肉食令嬢
「リコル.マクネス!貴女との婚約は破棄させていただく!」
「あ、いいっすよ」
食事の最中に声を掛けられるから、ポロリと普段の口調で返してしまった。
てか、このお肉うまい。
ナイフでトロリと切れるほど柔らかいお肉を口いっぱいに頬張り至福の一時を味わう。
「……リコル.マクネス!私は貴女との婚約を破棄させていただく!そして真の愛する彼女、リリス.リーゼンと婚約する!」
「そっすか。おめでとーございます」
肉がうますぎて口調が整えられない。
「リコルさん!ハゼル様は悪くないんです!私が私が気持ちを押さえきれなくて…でも、裏で酷いことをする貴女に彼は渡せません!」
「リリス…」
最後の肉を口に頬張ったとき、私はようやく今の異様な状況に気がついた。
いつもは賑やかな食堂は静まり返り目の前で何故か元婚約者と見知らぬ少女がいちゃついてる……。
とりあえず。
「えーと、ハゼル殿下」
「リコル、今さら言い訳なんぞ見苦し」
「お肉のお代わりにいくんで、退いてもらっていっすか」
どうしてか更に周りが静まり返ったように感じ視線をさ迷わせれば何故か誰もが目をまんまるくして私を見ていた。
やはり、お代わりは駄目だったか。
仕方なくお肉を諦め残そうと思っていた付け合わせのサラダをつつく。
しかし隣に座る生徒の皿に目線が釘付けになり思わず凝視してしまった私は悪くない。
全て、うまそうなお肉が悪い。
あと料理人が悪い。
「……いるか?」
たまらず凝視していた私を哀れに思ったのか、うまそうなお肉の持ち主が皿を寄せて来たので私は顔を上げた。
「…リオン殿下」
キラキラ輝く太陽がハゼル殿下とすれば、夜を支配する星空が輝く闇はリオン殿下だと誰かが言ってた気がする。
しかし、それもあながち間違えでは無いかもしれない。
ハゼル殿下は綺麗な黄金の髪だが、リオン殿下は闇のような漆黒の髪……黒過ぎて光に透かしても熟した巨峰のような色で口の中に唾液が溜まる。
「あ、兄上‼いつからそこにっ」
「……初めからだ。馬鹿者」
そうか、始めから居たのか私のお肉は。
リオン殿下のお皿を引き寄せ代わりに野菜がたっぷり残った私のお皿をリオン殿下の前へ。
ついでにリオン殿下のお皿に乗ってある野菜も移動させておく。
ナイフをそっと滑らせれば、ホロリと崩れるほど柔らかいお肉を分厚く切り口の中に押し込む。
とうてい入りきらない大きさだったが口の中をお肉に占領されるという至福の一時には変えられない。
一気に押し込んだ。
「どうしてリオン様はリコルさんの味方をされるのですか!リコルさんはハゼル様を縛り付け庶民を見下している方なのにっ」
噛んでも噛んでも肉の旨味が溢れてくる。
やばい、うまい、幸せだ。
私はお肉があれば生きていける。
「兄上、騙されてはいけません!リコル,マクネスは私の愛するリリスを卑怯な手で貶め、この学園に秩序を乱して居るのです」
…失敗したかもしれない。
頬張り過ぎて噛んでも噛んでも飲み込めないことが判明してしまった。
水の入ったグラスを持つが私の口の中は、うまいお肉に占領され水の入る隙間なんて到底ない。
「……二人はこう言っているが、リコル。主の意見を聞こう」
「もっちゃ、もっちゃ」
またしても異様な視線を向けられた。
私は悪くない。うまいお肉が悪い。ついでに料理人も。
ようやく口の中がお肉から開放され水を飲んで一息つけば、再びリオン殿下に同じ台詞を囁かれ、どうやら周りは私を待っていたようだ。
「リオン殿下、ハゼル殿下、リリスさん」
