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第92話 仏の顔も三度(中編)

「やりやがったな……」


 エアポートの片隅で仰向けになって擱座かくざするオルトクラウドを見て、瞬は目を細めた。

 どうやら、メアラを迎撃に出すのは間に合ったらしい。

 しかし、交戦と呼べる段階にまで発展しなかったこともまた、容易に察することができた。

 オルトクラウドの破損箇所は、右膝から先と、そして左腕のバリオンバスターのみ。

 他の部位は、メンテナンス直後の滑らかな輝きを保っていた。

 瞬の見立てでは、発進した直後に攻撃を受けてしまい、転倒。

 それで勝負は決したのだが、メアラが抵抗しようとしたため、ギルタブが更に火器の一つを潰して力量差を明確にしたというところだろうか。


「手際としては、中々だろ?」


 通信装置を介して、相変わらず不快な笑気を伴った声でギルタブが話しかけてくる。

 念には念を入れて、瞬は、専用トレーラーで輸送機から運び出されているゲルトルートに搭乗したままだ。

 ろくに抵抗もできない今の状態では、約束が反故になったところで、死ぬまでの時間が数秒長くなるだけではある。

 しかし状況を打開するためには、やれることは全てやっておかねばならない。

 好機というのは、待つものではなく作るものであるということは、これまでの戦いで骨身に染みている。


「メアラは?」

「あの子なら、とっくに基地の中へ退避してもらっているさ。随分悔しそうにしていたよ」

「あいつを負かすぐらい、別に“優等生”じゃなくてもできる。その意味で、あんたに対する嫌がらせにはなってくれたな」

「ひどい奴だな、お前。手応えがなかったのは事実だけどさ、味方だろ?」


 ジュバを囮として扱っておきながら、白々しい台詞であった。

 もっとも、瞬とて、メアラの失態を心から嘲っているわけではない。

 昔の自分なら、メアラとまったく同じことを――――ラニアケアおよびヴァルクス全隊員が丸ごと吹き飛ぶリスクを顧みず、無用な反撃をやりかねなかった。

 ただ、そこから逆転できれば英雄的であるという、遥か彼方の理想だけを追って。


「蛮勇っていうんだ、ああいうのをな」


 その呟きに前後して、周囲の風景から徐々に光が失われる。

 トレーラーを載せたエレベーターの台座が、地下ブロックへの降下を開始しているのだ。

 そこでようやく瞬はゲルトルートを降りる準備に入った。



「これから基地施設の通信機能を復旧するけど、以降は全てログを取らせてもらうことは、承知してくれよな」


 堂々と中央タワーのロビーに足を踏み入れてきたギルタブは、待ち構えていた瞬や轟、ケルケイムやロベルトなどのヴァルクス主要メンバーに対して、そう通告してきた。

 武装を一切持たない不用心なギルタブの姿を見て、瞬は逆に神経を尖らせる。


(要は、こいつも使い捨てってことだ)


