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第65話 強請

 ヴァルプルガが連合軍最高司令部を襲撃した日から、ちょうど一週間後。

 毎朝の定例ミーティングにおいて、セイファートⅠ型の廃棄処分が正式に決定したと、ケルケイムの口から通達があった。

 たった四ヶ月の付き合いとはいえ、シミュレーター訓練を含めて六百時間以上も乗り回してきた愛機と、とうとう離別の時が来たというわけだ。

 三日以上もラニアケアに変換されない時点で、瞬も薄々覚悟はしていた事態だった。


(仕方ねえっちゃ、仕方ねえもんな……)


 元より、いずれ第一線から外れる予定のセイファートではあったが、先の一戦がスケジュールを前倒しする決定打となってしまった。

 セイファートは、多くの幕僚達の目に映る形で、ヴァルプルガに対して攻撃が全く通用しないという醜態を晒してしまったのだ。

 加えて、バルジセプターの干渉により、OSを主とした機体中枢部のデータ領域も大きく書き換えられるという始末。

 性能不足のみならず、誤動作の可能性まで多分に孕んだ不安要素の塊――――兵器としての有用性は、もはや皆無と言ってもいい。

 データ取得用の試験機として扱われている2号機も、今回こそ廃棄を免れたものの、近い内に役割を全うするという。

 全てを聞き終えたとき、瞬の胸中には極めて複雑な感情が渦巻いた。

 かつてはセイファートの有用性を示すと息巻いていたにも関わらず、今ではもう、撤回を求めるだけの気力が湧いてこないのだ。

 幾度もの実体験を経て、現実に屈しかけている自分がいる。

 セイファートを極めた先にこそ、自分が追い求める何かがあると、信じていたのに。


「当然と言えば当然の結果ですね。あの機体は、英雄を目指す風岩先輩には相応しくありません」


 技術スタッフが全員撤収を終え、夜の深い静寂に包まれた、ラニアケアの地下格納庫。

 最上段のキャットウォークに身を預けた瞬の隣で、メアラは悪びれもせずに言った。

 瞬はもう、かれこれ十数分、眼下の整備ドックを眺めている。

 正確には、そこで眠りに付く漆黒のメテオメイル――――ゲルトルートをだ。

 そこはつい先日まで、セイファートに割り当てられていた場所だ。

 左端のケージから順に、セイファート、バウショック、オルトクラウドが並んだいつもの風景は、もう戻らない。

 これからは、ゲルトルートの存在が、そこにあって然るべきものとなる。


「最速を追い求めすぎたばかりに、他の全てをこぼし落としてしまった機体……。攻撃面の圧倒的不利という現実に抗いながら戦う、その姿勢が英雄的であることは認めます。ですが、必死になって戦い続けたところで、得られる称号は所詮“悲劇の英雄”です。それは、先輩が求めているものではありません」


 最高司令部に留まり続けたラニアケアにゲルトルートが搬入されてきたのは、今日の午後のことだ。

 ジェフラーとの会談時には未完成だったOSも急ピッチでプログラミング作業が行なわれ、明後日には起動試験を開始できるという。

 それが終われば、シミュレーター訓練で搭乗する機体もゲルトルートに切り替わる。

 この数日、瞬は手渡された操縦マニュアルの熟読にひたすら時間を費やしていた。

 気に入っているわけではないが、ゲルトルートは今後の相棒であり、自分の命を預けることになる機体だ。

 不真面目が祟って敗北するような真似だけは避けたい。


「セイファートへの、未練ですか?」


 心を鷲掴みにされるような、容赦のない一言だった。

 それこそが、瞬をこんな時間に、こんなところへ足を運ばせ、こうまで長く留まらせている理由だ。

 メアラが聡いだけなのか、自分の態度が分かり易すぎるのか、或いはその両方か。

 ともあれ、正解には違いなかった。

 ゲルトルートに眼力を送り続ければセイファートに変わるのではないかという、叶わぬ願いの祈りに近い。


「ジェフラー元帥に、ケルケイム司令に、アクラブに、お前……みんなの言ってることも正しいんだけど、オレがセイファートの全てを引き出せてやれなかったのも事実だからさ」

