第一話 人生の終焉
一話だけ上げますが、続きは現在連載中の作品がいくつか終えてからとなります。
よろしくお願いします。
「はぁ……」
わしはこの世界にきて何度目かわからないため息をついた。今、目の前にはたぶんわしを殴ろうとしている冒険者とやらが、こぶしを振り上げて力をためている。
スキル
この世界はどいつもこいつも、この『スキル』とかいうものにこだわりすぎている。なんか馬鹿正直に相手のスキル発動とやらを待っているのがアホらしくなってきた。だいたい、わしの攻撃が当たる範囲で溜める動作のある攻撃をするのが理解出来ん!せめて動きながらとか、他の行動でカバーするとかいろいろあるじゃろうに……
「はぁ……」
「くらえええぇぇ!! 『パワーパンチ』!!」
やっと発動したらしいその攻撃を見て、またため息が出た。事前の見た目の攻撃力からしたら確かに強化している。スピードも上がっている。
「……素材が悪すぎじゃ……」
迫るこぶしを最小の動きを持って、額で受けて軽く首を回してやる。そのご自慢こぶしは、わしになんのダメージも与えることなくそれていく。しかし、相手は満足げな表情を浮かべる。
「おらぁ!! どうだこの野郎!! なめたこと言いやがって!!」
自分の攻撃が当たって、さっきまでやかんのように真っ赤になって怒り狂っていた……なんだっけこいつの名前? ドスン? ドズン? とか何とかいう男は勝ち誇っている。見た目は筋骨隆々の大男で、雰囲気はある。むさくるしいひげ面に下品な笑いは不快この上ないが、それなりには鍛えているのかもしれない。しかし、事前の攻撃と合わせて、今のスキルを受けての発言ではっきりとわかる。
あーあ、こいつも節穴じゃな……
自分の攻撃が相手に効いたかどうかなんて、こぶしの手ごたえでわかるじゃろうに……これも、スキルの弊害ってやつじゃな。
「はぁ……」
「てめぇ!! またそれか! そ、それよりどうして平気で立っているんだ!?俺のパワーパンチはメガラビットにもダメージを与えるんだぞ!?」
周囲の観客たちもざわついている。
今、わしは冒険者ギルドにいる。この世界での身分を得るためにやってきたのだが、まぁどこの世界でもこういった輩はおるもんで、なんだかんだと難癖をつけられた。後ろで震えているお嬢ちゃんの手前殴られてやったが、もういい加減めんどくさくなった。
「なぁ、今ので攻撃は終わりじゃ、終わりだろ? 今度は俺から攻撃していいか?」
「ば、バカなこと言ってんな! 本当は立っているのもやっとだろう?やれるもんならぐふえええええぇえぇぇぇぇぇああああぁあぁぁおおおおおおぅぅぅぅえええええ!!」
たかだか鳩尾を軽く殴り上げただけで大げさな……盛大に虹を吹きながら突っ伏してぶっ倒れおった。殴るぞと言っているのに身構えもせずに隙だらけなんじゃ未熟者が。
「う、嘘だろ……ドーズンさんはC級冒険者確実って言われている実力者だぞ……」
「あの岩をも砕くパワーパンチをまともに受けて……」
「しかもなんだあの攻撃、見たことないスキルだぞ!?」
あんなもんスキルでも何でもないわ、ただの拳骨じゃ。
C級確実、つまりD級冒険者であの程度か……どうなっとるんじゃこの世界は……
「あの方がわしなんぞに助けを求める訳じゃ、訳だ……」
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わしの名前は坂東 羅雄。今でこそ15歳の少年の格好になっておるが、元居た世界では99歳を迎えたじじいじゃ。一応ただのじじいではない。元の世界ではもう一つの名前を持っていた。
月影
わしのいた世界において、月の神の使いと言われる裁定者に与えられる名じゃ。実際には凄まじい鍛錬を修め、認められたものに受け継がれてきた一族の名。その役割は、暗殺、工作、扇動なんでもあり。
世を乱す輩を、月の出ない新月の夜に、成敗する。
そう信じられている伝説的な存在だ。
実際には月影と呼ばれる長を中心にした集団なのだが、その事実を知るものは世界でも最上位に位置する者たちだけだ。それゆえ、世界の権力者たちは世を乱すような真似はしない。そして、我ら月影の民は何者の指示も受けない。すべては月の女神様の裁定に従って行動をするのみじゃ。
わしのいた世界には神がいた。わしらの世界を作った月の女神様の命に従って、世界を守っていた。
わし自身はすでに月影の名を後進に継ぎ、人里離れた場所で自らの体との会話に、その人生の残りをつぎ込んで生きるつもりじゃった。
そんな隠居した爺の住処に、あの方と女神さまが現れたのは数百年ぶりと言われる皆既月食が起こる日だった。
「羅雄様ですね」
「どなた様か存じませんが、このような老骨になんのようじゃ?」
突然現れた二人組、只者ではないことはわかっている。フードを目深にかぶって顔色はうかがえないが、息も切れておらず少し気圧されるほどの雰囲気がある。それだけで判断しているわけではない、わしが暮らしている場所がそういう場所だからだ。今の月影でも息も切らさず来られるような場所ではない。そんな場所に着衣も乱さずに、しかも男女二名で、それだけでも異常な事態だ。
「老骨などと……歴代最高の月影である貴方様は今でも素晴らしい輝きを放つ魂をされております」
