きていくぞ!
しばらくあと