第十話 よくある話
誰もいない館の中を荷物を担いで階段を昇る。3階の廊下には301,302順番に部屋が並んでいる。
「ここじゃな」
306号室。カギを持ってドアノブをつかむと魔力の流れを感じる。なるほどこの鍵は魔力によって制御されているのか、凄いもんじゃ。ガチャリとカギが開いたことを確認してドアノブを回して室内に入る。ベッドが二つに机も二つ、洋服などをしまうタンスに荷物などを置ける棚もある。最上級の物ではないが、決して粗末ではない立派なものだ。確かめるように椅子に腰かけて一息をつく。
「これからは一人の学生になる。いいかげん口調を気をつけないとな、わし、じゃない僕は5歳の男の子だ」
月影は何者にもなる、変装などもお手の物、ありとあらゆる年齢、性別も超えて演じてきた。転生してきて演じてしまっていたが、そろそろ自分自身の人生を楽しまないと……
建物に入ると外で感じたどこからか視線を感じることは無くなった。注意深く窓から外を見ると魔力の流れを感じるポールのような物が立っていることに気が付く。微弱な魔力を発しているようでアレに引っかかると監視されているのか学校の者か判断しているのかもしれない。
「魔法とやらは色々と応用が効くようだな、違った方面に科学が進化してるんだろう……」
未知のことを知ることは喜びだ。この年になっても全く知らないことがたくさんあるというのは……
「さっきちゃんと5歳で生きるって決めたばかりなのに、な」
そうそううまくはいかない。仕事として演じることはできるだろうが、それではつまらない。
「ま、なるようになるさね」
それからしばらくは荷物の整理などで時間をつぶす。どうやらもう一つのベッドには使用者がいるようでたぶん学校が終われば帰ってくるだろう。
「……これ、外、散歩とかしても大丈夫だよな? 仮とはいえ学生証はあるわけだし」
いつまでも荷物を整理していられ訳もなく、やることが無くなる。自分がこれから生活していく場所を知っておくことも大事。
緑豊かな学園内は気持ちがいい、きちんと整備された個所と自然とがうまく調和している。なかなかに素晴らしいコンセプトで作られた学園だということが随所から感じ取れる。
「この国の王の力は強いんだなぁ……」
王立学校がこれだけ素晴らしい設備を備えているということは、国が、王が強い力を持っていることを表している。個人的にはそういった強い権力を持つ人間を快く思えるような環境にいなかったのでそのあたりには思うこともあるが、ま、自分に害が無ければ気にしないでおく。
学園は、巨大だった。防壁と門によって守られているエリアに庶民向けの寮と上流階級者たち用の寮。それぞれの食堂、校舎、運動場、そして闘技場、訓練場なのかもしれないが、様々な建物が集まっていて、ここ自体がまるで都市のようだ。
ゴーン、ゴーン、ゴーン
鐘の音が鳴ると人の気配が外にあふれてくる。同室のものが帰ってきたら出来る限り行儀よく挨拶をすることにしよう。
「闘技場へ来い!! 勝負だ!!」
そう、思っていたんじゃがなぁ……なぜか、こんなことになってしまっておる。
「いいよ、君も僕の事なんて放っておいて……」
イラっ……
「どうせ僕なんてこんな目にあって当然な奴なんだから……」
イライライラっ……
「いいんだ、僕だけが我慢していれば……」
「だーーーー!! イライラする! 貴様も男ならそんな心意気でどーすんだ! しゃきっとせんか馬鹿もんが!!」
「ひぃっ!」
「ひぃっ! じゃない! そのでかい体は飾りか!? 悔しくないのかこんなガキに好き放題言われて!」
「だ、だって、しょうがないよ、僕なんて……」
「あーーーー!! そのしょうがないとか自分なんてッて言葉はわしは大っ嫌いなんじゃ!!
貴様名前は何という!」
「……ガルア……」
「ガルア! 本来は多数を持って他者を虐めるような性根の腐った輩はわしが拳骨の一つでも落としてやろうかと思ったが、貴様が自分でやれ! やれるようにわしが鍛える! そっちも!」
「な、なんだ!?」
「それでいいな! 一か月、一か月でこ奴をお主らを超えるように鍛え上げてやる! いいな!」
「お、おう! や、やれるもんならやってみやがれ! ガルア逃げんなよ!」
「そ、そんなー……」
「やかましい! 漢ならグダグダ言うな!」
……どうしてこうなった……
わしは普通に部屋に戻ろうとしておったんじゃ。
「おらっクズ! 今日も負けたのはお前のせいだぞ!」
「そーだそーだ!」
「ミカイラ様の邪魔ばかりしやがって!」
3名ほどの男子が一人の男子を殴る蹴るの暴行を加えておった。身なりから庶民の子が上流の子に囲まれている構図。しかし解せんのは庶民の子はなかなか立派な体格をしておる。それに比べて生意気そうな金髪のミカイラとかいうやつをはじめ取り巻きのような二人はガキ丸出しで別段優れているようには見えない。体当たりの一つでもすれば吹き飛びそうな体格差だ。
「ご、ごめんなさいミカイラ様……僕が出来損ないで……」
「まったく、生まれが汚いものは性根も汚らわしいな……」
「農家の家ごと気がこの学校へ来るなんて」
「土臭い子せがれが、田舎へ帰って土でもいじっていろ!」
「おい、生まれは関係ないだろ……」
聞くに堪えない悪態のせいで気が付いたら体が動いてその小僧の手首を決めておった。体に引っ張られて精神の安寧が簡単に崩れるようになってしまったのかのぉ。農家をバカにするのは心の底から許せんかったからのぉ……
そして、なんだかんだあってあんな無謀な約束をしてしまったというわけだ。
「うう……なんであんなこと言ったんだよー……あの3人は魔法の使い手で模擬戦では無敵なんだよ?」
「ほう、ただの口先だけじゃないのか……」
「そもそも君はなんなんだよ? この学校の生徒なの?」
「おお、まだ名を名乗っておらんかったな。わしの名はラオ。今日からこの学校に世話になる」
「ラオ……? 先生が言っていた謎のギフト持ち……ってことは5歳?」
「そうじゃ?」
「……なんでそんな話かたなの?」
あ。忘れとった……ええい、もういいわい!
「は、話し方など関係なーい! ガルア! 今日からわしがお前の師匠じゃ! 一か月後絶対にあ奴らに一泡吹かせるぞ!!」
「む、無理だよー」
でかい図体をちいさくちいさく体育座りしてぐずぐずと泣き言を言い続けるガルア。本当に一か月で何とかできるか不安になってきた……




