第31話 狼煙
「ラオー! あ、またここにいたの?」
いつもの通り秘密基地で鍛冶に勤しんでおるとミカエラが普通に入ってきた。
「なんじゃミカエラ、まだ訓練には早いじゃろ?」
「キース先生に聞いたらここにいるって言われて、あっ、それガルアの盾よね?」
「うむ、少し大きすぎて扱いずらそうなので用途によって形を変えられるようにしてみた。
朝の稽古で試してもらうつもりじゃ」
取り回しのしやすいスクウェアシールドの形態から、全体を守りやすい大楯、使わない時には小型のラウンド状に畳み込むカラクリを仕込んでみた。この世界の魔道具としての能力を使えば、やや無茶な変形も可能だ。
「私の杖もいい感じよ、こんなに小さく持ち運べるのは助かるわ。どっかの誰かみたいに空間魔法なんて使えないから……」
なんか睨まれている気もするがスルースルー。
不満を口にしているものの、ミカエラもそしてガルアも夏の合宿で異常な成長を遂げている。
たぶん、この国で二人に勝てる人間はいないじゃろう。
キースも魔人は成長しないなんて言っていたが、明らかに成長している。
どうやら自分よりも弱い者と戦っても成長しない。ということではないかと二人で推理している。
ワシは……まだ骨格が出来上がっていないせいか、どんどんため込まれて、成長と共にそれが肉体に馴染んでいっているようなそんな感覚がする。我ながら楽しみじゃ。
このダンジョン育成は非常に得るものが多く、学校としても取り入れることにした。
キースに段取りは丸投げして、王都から一番近いダンジョンを学校直属の施設にして、生徒たちをビシバシと鍛える日々が続いた。
わしとガルア、ミカエラ、キースと別れて引率し、パーティ分けをしながら実勢演習の効果はすさまじく、生徒たちはどんどんと育っていくのであった……
優秀な人材を思想教育を施して国の重要なポストに送り込んでいく、表面上は魔人と対立することなく謙虚に働いてもらう。これも、ワシらの作戦の実行までの布石となる。
魔人たちに人間社会を支配されている状態を解放するための作戦……
成否は学校生活でどれだけ人を育てられるかにかかっている。
人の育成に勤めながら仲間を増やし、順調に学園から各地の要職へとわしらの息のかかった人物を送り込んでいく。キースと共にその時が訪れるまで、静かに、確実に計画を進めていく。
その一方でわしは学園生活を満喫し、15歳、成人を迎え、ついに学校から卒業する時が訪れる。
「さて、キース。とうとうこの日が来たな」
「ええ、ラオ様」
「準備は?」
「完璧です」
「そうか、それじゃあ行こうか!」
世界改革の第一歩を今、この学校の卒業式から始めていく。
「ラオ様、壇上の右の男が王国の政治全般を握っている宰相で、我ら魔人軍の参謀になります」
キースももちろん壇上にいるのだが、通信でいろいろと状況を知らせてくれている。
壇上で我々に祝辞を送ってくれている学長、来賓が座る中でも最も上座に座る男、確かに座る姿からも隙が無くある種のオーラを感じる。
真っ黒い長髪を後ろで束ねて、黒い瞳、知恵者であることがにじみ出るクールな中年の男だ。
体つきは細いが、魔人は目に見える筋量だけで力は全く測れない。
魔力の流れも、非常にうまく隠している。
流石長年人間世界に入り込んで人間を弱体化させてきただけはある。
キースの話だと、教育と情報を抑えれば人間は滅びるというのが魔人参謀の持論だそうだ。
だいたいあってるな。
現に今のこの世界の人間は恐ろしいほどに弱体化させられている。
でも、それも今日で終わりだ。
「皆さん初めまして、この王国に優秀な人材が多数生まれたことは非常に素晴らしい一日となります」
参謀の話が始まる。良く通る声にどこか人を引き付ける魅力がある。
所作振る舞いにも隙が無く、出来る印象を受ける。
「ラオ様、この後に答辞となります。ご武運を」
「ああ」
祝辞の内容はまさに完璧。非の打ち所がない。
こんな素晴らしい祝辞への答辞が……このありさまでは先方もさぞお怒りになるだろうな。
「それでは、卒業生を代表して卒業生主席、ラオ」
「はい」
名前を呼ばれて席を立つ。
この学校で過ごした日々のおかげで背も伸びたし体も逞しくなった。
自分で言うのもおかしいが、今は背の丈185程、目方は80と言ったところか、過剰な筋肉はいらない、身体を正確にそして意志と寸分たがわずに動かせる筋量があればいい。
自らが考える理想形に近づけるべく鍛錬は怠ってこなかった。
結局行きつくところが前世の体系に近くなっていた。
思えば遠くまで来たもんだ、まさか異世界の世直しを頼まれるとはな……
しかも、神様から直々に……
その第一歩が今日から始まる。
「肌寒い風もすっかり温かな春を告げる風に代わったすがすがしい日に、私たちは王立学校を卒業することになりました。
学校長をはじめ、我々に親身になって寄り添いご指導いただいた先生方。
ご来賓の方々、保護者の方々、本日は誠にありがとうございます。
この学校に来てあまりに居心地がよく、ついつい9年も居座り続けてしまいましたが、ようやく成人、卒業をすることができて、心配をかけてきた両親にはホッとしてもらえるのではないかと安堵しております。
すでに卒業され、各地で優秀な結果をお出しになられている諸先輩方の名を貶めないよう、これからも切磋琢磨し成長を続けていきたいと思います。
このような素晴らしい場を与えてくださったたくさんの方々に、御礼、といいますか、少しお伝えしたいことがございます。
私に最も目をかけてくださったキース先生と共に、この放送を見られている全ての方へ……」
王立学校の卒業式は魔道具によって国中に放送されている。
王名によって緊急以外のほぼ全ての国民が見ているはずだ。
キースが壇上に立ち、俺と二人を大写しにしていることだろう。
「それではラオ様」
キースが手の甲をカメラに向ける。
俺もその手の隣に手の甲を並べる。
「「【奴隷解放】」」
それぞれの手の甲に刻まれた紋様が激しい光を放って術式を構成する。
魔道具越しでもその効果はきちんと発揮する。
卒業生にかけた洗脳を解き、この世界の仕組みを説明した記憶を呼び起こす。
それと同時に渡しておいた各種装備の封印を解放する。
それは魔人に支配された人間たちの世界を取り戻す戦いの、始まりを告げる光だ。