「全て……?」

「ガンマドラコニスやヴァルプルガみたいなバリアを貼ってくる奴に対しても、もうちょっと何かできたと思うんだよな。斬撃が弾かれる、はい終わりってんじゃ、パイロットが間抜けみてえじゃねえか」

「お気持ちはわかりますが、打開策を毎度絞り出さなければならない兵器というのは、やはり欠陥品ですよ」


 瞬は、ジェフラーからも似たような指摘を受けたのを思い出す。

 そして、そのときに覚えた違和感も、再び心の中で疼きだした。

 優秀な兵器に乗り、勝利の栄光を掴み続ければ、いずれは英雄になることができる。

 その称号を手にし、あらゆる面において優位に立つ兄に叩きつけ、自分の価値を認めさせる。

 瞬がここまで幾多の苦難に耐え抜いてきたのも、全ては兄を負かし、真の勝者になるためで――――

 何かが、おかしい。

 自分で打ち立てた理屈のどこかに、何か大きな歪みが生じている。

 セイファートを是とし、ゲルトルートを非とする直感こそが、その歪みを突き止める手がかりのような気はしている。

 ただ、そこから先を思考しようとすると、靄がかかったように前へ進めない。


「なあメアラ……オレ、本当は何がしたかったんだろうな」

「英雄になりたいに決まってるじゃないですか」


 まるで自分のことのように、メアラはきっぱりと言ってのけた。


「私に信じさせて下さい。例え境遇や才能に見放されようとも、運命に選ばれた者はどこまでも高みに登っていけるということを。その果てにある幸福を手に入れられるのだということを」

「お前は、誰かに選ばれたかったのか?」

「ですから、英雄となった先輩が私を選んで下さい。それこそが、運命強度を最大値にすることこそが、私の願いです」


 自らの語りに陶酔して、メアラは艶めかしい吐息を漏らす。

 そんなメアラの姿を見て、なぜ真っ先に本人よりも自分に対する嫌悪感が湧くのか、瞬はまだその答えにも至ることができなかった。



「オーゼスとも連合とも違う、未知の第三勢力の出現か。我々の方に挑んできてくれる分には大歓迎なのだがな」

「全くだ!!! 初戦で負けてくれたからいいものの、敵が減ったらどうしてくれるって言うんだ、あの金ピカ仏像!!! 俺はな、セイファートにもバウショックにもオルトクラウドにも借りがあるんだぞ!!!」


