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第6話 制定(後編)

「司令、索敵レーダーに反応ありました……! 進路近辺に待機させている偵察機からの映像、出します」

「頼む」


 ラニアケアの中枢ともいえる、司令部としての機能が集約された中央タワー。

 その中層に位置する司令室で、普段は飄々とした態度のセリアも、今日ばかりは全神経を集中させて、己の職務に臨んでいた。

 他のスタッフ達も同様に、警戒心は最大限まで高められ、一片の気の緩みもない。

 今日は、地球統一連合政府及び私設研究機関オーゼスの各代表者同士による会談、その当日。

 会談を円滑に進めるにあたって、その下準備に関しては、双方の協議により厳格にして周到なものとなっていた。

 ラニアケアに赴くこととなる、オーゼス代表を移送するメテオメイルなどは、上陸する数百キロメートルも手前から通過するルートが定まっている。

 少しでもルートを外れるか、または全く別の地点でオーゼス製メテオメイルを観測された時点であらゆる約定は破棄され、即時交戦状態に移行――――ラニアケアの周囲二百キロ地点、東西南北の四箇所に待機する艦隊によって迎撃が開始される手筈だ。

 ラニアケアを始めとした各地の防備上の問題もあるが、オーゼスがどこまで呑むかという、彼らの判断基準を計るために用意された条件でもある。

 オーゼスの側からも条件はあり、上陸後のメテオメイルに対する、物理的、電子的、その他あらゆる手段を含んだ干渉が禁止されている他、自身らの安全に関わる細々としたルールが提示されていた。

 無論、オーゼスが大人しく会談だけをする保証がない以上、連合の側にも相応の対策を用意してはいるのだが――――

 ともかく現状は、全ての項目が遵守されていることを確認しながら、ケルケイムは司令室の前面にあるメインモニターに目を遣った。


「“ガンマドラコニス”か……!」


 映し出されたのは、五つの首を持つ、紫紺に染め上げられた竜。

 その姿を見て、ケルケイムの全身から血管が灼き切れそうなほどの激しい怒りが湧き出す。

 下半身はウニのような刺々しい外殻に覆われ、上半身に存在する五つの基部から多重関節構造による竜首が伸びた異形。

 脚部は持たず、移動方法は、外殻の隙間にびっしりと配置されたスラスターの噴射よる低速低空飛行のみ。

 竜の首から吐き出されるプラズマ球、および下半身の棘を撃ち出すニードルガンを主武装とし、後発のような特殊機能に溢れた嫌らしさはないものの、ただ純粋に強い機体。

 オーゼスのメテオメイルの中では二番目にその存在が確認され、実戦投入回数に比例するかのように、本機によってもたらされた被害の総量もまた、二番目に大きい。

 そして、ガンマドラコニスの餌食となった数百万もの犠牲者の中には、ケルケイムの縁者も数多く含まれる。

 家族、友人、仲間、恩師―――――いずれもケルケイムの人生に深く関り、そしてなくてはならないものである筈だった人間達。

 轟には事を荒立てるなと言ったが、そのパイロットがのこのこと機体を降りて現れようものなら、立場をかなぐり捨てでも縊り殺したいと狂望しているのは、他ならぬケルケイム自身であった。

