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第79話 邪魔者(その4)

 二つの見えざる弾丸――――撃ち出された大気の塊が、その圧縮固定を解かれ、微かな破裂音と共に炸裂する。

 瞬間、周囲一帯を覆っていた濃煙が、強力な風圧によって着弾点の外側へと強引に押し出される。

 出力を限界近くまで落としてあるとはいえ、それでも家屋程度は容易く吹き飛ぶほどの威力だった。


「いやがった……! たいして動いてねえ!」


 ゲルトルートの正面方向、奥行き約八十メートルほどの、扇状に開けた視界。

 その末端部分、うっすらと機影を視認出来る位置に、ガンマドラコニスBの姿はあった。

 瞬はフットペダルを踏み込む足に力を込め、ゲルトルートに最大加速を要求、一気呵成に攻め上がる。

 ジェルミは濃煙の流動に微細な変化が起きたのを見て、ほぼ確実にゲルトルートの侵攻方向を察知しているだろう。

 だがそれでも、視界が封じられている今、完璧なタイミングでの迎撃だけは不可能なはずだ。


「読めてんだよ、その手は!」


 ゲルトルートがガンマドラコニスBの下部に滑り込む寸前、外装の各部からせり出してきた追加の ニードルガンが、一斉発射される。

 しかし、チャフ弾の影響下ということもあって、旧形態と同じく無誘導のまま真っ直ぐ飛ばしているだけだ。

 残弾の秘匿に対し、確信に近い想定をしていたことも相まって、ジェミニブレードで打ち払うのは簡単だった。

 瞬は止まらず、そのまま目標へと直進。

 噴射で巻き起こる濃煙の奔流から、残るスラスターの位置に見当を付け、ジェミニブレードを盛大に振り上げた。

 巨大な刀身は、装甲の間に隠されていた円形のダクトに深々と突き刺さり、内部機構を破断し尽くす。

 肩と肘、それぞれの関節部に大型の電磁モーターが仕込まれたゲルトルートは、本来は運動エネルギーの乗りにくい振り上げもパワフルに行なうことが可能だった。


「臆せず攻め込んで来たか……」

「さすがにこれで、もう飛べねえだろうがよ!」


 頭上で傾く巨体から離れつつ、瞬は勝ち鬨を吠える。

 これで破壊したスラスターは三基。

 配置的には、合計で六基というところか――――そのちょうど半分だ。

 まだ背部には揚力を得るための三対の翼が残っているとはいえ、今のガンマドラコニスBを支えるのには無理がある。

 推測の域を超えた、明確な航空能力の喪失だ。


「……ああ、墜ちるとも。メインスラスターの複数基破壊による推力不足。残念ながら、どう足掻いたところで滞空は不可能だ」


 その、はずなのに。

 未だジェルミの余裕は崩れない。


「誇りたまえ、風岩瞬。キミは史上初めて、このガンマドラコニスBを地べたに叩き墜としたのだ。万雷の拍手を以て、キミの健闘を讃えようではないか」


 時間経過による拡散で、ようやく薄らいできた煙幕の中。

 爆破解体される高層ビルのように、ゆっくりと高度を落としていき、遂には砂漠の上に軟着陸するガンマドラコニスB。

 その内部において、ジェルミは両手を操縦桿から離してまで、耳障りな音を鳴らし続けた。

 このままではニーヴルの奪還のみならず、自身の命さえも危ういというのに、優位を信じて疑わない圧倒的な余裕。

 だとすれば、まだ、隠し球が――――

 瞬がその可能性に思い至ったとき、砂中より、二つの巨大なくちばしが突き出してくる。

 場所はゲルトルートの足下。

 咄嗟の回避ができる機体ではないゲルトルートは、それらが自らの両腕に噛み付くことを許してしまう。


「っ!?」

「しかし残念ながら、彼を助け出そうなどという第三の選択肢まちがいを成し遂げるには、まだまだ遠い。この圧搾式奪略鋏尾“アルラキス”が、キミから一縷の希望さえも奪い尽くす」