 オーゼスのショットバー“Fly-byフライバイ”には、珍しく所属パイロット全員が揃っていた。

 白髭、十輪寺、ジェルミ、B4、そしてバウショック戦から三ヶ月以上も自室に引き籠もっていたサミュエルまで。

 そこに遅れてやって来たグレゴールを加えた六名が、今晩の客である。

 それぞればらけて座ってはいるが、雑談には全員が参加していた。


「あ、あんなのに出て来られたら、落ち着かないじゃないか……ああ、嫌だ嫌だ」


 席にはつかず、バーの片隅に体を預けて、サミュエルが震えながら言葉を紡ぐ。

 今回に限り、特に仲間意識もない白髭達と情報を共有する抵抗感より、いつ攻めて来るかもわからない不確定要素に対する恐怖が勝ったようだった。

 もっとも、他のメンバーにとっては、サミュエルの肥満体を包み込む安物スーツが今にもはち切れてしまいそうなことこそが現状最大の不安点だ。


「少年達の命は、ケルケイム君の為にワタシが奪い取る算段だ、看過は出来ないな」


 ジェルミはそう呟きながら、隣のカウンター席に置かれていた、白髭が所有する携帯端末を取り上げて覗き込む。

 画面に映し出されたニュース番組では、連合軍の最高司令部に多大な損害を与えたヴァルプルガについての報道がされている最中であった。

 誰しも、この機体について語るためだけに集まったわけではないが、やはり現在の主立った話題であることは確かだった。

 もっとも、真にオーゼスとは無縁である乱入者である以上、得られる情報はそう多くない。

 メディアに流れるのは、その外観と、かなりの高出力機であることくらいだ。


「それでグレゴールくん、我らが偉大なるボスは何だって?」


 カウンターの端で、愛飲するヘビーラムセンテナリオをストレートで飲み干した後、B4が尋ねる。

 次の侵略を任されることになったグレゴールは、その用件もあって、つい先程まで呼び出しを受けていた。

 何の役職にも就いていないものの、組織を動かす権限を独占し、それが構成員の誰しもに理解と納得を以て受け入れられる者――――オーゼスの創設者にして支配者に。

 井原崎を偽りの頂点とするなら、あちらは真なる中核。

 当然、今後の対応については、その人物の意向を伺わねばならなかった。


「目障りな存在だと、はっきり仰られました。発見し次第、確実に叩き潰せとも」


 グレゴールは、手元に届いたファーストオーダーの、シャトー・ラフィット・ロートシルトに口を付ける。

 注がれたグラスの細い脚を器用に両手の指先で掴むという、完璧な左右対称動作でだ。

 相変わらずの、神業と言えば神業なのかもしれない精密な芸当だった。


「それは、本来の侵略や連合製メテオメイルの撃破よりも優先される事項……と受け取っていいのかな」

「恐らくは。目的がなんであれ、我々が壊すべきターゲットに手を付けられては困りますからね」


 白髭の問いに、グレゴールが頷く。

 それを受けて、白髭はふむと顎を撫で、愉快げに笑んで見せた。

 もしもの状況を想定することも、それをどう切り抜けるか考えることも、白髭にとっては遊びという行為にカテゴライズされる。

 その表情に、常に満足を携えているのは、そうした訳もあった。


「場合によっては、彼らと共闘という事もあり得るか。無論、向こうが了承すればの話だが……」

「まあ、事が事ですし、じきに全体への指示も出るでしょう」

「そう願いたいな」

「しかし、何が起こるか予測ができない以上、可能な限り早く手柄を上げるに越したことがないのも事実。僕は手筈が整い次第、すぐにでも出撃させて貰いますよ。僕の新たな分身であるシンクロトロンバブルも、これ以上ない仕上がりになっていますしね……!」


 手にしたグラスを覗き込み、ワインの液面どころか中の気泡さえも均一にしようとするほどの集中力を見せながら、グレゴールは言葉を紡ぐ。

 ガンマドラコニスBに続き、対メテオメイル戦を意識した大規模改修を受け、以前とは別物と化した新型のシンクロトロン。

 ロボット工学に精通しているグレゴール自身のアイデアがふんだんに盛り込まれ、既存の三機であればどれも完封状態に追い込めるとされている機体だ。

 自分だけで事足りるとグレゴールは事前に宣言しており、今回の侵略に随伴する者はいない。

 これには、ヴァルプルガを操る組織への対抗心も大いに関係している。

 一対三という同条件で勝利を収めることが出来れば、間接的ながらも、格上であることのアピールになるからだ。


「僕が追い求め続けてきた、究極のシンメトリー……それが如何なるものであるか、皆さん、とくとご覧下さい。まさしく前人未踏の領域に、僕は足を踏み入れるのです」


 そのとき、グラスの中を昇っていく無数に連なった極小の気泡は、グレゴールが思い描いた通りの構図となっていた。

 狂信的偏執性を前に、物理法則が屈してしまったかの如く。

 今この瞬間に訪れた奇跡は、より一層、グレゴールに勝者となる確信を抱かせた。


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