 しかし、守りたかったものは失ったが、守るべきものはまだ残っている。

 オーゼスを完全に壊滅させたいというのなら、それこそ己の職務を全うすべきなのだ。


「この速度だと、予定通り、十三時四十分までには到着するようだが」


 後ろに控えていた、恰幅のいい中年男性――――ヴァルクスの副司令であるロベルト・ベイスンは、ケルケイムの心中を察するように言った。

 ロベルトは、ケルケイムの後援者の派閥に属する一人であり、ヴァルクスの設立以前からケルケイムが世話になっていた相手でもある。

 立場上は副司令となってはいるが、現在進行形で続く恩義と、二回りも年上という年齢差から、ケルケイムは彼に対する敬語を欠かしていない。


「では、私は行きます。ロベルト副司令、万が一の場合は……」

「わかっているとも。君の業務は私が引き継ぎ、以降全て事態に全力を以て対処する。もっとも、そうならない事を強く祈っているがね。このポジションの方が気は楽だ」

「私とて、ここで命を落とすつもりは毛頭ありませんが、しかし何が起こるかわからない以上、覚悟はしておいて下さい」


 ケルケイムはそう告げ、感情を押し殺すようにして、自らオーゼス代表の出迎えに向かった。

 オーゼスは、会談を行う際、護衛も含むケルケイム以外の第三者の参席を認めていない。

 ここからは、ケルケイムただ一人の戦いになるのだ。


 そこまでの覚悟を抱いていたからこそ、ケルケイムは、ラニアケアへと降り立った人物に、疑惑の視線を向けざるを得なかった。



「あ、あの、どうも……あの、私が、その、総合新興技術研究機関O-Zeuthオーゼスの、代表理事を務めている……ええと、はい、井原崎義郎と申します。この度はどうも、我々の申し出に応じてくださり、あの、その、誠に有難う御座います」


 ガンマドラコニスのコックピットから震えるような足取りで進み出て、その後数分をかけ、脚部を伝うようにしてようやく地面に降り立ったのは、齢五十にも届こうかという、スーツ姿の男だった。

 白髪交じりの後退気味な髪、何処にでもありそうな銀縁の眼鏡とビジネスバッグ、怯え竦んで震える細身の体、辿々しすぎる言葉―――――ただの会社員と評するのも憚られる悲しいまでの威厳の無さに、間近で彼を迎えたケルケイムは、眉を顰めざるをえなかった。

 史上最悪の武装組織と成り果てたオーゼスの現メンバーの中で初めて本名を明かしたのが、この男という異常性。

 向こうの目論見が読めず、ケルケイムは想定していたような大物を相手取る以上に注意深く、警戒する。

 井原崎の名前だけであれば、ケルケイムの記憶にはある。

 オーゼスは現在でこそ社会との関わりを完全に絶っているが、それ以前、まだ国の認可を受けて研究所を運営していた頃の正規スタッフに関しては、流石に記録上から完全抹消することは難しい。

 井原崎も、オーゼスに関する調査資料の中に名前を連ねており、内容をほぼ全暗記しているケルケイムは、そこまで調べが付いているという威圧も込めて、尋ねる。


「五年前までは事務方の末端にいたようだが、随分と出世しているようだな」

「いや、その、はい、その、色々ありまして、この五年で大幅に昇進を……ただ、まあ、オーゼスは既に一般企業とは大きくかけ離れた組織であるものですから、その――――」

「余計なお喋りはそこまでにして貰えませんか、井原崎理事」


 ガンマドラコニスから、また別の男が、今度は専用のラダーを使って静かに降り立つ。

 こちらも黒のスーツ姿で細身という点でこそ井原崎と同じだが、無駄のない身のこなしから、相当に訓練を積んでいる人間であると判断できる。

 こちらは年齢は三十前後のように見えるが、白雪のごとき頭髪のせいで中々に判別がしづらい。

 黒曜石の如き清澄な瞳は、極めて機械的な動きで井原崎に向けられる。

 そこに、上司に対する敬意や味方に対する信頼は微塵も見当たらなかった。


「す、すみません、ゼドラさん。ついつい、その、うっかり……」

「理事の護衛を務める、ゼドラだ。同行者がいる事は、聞いているな?」

「ああ。ただし、“手荷物”は預からせてもらうがな」


 井原崎が黙ったのを確認するなり、ゼドラは井原崎など存在しないかのように、今度はケルケイムに向き合う。

 オーゼス側の護衛の同行は、事前に呑んでいた条件に入る。

 二対一では万が一の場合、幾らか分が悪くなるにしても、まだ対策の打ちようはあったからだ。

 ケルケイムは、信用ならぬ相手を前に注意深く探りを入れるが、ゼドラは下らないといった風に、自然体のまま立ち尽くす。


「今回は本当にただの会談が目的だ。余計な揉め事を起こす気はない」

「揉め事を起こす気がない、か。既に何千万もの人命を奪っている組織の人間が、今更だな」

「今回はと言ったはずだ。それに、探知機やボディチェック程度で発見されるような武器は携帯していないし、それはそちらも同じ事だろう。その辺りの確認は徒労に終わると予め断言しておこう」