「こんなものを隠し持っていやがったとは……!」


 嘴――――じみた形状の尻尾は、凄まじい力でゲルトルートの両腕を締め上げていく。

 おそらくは本体と繋がっているであろう末端のワイヤーも含めて、セイファートの頭部に搭載されたシャドースラッシャーに似通ったところの多い兵器だ。

 もっとも、対象物を掴み取るための開閉ギミックを有していたあちらに対し、こちらは対象物を万力のように押し潰すスライド構造となっている。

 どうやらジェルミは、着陸に際して、二本のアルラキスを砂中に潜行させていたらしい。

 そして、わざとらしい拍手で瞬の注意を引きつつ、ゲルトルートの速度が落ちた刹那に操作を再開したのだ。


(あっちも煙幕の恩恵に預かったってわけかよ……)


 たまらず、瞬は心中でそう吐き捨てる。

 ジェルミに備わった、スラッシュ級の狡猾さと、この局面においてもまるで動じない剛胆さに対してだ。

 ただただ、踏んできた場数が違いすぎる。


「キミにはこのまま、二人目の生贄となってもらう。これでより、ケルケイム君の正しさが映えるというものだ」

「まずい、こいつ……!」


 瞬は狼狽しながら、ゲルトルートの両腕を振り乱す。

 それらの圧壊が近付いていたからではない。

 メテオエンジンの出力が、急速に低下し始めたからだ。

 瞬は急いで機体コンディションのチェックを行なうが、装甲の損傷に反して、内部機関の故障箇所は皆無。

 だとすれば、原因は機体の外。

 瞬が熱源センサーの感度を高めたところ、異様に細長い反応が二機の間に発見された。

 やはり、ゲルトルートのエネルギーが、アルラキスを介してガンマドラコニスBに吸収されているのだ。

 手法は異なるものの、過去にセイファートのメテオエンジンを無力化された経験から、募る危機感は否応なしに倍増しとなる。


「奪うと言ったはずだ、希望をな。メテオメイル戦における希望とは則ち、抵抗の活力。そこさえ断ってしまえば、勇気は虚勢へ、機転は空論へと墜ちる」


 アルラキスに備わった、圧搾と吸収の性質。

 言い換えるならば、物理面とエネルギー面、二重の略奪。

 自らに向上心はなく、ただ他人を羨み、大事なものを剥ぎ取ることで心の平穏を得る――――そん な悪趣味な男には、お似合いの奥の手だった。


「噛み付くだけなら頭で十分だもんな。何か仕込んであるとは思ったがよ……!」


 瞬は掠れた声で、そう漏らす。

 メテオエンジンが生み出すエネルギーはパイロットの精神波を源流とするため、従来の燃料とは異なり、完全な枯渇とは無縁だ。

 しかし、吸収に対抗しようとすればするほど精神が激しく消耗していき、一度の生成量は確実に減少していく。

 時間が経過すればするほど脱出できる可能性が低下する泥沼に、嵌ってしまったというわけだ。


「実に悲しいことだが、ケルケイム君……これが現実だ。キミの魂が救済されることは決してない。救いの手を差し伸べる物好きが幾度現れようとも、その生命の尽くをワタシが摘み取ってしまうのだからな」


 パワーダウンしたゲルトルートは、抵抗虚しく、アルラキスと共にガンマドラコニスBの眼下へと引き戻される。

 続けて迫り来るは、四頭の竜。

 二頭はゲルトルートの両肩を咥えて持ち上げ、残る二頭は、エネルギーチャージを開始したプラズマキャノンの砲口をゲルトルートの胸部に押し付けた。

 当然ながら、アルラキスは未だに両腕を締め付けたままだ。

 瞬に確実なる死をもたらす、完膚無きまでの絶対拘束。

 粟を食ったケルケイムは、たまらずジェルミに呼びかける。


「ゲルトルートを解放しろ、ジェルミ・アバーテ……! 既に勝負はついている。そんなものは、つまらない抵抗だ」

「そうとも、判断を間違っているのはワタシの方だ。この黒き巨剣の猛攻により、ガンマドラコニスBは天を駆ける術を喪失した。撤退が不可能である以上、例えこの機体を撃墜したところで、ワタシ個人に得はない。放免に期待できないとしても、大人しく投降しておくのが幾らか賢明ではある。自らの命を惜しむのならばな」


