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第86話 无に挑む(その2)

「申し訳ありませんが、そんな物騒なものは受け取れません」

「……こいつ!?」


 ゲルトルートの決戦兵装――――三基の大型スラスターをフル稼働させた音速の突撃、スクリームダイブ。

 だが、その攻撃対象であるヴィグディスは、胴体を貫かれる直前、一瞬にしてこの世から

 必殺の一撃は文字どおり空を切って、ゲルトルートはそのまま地面に落下する軌道を取った。

 瞬は慌てて逆噴射による減速をかけるものの、勢いを完全に削ぐことはできず、戦場となったウェーク島基地の演習場を何百メートルと地滑りした。


「ぐっ……この!」

「気をつけろ軟弱少年、そのヴィグディスとかいう機体は姿を消すぞ! まさに幽霊だ!」

「情報が遅えんだよ、十輪寺のおっさん! つうか軟弱少年はやめろよ、一応は助けてやったんだぜ」

「ぬぐぐ……そこは素直に礼を言っておこう!」


 と、十輪寺から感謝の言葉を引き出したものの、ヴィグディスにゴッドネビュラのHPCメテオを奪われては困るというのが命を助けた理由の十割だ。

 より正確にいえば、なんとしても連合の側で回収したい。

 要するに瞬達は、ヴィグディスを相手取ると同時に、決着がつくまでゴッドネビュラを守り抜く必要があった。

 瞬と轟、どちらかが強引にメテオエンジンを抜き出して後退する余裕があれば、それが理想ではあるが、見逃してくれるかどうかは怪しいところだ。


「躱されちまったが、まあいいや。オレがとどめを刺したら轟の奴に申し訳が立たねえからな」

「当然だ!」


 再び、消失した位置に出現するヴィグディス。

 その上空から、遅れてやってきたバウショックがクリムゾンショットを投擲する。

 今度は消えるまでもないと判断したのか、ヴィグディスはバルジエッジの一薙ぎで迫りくる火球を打ち払った。

 だが、時間差でやってきた二発目を、肩部に受けて僅かに仰け反る。


「よう……この前はよくもやってくれたじゃねーか」

「さて、どれを指しての発言なのでしょう」

「通信女を連れ去りやがったこと、それを止めようとした俺を邪魔しやがったこと、そんで終いには腕に捕まった俺を振り落としやがったこと……全部だ!」


 そして追い打ちをかけるように、降下してきたバウショック自らの踵落としが、ヴィグディスの頭部を狙う。

 が、ヴィグディスも今度ばかりは姿を消す。

 やはり、深刻なダメージとなり得る攻撃は、この能力で確実に回避するらしい。


「ちっ……!」


 ゲルトルートと同じくバウショックも、近接攻撃を当て損なったことで地面に激突しかけるが、ほぼ完璧な受け身を取ることで安全に着地を果たす。

 衝撃を受け流すことを得意とする、霧島の指導の成果だ。


「連れ去ったというのは大いに語弊がありますね……元よりそういう計画だったのですよ。あの“劣等生できそこない”も、自らの意思による行動であることをあなたに伝えていたでしょう、北沢轟君?」


 自尊心の高さを凝り固めたようなハイトーンの語り口調で、ヴィグディスの操縦者は轟に同意を求める。

 声質は異なるが、おそらく男性で、かつ年齢の程が把握しづらいという二点はアクラブと共通していた。


「ほざけよ! そういう風に、自覚がねーほどの完璧な人形に、テメーらが仕立て上げたんだろーが!」


 無論、敵の言い分に耳を貸す轟ではない。

 次々と撃ち出されるソーラフォースの連弾を掻い潜りながら、バウショックはヴィグディスに飛びかかる。

 続いて、ゲルトルートも対角線上からジェミニブレードの斬撃を仕掛けた。

 ゲルトルートとバウショックは、まだシミュレーターで数度しか共闘経験がないものの、想像以上のスムーズさで動けていることを瞬は自認する。

 立ち回りが似通った分、それはそれで注意すべき点も増えるのだが、ある程度のフレンドリーファイアを許容できる分だけ連携のやりやすさは上がっていた。


「当然の措置ですよ。末端の人間に自我など必要ありません」


 上半身を、バウショックが殴りつけようと。

 下半身を、ゲルトルートが斬りつけようと。

 二機はそれぞれヴィグディスの前後から接近し、そして肉薄に至る。

 その瞬間、またもヴィグディスは消失し、物理的干渉から逃れた。

 読めていた対応ではあったので、元よりゲルトルートもバウショックも右折気味に跳躍しており、接触は最小限に留まる。


「“劣等生”に自由意思を与えるということは即ち、不確定要素の許容であり、無用な混乱を誘発させるのみです。自ら考える能力を持つのは、真に優れた指導者と、その意向を正確に汲み取ることのできる一握りの“優等生”だけで十分なのですよ。この私、“ジュバ”のようにね」