 肩まで届くボリュームのあるブロンドの長髪に、人形めいた輝きを伴う碧眼。

 体格や顔つきからして青年であることは間違いないようだが、おおよそ貫禄とは縁遠い態度のせいで年代の特定は困難であった。

 着込んでいるエメラルドグリーンの制服も、少なくとも連合軍で採用されているものではなかった。

 思えば、一向に姿を現さない“先生”はさておいて、アクラブもジュバも戦闘中の通信は音声のみで、彼らの顔を見たことは一度もない。

 エウドクソスが表立って活動を開始してから、はや一ヶ月。

 ようやくの対面であった。


「君のジャミングによって、かれこれ三、四十分は回線が途絶しているからな。外はどうなっていることやら……」


 ロベルトが嫌味たらしく、気持ち声量を高めにして言った。

 たったいま合流したばかりの瞬、轟に対する遠回しの状況説明である。

 確かに、ギルタブの襲撃を把握していない者にとっては、ヴァルクスが通信を絶って独自行動を始めたとも受け取られる状況だ。

 エウドクソスのおかげで連合全体が疑心暗鬼になっている現状、正確な弁解ができなければ、どうなるかわかったものではない。


「俺に脅されてっていうのは、もちろん話していいよ。その方が、事は円滑に進むだろうし」

「ではそろそろ、本題に入ってもらおう」


 ケルケイムが軽く手を挙げると、それを合図として、周囲に待機していた十数人の警備兵が一斉に短機関銃を構える。

 銃口の向く先は、無論、ギルタブである。

 あとはケルケイムの一声で、いつでもその肉体は蜂の巣になる。

 だが、ギルタブの生命活動の停止と、着陸した機体の自爆装置が連動していることは想像に難くない。

 どころか、不利と判断した時点で、ギルタブもろとも吹き飛ばしかねないのがエウドクソスであり“先生”なのだ。

 ヴァルプルガの件があるだけに、そのような事態も、十分に起こりうるものとして考える必要があった。

 だから、下手に刺激を与えることは、本来は避けねばならない。

 それでもケルケイムが威嚇に出たのは、エウドクソスの思惑にはけして屈しないという意思の表明なのだ。


「ははっ。そう怖い顔をしないでくれよ、ケルケイム司令」

「貴様にそう呼ばれる謂われはない」

「手助けだよ、少し変則的な形のな」


 ケルケイムの威圧を受け流しつつ、ギルタブはそう言い放った。


「端的に言うとこうだ。ヴァルクス(おまえたち)には当面の間、オーゼスの侵攻に対する迎撃、およびそれに準ずる全ての行為を控えてもらいたい」

「……は?」


 その場にいた全員が呆気にとられる中、瞬は、総意の代弁のつもりで発した。

 何度ギルタブの言葉を脳内で反芻しても、むしろオーゼスの支配圏拡大を手助けする内容にしか聞こえないからだ。

 それはギルタブも重々に承知しているのか、瞬達の疑問に答える形で話を続けた。


「落ち着けよ。には、お前らを勝たせてやる算段になってる。その時は、俺も加勢する。ただ、“先生”にとって都合のいい時期になるまでは、あいつらをのさばらせておけって……そういうことらしい」

「オーゼス壊滅を目的として設立されたヴァルクスに、事態を静観していろだと? よくも、そんなふざけた話を……!」

「俺だってわかってるさ。妙な話を持ちかけてるのは。だけど、これが“先生”の指示なんだよ」


 詰め寄ろうとしたケルケイムを、ギルタブが薄ら笑いのままなだめる。

 その態度は余計にケルケイムを激昂させる結果となったが、ロベルトの制止によって、どうにか感情を押し殺すことに成功したようだった。


「つまりなにかね。君達エウドクソスは、意図的に更なる絶望的状況を作り上げ、その後に奇跡の大逆転を果たすつもりでいるのかな」  

「俺は“先生”の意向なんて知らないさ。だけど、流れとしてはそうなるんじゃないかな」

「ふむ、論外だな」


 ロベルトは、一秒と間を置かずに答えた。

 熟考する必要がないという部分も含めて、瞬も同意見だ。


「“勝たせてやる”……その発言から、おおよそ察することができたよ。おそらく君達のトップは、この一連の騒乱に、より一層の伝説性を持たせようとでも画策しているのだろう。真に瀬戸際まで追い詰められてからの逆転劇ともなれば、確かに物語としては