 実際の所、ケルケイムにしても、武器の携帯は禁止されているにも関わらず、コートや服の内部に幾つか仕込んでいる。

 自分だけ律儀に約定を守るメリットを些かも感じないからだ。

 公平さを欲するのならばまず自分から、という一般論は、残念ながらこの場においては必要がない。

 その意味では、ゼドラの言い分にも一理あった。


「貴様か、ガンマドラコニスの操縦者は?」

「確かめたければ、撃ってみるといい。もっともその場合、この島がどうなるかは保証できかねる」

「中に何人隠れていようが、機体から降りていいのはお前達二人だけだという事は、わかっているな」

「承知している」

「……ならば、付いてこい。応接室まで案内する」


 ケルケイムは先導するように、タワー内部へと歩き出す。

 しかしその前に、一つだけ念を押しておく。


「オーゼス構成員は、その全てが地球統一連合政府が指定する最高ランクの重犯罪者だ。今回に限り身柄は確保しない決まりだが、お前達の存在や主張は国際的に認められていないし、今後それが覆る事もないという事だけは忘れるな」

「は、はい……」


 ゼドラに向けて言った言葉に頷いたのは、その存在を忘れかけていた井原崎であった。

 だが、ケルケイムの腹の内に溜まるのは、この程度で抜かれる毒気ではない。

 毎秒ごとに背後から弾丸が飛んでくる可能性を考えながら、ケルケイムは応接室まで彼らを誘導した。



「まず、今回の用件の前に、どうしても聞かせて貰いたい事がある。オーゼスの目的は一体何だ。如何なる目的があって、このような侵略を行う。無数の国家を壊滅させてまで、お前達に何の得があるというのだ」


 応接室で井原崎と向かい合うケルケイムは、身を乗り出したくなる衝動を押し殺して、そう尋ねた。

 以前、瞬がエンベロープの男にもほぼ同じ内容の質問を投げた記録がある。

 その時の返答は「答えられない」というシンプルな拒否だったが、続く会話にて、瞬は重要な手がかりを上手く引き出した。

 人類抹殺、世界征服、地球環境――――それらとは異なる、オーゼスの内側だけにある目的。

 つまりが、他の人間の理解を前提としていない目的だ。

 井原崎は、ケルケイムの視線を浴びて、慌てて返答に移る。

 だが――――


「はい、あの、ええとですね、それは、あの、オーゼスは何も、貴方がたの考えているような組織ではなく、その……」

「井原崎理事」

「はい、あの、すみません……!」


 ソファの右後方、腕を背中に回して待機するゼドラの制止によって、井原崎はビジネスバッグの中から革製の分厚いファイルを取り出し、震える指先でバラバラとめくり始める。

 具体的な回答は、それからだった。


「あのですね、それに関しましては、大変申し訳ないのですが、その、申し上げる訳にはいかないのです……本当に、心苦しいのですが」

「何故言えない」

「り、理解が難しい言い回しだとは、思う、のですが、答えることに、さして意味がないのです。いえ、その、正確には“答えるようなことがない”と申しますか……」

「井原崎理事」

「あ、いえ、あの、すみません、ケルケイムさん……今の言葉は、どうか忘れて下さい。その、色々と正確性にも欠けますので」


 ファイルに具体的に何が書かれているかまでは不明だが、間違いなく回答内容の指示書であろうと、ケルケイムは察する。

 ケルケイムとて、連合政府の高官と共に答えるべき情報、そうでない情報の明確な区分を事前に行っているし、井原崎の行為を咎める気はないのだが、だが余りにも段取りが悪いし、そもそも彼は腹芸に向いていない。