 今度は、消失した座標ではなくバウショックの背後に現れるヴィグディス。

 咄嗟に振り向き、反撃しようとするバウショックだが、先制したのはバルジエッジの斬撃だった。

 背面を袈裟斬りにされ、勢いでその場に倒れ伏す。


「轟!」

「かすり傷だ、このくれーは……! それよりも、あいつを出来損ない扱いしやがったことの方が個人的には気に入らなくてよ!」


 轟の怒号と共に、バウショックはすぐさま起き上がり、ギガントアームによる殴打を叩き込む。

 しかし、ヴァルプルガと同様、常時ホバー気味に滞空するヴィグディスに対しては、並の格闘攻撃は暖簾に腕押しだ。


「貶める意図はありませんよ。劣等生とはいえ、彼女はまだ有益にんげんだ。利用価値がある。あなた方のような、無価値な猿とは違ってね」

「おいおい、あんまり調子こいた発言は控えた方がいいぜ? 負けたときに格好がつかねえからよ!」

「初陣から現在に至るまで、全戦において醜態を晒し続けるあなたが言えた口ですか、風岩君?」

「オレだから言えるんだよ!」


 ここで若干声が裏返ってしまう、指摘されたとおりの無様さを晒しながらも、瞬はストリームブリットを発射する。

 ヴァルプルガより小回りの聞くヴィグディスは、二発の圧縮空気弾を旋回しながら回避、またもバウショックに一太刀を浴びせた。


「そうだそうだ、ワイルド少年! その剣からは液体金属が出てくるぞ! 深手を負ったら内部が侵食されてアウトだ!」

「だから、いちいち情報が遅いんだよテメーは! とっとと全部吐いちまえ!」

「俺が知る特徴といえば、今の二つくらいのものだが……しばし待て、他に重要なものがなかったか思い出す!」

「早くしろ!」


 脇で事態を見守るゴッドネビュラに向けて、轟が苛立たしげに叫ぶ。

 しかし、現在自分達を担当しているオペレーターが、セリアほどの情報処理能力を持たない以上、先にヴィグディスと交戦した十輪寺のアドバイスは大きな助けになる。

 自分の立場を理解しているのか、していないのか――――ともかく、正直に喋ってくれていることは確かなようだ。

 その意味においても、十輪寺にはもうしばらく生きていてもらわねばならない。

 

「ジュバさんよ……あんた達の一味は、エウドクソスってことでいいのかよ。アクラブの野郎を倒した褒美に、そのくらいは教えてくれてもいいんじゃねえか」


 ヴィグディスの幽霊じみた完全回避の正体を見極めるべく、その時間を稼ぐためにも、瞬は攻撃を続けながらジュバに問う。


「余計な質問に答える義理はありませんが、そこははっきりと肯定しておきますよ。本来ならば件のアクラブ君が伝えてくれる予定だったのですがね、いかんせん彼の天邪鬼な性格が正直な回答を避けてしまったようで……“先生”より優等生の位階を授かっておきながら、嘆かわしいことです」


 ジュバは、なんら仲間意識の欠片も伺わせずに言ってのける。

 まるで、テレビ番組の登場人物に言及しているかのようだ。


「テメーらの目的はなんだ、毎度毎度うざってえことばっかりしやがって!」


 今度は、轟が尋ねる。

 その間にも無数の打撃を放つが、ヴィグディスは全てを避けきり、同じ数だけの反撃をバウショックに命中させた。

 装甲が厚いために、まだ十輪寺の言う液体金属とやらの効力は出ていないようだが、そろそろ危険域と考えたほうがいい。


「敵勢力に陰ながら干渉し、内憂外患の状況に追い込むことも戦術の一つですよ。それと……“我々の目的”という定義自体が、残念ながら既に的を外しています。浅慮と言い換えてもいい」