 だが、そのような正しい行いを自分が選ぶと思うのか――――ジェルミの気品ある微笑は、そう言外に告げていた。


「さてケルケイム君……状況が整ったところで、改めて問おう。ニーヴル・クシナダか、風岩瞬か。寛大な精神の持ち主であるワタシは、キミ達の奮闘に敬意を表し、キミが選んだ側の解放を確約しよう。一種の報奨と考えてくれていい」

「ふざけるな、何が報奨だ!」

「そのような、憎しみの眼差しを向けられる謂われはないはずだが? もろとも心中してもいい場面で、わざわざ片方の命を救ってあげようと豪気にも提案しているのだからな」

「人質を盾に取った張本人の言うことか……!」

「まあいい……ともかく、選びたまえ。解答はわかりきっているが、キミが選ぶことに意味があり、意義がある」


 ジェルミの口から提示される、新たな二者択一。

 秤に乗せる命が二つになった時点で、既に十分、悪質さの増した問いだ。

 だが、ジェルミはそこへ、更なる卑劣さを上乗せする。

 何故そこまで人としての道を踏み外せるのかと、慟哭したくなるほどに。


「ただし、解答の仕方に条件を付けさせてもらおう。どちらを解放して欲しいか、ではなく、を宣言したまえ。ワタシが解放するのは、だ。わかるな?」

「なん――――――」

「選べなければ、無論、どちらも地獄行きだ。だが気に病むことはあるまい。勝利はどのみちキミの手中に収まるのだからな。いかなる損失も、ガンマドラコニスBの撃墜という手柄が帳消しにしてくれる」

「私が……私自身が、懇願しろと言うのか……! あなたに、奪ってくれと……!」


 そのとき、とうとう、ケルケイムの口から。

 聞き取れるくらいにはっきりとした嗚咽が漏れる。

 それは、ジェルミがもたらす、度重なる非人道的な仕打ちに対しての悲しみではない。

 ここまでの辛酸苦渋を舐めさせられてなお、司令官として最も“正しい”答えを紡ぎ出そうとしている自分に対しての嘆きだ。

 ケルケイム・クシナダという人物を深く知る者であれば、それを理解することはあまりにも容易だった。

 まるで、ぼとりぼとりと葉が腐れ落ちていく枯れ花を見ているかのような気分だ。

 一方でジェルミの表情には、ますます充実の活力が宿っていく。

 あと一言、ケルケイムが正しい答えを発するだけで、吸い上げた幸福は臨界点に達することだろう。


「さあ、見せてくれ……キミの正しさを! 大切な者の命と引き替えに、栄光を掴み取ってみせてくれ!」

「…………頼む、ジェルミ」


 ケルケイムは頭を垂れたまま、何の疑いの余地もなく、ジェルミに請う。

 交換条件のない人質の解放など、戦術的には愚策以下の行為だ。

 しかし、ジェルミは応じるに決まっていた。

 じぶんが律儀にルールを遵守するからこそ生まれる絶望の甘美さを知っているからだ。

 それに、交換ということなら、ジェルミは既にケルケイムから受け取っている。

 命を手放して余りあるほどの、幸福を。

 

