第36話 魔人の生活
「こんにちは~」
「はい、こんにちは~」
「お、おっちゃんそれ美味しそうだな、一つもらえるか?」
「あいよ! なんだい、友達の分も買わないのかい?」
「うまいな~おっちゃん、それじゃあ4個おくれ」
「値段は3個分でいいよ! 一個はサービスだ!」
「サンキュ~」
のどかな村を買い物をしながら練り歩く。
なぜこうなったかというと、一気に魔王城まで飛んでいこうと思ったのだが、美しい果樹園が広がる一帯に差し掛かって、思わず食べてみたくなったからじゃった。
「うっわ、甘い! これ、ほんとに甘いよラオ君!」
「こっちのフルーツも美味しい!」
「意外じゃな、なんかこう、魔人の島だから不毛な大地でディストピアな食生活を送っているのかと……」
「この土地は天候も魔王様が管理していてとっても豊かですよー。
農業や畜産も魔法を利用して大規模におこなわれていますから人間の世界よりも効率化がなされていますね」
「それに、人々も……ちょっと肌の色が青っぽいだけで普通の人間の村とほとんど変わりませんね」
「一応変装していますけど、我々の生活もほとんど人間と変わりません。
いろんなところで魔力を利用している以外は、人間の生活よりも少し便利な生活をしているだけですからねぇ……」
「自身は人間に比べて圧倒的な力を持って、ざっとみると衣食住が満たされて……
本当に人間社会に手を出していたのは暇つぶしなのかもしれんな……」
「……それと、おかしな話かもしれませんが、少し怖かったのかもしれませんね。
私は、魔人の中では弱い部類に入りますから、もし人間がそれこそ皆さんのように強い存在になった時に、我々の魔力をや、ここでの生活を知れば、この生活を奪われるかもしれないという恐怖があったのかもしれません。
もちろん魔王様やその周囲にいる強者たちはまた違った考えなのでしょうが……」
「なるほどなぁ……さっきのお店の人々も、戦いなんて好まんじゃろうからなぁ……」
魔人の本拠地に乗り込んで大立ち回りして魔王に宣戦布告を改めて―、なんて考えていたんじゃが……
どうも風向きが変わってきた。
魔人の島は、穏やかで、人々は温かく我々も外から帰ってきたという話をすんなりと受け入れられて迎えられてしまった。
「どーすんのよラオ、この国に侵略するの?」
「うーむ……」
「なんか、僕たちの方が悪者になっちゃうよね……」
「やはり、自分の目で見なければわからんもんじゃな……
キース、もしワシが魔王に謁見したいと言ったらどうなると思う?」
「そうですねぇ……少なくとも軍師様はお怒りになるでしょうね。
ただ、他の者たちは面白がるかもしれません。魔王様も含めて」
「……ちょっと一晩考えさせてくれ」
空調の効いた部屋で柔らかい布団で一晩寝て考えをまとめたい。
今は、それが精一杯の返事だった。
ちゅんちゅん。
窓辺で小鳥が鳴いている。
カーテンが半分くらいかけられた間から日差しが部屋の中に温かく差し込んでいる。
「……考え事をするつもりが、寝てしまったか」
調整された心地のいい空調と、太陽の香りのするやわらかなベッド、宿の人のおもてなしの心がここにも詰まっている。
いまいち考えがまとまっていないが、まぁ、これしかないだろうとは思っている。
そのことを告げるために宿の食堂へと足を運ぶ。
「おはようラオ」「ラオ様おはようございます」「ラオ君珍しくゆっくりだね」
食堂へ入ると皆が一斉に話しかけてきた。
確かに、久しぶりにゆっくと寝てしまったな。
「おはよう皆、おお、朝食もおいしそうだ。まずはいただくとするか」
「あらお客さん、おはようございます。
すぐに準備終わりますからお待ちください」
テーブルの上はすでに食材で華やかだったが、さらに飾られていく。
一つ一つの料理が見た目と香りで鼻と目を喜ばせる。
全ての料理がテーブルを彩って、その料理は完成する。
「これは、見事だな……いただきます」
「このサラダ……今まで食べたものと違う……」
「この辺りは土がいいからねー、しかも朝採れたて。うちの自慢よ!」
宿の女将が笑顔で焼き立てのパンをお皿に乗せてくる。
アツアツのパンをかじると表面はパリパリで香ばしいのに中はふっくらと柔らかく、口の中いっぱいにパンの香りが広がる。
「こんなに美味しいパンは食べたことが無い」
「ふっふっふ、それにこれを乗せると、もっとすごいわよー」
いじわるそうな顔で女将がバターの塊をテーブルの中央に乗せる。
誰よりも早くそれを確保してナイフでパンにたっぷりとぬりったくる。
アツアツのパンに塗られたバターがすぐに液状化してパンにしみこんでいく、そこを一口に頬張る……
「……う、旨い!」
濃厚なバターの香りと味に負けないパンの味と香りが、口の中で大騒ぎしている。
このパンなら脚色なしで何個でも食べられるかもしれない。
絶品の野菜を使った煮込み料理、ポトフ。これがおいしくないわけがない。
優しい控えめな塩味が野菜の味を引き出して、ほくほくと舌を楽しませてくれる。
ブロック状に切られた豚のバラ肉は咬むと脂と肉のうまみが弾けだす。
なんということだ、口の中でまるでオーケストラを奏でているようではないか……
正直、テーブルに並べられた大量の料理をみて、朝からこんなに食べるものなのかと驚いたが、実際にはまるで競うようにあっという間にテーブルの上を綺麗に片づけてしまった。
「……もうしばらく動けない……」
「幸せだ……」
「嬉しいねぇ、外でお勤めしてた人たちがやっぱりここが一番! って言ってもらえるように頑張ってるから、その食べっぷりが何よりもうれしいよ!」
「外も一部では随分とましになりましたが、ここに来るとまだまだですね」
「わしももっと鍛えねば……なんにせよ、素晴らしい食事をありがとう」
いろいろと悩んでいたが、その悩みが吹き飛ぶ朝食だった。
しばらく腹が落ち着くのを待ってから、自分の考えを皆に伝えることにした。