「ゴチャゴチャと!」

「目的を持つのは、“先生”ただ一人。他全ての“生徒”は、悲願達成のために動く手足でしかありません。私達はただ与えられた指令をこなすだけでいい」

「なんだ……つまりあんたも知らねえんだな。轟、こいつも大した奴じゃなさそうだぜ」


 瞬がとぼけ顔でそう結論付けると、ヴィグディスは故障でも発生したかのように硬直する。

 正しくは、それを操縦するジュバが、であろうが。


「……データにあるとおり、程度の低い挑発だ」


 ひどくゆったりとした動きで、ヴィグディスの三眼がゲルトルートを捉える。

 瞬は、その威圧感を受け流すようにしてせせら笑う。

 精神的な揺さぶりが通じたということは、ジュバから冷静さをいくらか奪えたということでもある。

 怒りや殺意を抱かせられたのなら、それは成果なのだ。


「程度の低い奴を怒らせるのは大得意中の大得意なんだ。これまで戦った相手の中でオレの煽りから逃れられた奴はいねえ」

「霧島は?」

「俺もいるぞ!」

「空気を読め、お前ら!」

「……“先生”が何をお求めになられているかは存じていますよ、無論ね」


 瞬が轟と十輪寺に怒鳴り散らしている脇で、ジュバが語調を強めて言った。

 しかし、その言い分もまた、彼らの扱いの程を証明するものであった。


「なるほど、目的そのものは教えられてねえわけだ」

「これ以上、下らない揚げ足取りを続けるようであれば……それは私のみならず、“先生”の人格に対しての侮辱と受け取らせていただきますが?」

「侮辱? するに決まってんだろうがよ、こんな状況で連合に喧嘩を売るような馬鹿の親玉は……!」

「……この不敬者が!!!」


 とうとう、ジュバの口から漏れ出るものが叫びに変わる。

 直後、猛スピードで突進してきたヴィグディスのバルジエッジと、一歩だけ踏み込んで応じたゲルトルートのジェミニブレードが鍔迫り合った。

 ジリジリと、鋭利な金属同士の擦過で生まれる不快な音が二機の間をしばし満たす。


「なかなか重たい剣じゃねえか……」


 瞬はゲルトルートを独楽のように回転させてバルジエッジを払いのける。

 その勢いに任せて、左腕のジェミニブレードでヴィグディスの胴を狙った。

 一瞬で攻勢に転じられるのは、剣を振る必要のないゲルトルートの強みだ。

 最悪、両腕を水平にして上半身を捻るだけで攻撃が成立する。


「やはりゲルトルート、セイファートとはものが違いますね」


 ヴィグディスは胴を打たれてから、やっと透明化を果たす。

 これまでにも何度かダメージが通ったように、能力の発動は、あくまで任意。

 今と同じ要領で、向こうが攻撃に意識を集中させているところへカウンターを打ち込めば、どうにか命中が間に合うというわけだ。

 しかし――――そんな楽観視はあっさりと覆されることとなった。

 もうヴィグディスは、瞬達の前に

 不可視のままの斬撃が、二度三度とゲルトルートを襲った。

 立て続けに上半身へ衝撃が加わり、さしものゲルトルートも体勢を崩され、よろめく。


「まさか……!」

「お察しのとおりですよ。元より持続時間に制限などないのです、このヴィグディスに与えられし不会無ふえむの加護“ボイドレギオン”にはね。純然たるとなったこの機体には、もはやいかなる攻撃も通用いたしません」


 音も発さず、熱も発さず、姿も見せず、そしてそれらを半永久的に維持できる、まさに究極の存在消滅。

 ヴァルプルガが通常戦闘に特化しているなら、こちらは隠密性特化型ということか。

 この能力であれば、あらゆる警戒システムをくぐり抜けてラニアケアに上陸できたことも合点がいく。

 防衛長官は探知システムの不備を指摘していたが、その状況において、ヴィグディスは固体としての形状を保っているかどうかすら怪しかったのだ。


「ある意味で、もはや戦闘は終了したといえるでしょうね。なにせ、これから始まるのは一方的な破壊活動なのですから」

「……轟、十輪寺のおっさんに注意しろよ! そいつのエンジンを持ってかれたら負けも同じだ!」

「いや、テメーが一人で守ってろ。あいつは俺が引き受ける」


 言うなり、バウショックはギガントアームの装甲をスライド展開させて、エネルギーチャージを開始する。

 放熱機能を強化するその形態に変化させたということは、クリムゾンストライクかソルゲイズを撃ち放つつもりだということだ。


「なにか思いついたのかよ」

「それをテメーに考えさせてやるってんだよ。俺が色々試してな」

「自分のためにか」

「そうだ。あの野郎をブチのめすのは俺の仕事だ。だが俺にはあのカラクリを見抜く頭がねー。そしてテメーは持ってる。なら借りる、利用してやる。そこんところは、もう間違えねーぞ」


 バウショックが一歩踏み出し、前へ。

 既に掌に生まれた、目を焼くように輝く火球。

 そこから漏れ出た、数千度という超高熱が大地を灼いていく。

 それは、自分からセリアを奪った、そしてセリアの心から自由を奪ったエウドクソスに対する、轟の激怒の顕現。

 獣ではなく、人として膨れ上がらせた感情を、轟は今、言葉に変えて解き放つ。


「かかってこいよ、ジュバ……! 无でもなんでも、俺とバウショックが焼いてやる」


 バウショックが右腕を振りかざすと共に、掌中の太陽はより一層激しく燃え盛った。


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