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第63話 警鐘(その4)

『北沢君は大至急、セイファートの回収を! 機体の気密性が保たれているかどうか、こちらでは確認できないんだ』

「……世話の焼ける野郎だ!」


 セリアの指示を受けるコンマ数秒前から、轟はセイファートの沈んだポイントへとバウショックを向かわせていた。

 言葉に出てしまったとおりの憤りはあるが、瞬に助けられなければ、ヴァルプルガDにメテオエンジンを奪われていたのは他でもない自分。

 動力源を奪われてしまうなど、撃墜も同然の結末だ。

 瞬は、本来なら自分が被るべき屈辱を引き受けた形になる。

 この借りは確実に返しておかねば、どれだけの利子を付けられるかわかったものではない。

 人命救助など、とせせら笑って、瞬にその役割を押し付けた過去が脳裏でフラッシュバックする。

 やる必要性を感じないことと、やる必要性が発生しないことは、イコールの関係にはない。

 手間取らなければいいがと、轟はバウショックの潜航を開始する。


「とっとと戦闘に復帰しねーとよ……!」


 呟いた直後、頭上の空間を暴虐の光が埋め尽くし、空間が轟く。

 オルトクラウドとヴァルプルガDの一騎打ちが始まっているのだ。

 最大火力と殲滅力においては他の追随を許さないオルトクラウドだが、今度ばかりは手柄を奪われることとは別の心配をする必要があった。

 あのヴァルプルガDは、これまでに戦ってきたどの機体よりも危険な力を宿しているからだ。



「バリオンバスターのフルチャージも、通じないですって……!?」

「いや、微量にダメージは受けているよ。同じ箇所に百五十発も受ければ、第一次装甲は持って行かれてしまう。さすがの威力だ」


 アクラブの皮肉じみた言い回しと共に、ヴァルプルガDは加速しながらぐんぐんオルトクラウドに迫る。

 オルトクラウドは連射による弾幕展開から、威力重視の散発的な攻撃に切り替えていたが、それでもまともなダメージが通らない。

 ヴァルプルガDの光輪盾を起点として広がる空間のゆらぎが、どれほどの熱量も軽減し尽くす。

 光輪を外したことで背面はがら空きになっているが、元より機体の周囲を完全に覆うほどの展開範囲だったことを考えると、死角になっているとは考えにくかった。


「だったら、壊れるまで撃ち込んであげるわよ」

「無理だな。先に君が壊れてしまう」


 当然のことだが、ホバー移動で後退するオルトクラウドより、身重ではあるがメテオエンジン二基分の推力を得たヴァルプルガの方が圧倒的に速い。

 相対距離は、もう二百メートルほどにまで縮まっていた。

 人間同士ならばともかく、メテオメイル戦では間近といってもいい間隔だ。

 連奈の額には焦燥の汗が滲んでいた。

 オルトクラウドは、一切の近接戦用装備を持たない。

 敵機を全く寄せ付けずに片を付ける、そのコンセプトを実現することに、全ての機能が特化しているからだ。

 どのみち、生半可な強度の実体兵器では、あの力場を貫くことは叶わない。

 可能であるとしたら、せいぜいバウショックのギガントアームくらいのものだろう、


「これで、射程圏内だな」


 とうとうヴァルプルガDに、近接攻撃が可能な間合いへの侵入を許してしまう。

 錫杖の先端から放出される、神々しき光の刃。

 丈はざっと三十メートルを下らない。

 連奈は瞬のマニューバの真似をして、僅かな時間の自由落下で回避を試みるが、ヴァルプルガDの敏捷性は予想以上に速い。

 繰り出す横薙ぎの一閃は、ものの見事に、手にした二丁のバリオンバスターの先端部分だけを切り落とした。

 発射機構自体は無事のようだが、切断面は溶解してしまっている。

 暴発の危険性があるものを使うわけにもいかず、連奈はすぐさまそれらを手放した。


「っ!」

「だが、まだ油断はできないな。両肩の大砲……ゾディアックキャノンといったか。それが健在である限り、ヴァルプルガDは無敵のメテオメイルとはいえない」

「冷静を気取ってる割に、内心では怯えてるみたいね」

「いや、全然だな」


 ヴァルプルガDが連続で斬撃を放ち、オルトクラウドの装甲を掠め取っていく。

 切っ先が掠めるだけでも、かなりの面積が蒸発するほどの、超高密度のエネルギー塊。

 もはや刀剣というよりは焼きごてに近い。


「この状況下で、君が発射できるとは思えない」


 アクラブの指摘に、連奈は舌打ちしか返せなかった。

 自身の精神力を最大限までメテオエンジンに注ぎ込んだ、最大出力のゾディアックキャノンであれば、ヴァルプルガDすらも消し炭にできる可能性はあった。

 だが、斜線上にある全てを光と共に消滅させる、その絶大な威力は、副次的に絶大な被害をもたらす。

 発射の余波だけでも、後方にある最高司令部がどうなるかわからないというのに、海面を抉れば大津波が更に追加だ。

 地上施設の壊滅は必至、千人単位の犠牲も出るであろう。

 しかも今回は、セイファートやバウショックという味方機までもが付近に存在する。


「勝手に、決めないでよ……!」


 口答えはしつつも、専用の発射グリップを握ることは、連奈にはできなかった。

 敵を倒せる機会があれば、どこに誰がいようと構わず撃つと公言しておきながら、アクラブに言われるまで発射するという発想自体が欠け落ちていた。

