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第74話 満ちて引く時

 使用火器を選択し、攻撃目標にロックオンカーソルを合わせ、トリガーを押し込む。

 それだけで、レーザーはほぼ必中。

 ミサイルやガトリングなどの実体弾も、十分に敵機の動きを縫い止める。

 一部射撃兵装の耐久性こそ未だ難を抱えるオルトクラウドだが、照準の自動補正や発射後の予測追尾に関しては、ロールアウト当初より極めて高い性能を有していた。

 そもそもオルトクラウドの射撃兵装は、威力こそ桁違いであるものの、技術面において従来の現代兵器と地続きになっているものが大半だ。

 画期的な武装を採用したセイファートやバウショックに比して、管制システムの完成度が高くなるのは当然のことであった。


「……めんどくさ」


 上空に向けて吐き出されたマイクロミサイルの濃密な弾幕が、七秒ほどの間隔を置いた後、自機に向かって飛来するライトイエローの機体を呑み込む。

 空中で立て続けに咲く爆炎の華を、連奈は見ることすらしない。

 発射弾数は四十連装の四連射、合計百六十発。

 セイファートならまだしも、音速で迫るこの誘導ミサイル群を、空戦機動で回避することは不可能。

 バウショックならまだしも、戦術核以上の威力を誇る弾頭の斉射を、無事に耐えきることは不可能。

 対する今回の相手は、航空能力と火力を両立させた仮想の空戦機体で、機動性も装甲強度も半端――――ならば、どうせ、跡形もなく消滅しているに決まっている。

 もはや追撃の準備をするまでもない。

 連奈は操縦桿から手を離すと、手早くパイロットスーツの背面にあるスイッチを押し込んで、シートとの接続固定を解く。

 敵機の撃墜確認を報せる表示がモニター上に浮かんだ頃には、もう連奈の姿はシミュレーターマシンの外にあった。


「ナメすぎなんじゃねーのか、大砲女」


 マシン脇にある五段ほどしかない階段を下ると、向かい側のベンチに腰掛けて順番を待っていた轟が、そんなことを言ってくる。


「……うるさいわね。ちゃんと勝ってるでしょ」

「そんなんじゃ、足下掬われるぜ。いつまでもテメーの天下は続かねーぞ」


 連奈にとっては二つの意味で驚きであり、そして、急沸した苛立ちも倍増しだった。

 余程の用事でもない限り、他人には――――特に異性おんなにはまず話しかけようとしない、あの生息子が、自分に面向かってこうも堂々と口を開いてみせるとは。

 以前に、これまでの北沢轟という人間のキャラクターを考えれば、他人に忠告を与えるという、その事態こそが有り得ない。

 自分以外の誰がどうなろうと一切手を差し伸べない、あの狭量で手前勝手な獣が、だ。

 知ったことではない――――そう、澄まし顔で切り抜けようと努めるが、体の内側から溢れ出る激しい熱量が冷静さを失わせる。

 あの北沢轟に対し、この三風連奈が、確かな屈辱を感じているのだ。

 自覚して、連奈の懐には、より一層の苛立ちが募った。


「元から大きかった態度が更に熱膨張を起こしてるわね、北沢君」


 きっと睨み付けながら、連奈は言い放つ。


「いるのよね……付き合いだした途端、謎の自信に満ち溢れて舞い上がっちゃう人。やだやだ」

「何の話だ」

「一体どこの誰が、足下を掬えるというのよ。被害さえ気にしなければ、あの二重エンジンヴァルプルガさえねじ伏せられる、私とオルトクラウドの」


 その前に交戦したガンマドラコニスBとて、他の火器を一切使用することなくゾディアックキャノンの照射のみに専念していれば、一瞬で消し炭にできていた。

 問題なのは自分ではなく、全力で撃てない環境という名の制約。

 それらを全て取り払えば、オルトクラウドは依然として最強のメテオメイルなのだ。


「そう思ってるときにこそ、つまんねー負け方をするもんだ。足を止めちまった奴なんざ、どうとでもできる」

「思う? れっきとした事実よ」

「だったらやってみるかよ、大砲女。俺とテメーで」

「……結果のわかりきった勝負をする趣味はないわ」


 連奈は轟から視線を外し、直角に曲がって出口を目指した。

 格下の挑発に乗ることも、訓練外のところで体を動かすのも、三風連奈らしい対応とはいえない。

 ようやくそれくらいには怒りが鎮まった連奈だが、だからといって、逃げるようにして立ち去るのも癪だった。

 だから最後に、嫌味の一つでも残していこうという気分になる。


「他人に感化されすぎて、一つしかなかった見所も消え失せたわね、北沢君。その生ぬるさが、あなたが求めた強さなのかしら」

「いつか本当に強くなれるってんなら、今は不格好でいい。最近の瞬や通信女を見て、ますますそう感じるようになった。あいつらは、テメーの体面取っ払ってまで、必死扱いて変わろうとしてやがるんだ」

