第81話 別れの雨(その2)
「それで、用件とは?」
応接質に足を運んだミディールは、上官であるロベルトに断りもなくソファに身を沈める。
相変わらずの無礼な振る舞いにロベルトは苦笑しつつも、それを咎めることなく、さっそく本題に入った。
「当面の間、オルトクラウドをメアラ・ゼーベイアに任せようかと思ってね。ああ勿論、ケルケイム司令の承諾も得ているよ」
ロベルトはケルケイムに、明後日までの静養を勧めていた。
ニーヴルを失ったことに対する悲しみはあるものの、実務に支障はないと言い張るケルケイムだったが、本人の主張と実態は時として大きく食い違う。
ケルケイムは、いかなる苦境に立たされても不変のパフォーマンスを発揮できる人物ではある。
だが、それは精神性のみに限った評価だ。
どのような苦しみにも耐え抜く心の持ち主と言えど、その耐久性は無限ではない。
肉体と精神にダメージを蓄積し続ければ、他の人間と同じように、いずれ限界を迎え、暴発する。
己の限界を見極められないという点において、ケルケイムは大人として、一介の軍人として、まだまだ未熟だった。
「あの連奈君が死亡しているとは考えていないが、だからといって、彼女が戻るまでオルトクラウドを放置しておくのもどうかという話になってね。あくまで臨時の起用だ」
「他の三機と比べれば、相性は良好の部類だな。オルトクラウドは固定砲台として使うだけでも十分な戦力になる。まだ体の出来上っていないあの娘でも、運用に問題はなかろう」
それで?とミディールは切れ長の瞳をロベルトに向けてくる。
メアラをパイロットにする程度では、技術主任のミディールに、わざわざ特別の機会を設けてまで通達することではない。
思考を操縦に反映させるS3などは多少の調整を要するが、そのぐらいは定例のミーティングで指示するべき内容だ。
「流石に、ゾディアックキャノンを搭載したままではまずいだろう?」
ロベルトは、おどけた表情で言った。
あの戦略兵器じみた二門の巨砲は、十二歳の子供に扱わせていい代物ではない。
本人がどれだけ利発であろうと、その幼すぎる年齢は、運用面でのリスクを各段に増加させる。
現状でも厳重なロックはかけられているものの、万が一の事態が起こった場合に備えて、最初から取り外しておくのは妥当な判断であった。
メアラのSWS値は瞬や轟を上回っているのだから、尚のことそうせざるを得ない。
「代わりに、技研の方で作られていたガトリングレーザー砲を装備したいと考えているのだが……これが、完成度七割というところで頓挫していてね」
「私に開発を引き継げと?」
「そうなる。現状の問題点を修正して、どうにか使える形にして欲しい。少なくとも、一から作り直すよりは手間もかからないはずだ」
ロベルトにしては中々に話の要点を勿体ぶった理由が、それだ。
ミディールにしてみれば、他人の作った兵器の仕上げを任され、それを自分の作った機体に搭載するという仕事だ。
当然のことながら、マシンデザイナーとしてのプライドには傷が付くだろう。
それに――――数ヶ月前ならばともかく、ミディールが直接関与せずに建造されたゲルトルートが高い評価を得ている現状、その人的価値の絶対性は薄れつつある。
ブリーフィングの場において大勢の前で通達すれば、どこか当てつけじみたものになってしまうのだ。
組織を円滑に回し続けるためには、これくらいの配慮はやっておかなければならない。
「了解した、請け負おう」
「……意外だな、こうもあっさり快諾してくれるとは。嫌な顔をされるとばかり」
「いいに決まっている。ちょうど、こちらからも無茶な要求をするつもりでいたからな。おかげで随分と頼みやすくなった」
安堵の息をついたばかりのロベルトに、ミディールはそう言い放って悪魔的な笑みを浮かべた。
本人には失礼だろうが、ただのマッドサイエンティストくらいに考えていただけに、ロベルトは少しだけ気を引き締めて会話を続ける。
申し訳なさそうに頼まれごとをされたときは、足元を見る好機だ。
その点において、ケルケイムより、よほどものの頼み方が上手い。
「交換条件というわけか。いいだろう、私にできることがあれば言ってくれたまえ」
ロベルトは内容も聞かずに受諾した。
しっかりとギブアンドテイクの形にしておけば、また次の無茶を呑んでもらう際に役立つ。
相手の要求が過大なものであれば、尚更である。
「これを、大至急製造して欲しい」
「おやおや……」
ミディールが取り出した、辞典並の厚さがある紙資料の束に、ロベルトは直前の発言を少しだけ後悔する。
表紙に記載されたタイトルは【『B計画』 支援ユニット設計データ 暫定完成版】。
そこでようやくロベルトは、過去に『プランB』なる既存メテオメイルの強化装備開発案があったことを思い出す。
記憶の奥底に埋もれてしまっていたのは、それが技研主導の計画ではなく、ケルケイムやミディールら現場スタッフの要望に近い小規模な試みだったからだ。
