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第78話 邪魔者(その3)

「瞬……!」


 ジェルミの禍々しい殺意を直に浴びてもなお、本来の目的であるガンマドラコニスBの撃墜を保留にし、ニーヴルの救出という無謀に挑み続ける瞬。

 ケルケイムは、目尻にうっすらと涙を溜めたまま、ただ瞬の名前を呼ぶに留まった。

 それは、そうだ。

 後者を望む本心があったとしても、一部隊を預かる司令官として、多分に私情を挟んだ命令を下せるわけがない。

 実際に口に出してしまえば、隊員達からの信用より先に、ケルケイム・クシナダという男のアイデンティティが崩壊を迎えることになるだろう。

 かといって、瞬の独断行動を制止することも、今のケルケイムはしない。

 損傷度的にはゲルトルートが劣勢であるものの、瞬がジェルミの動きに順応し、徐々にではあるが被弾率を下げているのも事実。

 ガンマドラコニスBが、機体下部のスラスターを着実に破壊され、墜落を間近に控えているのも事実。

 もちろん、だからといって実行に際してのリスクが減少したわけではないのも事実。

 だが、ガンマドラコニスBを行動不能に追いやるというのが、そこまで狂逸的な選択肢ではなくなりつつあるのも、また事実であった。

 少なくとも、トリルランド元帥やエーレルト中将に対する言い訳が数パターンほど思いつくくらいには。


「待機してもらっている現地の空軍基地にも動いてもらうしかないな。対メテオメイル用の広域拡散型チャフスモーク弾は、配備されているはずだ」


 やるべきことを見据えたケルケイムの判断は的確であり、そして迅速である。

 ケルケイムは即座にオペレーターの一人へ指示を出し、基地司令との通信回線を開かせた。

 ヴァルクスが対応を任された戦闘においては、メテオメイル対メテオメイルという超常の破壊をもたらす構図ができ上がってしまう関係上、基本的に通常戦力は即時撤退・別命あるまで不介入というのが原則であった。

 その別命を、ケルケイムは自身の権限で出せる立場にあった。


「ガンマドラコニスBには幾つか死角がある。首の向きによって補うことは可能だが、ゲルトルートを相手にしている現状ならば、反応は遅れるか、あるいはしないということもあるだろう。危険度は少ない仕事だ」


 ケルケイムが航空部隊に使わせようとしているのは、煙幕と特殊なプラスチックフィルム片を同時散布することで領域内の視覚とレーダー機能を同時に奪う、欺瞞兵器の一種である。

 効果は無差別に作用するため、ガンマドラコニスBだけはなく、ゲルトルートにも影響を及ぼす代物だ。

 しかし、散布のタイミングと場所を細かく設定し、パイロットと連携を取れれば解消できる問題である。

 ケルケイム直々に、ガンマドラコニスBの墜落を事実上の最優先目的としたからには、少しでも多くの目くらましが必要だった。


「いいのかね、ケルケイム君。この状況下で彼を勝手にさせておいて」

「これまでの瞬の発言を列挙する限り、こちらの命令に大人しく従う可能性は極めてゼロに近いと言えるでしょう。精神状態にしても同様で、義憤に駆られ、正常な判断能力を喪失しているようです」


 わざとらしいロベルトの問いかけに、ケルケイムもまたわざとらしく返す。

 今から出そうとしている指示は全て、あくまで瞬の身勝手に対する尻拭いでしかない。

 ロベルトは、後にそういう状況であったと弁明するための言質を取ってくれたのだ。

 瞬にも、ロベルトにも、会話が聞こえているだろうにあろうに職務に集中しているふりをしてくれているオペレーター達にも、ただただ感謝の言葉しか浮かばない。

 即座に動ける隊員達に対して、瞬の無茶を理由にようやく決心がついた自分の、なんと情けないことか。


「ですので、こちらで後始末を付けるしかないでしょう。彼に冷静さを取り戻させる労力と時間を考慮すれば、意向を汲む形でサポートに徹した方が勝算は高いと考えます。遺憾ではありますが……」