 最初は、こちらを油断させるための演技か何かだと疑っていたが、ゼドラもその語調から、物静かなりに苛立ちを感じているのがわかる。

 ゼドラは自分の事を井原崎の護衛とは言ったが、それが意味するところは井原崎の命の護衛ではなく、井原崎が有する情報の護衛なのだと、ケルケイムは確信した。

 単独で会談に臨もうものなら、井原崎はプレッシャーに負けて、オーゼスにとっての重要機密を漏らしかねない。

 ゼドラは、そのための口封じなのだ。



「ああ!? あの一発ブン殴っただけで絶命しそうなオッサンがオーゼスのボスだぁ? ざけんな!」


 別室――――

 期待を盛大に裏切られ、轟は会談の様子を映し出すテレビを投げ飛ばさんと手を掛けるが、それをロベルトが直前でどうにか取り押さえることに成功する。

 連奈も、テレビの破壊などはどうでもよかったが、興味深い中継が中断されるのだけは困るので、何食わぬ顔で足払いの体勢には入っていた。


「まさかでしょ。組織の内情を明かさないのなら、誰を表向きのトップにすることもできる。おそらくあの井原崎とかいうおじさまも、そうやって無理矢理表舞台に引っ張り出された捨て駒。いざというときに、責任の大半を取らされるだけの可哀想な存在ってところかしらね」

「褒められた手ではないが、上手いやり方だとは思うよ。“いる”人間しか裁けないのが社会の限界だからねえ。過去に存在したテロ組織にも、同様のやり口は幾らでもあった」


 渇いた笑みを浮かべながら、ロベルトが再びソファに腰を下ろす。


「もっとも、本当にあの男がトップだという可能性もあるかもしれないが……」

「でも、ケルケイム司令は私達と同意見でしょ? 井原崎のおじさまを、今日までの侵攻を指示していた事について詰っていないもの。本気でトップだと思っていない証拠よ」

「まあ、ねえ。……おっと、そろそろ本題に入るかな」


 ロベルトの一言で、連奈も得意の論理展開を止めてテレビに注目する。

 幾つかのケルケイムの事前質問によって既に精神力を削られている井原崎だったが、ゼドラに急かされファイルの中から該当の資料をどうにか見つけ出していた。



「では、ええと、その、我々が、わざわざ会談の場を設けてもらった、その用件についてなのですが……」

「…………」

「その、そちらにも、セイファート、でしたか……ようやく、とうとう、我々と対等に戦えるメテオメイルが用意できたようなので、それに関して、ええと、その、こちらも、少し方針変更を、と」


