第21話 事情
泣きじゃくっているミカエラは話しかけても反応がないので、とりあえずガルアを救いに行く。
土の防壁を解除して全身を確かめるが、さすがは頑強、腕の骨折以外に酷い外傷はない。
あまりに強力な魔獣の防御に根こそぎ闘気を持っていかれて気絶しているだけ、これならしばらく寝ていれば回復するじゃろう。
「それにしても、ミカエラ、魔獣を呼ぶとはどういうことじゃ?」
似たことを何度も聞いたが返事がなかったので、あまり期待せずに再び問うてみた。
「……ぐすっ……ケーン先生が……あんな庶民に負けるわけにはいかない……って……」
「ケーン……ああ、あやつか……」
貴族絶対主義とでも言えばいいか、とにかく平民出身者を差別するクソ教師の名が出てきたことは意外ではなく、逆になぜか納得がいった。
「しかし、あんなものが存在することを誰も知らんかったのぉ……」
「知らないわよ! 私だってあんな恐ろしい物なら使ってなかったし!
ガルアに歯が立たないなんてこれっぽっちも考えていないし!
起きたら……あんなことされて……うわーーーーーん!!」
また激しく泣き出してしまった。
「し、仕方ないじゃろあのままでは、というか死んでたから必死に蘇生させたんじゃから。
それにお主は男子の格好をしておったし……」
「うう……唇を許した殿方は……私の夫になると決めていたのよ……
それを……見ず知らずのあんたなんかに……ううう……」
泣きたいのはこっちじゃわい……そんなこと言われても……
「でも……確かに命は助けてもらったのなら、そこは礼を言うわ……ありがと……
か、勘違いしないでよね! 平民が貴族を助けるのは当然の責務なんだから!」
「うちの国に貴族制度はないはずじゃが?」
「うっ、うるさいっうるさいっ!」
とうとう拗ねてしまった。
「それにしても、誰も様子を見に来ないな……」
「ラオだったかしら? 私のこのことは誰にも言わないでよね!
学校を出るまでは男で通すんだから!」
「ああ、わかった。誰にも言わんよ」
「うう……ラオ君……ここは?」
「おお、ガルア目が覚めたか!」
「魔獣が現れて……僕は……そうだ!? 魔獣! 早く逃げなきゃ!」
「魔獣ならワシが倒した。もう少し休んでおれ、じきに助けも来るじゃろ」
「ミカエラ! ミカエラは無事なの!?」
「奥におるわい」
「ふ、ふん。どうやら勝負には負けたようだ……ガルア如きに負けるとはな」
器用に男の振りをしている。切り替えの早さは一流じゃな。
「ば、バカな!? こ、これはどういうことだ!!?」
闘技場に大声が響く、その声の主は件のケーン。
「ケーン先生、先ほどのアレはどういうことですか!?」
とうぜんミカエラが抗議する。そんなことがまるで耳に入っていないようにケーンは言葉を続ける。
「なぜ皆殺しにされていないのだ!?」
その言葉と同時にケーンから邪悪な気配があふれ出す。
厭味ったらしい顔つきとちょび髭のおっさんの肌が紫へと変化していく、目は鋭く吊り上がり口からは牙も見えている。これが魔人、身にまとう邪悪な魔力は人間の比ではない。
「なるほど、そういうことじゃったか……」
「け、ケーン先生?」
「仕方ない……学園の生徒、教師は謎の魔獣によって一人残らず殺されたことにしよう……
ラオ、貴様が『努力』なぞを広めなければよかったものを……」
「どりょく……?」
「先生、どりょくとは?」
「ふむふむ、色々読めてきたぞ……なるほどなるほど」
「フハハハハ、知ったところでお前らは死ぬがな!! 『絶望の監獄!!』」
足元から強力な魔力の波動が沸き上がるのを感じる。同時に地面が震えている。
「これでこの学園は完全に外界から遮断された! 決して外に出ることはできない!
あとはゆっくりとこの俺が、魔人ギール様がこの学園内の人間を殺してしまえば終わりだ!!」
こやつ、黙ってれば勝手にぺらぺらと話すタイプかのぉ……
「ま、魔人だと……まさか伝説の存在がこんな王都にいるはずが!?」
ちょっと臭いかもしれんが演技して色々と情報を聞き出してみる。
「そ、そんなケーン先生が……魔人……?」
「ラオ君! どうしよう……?」
「フハハハハハ!! 恐怖に慄くがいい!!」
「しかし、どうして学校に!?」
「冥土の土産に教えてやろう! 我ら魔族はすでに人間社会に根深く入り込んでおる!
長い年月をかけてこの国の人間を骨抜きにして、しかる後に我ら魔族が人間を支配するのだ!
小癪な人間如きに恐れているわけではないが、寿命の長い我らは気が長いのだ!」
「な、なんということ……魔族が国家の中枢に!?」
「フハハハハハ、ミカエラ! 上位民などと持ち上げられておるがその実腐敗の温床にしておる。
いずれはお主らが国を傾ける原因となるだろう!」
「そ、そんな……」
「なぜギフト持ちを集めたり……」
「ふん、ガルアか……驚いたぞ貴様のような輩でも努力によってあそこまでの力を持つようになるとはな、やはり人間は侮れん……いや、少し厄介なだけだぞ、魔族の敵ではないがな……」
「もしかして、才能のあるものを腐らせるために集めているとか……?」
「ふん……ラオ……貴様さえいなければこの国の人間は持って生まれた才能を伸ばすこともせず現状に満足してダラダラと暮らして、緩やかな支配に気が付きもせずに生きていけたのだが、ま、ここの人間を皆殺しにしたらまたゆっくりと手を伸ばしていけばいい」
「さすがに国民も気が付くんじゃないか?」
「気が付くはずもない、今までだって幾度と声を上げる人間はいた、しかし、誰も現状を変えようとしなかったのだ。上に言われるがまま、世の中の意見に流されながらそれなりの生活をしていれば人間などは満足をする。まるで家畜だよ……」
なぜか少し悲しそうなギールが少し不思議だった。




