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第66話 揺らぐ中心線(前編)

 ゲルトルートの飛行速度は、軽々とマッハの壁を越えるセイファートと比較すれば些か物足りなくはあったが、しかし想像以上のものが出ていた。

 昼下がりの陽光を受けて燦然と輝く大海原。

 その果てにある水平線に視線を固定しながら、瞬はフットペダルを限界まで踏み抜く。

 操縦桿を握る腕に、不必要なまでの力を込めてしまうのは、まだ仕方のないことだった。


「慣れねえ機体だと、度胸がいるもんだな……」


 背面から伸びる円錐状の大型スラスターを用いた最大加速で、時速は約五百二十キロメートル。

 バウショックにも匹敵する厚い装甲を持ちながら、この数値――――及第点どころの話ではない。

 正直なところ、仕様書に目を通すまでは、飛べるとすら思っていなかった。

 それほどまでに重苦しい外観でありながら、直線軌道のみとはいえ飛翔を可能とする理由は、両脚にある。

 内部が殆ど、ロケットブースターとしての機能にのみ特化している構造なのだ。

 当然、関節の可動範囲は著しく限定され、通常歩行は極めて困難。

 つまり設計段階から、背部メイン脚部サブ、三つの巨大な推進装置による加速こそが、メインの移動手段に据えられているというわけである。


「突っ込んで、ぶった斬る……本当に、それだけの機体かよ」


 搭載OSの完成と共に実機での運用試験が開始され、今日で三日目。

 瞬は、もう何度目になるかわからない、呆れと笑気を含んだ呟きを漏らす。

 今日と明日は空戦マニューバの慣らしに宛てられていたが、おそらく三時間もあれば十分に操縦の感覚を掴むことが出来るだろうというのが瞬の算段だ。

 瞬自身の適性がどうというよりは、むしろその逆。

 かねてよりの予感が的中し、このゲルトルートは、パイロットに高い操縦技術を要求しない。

 加減速に合わせて、両手の剣――――いや、“ジェミニブレード”を振るタイミングを覚えてしまえば、基本的な立ち回りは九割型マスターしたようなものだ。

 シンプルな機能に、シンプルな武装。

 精神波を放出できる者に限るという、メテオメイル全般に適用される条件こそあれど、それさえ満たせば、誰が乗ってもある程度の結果を期待できる。

 軍事兵器としては極めて優秀であり、一種の理想形だ。

 完成度の高さは、瞬も否定しない。

 ただ、実際に操ってみると、とにかく退屈であり、そしてどこか満たされなかった。

 それでも瞬を真面目な操縦に駆り立てるのは、先の戦いにおいて、自分一人だけが不手際を晒したという焦りがあるからだ。

 昨日行なわれた緊急ブリーフィングのことを思い返し、瞬は改めて、アクラブを操る者に対しての闘志を燃やす。



「司令さんよ……そんな怪しい奴ら、どーして今まで放っておいたんだ」


 かつてマシンデザイナーのミディールに接触し、革新的なシステムであるS3を提供した組織――――新世界創生機構“エウドクソス”。

 ヴァルプルガを建造したのが彼らである可能性が非常に高いということを、ケルケイムは開口一番、瞬達パイロットチームに告げた。

 同時に、少なくとも公的には、そのような組織が存在しないことも。

 活動実態が不明瞭な相手からの提供物というだけでも眉根をひそめるというのに、S3開発の始まった時期はメテオメイルのそれより以前という推測もあって、胡散臭さは倍増しだった。


「我々(ヴァルクス)にとっては謎の第三勢力でも、連合のお偉方にとっては、必ずしもそうではないかもしれないからさ。だから、直に接触した一人であるミディール君も、最近まで黙っていたという訳だ」