 このような言い方しかできないのは、自分の命を張ってまで、起こるべき結末に抗っている瞬に対して申し訳がなかった。

 だからこそ、瞬の命を守るために打てる手段は全て打つ。

 長い求道の末に瞬が手にした理想だけは、絶対に奪わせはしない。

 それが現在の、ケルケイムにとっての正しさだった。



 ジェルミの宣言通り、ゲルトルートを狙うガンマドラコニスBの攻撃は、これまでとは比較にならないほど苛烈さを増していた。

 片時たりとも引き剥がせない粘着質の注意力は、執拗に獲物を追い続ける大蛇そのもの。

 残存する四頭の内いずれかが常にゲルトルートを捕捉しており、間断なくプラズマキャノンと鉄球散弾を撃ち込んでくる。

 コンマ数秒前まで立っていた空間が絶えず爆裂し、もはや方向転換のために加速を緩めることすら不可能であった。

 これこそが、オルトクラウドと同じく広域殲滅戦を得意とするガンマドラコニスBの本領。

 ひとたび固定砲台としての役割に本腰を入れると、二度と相手に手番が渡ることはない。

 内包する理不尽な絶対火力は、応酬という概念すらも略奪するのだ。

 そんな死と隣り合わせの厳しい状況ではあるが、ここに来て更に激化した弾薬の消費は、瞬の目には希望の光明として映った。


(ニードルガンが新しくせり出してこねえってことは……まあ、うっかり全弾使い切ったってオチはねえよな。奥の手として隠し持ってと考えるのが妥当だ。だけど、量としてはその程度。あとは今ばら撒いてる散弾と、下のハッチから出てくる榴弾、どっちも連射できなくなるまで削りきれば……!)


 いかにメテオメイルと言えど、実弾は有限であり、こればかりは精神力で補充することも不可能だ。

 頭部のプラズマキャノンだけなら、残る四門が揃っていようと避けようはある。

 が、そこまでの延長戦を許すジェルミではない。

 ほとんど低空飛行状態で地を滑り、ガンマドラコニスBの周囲を回り続けるゲルトルート。

 そのコックピットにて、瞬は、自身の背後を追う火器の発射間隔が僅かに崩れたのを感じ取る。

 そして、思考に割いた脳細胞を総動員し、次に起こるであろう事態を察した。


「まずい、このパターンは……!」


 実際に振り返って視認する余裕はなかったが、確信はあった。

 瞬は残り二度の使用制限があるオーバーブーストを作動させ、ゲルトルートの加速性能を、一時的に限界以上へと引き上げる。

 直後、遅れて発射されたプラズマキャノンが、ゲルトルートの背面から伸びた円錐状大型スラスターの末端を掠めていく。

 読み通りの、正確な偏差射撃であった。


「なるほど……人型形態時でも超過推力は使用可能か。しかし初見で躱すとは、見事な手並みだな。単調な加速で逃げ切っている現状に慢心していない証拠だ」

「そいつはどうもよ……!」


 オーバーブーストを使わなかった場合、ゲルトルートの右腕は直撃を受けて消失していただろう。

 直に繋がった胴体ですら、無事でいられた保証もない。

 激しい加重と、極限の緊張。

 二重の負荷に耐えきれず、とうとう瞬の心臓は悲鳴を上げ、乱れた血流の循環が目眩を誘発する。

 瞬の意識をどうにか肉体に繋ぎ止めたのは、今後の展開に関しての多大なる不安と焦りだった。


(あと一回、オーバーブーストは使える……だけどこの一回は、スクリームダイブ用だ。意地でも、たかが回避ごときに使うわけにはいかねえ)


 避けて当ててを繰り返していればそのうち勝つのではないかというのは、三流の発想だ。

 二流から先は、決まり手を叩き込むビジョンから逆算して戦術を立てる。

 瞬も当然、ニーヴルを救出する上で、スクリームダイブの効果的な用途と使い時を見定めていた。

 問題は、ジェルミの手練しゅれんのせいで、一度の失敗も許されなくなってしまったことだ。

 このまま残り一回のオーバーブーストも保身に回してしまうという最悪のケースだけは、どうしても避けたい。

 そのとき、オペレーターを通じて、新たな戦術プランが瞬の元へと送られてくる。


「いい仕事するじゃねえかよ、司令……!」


 確認したところ、ガンマドラコニスBの進行ルート上にあった空軍基地から、航空戦力の支援があるらしかった。

 より具体的には、支援戦闘機の四個小隊、計十二機。

 それぞれが対メテオメイル用の大型チャフスモーク弾を搭載しており、投下と同時にゲルトルートが突撃、不意を突いてガンマドラコニスBのスラスターを破壊するという内容だ。