「ゲルトルートと、そのパイロットは、オーゼスを壊滅させる上で必要不可欠な要素だ。けして失うわけには、いかない」

「だから?」

「だから……!」


 最後の一押しと言わんばかりに、幾許かの圧が籠った、ジェルミの確認。

 干上がる寸前の心を絞り尽くしてまで張り上げた、ケルケイムの叫び。

 二つの声が重なり、今まさに、運命の流れは決した。

 だが――――


「……だから」


 運命が決定的に道筋を変える、刹那の時間――――

 その間隙に、風岩瞬は割って入る。


「あんたは甘いんだよ!」

「少年……!?」

「瞬……!」


 瞬が渾身の力を込めると共に、ゲルトルートの出力が急激に増大していく。

 今だけ、残り数十秒だけ。

 最後のオーバーブーストを使い切り、瞬の精神と全身のスラスターが焼け付くまで。

 この機会を、瞬は待ち続けていたのだ。


「これほどの余力……そうか、精神波の抽出を!」

「気付くのが、おせえ!」


 背面と脚部、三基のメインスラスターが生み出す凄まじい推力によって、ゲルトルートは二頭と二尾からなる拘束を力任せに引きちぎる。

 そのまま、ほとんど間近にあったガンマドラコニスBの胴体へと激突。

 そして、反動で数メートルほど仰け反った間にジェミニブレードを構え、再突撃。

 胴体上部にある接合部に横薙ぎの一閃を叩きつけ、頭部が損壊していた中央の首を完全に停止させた。

 切断自体はできなかったものの、首の重量と破壊箇所ゆえに、放っておいてもへし折れることだろう。

 だが、その様を見届けている余裕は、瞬にはない。

 ジェルミが対応に出るまでに、続けて攻撃を繰り出す。


「あんたの読み通り、エンジンだけは稼働させておいて、オレからの吸い上げはオフしておいたんだよ!」


 機体を捻り、無理矢理に右方へ方向転換。

 左の二頭を繋ぐ基部を切り落としながら瞬は叫ぶ。

 今の今まで無抵抗だったのも、全ては欺瞞だ。

 必死の抵抗虚しく、精神力がほとんど枯渇に近い状態まで衰弱したというのは、途中までは本当だ。

 が、無駄に使い切る寸前で策が思い浮かんだ瞬は、コックピット内壁に備わる精神波の抽出機能をオフにして、攻め入る機を窺っていたのだ。

 敵機からの吸収による消耗を防ぐ為に、抽出を止める――――当然の対策にも思えるが、基本的にメテオメイルパイロットの思考からは除外される判断である。

 照明のように即座にオンオフの切り替えが反映されるならまだしも、これらの装置が実際に機能しだすまでには、それなりの時間を要するからだ。

 戦闘中に実行するのは、無抵抗を晒すのと同義で、ただの自殺行為でしかない。

 しかし、今はジェルミの関心がケルケイムに移った好機。

 ジェルミが嫌らしくも道中のやりとりを引き延ばすと踏んだ上で、瞬は、最中の回復に努めたのだ。


「またも妨げただと……? ワタシの執着まちがいを! 今度は、絶頂に至る寸前で! この狭量な少年が!」


 ジェルミの怒号も、この状況下においてはどこまでも滑稽であった。

 全身から漏れ出る殺意は、依然として凄まじい。

 が、獲物を絡め取る毒蛇のそれではなくなっていた。

 瞬が通信ウィンドウ越しに対面しているのは、用意した悪辣なゲームの尽くを粉砕され喚き散らす、ただの下衆な男だ。


「たまらねえな、相手が最高に乗ってきたタイミングで全部を台無しにしてやるってのはよ」

「しかし、初戦は浅はかな思いつきに過ぎない……!」

「そう思ってんなら、あんたの負けだ!」


 残り、二頭。

 こちらも左側と同じく、一つの基部の上下から首が伸びている構造だ。

 水平方向に限って言えば可動範囲はどちらも共通、胴体を挟んだ反対側を攻撃できない。

 吐き出されたプラズマキャノンを陰に隠れて躱した後、瞬はゲルトルートを上昇させ、ガンマドラコニスBの真上を経由して斬りかかる。


「より悪質なアイデアに目が行っちまうあんたのことだ……どうやってかはわからねえが、司令の弟さんに加えてオレも人質に取るって確信はあった。大逆転をかましてやるならそこだと、とっくに決めてたんだよ」