 代わりにロベルトが、今日ばかりはすっかり穏やかな笑みの引いた表情で答える。

 今回の話はヴァルクス内部でも一切口外してはならない――――そう、事前に三度も念押ししてきただけのことはある緊迫感が、向かいの大人達には漂っていた。

 ミディールを含めた六人で、執務室の狭い応接スペースを使っているのも、ここがラニアケアの中で最も盗聴対策が充実しているからだ。

 ソファ二台の定員ちょうどとはいえ、瞬達の側はともかく、司令、副司令、技術士官が並んで腰掛けることは本来では有り得ない。


「S3込みで開発に承認が降りたわけだから、上層部はエウドクソスの不審さを知っていてなお受け入れたかもしれない、ということ……?」

「でも、軍で一番偉いジェフラー元帥は、襲撃のときにだいぶ泡を食ってたぜ。それより上となると、連合政府ってことになるじゃねえか」

「だから、深追いができないでいる」


 ケルケイムがぴしゃりと言い放ち、瞬は事態の大きさに思わず息を呑む。

 連合軍であろうと、その上に位置する連合政府であろうと、問題の重さは同じだ。

 オーゼスという脅威から人類を守るために、軍事計画の立案・実行のみならず、故郷を追われた避難民や混乱する社会に対しての対応策を打ち出している――――そんな、社会の主柱のような組織が、裏では人類の滅びに手を貸しているなど、笑えない冗談にも程があった。

 密接な協力関係にあるのか、はたまた操っているのか、操られているのか。

 最悪の展開を幾らでもひねり出せる分、不安もまた大きい。


「流石に、政府そのものが丸ごと関与しているとは考えていないが……しかし、君達の個人情報が漏洩していることは百パーセントの事実。メテオメイルの設計データも、恐らくは連合から手に入れたものだろう」

「つまり最低でも、個人単位での裏切り者は連合の中に潜んでいるということになるわね」

「それで、結局どうすんだ。目障りだろーが」


 轟はだらしなくソファに背中を預けたまま言った。

 結局のところ、攻撃目標となった最高司令部に勤務するジェフラーとて、あれが演技でないという保証はどこにもない。

 むしろ、あの場に被害者として居合わせたことで、疑いから外れようとしているようにも見える。

 それ故に、ケルケイムは、これらの真相を共有するのを、現段階ではこの場にいる六人のみとしている。

 だがそれでは、実際に各方面へ探りを入れられるのは実質的にロベルト一人。

 いかに豊富なコネクションを持つロベルトでも、自分より立場が上の人間から一切気取られないように、という条件が付けば、やれることは多くない。

 情報の流出を止め、エウドクソスを直に叩く、という意味ではケルケイム達は無力にも等しかった。


「パイロット各員の家族に対する監視は付けさせる。あとは……そもそも彼らが何を目的として活動しているのか不明な以上、先手の打ちようがないといったところだ。やろうと思えばもっと痛手を与えられるだろうに、ある程度はこちらの自由にさせてくれるというのが、また不気味な点だな」

「待ちの姿勢は好きじゃねーんだがな」

「ただ漫然と待つだけではない。連中との次戦に備えて、可能な限りの対抗策は用意するつもりだ。特にあの、バルジセプターなる錫杖型兵装のコントロール奪取機能に関しては、現状のシステム周りでは防ぎようがないからな」

