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第7話 シンメトリカル(前編)

 比較的新しい内装ではあるが、派手すぎず、質素すぎず、あくまで繁華街のビルに組み込まれていそうな、ありふれたショットバー。

 置かれた洋酒の種類もそれなり、調度類のセンスもごくごく標準クラス、片隅に置かれたジュークボックスから流れるジャズの選曲にしてもありきたりだ。

 それでいて、危うい濃密さが充満する独自の雰囲気が形成されているのは、バーテンダーの落ち着きある流麗な諸動作と、そして客層の統一に依るところが大きい。

 カウンターに並んで腰掛けるの四人は、いずれも三十代から五十代近くの男。

 メーカーこそ異なれど、全員が高級ブランドのスーツを纏っており、否が応にも店のレベルを数段引き上げている。

 幸いにして、この店を利用できる人間は、そもそも彼らか彼らの仲間以外にはなく、うっかり立ち寄った一見を退散させてしまうという事はないが。

 四人とも既に何杯かのグラスを空にしていたが、ようやく少しは回り始めてきた酔いを楽しむといったレベルで、店を出るその時まで呑む側で有り続けることは、ほぼ間違いないといえた。

 そして今、五人目の客が店の扉を開ける。

 その男もまた、完成された空気を壊すことのない装いで、ますます店内の文雅に拍車がかかっていく。

 男はどこに腰掛けようかコンマ数秒逡巡するが、先客から目で語りかけられ、誘われるままに団体の一人となった。

 成人してから十年近いゼドラも、ここではまだまだ未熟な若造に過ぎない。


「ゼドラ君、先日はお疲れだったね」

「いえ……」


 男の――――ゼドラの苦労を労うのは、初めて地球統一連合製のメテオメイルと交戦した、渋みのある声の偉丈夫だった。

 薄い白髭を撫でながら、もう片方の手でグラスを揺らす、そんな所作ですらも魅力あるものに変えてしまうくらいの慣れきった大人の余裕。

 ゼドラはそれを脇目に、注文するまでもなくバーテンダーから差し出されたいつもの一杯をに口を付ける。

 同じ時簡にしか訪れないゼドラのために、既に調合を始めていてくれたのだ。


「ラニアケアだったかな。セイファートとかいうメテオメイルが配備されている、あの島は。どうだったかい、実際に足を運んでみて」

「セキュリティ関連はかなり充実しているようです。監視カメラだけでも、実際に目視確認した数と埋め込まれていることが推測される箇所を合計すれば、やや過剰といってもいいくらいでした。おそらく、設計段階で口出しがあったのでしょう。司令官の男の注意力も、かなり厳しい。特にそのつもりもありませんでしたが、短時間で何かを仕込むのは不可能かと」

「ははは……そういう情報も有り難いがね。私が聞きたかったのは、もっとこう、漠然とした印象というか、感想みたいなものさ」

「要は雰囲気のことを仰りたいんでしょう? 島の人間が希望に満ちているとか、逆に切羽詰まっていたとか」

「それだよ、それ」


 更に隣からそう補足され、白髭の男は大いに頷くが、まだまだゼドラにとってそのニュアンスは理解できるものではない。

 敵の一拠点の監視システムが極めて高いレベルにあるという情報は、オーゼスにとっては悪いニュースだが、彼らが知りたいのはそういう事ではないらしい。


「特に、何とも思いませんでしたが。任務を遂行する事しか頭になかったもので」

「そりゃあそうだ。なんたってあの井原崎の護衛だからな。あいつがヘマしないか、そっちに神経全部傾けてたら、他の事なんて気にする余裕もないわな。当然当然」


 また別の男がそう言って茶化すと、ゼドラ以外は釣られて苦笑する。

 その場で井原崎の話をずっと聞いてきたゼドラからしてみれば、彼の失態は苦笑にすら値しない酷烈なものであったが、それを抜きにしても、笑うという行為は、もう二十年以上は無縁のことだった。