 予想している中で、出てくる可能性の最も高い意見であったため、ケルケイムはここでは平静を保つ。

 何せオーゼスにとっては、自分達のメテオメイルが撃墜される確率が、万が一のレベルから一気に一桁台くらいまでには上がったのだ。

 セイファートが実戦配備された今、もはやメテオメイルは戦場の絶対者ではない。

 エンベロープも、あのガンマドラコニスでさえも、戦術次第で討ち取れるところまで来ているのだ。

 故にケルケイムは、井崎原の発言も、未知の戦力であるセイファートを多少は警戒してのものだと思い込んでいた。

 しかし実際の所、オーゼスの意図は真逆に位置するものであった。


「――――セイファートの撃破なしに、目的の達成は有り得ないという結論に、その、至ったのです」

「……何だと?」


 ケルケイムは怪訝な表情で聞き返す。

 自分の言っている事がそうした反応が返ってきて然りの内容だとは自覚があるのか、井原崎は萎縮しながらも、話を続けた。


「その、ええと、正直なところ、セイファートを無視して侵略を続けることは難しくないのです。こちらが保有する、メテオメイルの数は」

「井原崎理事」

「は、はい! すみません! ……あの、まあ、少なくとも其方よりは多く、複数を同時に運用することも可能です。それは、これまでのデータからも、その、おわかりかと」


 バウショックやオルトクラウドという秘蔵の機体はあるが、一度に実戦投入可能な数は、セイファートも含んだ三機の内から、ただ一機だけ。

 総力戦では、オーゼスには敵うべくもない。

 しかしオーゼスは、ここまで七機のメテオメイルを完成させておきながら、その全てどころか、半数も同時に出撃させた記録はなかった。

 通常は一機、たまに二機で出ることはあっても別方面の攻略であったりと、早急な侵略にはこだわっていないようであった。

 そうでなければ、一ヶ月と経たずに世界は既に滅びていたし、セイファートを開発する余裕もなかった。

 技術的な面で多数運用ができない理由があるのか、それともわざと手心を加えていたのか。

 わざわざ言及して今の投入機体数に変更を加えられてもたまらないので、敢えて言及はしない。


「全てのメテオメイルを上手く用いれば、セイファートと一度も交戦せず、セイファートの運用が困難になるレベルの損害を連合に与えることも、できなくは、ないのです。その、本当に申し訳ないのですが……。しかし、ですね、それは、同等の力を有した敵に対して、そして何より心血を注いでセイファートを完成させた皆様に対する何よりの無礼でありますし、あの、ええと、各パイロット達からも、セイファートと、是非戦ってみたいとの声が、上がりまして……」

「……そんな所だけは健全な精神論に則るというのか」

「いえ、あの、オーゼスは、常に、その、忠実なのです。自ら定めた」

「井原崎理事」

「す、すみませんゼドラさん」

「もはや、セイファートのいない戦場は不本意ですらあると?」

「そ、そうなる……の、ですかね、ええと、はい」


 ファイルをめくりながら、井原崎が躊躇いがちに頷く。

 自分の主張すらできない代表――――もっとも、本当にそうであるとはケルケイムも思っていないが。

 ただし、蜥蜴の尻尾であろうと何であろうと、同情する気は更々無い。

 井原崎が代表を自称するというのなら、そうであるかのように敢然と対応を行うだけだ。


「では、今後はセイファートと積極的に戦うような戦略をと?」

「い、いえ、その、違うのです。“内部でそういった意見が強い”というだけで、それを反映して、わざわざルールを制定してセイファートと戦うような事は、その、致しません。そんなことをしても、その、意味が、ないからです」

「お前達は……!」

「ひっ! その、あの、本当に、申し訳ありません! 申し訳ありません!」


 ケルケイムは一向に論旨が見えてこないやり取りに、オーゼスのここまでの悪逆を抜きにしても怒りが爆発しそうになる。

 声を荒げるケルケイムを見て、井原崎は頭を抱えて身を縮めるが、ゼドラからもまたケルケイムと同質の感情が向けられている事に気付き、逃げ場を失う形で会話を続けるしかなくなった。


「ですから、その、要点だけを、掻い摘むとですね、ええと、ええと……」

「侵略は、今後も従来と同様のやり方で継続する。ただし、連合の保有するメテオメイルについては、その排除方法をあくまで直接的手段のみに絞る。戦場で相対した場合は、本来の目的遂行を中断して、それのみを攻撃対象とする。方針の変更というよりは、追加に類するものだ」


 業を煮やしたのか、ゼドラが割って入り、淡々と説明してのける。

 あまりにも簡潔で理解しやすい内容に、ケルケイムはようやく落ち着いた一息をつくことができた。

 井原崎が重きを置いていた箇所は、そうなるに至った事情という意味では 間違いではないかもしれないが、この話をする上では全く必要の無い部分であったともいえる。

 エンベロープの男との会話記録から、他のパイロット達も同格の相手と戦うことに関してだけは真っ当なやり口にこだわる変わり種が多いということはわかってはいたが、それ以外の面でも井原崎は内情を口にし過ぎたきらいはあった。


「わざわざ、それだけを伝えにきたというのか?」

「は、はい……オーゼスは、今後も一切、政治的、思想的な主張をすることは、その、ないと思います。ですが、あの、敵と呼べるほどの大きな障害を、敢えて避けることだけはしないと、その一点だけは、我々とそれ以外の皆様とで、認識を共有したいと、その、組織内で決定しましてですね」

「決定を下したのはお前か、それとも……」

「あの、いえ、その、それは、あの、何度も同じ返答でさぞかし失礼とは思いますが、その、お答えできない、のです。我々が貴方がたに遠慮がないように、貴方がたもまた、我々に遠慮は」