「だがよ、こっちが幾ら手を打とうが、それもバレちまったら意味ねーんじゃねーのか」

「無論、その点に関しても出来るだけのことはする。このまま掌の上で転がされ続けるのが御免なのは、私も同じだからな」


 ケルケイムの目配せに、ミディールが小さく頷く。

 ともあれパイロットである瞬達のすべきことは一つ。

 まず間違いなく待ち受けるであろう彼らとの再戦に向けた、更なる技能向上だ。

 あの勝利が何度も再現できる結果であるとは、誰も思っていない。



「最大加速状態に移行してから十五分……そろそろスラスターの冷却が追いつかなくなってきてるけど、機体コンディションに異常はなし、と」


 ラニアケアから南下を始めて、もうそれだけの時間が経過していた。

 概ね仕様通りの航続距離であることを確認した瞬は、ゲルトルートを減速させ、手近な小島に着陸させる。

 ゲルトルートの飛行能力は、敵機への突貫を主目的として高められた、絶大な推力の副産物にすぎない。

 噴射のみでは、セイファートほど自在に旋回することは不可能。

 逆方向に進むのであれば、陸地で方向転換を行なうのが最も効率が良い方法とされているくらいだ。

 そのため、高度はかなり上げられるようだが、上げたところで不都合しかない。


「あとは、ラニアケアの近くでドローン相手の空中戦か……」


 ゲルトルートの背部メインスラスターから熱が引くのを待つ間、瞬はすっかり強張ってしまった両腕をほぐしながら、そんなことを呟く。

 だが、しばしの安息は、司令室から入った緊急の通信によって打ち破られることになった。

 そろそろ、そんな時期だと思っていた頃だ。

 いかなる内容であるかを聞く前に、瞬は緩んだ集中力を再び高め直した。



 グアテマラの近海に出現後、現地海軍の敷いた防衛網をものの数分で壊滅させた、赤き怪物――――グレゴールの新たな乗機である、シンクロトロンバブル

 その異様極まる造形は、メテオメイルであるとも断じかねるほどに、既存の機種から大きく逸脱していた。

 一切の停滞なしに、シンクロトロンBは、そのまま内陸にある市街地を目指して前進する。


「世界は何故シンメトリー構造ではないのか、僕には不思議でならない。そして、左右対称というパーフェクトにビューティフルな形状が存在するというのに、人々は何故半端なバランスに妥協するのでしょう」


 元よりシンクロトロンは、本体部が四つの球体のみで構成されているという奇異な外観ではあった。

 だが、この強化形態であるバブルは、まさにその名の通りの変貌を遂げ、より一層の奇異を実現している。

 更に三十近くの球体パーツが増量され、それらが一点に密集することで、泡沫のように膨れあがった鋼鉄の巨塊と化しているのである。

 もはや手足や胴体といった概念もなく、移動方法も、各モジュールが展開する磁場の相互反発作用を活かして自機を強引に浮遊させる方式へ改められている。

 この機体を簡潔に例えるなら、全高八十メートルの、動く分子モデル。

 そんなものが無機的に市街地を踏み荒らす光景は、他のどの機体が暴れるよりも、市民達を恐怖させる効果があった。


「しかし、僕はけして諦めない! シンメトリーの代行者兼遂行者として、世界を遍く対称形に仕立て上げてみせる! まずは平らに、そう平らに! 地道なところから一歩ずつ!」


 グレゴールの叫喚と共に、シンクロトロンBの左右から一つずつ球体が分離し、まったく対称の動作で周囲の建造物を叩き壊していく。

 EM(electromagunetic=電磁)クラッカーと名付けられた新規武装だ。

 分離した球体は、グレゴールが搭乗するコアユニットと、可視化するほど強力な電磁力の線で繋がれており、軌道を自在に操ることが可能だった。

 無論、残る球体全ても、このEMクラッカーとしての機能を備えている。

 それぞれ直径十メートル以上の球体が全て同時に振り回されたときの破壊力は尋常ではなく、回避もまず不可能。

 レーザー等の非実体武装に対するコーティングも全身に施されており、攻防共に、前形態を遙かに凌駕していた。


「おっと……お早い到着のようですね」


 機体のレーダーがメテオメイル級の高エネルギー反応を捉えたのを見て、グレゴールは嬉々として、視線を上空に向けた。

 ラニアケアが、先の戦闘からずっと連合軍の最高司令部に留まっているとしたら、この到着速度も驚くことではなかった。

 むしろ、次の侵略目的地が中央アメリカのグアテマラに決まったことは三機全てを相手にしたいグレゴールにとっては好都合だった。

 表示されたエネルギー反応は一つだけだが、こればかりは仕方がない。

 ラニアケアの機体射出カタパルトは、再使用までにある程度の間を置く必要があることは、これまでの戦闘を見ても明らかだったからだ。


「まあいいでしょう。来た相手から順次シンメトリーなスクラップに変えて差し上げます。僕のかつての分身をブッタ斬った憎きセイファート、左右の腕の大きさが違うせいで見ているだけで激しくストレスの溜まるバウショック、見た目は完璧なのに無駄に歩いて美を損なうオルトクラウド……最初の矯正希望者は一体どなたでしょう」