「くっ……!」


 これまで何度、途中でオーバーブーストを使用して窮地を脱しようと考えたことか。

 その度に意思は揺らぎ、その度に乗り越えてきた。

 切り札はここぞという時に使い、ほくそ笑む者から勝利をさらうためにこそ存在するのだと、ひたすらに言い聞かせて。

 事態を覆す瞬間の、世界が一変する感覚は、そこに至るまでの理を積み重ねてきた者でなければ味わえない。

 味わうために、瞬は自らの惰弱さに耐えたのだ。


「司令……頼みごとってのは、敵じゃなく味方にするもんだぜ。自分から泥沼に飛び込んでどうするんだよ」

「……すまない。お前の命を、大事に思うばかりに……!」

「言えよ、あんたの望みを。あいつの前で!」


 ガンマドラコニスBの頭上にて、自由落下が始まる直前。

 瞬はグリップを押し込んで、ゲルトルートをスクリームダイブ形態に変形させる。

 普通に斬りかかることもできたが、オーバーブーストの持続時間はあと五秒か六秒。

 それが終わればゲルトルートも行動不能となるため、首の振りやラードーンで軌道を変えさせられる可能性は潰しておかねばならなかった。

 自重の全てを乗せたスクリームダイブならば、より確実に狙った箇所へ直進できる。

 防がれたところで貫通してしまえる。


「さあ!」


 正面モニターの両脇には、警告の表示が無数に浮かぶ。

 スラスターへの負荷が限界に到達しているとでも伝えたいのだろう。

 だが、瞬はそれを無視して、フットペダルが壊れんばかりに右足を擦り込む。

 これ以上戦闘を継続する意思は、毛頭ない。

 ガンマドラコニスの主要攻撃手段である五頭を狩り尽くすまでが、瞬の仕事だ。

 実弾が尽き果て、プラズマキャノンをも喪失したガンマドラコニスBに残された手は、もはやラードーンの展開のみ。

 そうなれば、あとはジェルミの精神力と体力が切れるまで幾らでも待てばいい。

 他の部隊に対処を任せても、なんら問題ない状況である。

 この一撃を絶対に命中させる――――本作戦において瞬が取るべき行動は、あと一つだけだ。


「完璧な逆転劇だ。決意を固めてからのキミは、実に計算深く、実に剛胆に立ち回った。このジェルミ・アバーテが舌を巻くほどの優れた感性だ。いや、素晴らしい。実に素晴らしい」