「ところで……“次”に出るのは、どなたでしたか」


 ゼドラは意図的に会話を逸らそうと、特に興味があるわけではなかったが、そんな話題を振る。

 ただ、聞く意味はあるのが、オーゼスという組織だった。

 オーゼスの侵攻計画は、ほぼ全面的に、常人にとっては度し難い仕組みとなっている。

 通常、攻撃目標というものは、敵戦力の配備状況に由来する攻略難度や、兵站など他方への影響度を総合した今後の戦略的重要性から、決定される。

 しかしオーゼスでは、逆なのだ。

 誰が出撃するかが決定されてから、パイロット本人が攻撃目標を選択する。

 攻略出来そうな場所から攻略するという、軍事組織なら当たり前のように持って然りの発想が欠落しているのだ。

 このやり方では、オーゼス側はメテオメイルの圧倒的性能から負けることはまず無いが、しかし敵の凄まじい波状攻撃によってあまり打撃を与えられずに帰投せざるを得ないことも多々ある。

 一方で、効率を重視しないために、どの基地であろうと等しく襲撃される可能性もまた存在し、その意味では何処であろうと一切気が抜けない状況を作り出しているともいえる。

 何故こんな真似をするのか、その理由のわからない他所の人間には憤慨と困惑の入り混じる悪辣な駒の進め方であった。


「確か、グレゴール君だった筈だが」

「あの方、ですか……」


 だからといって、自分の仕事に何か影響があるというわけではないが、ゼドラはその人物を想起するだけで溜息をつきたい気分になる。

 年上という事を差し引いても、その強烈極まるキャラクターは苦手だった。

 そして、噂をすれば何とやらということなのだろうか、件のグレゴールもまた、程なくしてバーに到着する。

 ただし彼は、扉を開けるのに一分ほどの時間を要する。


「ドアハンドルを両手で同時に握って、押す! しかし、体勢を崩さず扉を開くためには、扉に対して常に並行状態を維持しけなければならない! 故に適宜角度調整の必要有り! ならば台座回転、開始! そして、ようやく僕が通れそうなほどの隙間ができた! いざ進行!」