 シンクロトロンBには、三機それぞれを完膚無きまでに打ち負かすための武装と機能が搭載されている。

 一機ずつを相手取る連戦であればそれこそ、負ける道理は微塵もない。

 だが直後、遙かなる天空からその姿を現した漆黒のメテオメイルは、グレゴールの知識にはない未知の機体であった。



「……EMバースト!」


 下方に構える不気味な球体の塊が、自らを構成するパーツを次々と発射し、滑空しながら自由落下するゲルトルートを狙ってくる。

 一発一発がゲルトルートの半分から三分の一という直径の巨大球状弾。

 直撃を受けた場合のダメージは想像したくもない。

 瞬はゲルトルートを加速させることで、それぞれ二発が一セットになった、初撃および第二撃の回避に成功する。

 だが、続く第三撃は、なまじ敵機に近付き過ぎた上に、今度は一気に六セットがばら撒かれる。

 視界のほとんどを覆うような、もはや壁が迫ってくるといってもいい攻撃範囲――――到底ゲルトルートの機動性では躱しようがなかった。

 もっとも、もうで怯える必要はないのだ。

 このゲルトルートは、そう、障害の全てを正面から打ち破る機体なのだから。


「セイファートを押しのけやがったんだ……このぐらいはできるよな、ゲルトルート!」


 瞬は恐れを振り切って、フットペダルを踏む込む。

 同時に、眼前に迫った球状弾に向けて、全長二十メートルもの巨大剣、ジェミニブレードの斬撃を縦、横と続けざまに浴びせた。

 ジェミニソードとは比較にならない幅広肉厚の刀身、その頑強さに加え、敢えて採用された旧型フレームTypeDの膂力――――質量×マシンパワーによって生み出された狂暴な力が、勢いの乗った球状弾を強引に打ち払う。


「なんと!?」

「これが、これがお前の……!」


 ゲルトルートに迫る二つの球状弾をはね除けたことで、道は開けた。

 自ら成した結果に呆然としながらも、瞬は隙の生まれた球体塊の本体、その外装を斬りつける。

 ジェミニブレード自体の、刃物としての切断能力はたかが知れているが、刀身を叩きつけることによる破砕の威力は圧倒的であった。

 ただの一撃で、球体一つの内側深くまで刀身が突き刺さる。

 完全な両断にこそ至らなかったものの、内部機能は確実に全てが死に至ったであろう。

 まだまだ追撃するだけの余裕はあったが、瞬は冷静さを取り戻すために一度退く。

 セイファートを操っていた頃に極限まで溜め込んでいた、攻撃がまるで通じないというフラストレーション。

 その急激な解放は、瞬が想像する以上の昂揚感をもたらしたからだ。

 心情的には否定しなければならないはずの機体だが、この絶大な攻撃力は、瞬の理性を奪いかねないほど反則的な魅力を有していた。

 この蜜の味を知ってしまっては、退屈などとは、もう言えはしない。


「その声は、セイファートに乗っていた無粋挑発ボーイ! 成程、そちらもそろそろ新型の時期というわけですか。全くの想定外でしたよ」

「オレもだ」


 機体の外観からほぼ確信は得ていたが、球体塊を操っているのがグレゴール・バルヒェットだと判明する。

 相変わらず、十輪寺とはまた違った方面で苛立ちを覚えるテンションの高さだった。

 できれば今度こそ、聞き納めにしたいところだ。


「そっちも新型のメテオメイル……丁度いい、てめえで見極めさせてもらうぜ」


 瞬は、ジェミニブレードを武術の構えのように正面へ翳し、攻撃体勢を取る。

 まだ試験運用中のゲルトルートが先発で送り込まれた通り、バウショックとオルトクラウドは、運悪く大がかりな整備の最中であった。

 どう見積もっても作業の完了までには、双方とも二時間程度を要する。

 実質的にゲルトルート一機だけで抑え込まねばならない状況だが、最低でも応援の到着まで持ちこたえられるだけの自信はあった。

 否、その前に片を付けるつもりでいた。

 ゲルトルートの力が自分の成長にもたらす利害の程はともかく、間違いなく強大であるという信用もまた確固たるものになっているからだ。


「オレが本当に求めているものが、何なのかをな……!」


 未だに痛みを覚える腕で操縦桿を押し倒し、瞬はゲルトルートを再加速させた。

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