 ロベルトの推論は、エウドクソスがこれまで行ってきた奇異な介入全てに説明が付けられる、筋の通ったものであった

 現状は向こうの手心もあって、連合とオーゼス、互いの力関係は絶妙なバランスで均衡を保っている。

 あちらの制圧領域が半分に達してからは、半年間も押したり引いたりの繰り返しだ。

 このまませめぎ合いを制しても、どこか安全なところで観劇している何者にとっては、いささか退屈な展開なのだろう。

 そして、過去に現れた刺客についても、その目的が浮き彫りになる。

 最高司令部を急襲したヴァルプルガや、いつでもゴッドネビュラを仕留められる能力を持ちながら乱入者である瞬達との戦いにかまけたヴィグディス。

 どちらも、両陣営の危機意識を刺激し、戦力強化を促進させるために――――ひいては戦いを激化させるために投入された要素だと考えれば納得がいった。

 より見ものとなるよう、戦局に調整を施すことが、エウドクソスの目的なのだ。

 だとしたら、オーゼスとはまた違った意味で悪辣な組織であると言わざるを得ない。


「そのような下らない理由で、これ以上の犠牲を許容しろなどと……!」

「そもそも、勝たせるとは言うが、具体的にどうするのだね。オーゼスの技術力は、我々の想像の遥か上を行く。そして、今もなお進化を続けているだろう。自分が加勢に入れば、いつでも窮地を脱することができる……そう思っているのなら、少々見積もりが甘いな」

「エウドクソスが、オーゼスの側にもスパイを潜り込ませているとしてもか?」


 ギルタブの返答に、ケルケイムとロベルトが同時に目を見開く。

 それが事実であれば、もはやエウドクソスは、戦いの全てを掌握しているといっても過言ではなかった。


「いつ、どの機体が、どこに現れるのか――――俺達には全て筒抜けなんだよ。当然、機体のパワーアップ状況なんかもな。だからこんな提案ができる」

「今日の一件も……我々より格段に早くゴッドネビュラを叩けたのも、そのおかげか」

「そうさ。滞りなく作戦が進行していた場合、ジュバの奴は、ゴッドネビュラが姿を現す三十分以上前から現地で待機してたはずだ」


 エウドクソスがオーゼスの動向を把握していることに、疑いの余地はなかった。

 今回の戦場となったのは、北太平洋の中心に存在するウェーク島だ。

 どの大陸からも千キロメートル以上離れた絶海の孤島である。

 そんなところに、偶然の遭遇を期待してわざわざ向かうとは考えにくい。


「だから安心していいんだぜ。しばらくは苦渋を舐めてもらうことになるけど、“先生”のゴーサインが出れば、やりたい放題だ。奴らが単独行動したところを、全員で待ち構えて痛めつけるもよし。事前に山ほど罠を張っておくもよしだ」


 現地へ戦力を集結させた状態での迎撃――――それが実現できれば、戦闘はだいぶ楽になる。

 現状でも、ラニアケアの電磁カタパルトによって、現実的な所要時間でメテオメイルを戦地に送り込むことはできる。

 しかし、到着まではあちらのワンサイドゲームとなり、かなりの被害を許してしまっていることも事実だ。

 最初から待機できるのならば、それに越したことはない。

 連合自身の情報収集によって成せるのならば、という注釈は付くが。


「それでも厳しいようなら、エウドクソスの側で奴らの機体に細工してやってもいい。爆薬やらなんやらで、奴らの輸送手段を途中で沈めるのもありだな」

「あんたらは……!」

「そういうわけだからさ……さっきの条件さえ呑んでもらえれば、お前らに負けはないんだよ。何もかもを、こっちでお膳立てしてやる」

「とっくに真剣勝負は終わってるってわけかよ。余計な茶々を入れやがって」


 瞬は唾棄したくなる思いを堪えて、どうにか言葉を絞り出した。

 自分達も、オーゼスの男達も、戦いに自分なりの意義を見出し、全身全霊を捧げている。

 第三者が天秤を操るなど、パイロット全員に対する侮辱に等しい。

 個人の感情など、平和を取り戻すという大いなる目的のためには一切無視されるべき要素ではある。

 だが、そうとわかってはいても、ここまで必死の思いで戦い抜いてきた瞬には、到底割り切ることなどできなかった。


「ひどい言い草だな。事が有利に進んでるんならともかく、今のお前らは連中の新型に苦戦続き。どう見たって状況は不利だ。まともにやり合ったって、勝ち目は薄い。俺の申し出は喜んで受けるべきだろ?」