「……ふむ、その名を出したということは、わかっているということじゃな」
月影の民を知るものは、世界の上層に位置するもの、そうでなければ例外なく消される。たとえ隠居したわしの前でも、その名を出した以上、事と次第によってはわしはこの二人を消す。
「ええ、貴方様にお願いがあって参りました」
女性がフードを外す。
「な、なんと……まさか……め、女神様……」
そこに立たれていたのは紛れもない月の女神、アルテス様のお姿がそこに在った。夜空に瞬く星の輝きを集めたような美しい銀の髪が足元まで伸びている。女性の美というものを体現したような美しいスタイル。そして笑顔一つでわしの心を74年もとらえて離さないお美しいお姿……
「月影の名を継いだ時以来ですかね? 少し老けましたね」
「アルテス様は相変わらずお美しい。我が身命のすべてはアルテス様に捧げております。願いなどではなくどうぞご命じ下さい、この老骨でできることならばどんなことでも……」
「ラオ、顔をあげてください。そのような言い方をされてしまうと逆にお願いしづらくなってしまいます」
少し困った女神さまのお顔もお美しかった。
「詳しくはこちらの方の話を聞いてください。
最初に言っておきますが、受けても受けなくてもラオの意志に任せます。
どうか私のためと言わず、自分の意志で決めてください」
「……わかりました。ところでこちらの方、女神さまとご一緒ということは……」
「さすがはラオですね。そう、異界の神です」
もともと地に座して礼を払っていたが、きちんと正規礼を払って、片膝をつきこぶしを胸の前で合わせる。
「大変失礼いたしました。異界の神よ……」
「いいのです、今日は突然訪れたのはこちらのほうです。初めまして。アルテスの言う通り確かに素晴らしい魂の輝き、それに肉体の練度も美しささえ感じる」
同じくフードを外すと見たこともないように整った顔立ちの少年が現れる。アルテス様と並ぶと神々しさが増す黄金の髪。……もしや旦那なのではあるまいか……わし、そうだったら悲しい……
「初めまして羅雄、僕は……ミラ。この世界ではない別の世界の神をしている。今日頼みがあったのは僕のほうなんだ。君の力を借りたい」
「私の……力ですか?」
「君の話はアルテスから聞いている。君がたぶん僕の世界の救世主にぴったりなんだ」
「救世主……すみません私の年老いた頭では今一つどういった話なのか……」
「ミラ、貴方の悪い癖ですよ。順序だててお話しなさい」
「わかったよ姉さま……オホン、アルテス」
よっしゃ!! よっしゃ!! 弟決定じゃ!! わしのアルテス様は健在じゃ!!
「いえ、ミラ様、お受けいたします。この老骨が別の世界であれど役に立つのなら。それに、この世界で掴めることはようやく先日つかみきったと自負しております。ただこのまま枯れ果てるよりは、他の世界で役立てたいという『欲』が私に生まれました」
「いいのですかラオ? どのような世界かも条件もわかっていないのですよ?」
「……女神さまの紹介でそこまでの無体もないでしょう」
「まぁ、ラオったら」
ああ、この笑顔じゃ、コレのためにわしは生きてきた。本当に心の底から悔いはない。月影を退いてなお、自らの心と体と自然と会話をし続け鍛錬し続けてきたわしへの最大のご褒美じゃ!
「羅雄、本当にありがとう。僕も精一杯協力するよ!それに、救世主と言っても激しい仕事をこなしてほしいわけでもない。君は君として自由に僕の世界で生きてくれればいい。それだけで僕の世界にとっての救世主になるんだ」
「ほう……自由に」
「ああ、君は僕の世界に転生してもらう。ひとつだけ異なるのは君の現世での記憶はそのままだ。そのたぐいまれな神をも超えるほどの鍛錬のたまものもそのまま、ね」
ぞくりと背筋が震えた。抑えていた欲があふれ出しそうになった。この、至った境地を持ったまま若い身体を手に入れたらどこまで昇れるのか……俗世的な欲はない、自らの身体の可能性を突き詰めていきたい欲が膨らむ。
「それに、もう一つ、君の呪いに近いアレ。それをなくしてあげるよ」
わしは耳を疑った。アレとは、アレの事だろう。アレが、無くなるだと!!
「な!! ま、誠ですか!!」
「神は嘘をつかないよ!!」
「す、すぐにでも、すぐにでもお願いします!!」
「よかった。本当にうれしそうですねラオ」
「ええ、こんな日が来るとは!」
「僕からもありがとう羅雄、そして、この世界でのお勤め、ご苦労様でした」
「ラオ、それでは私の手を握ってください。それでこの世界での貴方の役目は終わります」
なんという行幸、女神さまに触れることが出来る。この世界に生きる人間にとってこれほど名誉なことは無い。そして、わしにとってはさらに大きな意味がある。わしが生涯をかけて、報われることは絶対にないとわかってなお純潔を捧げた女神に触れる。
「アルテス様。ありがとうございました」
我が人生に一片の悔いなし。その手のぬくもりをわしは来世でも決して忘れない。そして、ありがとうわしの身体よ、いじめに苛め抜いてきたがようやく休めるぞ。
こうしてわしの人生は終わりをつげ、そして、新しい人生が産声を上げるのであった。
現行の連載作品が完結後上げていきます。
続きは結構書いてあるんですが、これ以上増やすと全部一緒に倒れてしまうと思います。
実力不足で申し訳ございません。