 そう信じ込んでいたからこそ、あまりにも間抜けな疑問符が口から漏れてしまう。

 この局面で冷静さを取り戻したジェルミに対しても、直後に機体の左右で起こった小爆発に対しても。


「…………あ?」


 変形を完了させ、凄まじい加速と共に、約二百メートルの距離を垂直落下していたゲルトルート。

 だが、その先端に突き出され、組み合わされたジェミニブレードは――――

 本来なら容易く貫けるはずのラードーンに接触した瞬間、驚くほどあっさりと、折れた。

 正確には、それらが伸び出た両腕の付け根、肩関節が。

 中央から押し開かれるように、左右へ弾かれるジェミニブレード。

 片方は関節のロック機構が破損して、物理的には繋がっているが腕部としての使用は見込めない状態に。

 もう片方はシリンダー自体がねじ切れ、勢い良く千切れ飛んでいく。

 ラードーンを突き破る術を失った結果、ゲルトルートの落下はただの質量攻撃にしかならない。

 数百トン分の運動エネルギーは球形領域が全て軽減し、空間の中に拡散させていく。

 ガンマドラコニスB自体には僅かばかりのダメージも通らぬまま、黒き巨体は砂漠へと沈む。


「瞬!」

「……だが、失念してはならない。この戦いにおいて、風岩瞬がもう一人存在したことを。後先を考えずに天空から舞い降りてきた、愚かなる少年の風岩瞬がいたことを」

「は? 嘘だろ、こんな……!」


 そう叫びつつも、堰を切ったように脳内で氾濫する戦いの道程が、答えを示していた。

 瞬の蓄積が活路を切り拓いたのならば、閉じたのもまたジェルミの蓄積。

 最初の突撃時と、アルラキスを受けた後。

 二度に渡ってゲルトルートの両肩に食い込んだガンマドラコニスBの牙は、大きな衝撃を受けると一気に解放される絶妙なダメージを内部に残していたのだ

 まさに遅効性の毒。

 否、これに関してのみは完全な自己責任――――積み重なった失態が今になって爆発しただけの話。


「だけど、今はあんまりだろ! 今は!」


 砂中に半身を埋めたゲルトルートの中で、瞬は混乱の極みにあった。

 機体の損傷が甚大であることは、誰かに忠告されずとも、わかっていた。

 ガンマドラコニスの容赦ない砲撃によって、一次装甲はどこもかしこも焼けただれるか、穴だらけだ。

 だが、中盤以降に訪れた異常なくらいの調子の良さが、瞬に過度の自信を与えてしまった。

 いつになく、意思と戦術、理想と現実の歯車が噛み合っていたからこそ躓いてしまった。

 多大なリスクを乗り越え、敵機を行動不能へ追いやったという実績――――無理が通って道理が引っ込んだが故の、正常な判断能力の欠如。

 今の自分ならばという妄想ゆめに、瞬は溺れたのだ。


「キミの敗因は二つで一つ。かつての自分が犯した手落ちに目もくれず、英雄的な勝利を求めすぎたことだ。変形せずに斬りかかっていれば、こうまでの反動はなかったものを。それではいけない……それでは、いけないな。そんなことでは、せっかく目前に迫った勝利を取り逃してしまう」


 ジェルミが弁を振るう中、非情にも、オーバーブーストの限界時間を迎えた三基のメインスラスターが強制停止する。

 内燃機関が溶けきっているために、どう動作プログラムを弄ろうとも復旧は不可能だ。

 激しい焦燥感の中、瞬は操縦桿を必死に操って、うつ伏せのゲルトルートを反転させようと試みる。

 奇跡的に、右肩のストリームブリットは、まだ使える。

 撃って、どうにか、ガンマドラコニスBを、仕留め――――


「さて、ケルケイム君。三度目の問いだ」


 背面に押し付けられた二頭の竜が、ゲルトルートの身動きを完全に封じる。

 腕部が機能しないゲルトルートは、十数トン分の加重を受けるだけで、もう立ち上がることはできなかった。

 次いで、ほとんど自機と重なった座標に生まれる高エネルギー反応。

 それが、プラズマキャノンの零距離発射であることは疑いの余地もない。


「もうワタシは尋ねない。キミの思いつくままに答えたまえ。ワタシが彼の命を奪わずに済むような、誠意ある言葉を」

「やめろ司令! そいつに頭を下げんじゃねえ! 下げたら負けだ、負けっぱなしだ! オレが馬鹿をやっただけだ、上手くいきすぎたせいで!」


 瞬はモニターに顔を押し付けるようにして懇願する。

 引き替えに自らが命を落とすのは、御免被りたい。

 だが、ケルケイムが望めばそれもまた仕方ないと思えるくらい自責の念は強い。

 もっと楽に動けるはずだったはずの戦いに、ニーヴルを救出してみせるなどと豪語し、勝手に重い制限を課したのが自分自身だからだ。

 結果的には、叶いもしない希望の旗を振って、よりケルケイムを苦しめてしまっただけだ。

 ジェルミの催した、反吐が出るゲームに荷担したと言っても過言ではない。

 その責任を取る覚悟なら、ある。

 しかし――――ケルケイム・クシナダという男は、正しい答えを選ぶ。

 縋り泣く、瞬の間違いを受け取ることなく。


「どうか、頼む……! 瞬とゲルトルートから手を引いてくれ……! その、代わりに……」

「やめ――――」

「ニーヴルを……」


「いいだろう。キミがどうしてもそうして欲しいと願うのならば……!」


 瞬が絶叫する中、ケルケイムは、何文字かの要望をジェルミに告げる。

 その数秒後、ガンマドラコニスBは全身を呑み込むほどの内部爆発によって、原形を留めぬ塵芥と化した。


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