 円盤状の掃除機と立ち乗り型電動二輪車が組合わさったような移動式台座に乗って現れたのは、黒い革製のトレンチコートに身を包んだ馬面の男だった。

 年の頃はゼドラより一回りほど上だろうが、しかしそのテンションの高さは抑えの効かない児童並だ。

 グレゴールはゼドラ達の元までやってくると、もごもごとした声で挨拶に移る。


「おおう、皆さんお揃いのようで。どうもこんばんは。お隣、よろしいですかな」

「ああ、構わないとも」


 白髭の男は気安くそう答えるが、実際に隣に座られるのはゼドラである。

 年長者二人に挟まれる形になってどうにも落ち着かないが、とはいえ口答えをするほどの胆力もない。

 ゼドラは軽く会釈をした後、ただ黙してグラスの残りをちびちびと飲む。

 その間、グレゴールはというと、両手で椅子を引き、台座を回転させながらカウンターとの間に回り込んでようやく着席するという、中々に面倒なプロセスの最中にあった。

 最初から台座を降りて普通に座れば、その五分の一以下の時間で済むというのにだ。

 そしてグレゴールは、自分の頼んだカクテルが目の前に置かれると、グラスを両手で持つという不作法さを伴って口を付ける。

 この、一連の奇怪な動作こそまさに、グレゴールのこだわりであり、性癖であり、生き様だった。


「やはり完全なシンメトリーを実現させながら飲む酒は美味い……!」

「そうですか……」


 万人が認めるしかない、生粋の左右対称シンメトリーマニア――――グレゴール・バルヒェット。

 有史以来、シンメトリカルな構造に美を感じる者も、シンメトリカルであることを主軸に置いた芸術を生み出して来た者も星の数ほど存在する。

 しかし、真のシンメトリーの求道者たるグレゴールにとって、その程度のシンメトリー愛では失笑ものに過ぎない。

 グレゴールは衣服や装飾品どころか、肉体の動作までもを常時シンメトリー化させているのだから。

 愛用の移動式台座を用いない場合には両脚を同時に動かしながら、つまり跳躍という形で前進し、食事の際には両手にフォークを持ち、挟むようにして口元に運ぶ。

 そうする事で得られるものは、ただ一つ、充実感のみ。

 誰かに強制されているわけでも、なんらかの記録に挑戦しているわけでもない。

 あくまでも趣味であり、信念。

 あるいは、もはや、性質。

 グレゴールをただの変人と呼んでしまうことは容易いが、しかし一部の人間は、彼こそがオーゼスという組織の体現者であると主張する。

 第一、その奇癖を理由にグレゴールをオーゼスのメンバーから外すことは もっと普遍的な理由においても不可能だった。

 グレゴールはHPCメテオに干渉できる程の精神波を放出することができる有適性者あると同時に、メテオメイル開発に携わる技術者の一人でもあるのだ。

 特にグレゴールの乗機は、自身のみで作り上げた、自らの魂の具現化といってもいい親和性の塊。

 骨の髄まで知り尽くしているというアドバンテージによって、戦闘能力とここまでの戦果は、グレゴール自身の身体能力の低さに反比例するかのように高い。


「今ちょうど、君の話題が出たところなんだが……もしセイファートと戦う事になった場合、自信の程はどうだい?」

「無論、勝利しますとも。僕の“シンクロトロン”は最も美しく、そして最も強いメテオメイルですからね。まあ……僕の事より、あなたはあなたの心配をするべきなんじゃあないですかね。どうみても未完成の、しかも初陣のセイファートにボロ負けしてしまって、“あの御方”からは非難囂々だったそうじゃないですか」


 グレゴールは自分より年上の白髭にも臆することなく、自信に満ち溢れた笑顔で言い放つ――――勿論、シンメトリーな動作を維持する以上、正面を向いたままで。

 もっとも、そんな挑発で態度の崩れる白髭でもない。


「ボロ負けとは失礼だね。引き分けだよ、あれは」

「引き分けですか、あれが? 両腕をぶった斬られておいて、よくそんな事が言えたものだと逆に感心しますよ。しかもその残骸、レーザーライフルケフェウスも含めてあちら様に回収されたようじゃないですか。これを敗北と言わずしてなんと言うのでしょうかねえ」

「あれくらいは、あちらの技術力でも作れる代物さ。実はもう同等の射撃兵装を持っててもおかしくない。まあ、“あの御方”にお叱りを受けたのは本当だが……」


 白髭はバーテンダーに、どれかきつめの洋酒をと頼みながら、やや天井を仰いだ。

 白髭のエンベロープもまた、その日初めて出撃を経験した機体だ。

 そのパーツの一部が早速敵の手に渡るという失態は、ここにいるメンバーはともかく、それ以外からは責める声も多い。


「しかしやっぱり、個人的には引き分けとしたいね、あの一戦は。得たもの、失ったもの、その合計でいえば天秤は釣り合う。大体、未完成ということなら私のエンベロープだってそうだという事を忘れて貰っちゃあ困る」

「シュヴァン・ユニットですか……まあ、あれで幾らか火力と機動力は増強されそうですが、僕が開発に関与してないという時点で性能はお察しといったところでしょう」

「どうかな」

「と、も、か、く。セイファートは私とシンクロトロンのパーフェクトシンメトリーコンビが頂きますよ」

「せいぜい、ここにいる皆で祈らせて貰うとするさ。君がセイファートと相対しないようにとね」


 白髭に同調して、他の面々もグレゴールにからかいを飛ばす。

 そこに自分が勝手に含まれていることは聞き流しながら、ゼドラは居たたまれずに、真正面の酒棚に置かれた良く知らない銘柄をオーダーした。



 風岩瞬、北沢轟、三風連奈――――地球統一連合軍メテオメイル部隊ヴァルクスが擁する、三人のメテオメイルパイロット。

 彼らの扱いは、名義上こそは連合軍所属の軍人ということになるのだが、年齢、所属部隊の特殊性、現時点では他に候補のいない稀少性などに由来する、何十項目もの例外措置が適用されており、実質的には賓客ゲストの扱いだった。

 瞬達の存在なくしてはオーゼスに対する反撃は望めないため、轟と連奈が幾つかの命令違反を犯しながらも具体的な懲罰が先送りにされているように、軍規の適用は形骸化しているといっていい。