「井原崎理事」

「す、すみません……」


 ゼドラにも、そしてケルケイムにもへこへこと頭を下げる井原崎。

 会談の当事者であるケルケイムは、随分と感情を掻き乱されて普段の冷静さを失ってはいたが、しかしここまでの井原崎の言葉を後々紡ぎ直せば、オーゼスの目的についてほぼ正解に近い回答を導き出せる自信はあった。

 その意味では、井原崎の不手際には感謝をせざるをえない。


「こちらからも、まだ質問がある」

「は、はい! ええと、答えられることは、その、少ないと思うのですが、それでもよければ、あの、どうぞ、なんなりと」

「……オーゼスは、何らかの条件次第で停戦する、という事は有り得ないのか?」


 この言葉を喉元から捻り出すまでに、ケルケイムは実に十数秒の時間を要した。

 オーゼスが今更そんな事をするとは思っていないし、オーゼスを徹底的に叩き潰したいというケルケイムの本心にも反する、非常に馬鹿げた内容だからだ。

 低姿勢になっているとも取れる発言をすることは、この上ない屈辱でもある。

 それでも口にせざるを得なかったのは、連合政府の側から指定された質問であるからだ。

 被害を最低限に抑えるという意味では、当然の判断ではある。


「停戦、ですか。……その、はい、ええと、今後の、そう、今後の」

「井原崎理事」

「す、すみません……その、今後、ミリオンメテオに匹敵する地球規模の大災害でも起こらない限りは、停戦は、まず有り得ないと思って下さい。本当に、本当に申し訳ないのですが……」

「そうまでして、なのか。お前達の目的は、ここまでの犠牲を出して尚、強行すべきものであるのか」


 これ以上の細かな質問はどうせ無駄であり、まともな返答が来ることはない――――という決めつけは、任務の一環でこの会談に臨んでいる者としては失格ともいっていい考えだ。

 しかしそれでもケルケイムは、他十数項目の政府指定の質問をすることを取りやめ、個人の質問に切り替えた。

 どうせ無駄だからだ。


「組織の、皆は、はい……そう思っています。自覚は、あるのです。常識といいますか、物事の優先順位といいますか、そういったものを、他の全ての方々と、完全に違えていることは。ですので、ここまでの侵略も、全てオーゼスの中では合意の上で行われていることであって、誰かの独断、誰かの暴走ということは、ありません。それは、これからも、多分、変わらないでしょう。もし、構成員の誰かが連合に身柄を確保されるような事があれば、それは、勿論、死刑でも、終身刑でも、どのような刑罰にも応じます。ですが、罰を受けるだけ、という事になるでしょうね。誰も、反省ですとか、悔い改めることなどは、しないと思います。そこの所は、ご了承願います」


 長い言葉であり、オーゼスに属する人間がどれほどの社会悪かがわかる内容だった。

 ここまで、井原崎の言葉にオーゼスの活動に問題が生じる不穏な文言があれば即座に口止めを行っていたゼドラが一切口を挟まなかったあたり、何一つ訂正の必要がない真実のようだった。

 亀裂ではなく、元から存在した溝。

埋めようがないほどに深く、暗い、相容れぬ決定的な差異。

 後日、この記録映像を見ることになる連合政府の閣僚達は、一体どのような顔をするのであろうかと、ケルケイムは苦虫を噛みつぶしたような表情になる。

 この後、約十数分の内容総括を経て、地球統一連合政府とオーゼスの間で行われた、最初にして最後の会談は幕を閉じた。



「瞬……あいつらは、オーゼスは、何としてでも絶対に倒さねばならない世界の敵だ。今日は、改めてそのことを胸に刻み込む機会になった」


 全てが終わった夕刻。

 ケルケイムは、ガンマドラコニスがラニアケアを離れて遠く水平線の彼方へ飛び去っていくのを確認しながら、ヘリポート付近で待機状態にあるセイファートに向けて静かにそう呟くのであった。

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