「だから見習うってわけ? 何いい子ぶってんのよ……!」

「ぶってんのはテメーだろうが、大砲女。今のテメーは、本当のテメーかよ」


 ひどく呆れたような怒声が、連奈の背中を打つ。

 やり込めようとして、逆に言い返される無様さ。

 これではまるで、いつもの瞬のパターンではないかと、連奈は強く下唇を噛んだ。



「ああ、もう、ああ……」


 自室のベッドに倒れ込んだ連奈は、しばしの間、小さく唸った。

 それだけの余力もなくなって、やっと思考が回り始める。


「ほんっとに、つまらない」


 連奈はそうぽつりと漏らし、うつ伏せのまま、ベッド脇に鎮座する巨大テディベアの頭部をぞんざいに揺らした。

 連奈がパイロットとして戦い続けている理由は、平和のためでもなければ名誉のためでもなく、向上心の類とも関係がない。

 ただ単純に、それまでの暮らしよりも遙かに刺激的な人生が遅れると思ったからだ。

 街一つを容易く消滅させられるような、絶大な戦闘能力を持つ巨大兵器を操り、世界を滅ぼさんとする謎の侵略者と命を奪い合う―――――

 そんな究極のスリルに身を投じれば、長年自分を苛んできた、底なしの渇きが満たされるものとばかり考えていた。

 実際、オルトクラウドを初めて操り、その絶大な火力を自らの手で放ったときには絶頂寸前の興奮をも味わった。

 初陣の相手は、連奈が異性に求める、ありとあらゆる要求条件を満たす完璧な人物でもあった。

 しかし、文句なしの満足感を覚えたのは、それらが最後だった。


「みんな、弱すぎるもの」


 以降、連奈を心から唸らせるような強敵は、一人として現れることはなかった。

 連奈は、けして操縦技能が格別に高いわけではない。

 闘争全般に関わるセンスも欠如しており、むしろ総合的には、かなり低い部類に入る。

 しかしそれでも、精神エネルギーの超常的な変換効率と、酔狂な要素を完全に排した火力要塞という二つの要素が、連奈を最強たらしめた。

 苦戦はあった、失態も見せた。

 だが、初手のゾディアックキャノンが許されるのならば、勝利は確実に掴み取れる。

 その大前提が不動である限り、どのような苦境に陥ろうとも、刺激になるわけがない。

 更に上を目指そうとする意欲も、湧くわけがない。


「ほんっとに……」


 孤高、それ故の飢えと退屈。

 自身もたまに混じるという点は異なるが、まるで、クラスメイトの男子同士が喧嘩しているのを遠巻きに眺めているのと似たような気分だ。


「これからもずっとこうなら、私、ここにいる意味ある? これ以上、やることある?」


 連奈は頭部に手を置いたままのテディベアに虚しく問いかける。

 今でも連奈がラニアケアに身を起き続けている訳合は、そう多くはない。

 身の振り方を変えるのも面倒だという惰性と、今後の展望に対する微かな期待と、身の安全を図る上でもっとも信頼の置ける環境であること。

 この中のたった一つでも欠ければ、おそらく、三風連奈の戦いは幕を閉じることになる。


「私はね、違うの。成長しただのしないだの、変わっただの変わらないだの、そんなことで一喜一憂してはしゃいでる瞬達とは。欲しいものも、足りないものも、自分で気付けるし、自分で埋められる。だから別に、気後れする必要なんかなかったのよ」


 轟に向けて憤りを露わにしてしまった原因は、はっきりしている。

 自分の在り方に対する疑念が生まれ、焦燥感に駆られたからだ。

 足を止めることは自分にとって何ら不都合をもたらさない――――そう強く信じつつも、ここ最近、瞬や轟の大きな変化を立て続けに間近で見せつけられ、連奈の信念は揺らぎつつあった。

 轟から忠告を受けるという信じがたい事態は、その最後の一押しでしかない。

 同時に、みながみな、成長過程という名の長い道中を楽しんでいることに対する妬みそねみもあった。

 なまじ要領が良すぎるために、連奈には、自分が辿るべき道の見定めが早々についてしまうのだ。

 つまるところ、自分の胸中にあるものは、一人旅の途中、駅の構内でだらだらと歩く家族連れやカップルに覚えるそれと全く同種の感情――――気付いて、連奈はますます深い溜息を漏らした。

 結局、三風連奈という少女は、戦い以外の部分においても、孤独であり、外野だった。


「誰にも、聞いてすらもらえないのよね」


 連奈は、未練がましくテディベアから手を離さない。

 服も、アクセサリーも、化粧品も。

 これまでの人生に見切りを付けるため、宿舎内の自室に置かれた私物の大半は、ヴァルクスの隊員となってから新たに購入したものばかりだ。

 だが、この古びたテディベアだけは、唯一自宅から持ち出したものだ。

 もはや、気に入っているかどうかを今更論じるほどの関係でもない。

 八年か、九年か。

 それだけの時間を共に過ごしてきた、家具の類を除けば最も長い付き合いの、日常の象徴。

 大事に扱ってはきたつもりだが、やはり経年劣化には逆らえず、毛並みは縮れ、色落ちもしている。

 誰に捨てろと言われるまでもなく、そういう時期であることは、瞭然だった。


「……潮時、ということかしら」


 多分それは、見つけてはいけなかった言葉のようにも思う。

 しかし、連奈の耳元で、今まで積み重ねてきた後悔が群れを為してざわめく。

 それらは、退屈を謳いつつも現状にしがみつこうとする連奈の卑しさを、ひたすらに嘲笑する。

 否――――どこか諭すように、むしろそのままでいいのだとさえ、優しく告げてくる。


(実際の危険と空想の中の危険を混同している危うい少女であることは、理解しているつもりだよ)


(君はただ、破綻者になりたがっているだけの夢見る少女だ。残念ながら、君にはこちら側に来る資格はない)


(引き返せるぎりぎりの場所にいるからこそ、君という存在は輝いている)


「わかった風な口を利かないでよ……! あなたは、もうとっくに、私の過去なんだから」


 連奈は渾身の力を込めて右腕を振り払い、テディベアを乱雑に床へと転がした。

 それは、幾度も無様に横転しながら、最後は仰向けのまま動きを止める。

 その結末が、連奈にとってはたまらなく悔しかった。

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