 ゲルトルートですら攻めあぐねるほど大量の武装を搭載したガンマドラコニスB。

 バウショックの猛攻すら防ぎ切るラビリントスB。

 謎の大弓でオルトクラウドをも仕留めたグランシャリオB。

 残るオーゼスの機体は、どれも従来のものとは桁違いに強力だ。

 エンベロープやゴッドネビュラにしても、まだまだ強化が施されるであろう。

 連奈を欠き、戦力が大幅に低下した今の自分達で、まともに戦って全てを倒しきるのは困難を極める。

 しかし、エウドクソスの協力があれば、そんな苦境すらも容易く吹き飛ぶのだ。

 魅力だけなら、確かにある。

 ただし――――


「それまでに何千万……いや、何億人を見捨てるつもりだ。貴様達は」

「具体的な数までは知らないね。ひょっとしたら、もっと少なく済むかもな」


 ケルケイムの睨みに、ギルタブはそう答えるが、その程度に留まる気は全くしなかった。

 イレブンメテオで約三十億、オーゼスの侵略で約五千万もの人命が失われているものの、それでも人類の総数は四十億超。

 エウドクソスが本当に人類存亡の危機を演出しようとしているのであれば、少なくとも、現時点から更に半分近くが生贄になると考えていい。

 そうでなくとも、例え一人であろうとも。

 救おうと立ち上がることすらせずに死なせてしまうのは、守護者の面汚しもいいところである。


「どのみち、お前らに拒否権なんてないんだよ。断れば、俺の“ヴェンデリーネ”が大爆発。島のリニアカタパルトと推進機関をふっ飛ばして、向こう数ヶ月は使い物にならなくしてやる」


 その脅迫を突きつけられてなお、抗うことができる者はいなかった。

 移動型人工島として、世界各地を渡ることのできるラニアケアは、オーゼスと戦っていく上で必要不可欠な存在である。

 航行と射出、二つの主要機能が失われてしまえば、オーゼスの侵略を食い止めることは不可能。

 修理に多大な手間を要する分、ともすれば、素直に要求を呑むより暗鬱な未来が待っているかもしれなかった。

 長期に渡ってラニアケアが動けないということは、エウドクソスが想定する以上に被害が膨らむ可能性もあるのだが、おそらく自身らの安全だけは確保できるよう手は打ってあるのだろう。

 両陣営の深部にまで根を張っておいて、滅びは滅びとして受け入れるということは考えにくかった。


「……貴様達の主導者を出せ。直接、連合政府と交渉させろ」

「なるほど、状況を打開するようなアイデアは浮かばなかったってことだな」

「どうなんだ」

「応じると思ってるのか? 俺達“優等生”にさえ何も教えちゃくれない、あの“先生”が」


 常に一定したトーンで笑い続けるギルタブだが、その台詞にだけは、僅かな自嘲が込められているように感じた。

 ともあれ、そのギルタブが言うとおり、こちらに打つ手はなかった。

 解決策は、一つ。

 リニアカタパルトの始点に居座る、ヴェンデリーネなるメテオメイルを、何かしらの手段で瞬時にラニアケアから引き剥がせばいい。

 とはいえ、機体のセンサーは生きているだろうし、エウドクソスの他のメンバーがラニアケア周辺の動向は入念にチェックしているであろう。

 どう頭を捻っても、過程を導き出すことはできなかった。


「外の連中と相談する時間は、いくらでもくれてやるよ。次にオーゼスが現れる、そのときまではな」


 エウドクソスに屈するか、否か――――

 連合政府の閣僚を交えて、以降数日もの間、その極めてシンプルな選択についての議論が行われることになった。

 しかし、問題の原因であるヴェンデリーネを取り除く見通しが立たない以上、会議が時間稼ぎ以上のものになることはなかった。

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