 メテオメイルの稼働に必要な各人の精神波は、感情の昂ぶりや意思力によって放出量が大きく変化するため、それらを減少させないために、本人が望む形でモチベーションを維持する必要もあった。

 そういう事情もあって、轟と連奈がただ堕落の精神で大半の招集をサボタージュしているのならまだしも、自分勝手な行動を取ることで精神波放出量の高さを維持している現在、ケルケイムからは特に何も言うことができないのだ。


「轟は自室用のトレーニングマシン合計三基の導入を、連奈は世界各地の高額な化粧品類を希望……。特に前者は、パイロットの生活支援用の予算だけではどうにもならずに苦労しました。もっとも、後者も限度額を大きく超過していますが」


 自らの執務室を訪れたロベルトに、ケルケイムは各パイロットから事務部の方へ提出された希望品目リストの内訳を掻い摘んで説明する。

 重要性に応じた待遇面、及びメンタル面の充足の為に、パイロットがラニアケアでの生活を送る上で必要なものは可能な限り取り寄せるというのは、契約時に連合の側から出した条件であった。

 しかし、こうまで遠慮のない内容になるとは、過去のケルケイムは想像していなかった。

 どちらの要求も日本円換算で三百万超。

 轟の件は、本人が移動を面倒がっているだけで、別館に存在する最新式の機材が揃ったトレーニングルームに行けば済むことだ。

 連奈の件は、消耗品である故に、これからも定期的に同額の大金を支払っていかねばならない。

 正直なところ、ケルケイムとしては要望を斥けようかとも思ったし、それが当然の判断である。

 だが、譲歩や折衷という概念を零し落とした二人を相手に交渉する労力を考え、仕方なしに呑んだ。

 オーゼスによって着実に人命と土地が奪われている現在は、正常に拘るだけではどうにもならない状況。

 連合の方で賄いきれない予算はケルケイムが自費から捻出したものであったが、それでオーゼスの壊滅に少しでも近づけるならば、諦めるしかないようだった。


「風岩君はどうかな」

「日本の漫画雑誌ほか、菓子類にテレビゲームと、まあ、年齢相応のものがそれなりにといった感じです。他二人から話を聞いて、何かしら値の張るものを追加しようと考えてはいるようですが……」


 ケルケイムは再びリストに目を通しながら答える。

 合計にしてみれば、到底中学生の平均的な小遣いでは買えぬ金額にはなっているが、他二人に比べればまだまだ常識の範疇といえた。

 轟、連奈の凄まじい超過分を補うまでには至らないが、相対的には感謝ものである。


「分別があるのか、それとも無欲なのかな」

「どちらも、違うと思います」


 瞬のパイロット志望動機を考えれば、そう断言することは簡単だった。

 連合上層部とのパイプ役としてヴァルクス外部での仕事も多く、あまりパイロット達と接点のないロベルトにはわからない事なのだろうが。


「……ほう?」

「彼が最も欲しているのは、評価です。それも、途方もないくらいに大きな。具体的には、オーゼスの壊滅という実績、そしてそれに連なる名誉と賞賛でしょうか」

「あの快活そうな性格に反して随分と子供らしくない願望だね。いや、逆に幼すぎるのかな。ヒーロー願望的な」


 ロベルトが興味深げにそう答える。

 何とも言えず、ケルケイムは、その回答を保留することにした。

 瞬は、世界中の全ての人間に評価はされたいだろうが、その事実を突き付けたいのは、ごくごく狭い範囲だ。

 だが、自分という存在の始まりすら未だ実感することすらできずに藻掻く瞬を、後者であると一蹴するほどの冷たさは、ケルケイムにはない。


「正当な努力によって得た力でも、思いがけず誰かを否定しまうという事はあるものです」

「ああ……そういうタイプが近くにいるのか、彼も。君にとっては色々と複雑だろうが……」


 ロベルトは思い出したように苦笑し、若干の申し訳なさを表情に滲ませながら言った。

 話をはぐらかしたつもりだったが、その辺りの事情を知られているくらいには長い付き合いではあるのだと、ケルケイムは余りにも早く過ぎてしまった時間に胸を衝かれる思いになった。