ゴクリと誰かの喉が鳴る。
そんなに、うまいお肉があるのかと辺りを見回すが見つける事が出来なくて肩を落とす。
「私は」
決意する。隠して来た本当の気持ちを告げることを。
「愛しているのです」
ハゼル殿下とリオン殿下の瞳が大きく見開かれた。
そう、私は愛しているのだ。
「リコル貴女は、そんなに私のこと」
軽く目を伏せる。
ずっと、隠してきた本当の気持ち。
「愛しているのです」
「お肉を」
あぁ。言ってしまった。
私は止めていた手を再び動かし、ナイフを滑らす。
今度は適度な分厚さに切り分け頬張った。
少し冷めてしまったが、うまい。
「リオン殿下」
「……何だ」
「お肉、ありがとうございます」
そして二度目の最後の一口を感慨深く味わい喉を潤す。
満たされた。
そういえばと、ふと思い出す。
側で固まったままの殿下を振り返った。
久しぶりにハゼル殿下を間近で見たなぁなんて思いながら、そんな殿下に必死に声をかけている可憐な少女の両手を取った。
「リリスさん、ハゼル殿下をよろしくお願いいたします。ハゼル殿下はリオン殿下みたいにお肉はくれないけれど心優しい方なんです」
「へぁ?」
「少しお馬鹿なところもありますが、幼馴染みの私が言うのですから安心して下さい。ハゼル殿下は愛する女性をけっして悲しませない方なのです」
あんなに小さかったハゼル殿下が、こんなに大きくなって可憐な少女の心を射止めたのだ。
なんておめでたい事だろう。
「お肉はくれないけれど、ハゼル殿下を……ハゼル様をよろしくお願いいたしまふぶ」
勢い良く口の中に広がるお肉の旨味に思わず味わってしまった。
「何をなさいます。殿下」
口回りについた肉汁を拭き取り、突然のお肉攻撃を仕掛けてきた殿下を見る。
「貴女は、」
震えるハゼル殿下の手には分厚いステーキが乗ったお皿が。思わず喉を鳴らしてしまった。
「貴女は、兄上が好きなのだと…だから私は」
「……馬鹿者が。リコルを見ていれば分かるものを」
ざわめく周囲を気にしつつも私の視線はハゼル殿下の持つステーキに固定されてしまっている。
「リコルっ、私にチャンスを貰えないだろうか!」
「ハゼル、お前は私の前でリコルとの婚約を破棄したのだ。それは解っておろう?」
「あ、兄上まさかっ」
「私はリコルを愛している。弟の婚約者だからと思っていたが、お前はリコルとの婚約を破棄した」
何やら騒がしいようだが私は、そわそわとステーキに手を伸ばそうとすれば何故か可憐な少女に阻まれる。
「どうして貴女なの!?愛されるべきはリリスである私なのにっ」
彼女は何を言っているのだろう。
首を傾げるが、直ぐに原因に思い至り彼女を睨み付けた。
「貴女には渡さない!」
「リコル…」
殿下がこちらを熱い視線で見てくるから、私は頷き返した。
「ハゼル殿下のステーキは私のものです!」
静まり返った周囲。
そして何故か、ハゼル殿下やリオン殿下、リリスさんを押しのけ複数の生徒達が必死の形相で私の目の前へ。
「何でそこでお肉なんだ!普通は第一王子と第二王子の愛の告白に頬を赤らめるところだろっ」
「いやっ、普通はハゼル殿下を切り捨てリオン殿下とキャッキャウフフの展開に縺れこむところだって!」
「てかっ何で肉!?こんなイケメンに求愛されてイケメン食いほうだいじゃない!」
「それより、どんな胃袋してんだって話じゃね?」
「鈍い!鈍すぎて腹立つけど、笑いをありがとう!」
取り合えず。
「こちらこそ、ありがとう?」
よく解らないけれど、私はどうやら彼ら、彼女達の理想ではなかったようだ。