しかし、その活動も、いよいよplan(構想)からproject(計画)へ。
どういったものを作り上げるのかが、具体的に固まったようだった。
「つい先日、ようやく設計図が完成したところでな」
計画の概要をかいつまんで説明するならば、既存機種それぞれの長所を更に伸ばす、大型支援ユニットの開発。
現段階の尖り具合では、どの機体もオーゼスのメテオメイルに当たり負けすることが多い現状、もっともな意見ではあった。
だが連合内部には、一機の強化に予算を注ぎ込むリスクを危惧する声も多く、専用装備じみたものの新造は敬遠される傾向にあった。
現に、セイファートやバウショックの武装などは、実戦投入時からまったく増えていない。
「すっかり立ち消えになったものとばかり思っていたよ。お偉方の意向を察してね」
「そんな物わかりのいい人間に見えるか? 私やケルケイム司令が」
「なって欲しいという願望はあるさ。波風を立てないで済むなら、それがいい」
そう答えて、ロベルトは資料を軽く捲りだすが、数秒としない内に指の滑りが遅くなってしまう。
ひどく反応に困る内容が、資料全体の半分ほどまで延々と続いていたからだ。
「やはり、まだ諦めるつもりはないのかな。これに関しても」
「主に風岩特尉がな。奴の熱意に比べれば、私のマシンデザイナーとしてのプライドなど取るに足らないものだ」
「シミュレーターでも操縦訓練を継続しているようだから、まさかとは思ったが……」
記載されていたのは、セイファートを対象とした強化プランだった。
多種多様な追加武装を各所に懸架可能な大型スラスター、複合兵装ユニット“レイザー”を背面に装着することで、機動性と火力の双方を増強できるとされている。
もしどうしても敏捷性が求められる場面になれば、レイザーを分離させることで対応が可能になる。
特に文句の付けどころはない良案と言っていいだろう。
ただし、実用化に際して大きな問題が一つ。
このレイザーを装着すべきセイファートが、とっくに第一線を退いているということだ。
「つまりは、2号機の実戦投入を望んでいるというわけか。しかし、トリルランド元帥に要請したところで、色よい返事が返ってくるとは思えないな。無論、整備スタッフの面々も。よほどの理由がなければ、ゲルトルートの活躍に業を煮やした君の、遠回しな抵抗と受け取られてしまうだろう」
セイファートの運用が停止された原因には、性能不足に加えて、維持費やメンテナンス作業の問題も含まれていた。
例え出撃がなくとも、機体のコンディションを万全に保つため、一機あたり数十、数百万ドルもの整備費用が毎月のように投じられている。
パイロットが揃っているならともかく、現状では端数となる四機目を待機させておくほど、連合に金銭面の余裕はない。
「大義名分ならあるだろう。連合の内部に根を張る、エウドクソスという奸賊がな。全てを予定通りに運んでいては、連中の思う壺だ。流れを変えるにはいい機会だと思わんか」
「ふむ……人材と予算を盛大に動かしてこそ、真の撹乱となる。その意味で、確かにB計画はうってつけだな」
「セイファート再配備の隠匿……上手くいけば、連中を一気に表舞台へ引きずり出すことができるかもしれん」
「……わかった。そろそろ彼らの存在をヴァルクスの内部だけで抱えておくのも厳しいことだし、ケルケイム君と相談した上で、いずれ元帥に提言はしてみよう。絶対に説得できるという保証はないが……」
パーツの製造や情報漏洩を防ぐための工作を含めて、一体どれだけの部署に掛け合えばいいのか。
これから背負うことになる、メリット相応の凄まじい労苦を想起し、ロベルトは力なく笑って答えた。
「そういうわけで、まずはセイファート2号機とレイザーの件から優先してくれ。バウショックとオルトクラウドについては、後回しでも構わん」
「本当は、まずケルケイム君の方に通して欲しいのだがね、こういう重大な話は」
「急いでいると言っただろう。率直に言って、ケルケイム司令には他所の人間を動かすだけのコネクションが不足しているからな」
「だからこそ、エーレルト中将と密接な関係を築いて欲しいのだが……難しいだろうな」
現状、ヴァルクスが連合から受けている支援は、かなり雑なものだった。
予算だけは、他の部隊が羨むほどに惜しみなく注いでくれる。
一方で、より円滑な部隊運営を行なうための制度施行やメテオメイルのパワーアップといった、改 善・改良案の部分には手を出してくれない。
その原因にはやはり、連合軍内において、ケルケイムがやや孤立気味であることが挙げられた。
人望はあるのだが、何が何でも助けてくれるような、義理の関係で繋がっている者が少ないのだ。
故に、上層部に対し幾ら正論で訴えかけたところで、対応は何週間、何ヶ月と遅れる。
今後のことを考えれば、本当に強化すべきは機体性能ではなく、ケルケイムの発言力だともいえた。