「……いえ」

「あの件についてなら、君に非はないよ。むしろ気にすることの方が非であるといえる。忘れろとは言わないが、思い詰めるのはよした方がいい」

「わかっています。今は、自分というものを思考の内から排除して、役割を全うしているつもりです」


 ケルケイムは、気を引き締め直して、残った事務作業の処理にあたる。

 オーゼスのメテオメイルが、シンガポール近海に出現したとの報告があったのは、それからすぐの事であった。



 移動式人工島であるラニアケアは、その中央を貫くようにして、千五百メートル以上の電磁加速用レールが延びる。

 その始点は、島の地下にあるメテオメイル用格納庫の真上。

 リフトアップされた機体を、テヒラーと同様のリニアカタパルトにて射出し、迅速に超遠隔地まで送り届けるというものだ。

 ただし、大きく異なる点もある。

 設備そのもののエネルギーだけではなく、射出対象であるメテオメイルからも一定量のエネルギーを分配してもらい、加速時の出力に上乗せする機能がこちらには存在する。

 もっとも、そこまでしても無重力下での使用と比べれば制約は多く、性能においては下位互換にあたるのだが。

 第一宇宙速度に届く寸前という射出の初速度は、約八千キロメートル以上――――地球全周の約五分の一近い距離の弾道飛行を可能とする。

 更に、ラニアケア自体の航行と併せて、現在の主要な戦場である東南アジアのほぼ全域をカバーすることができた。


「今回の敵は、どれだって……?」


 緊急事態であるため、規定のスクランブル発進の手順に従い直接格納庫に向かった瞬は、セイファートに乗り込んでからオペレーターのセリアに尋ねる。


『“OMM-06 シンクロトロン”。今回で実戦投入数三度目の、まだまだデータに欠ける機体だよ。本体から分離して自律稼働する、巨大な掌状の支援ユニットを二基備えていて、過去二回は殆ど攻撃をそれに任せきりにしている。本体の特性は不明に近い』

「めんどくさそうな相手だな……でも、エンベロープみたいに空を飛び回ったりはしないんだろ?」

『形状的には、ほぼ不可能とは判断されている。だけど、膨大なエネルギーで強引に常識を覆すのがメテオメイルだ。一応、空中戦も視野には入れておいて欲しいと、司令からのお達しが出ている』

「わかってる……そこまで頭は硬くないつもりだぜ」


 瞬は起動したセイファートの中で、機体コンディションのチェック作業を進めながら返答する。

 この二週間ほどの間に、セイファートは地球統一連合軍が保有する兵器としての正式な認可を受け、それに際して、ヴァルクス内外で不揃いのままであった機体各所の機能名称が統一される事となった。

 機体内部のHPCメテオに対して精神波で干渉し、膨大なエネルギーを生み出す一連の動力機構は、“メテオエンジン”に。

 また、メテオメイルの持つ恒常的なバリアシステムは、セイファートの会話記録から“レイ・ヴェール”とそれぞれ改名を果たしている。

 そして、機体のハード面も開発が急速に進み、コーティング・バンテージによって保護されていた部分には正規のパーツが装着され、セイファートは現時点の完成に至っていた。

 内部フレームは装甲によって完全に覆われ、ようやく侍と鎧武者の融合した独特の外観は本来の威厳を得て、神像めいた芸術性を獲得している。

 一部のパーツを可変させる事で得られる空力特性を加味すれば、初期コンセプト通りの、どのメテオメイルをも上回る機動性を実現し、空戦能力においては、もはやあのエンベロープをも越えるとされる。

 逆に、ここまで優れた機体では負けられないというプレッシャーはあったが、初陣で引き分けに持ち込んだ実績が、不安以上の勇気を瞬に与える。


「今度こそ、しっかり撃墜してオレの手柄にしてやる……! そうすれば、少しは英雄に近づけるはずだ。轟や連奈の機体が完成していない、今の内に、なんとしても……!」


 入り混じる複雑な感情さえ精神波の糧として、瞬の操るセイファートは加速レールをコンマ数秒の内に滑りきり、大空へと解き放たれていった。



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