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第29話 ラオ本気を出す

 12・3階が現在の最深部の記録なのに、ワシらは今40階を超えたところにいる。

 

「ガルア右!!」


「わかった!!」


 通路の奥から光る瞳が群れを成して飛び掛かってくる。

 エンシェントウルフ、一体で街くらいは滅ぼす魔物らしい。

 ガルアが盾を大地に突き立て武技によって巨大な障壁を作り出す。


「グランドインパクト! さらにインパクトシールド!」


 巨大な壁が弾け、その衝撃波でウルフたちは地面に叩きつけられる。


「ガイアクラッシュ!!」


 大地が口を開けウルフたちを飲み込みめった刺し……哀れ魔物たちはズタズタに引き裂かれるのであった……


「ちょっとラオ! 引き裂かれるのであった。じゃないわよ!」


「なんじゃ、せっかく説明してやっておったのに……」


「だれに説明するんだよラオ君、キース先生もお茶を入れてないで少しは手伝ってくださいよ」


「いやいや、すでにこの階層ならお二人で十分戦えます。

 安心してみていられるのでこうしてラオ様にお茶を入れて差し上げられるのです。

 あ、お二人もどうぞ」


「ありがと。あら、美味しい」


「ちょっと小腹も空いてきたね」


「うむ、二人もよく頑張ったし、一度戻るかの、っと……でかいのが来たみたいだからわしも少し運動するかの」


 ズーンズーンと大地を揺らしながら巨大な獣が走ってくる。

 どうやら大量のウルフを串刺しにしたせいでその血の匂いにつられたみたいだ。


「おお、ラオ様、ベヒモスですよ。珍しい。私も初めて見ました」


「え……先生それって……神話とかに出てくる?」


「ええ、ええ、いくつもの国家を滅ぼした、我々魔人もこいつらの相手はごめんこうむりたいですねぇ」


「ら、ラオ大丈夫なのよね?」


「うーむ、さっきから本気で威嚇しても全く反応が無い……この体でどこまで通用するかわからんが、頑張ってみる」


 正直、解らんとしか答えようがない。

 こんな巨大な寅のような牛のような生物は知らない……ただ、一瞬も気を抜けない相手なのは確かだ。

 ぶるりと体が震える。


「駿歩」「剛体」「硬身」「発気」「錬生」「魔装」


 淡々と自己強化を重ねる。決して目は逸らさない、こういった獣の手合いは目をそらせば即座に襲い掛かってくる。15mはありそうな巨大な寅と思えば、何とかなる気がしてくる。

 キースが二人をかばって下がってくれる。こういうところは流石にわかっている。

 わしも、久々に本気で当たらないといかんだろう……くーっ! この緊張感がたまらん。

 思わず口角が上がってしまった。

 その瞬間、目の前に獣の姿がブレた。

 速い!

 襲い掛かる前腕と巨大で鋭利な爪、いくらドラゴン装備でもまともに受けるとやばいと警鐘が鳴っている。受け流すように小手で受けるも、その重量感は想像以上、それでも何とか力の方向を変えて受け流すも、ごきりと嫌な音がする。


「ふむ、肩が外れたか……」


 ベヒモスはその爪に獲物の肉片が付いていないのことが不満なのかグルルルと低いうなり声をあげてこちらをにらみつけている。

 警戒しているのかすぐに追撃をしてこなかったので、肩をはめる。


「なるほど、こりゃ骨が折れそうじゃ」


 今、骨が外れたけども、勘が鈍っているみたいだ。

 どうにも互角以上の戦いに身を置いてこなかったツケが回ってきた。

 

「情けないのぉ、スイッチをすぐに変えられんようになっておるわい……」


 長い一般人としての生活が、月影としての自分のスイッチを鈍くさせていた。

 この化け物を相手にするなら、そのスイッチを入れなければならない。

 あえて痛みを取らないでいた肩の痛みが、ワシの中のスイッチをゆっくりと動かした。


「敵是必殺」


 格闘ではない、暗殺術。

 派手さは必要ない、静かに、ただ静かに命を刈り取る。


 野生の勘か、あと一歩のところでベヒモスが飛び退いてしまった。

 あとちょっとで心の臓を握りつぶしていたのじゃが……


【GAAAAAAAA】


 自らの胸を貫いた傷に怒り狂ったのか全身で飛び込んできた。

 たぶん、こいつは敵と言える相手に出会ったことが無かったんだろう。

 そうでなければこんな愚かな攻撃はしてこない。

 振り下ろす腕を相手の力を利用して引き落とし、そのまま決めて捻じり切る。

 体勢を大きく崩し顔から地面にたたきつけるベヒモスにぴったりとくっついて、その首の血管を掴んでちぎる。

 大量の鮮血を吹き出しながら転がるベヒモス、しかし、すぐに血の池の中で動かなくなる。

 野生の獣は死ぬ寸前が最も暴れるので確実に命が消えるまで気を抜かず距離を保つ。

 どうやらベヒモスは肉体を残したまま死ぬタイプの魔物らしい。

 完全に命が消えたことを確かめてキース達を呼んで解体作業に移る。


「なんじゃ?」


 3人が妙な表情でワシを見ている。

 手招きして呼び寄せると、びくびくしながら近づいてくる。


「ら、ラオ様……今の戦いは……ラオ様ですよね?」


「なんじゃキース、変なことを聞いて?」


「い、いや、ラオ君の存在が消えたような気がしたら、いきなり血が噴き出て……」


「そ、そうよ、何が起きたのかさっぱり……」


「ああ、そうじゃなぁ。あの戦いは、見にくいじゃろうなぁ」


「戦いというか、狩りのように感じました……」


「ふむ、そのほうが正しいじゃろ。わしはあいつを狩った。

 そしてあいつは狩られた。いつつ、久しぶりに負傷したが、痛いもんじゃの」


「ラオ!? どこ怪我したの!?」


 それから偉い心配をするミカエラに肩の痛みと炎症を治してもらう。

 ベヒモスからは大量の毛皮や牙や爪、それに骨もさらには肉も手に入った。

 そして、巨大な魔石が停止した心臓の脇で光り輝いていた。


 

 



 

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