 視界が封じられるのはこちらも同じだが、各戦闘機には煙幕領域下でも視認可能な信号灯が組み込まれており、それを補助的な目印にするという。

 動きづらくはなるだろうが、片時でもジェルミの執拗なマークから外れることができるのは朗報だ。


「のっけからオレを巻き込んでも構わねえ、可能な限り早く撃てって言っといてくれ……! いつまでも逃げ回れる自信はねえからよ!」


 瞬は祈るように吐き捨てながら、一向に止まる気配のない弾幕を躱しつつ、必死でゲルトルートの側面に位置づけする。

 いかに機動性で上回っていても、遠く外周を回り続けるゲルトルートでは、円の中心を旋回するガンマドラコニスBを振り切れない。

 その数秒後、またもガンマドラコニスBの射撃間隔に不穏な沈黙が訪れる。

 どうしてもオーバーブーストを使うわけにはいかない瞬は、スラスターの逆噴射に加え、ゲルトルートの両脚を地面に擦りつけてまで減速。

 凄まじい反動と引き替えに、どうにかプラズマキャノンの回避に成功する。

 金切り声のような呻きが勝手に口元から漏れ、今度は血流だけではなく呼吸すらも止まりかける。


「早く、来やがれ、よ……!」


 瞬が、いよいよ間近に差し迫る肉体の限界を感じた頃、ようやく件の戦闘機群が空の彼方に現れる。

 立案から到着までの時間を考えれば、十分に迅速と言っていい準備の早さだったが、生命の危機に瀕している瞬からすれば訴訟ものの遅さだ。

 モスグリーンに塗られた戦闘機は各小隊毎に編隊を組み、三手に分かれてガンマドラコニスBを包囲しようとする。

 捕捉はできているだろうに、ジェルミは全く興味を示さず、ゲルトルートをひたすらに追う。

 有象無象に気を回すより、撃墜間近のゲルトルートに攻撃を集中する方が得策に決まっているからだ。

 注意を自分に引きつけられたという点はは、この劣勢における唯一にして最大の収穫だろう。

 追い風は、依然変わらず自分の背中を押している――――


『全機配置完了。それでは、弾頭投下のカウントダウンを開始します。3、2、1………』

「ゼロ……!」


 空中から無数の弾体が撃ち出されると共に、瞬は負荷を承知で盛大に右折、一気にガンマドラコニスBの懐を目指す。

 その途中、ガンマドラコニスBの周囲で弾体が弾け、大量の子弾を放出。

 更に各子弾から煙幕とプラスチックフィルム片が撒かれ、戦場は三秒と経たずに濃灰の闇に包まれた。


「ほう……以前の型より拡散速度が速いな」


 全く動じていないジェルミの呟きが、ノイズ混じりに聞こえてくる。

 レーダーすら機能しない煙幕の中、瞬は見上げた先にある赤い光――――ガンマドラコニスBを挟んで向かいを飛行していた戦闘機の信号灯を目印に、ゲルトルートの進行方向をやや右にずらす。

 ジェルミならば、敵の姿を見失おうとも、直前の進行方向と速度を計算に入れて迎撃してくる。

 かといって、いつ煙幕が薄れるかわからない状況で、一度足を止めてそれから改めて攻撃するという悠長な真似も愚策だ。

 だからこそ折衷案として、加速を止めずに変更と修正――――二度の方向転換を挟む。

 だが、例え狙いを定めずとも攻撃を命中させられるのが、ガンマドラコニスBの恐ろしいところだ。

 闇雲に乱射される火力を、瞬は直前の着弾地点に飛び込むという荒技で掻い潜る。

 適当に逃げるよりは、微かだが次弾の被弾率が下がるからだ。

 そんな、ほとんど運任せに近い芸当で五秒ほど前進。

 距離的にはもう、ガンマドラコニスBに肉薄していてもおかしくはない。

 もちろん、相手がほとんどその場から動いていなければという注釈は付く。

 だが、相手が煙幕から完全に脱するなどした場合には、光信号による伝達があるはずだった。

 それがないということは、少なくとも、次のアクションで居場所を見定められる程度には近場にいると判断していい。


(後は、ストリームブリットの低出力発射で視界を確保して、斬りかかるだけだ。近場にいやがれよ、ジェルミ……!)


 しかし、低出力発射と言っても、空間内に視覚的変化を及ぼすのは確かだ。

 ジェルミがこちらの現在位置を把握し、迎撃してくるまでの時間は、長く見積もって三秒か四秒。

 その間にガンマドラコニスBのスラスターを完全に破壊できなければ、作戦の失敗どころか瞬の命さえもない。

 まさに、運命を分ける一撃。

 瞬は流れが自分に向いているものと信じ、躊躇うことなく眼前にストリームブリットを打ち込んだ。


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