 そんな自分の有徳ぶりが、心底憎らしい。


「やっぱり俺がやるしかねーか」

「北沢君……!」


 ヴァルプルガDの新たな斬撃がオルトクラウドに迫ったとき、下方から飛来したウインドスラッシャーが一度きりの盾となって、光刃が装甲に到達するのを防いだ。

 見れば、既にバウショックはセイファートの引き揚げに成功しており、軍港まで辿り着いていた。

 ウインドスラッシャーは、轟が勝手にセイファートから取り外して投擲したものだ。


「瞬は?」

「中の様子まではわからねー、浸水はしてねーみてーだったがよ。あとは、後ろで控えてる連中の仕事だ」

「そうね……」


 最高司令部に配属された部隊だけあって、さすがに想定外の事態に対する対応も早い。

 すぐに牽引車両や救助班がセイファートの元へと向かっていた。

 セイファートの中に閉じ込められたままの瞬も、瀕死の状態でなければまず助かるとみていいだろう。

 連奈はすぐに、視線を正面のヴァルプルガDへと戻した。


「さてどうする、大砲女。俺もテメーも、全力の一撃をブチかますためには、悟り野郎をもう少し遠ざけねーといけねーが」

「あら意外。他人を平気で巻き添えにしそうなパイロットランキング第一位のあなたが、どんな心変わりよ」

「……あとで通信女にゴタゴタ言われたくはねーからな」

「うーわ……見事に飼い慣らされてるわね。女の子に免疫なさすぎよ、あなた」


 海面近くまでオルトクラウドを下降させながら、連奈は大いに呆れざるを得なかった。

 短期間の内に手なずけてみせたセリアの手腕にも、この力関係を嫌がる様子もない轟の従順さにもだ。


「うるせーんだよ! 口じゃなくて手を動かせ!」


 轟は早口でまくし立てると、バウショックを先行させる。

 同時にヴァルプルガDも、手近なバウショックに狙いを切り替え、距離を詰めた。

 つい先程までは、ヴァルプルガDをどう地上まで引きずり下ろすかを考えていたが、その問題は意外なほど簡単に解決した。

 言い方は悪くなるが、空中戦を可能とするセイファート自身が、ヴァルプルガDを空中に留めていた最大の要因ともいえる。

 無論、機体が強化されたことでアクラブが強気に出たことも関係しているだろうが――――


「君との近接戦も、もはや恐れるに足りないな」


 激突の間際、ヴァルプルガDは、光の剣を頭上高くに構える。

 当てやすさは横方向への振り払いに劣るが、その分威力は数割増しだ。

 打ち込まれれば、バウショックとて無事では済まない。

 それは轟も承知しているのか、バウショックは振りかぶったギガントアームを、ヴァルプルガDではなく海面へと叩きつけた。

 手の平に発生させた、赤き火球と共に。

 数千度にも及ぶ超高熱の伝導によって、バウショックの膝元まで達していた海水は一瞬の内に蒸発、周囲一体に濃密な蒸気の霧が立ちこめる。


「目くらましか……」

「これならよ!」


 白き靄に包まれた空間を掻き分けて、ヴァルプルガDの右方からバウショックが姿を現す。

 そのまま、力強い踏み込みを伴って、前方に跳躍。

 光刃による迎撃を受ける前にギガントアームによる打撃を繰り出した。

 だが、力場の凄まじい干渉を受けて、全くダメージは通っていないようだった。

 幾ら腕を押し込もうとも、機体そのものが反発作用で外部に押し出されてしまっては効果もない。


「クソが、ビクともしねー!」

「エネルギー・フィールドの圧力に耐えうる強度は素晴らしいが、満足に動けるかどうかは別の話のようだな。そして、君を相手にするには、バルジセプターは少々不便だ」


 ヴァルプルガDは光輪とバルジセプターの両方を背面に装着し直すと、よろめくバウショックに向かって突進する。

 展開された力場を押し付けられるだけでも、並の機体では立っていられないほどの負荷が襲いかかる。

 バウショックは腰を落としてどうにか持ちこたえる。

 だが、体勢を低くしたことが災いして、ヴァルプルガDに押し倒され浅瀬に沈んだ。


「これで詰みだな」

「ふ、ざ、け、ん、な……!」


 機体重量と力場――――二重の凄まじい圧力を受け、バウショックの全身から絶叫にも似た、とめどない破砕音の悲鳴が漏れる。

 バウショックでなければ、持ちこたえる時間的猶予すら与えられず、押し潰されて大破しているところだ。


「どきやがれ!」


 バウショックは、馬乗りになったヴァルプルガDをどうにか押し返そうとするが、もはや単純な膂力ですらも敵わない。

 まるで赤子の手を捻るかのように、掴み合いはものの数秒で決着を迎えた。

 それどころか、ヴァルプルガDは両腕に更なる力を込め、バウショックの肩関節を破壊しにかかる。

 バウショックは膝蹴りを放って拘束から逃れようとするが、抵抗も虚しい。


「残念だが、もはや力押しという原始的な手段ですら、こちらにアドバンテージがある。君たちがどう足掻こうと、勝ち目なんて万に一つもないんだ」


 アクラブの語調は、もはや諭すようですらあった。

 二回り以上太い腕を持つラビリントスとすら互角の格闘戦を繰り広げたというのに、ほとんど胴サイズの四肢で、この圧倒的なパワーの差。

 二基分のメテオエンジンから生み出される絶大なエネルギーによって、武装のみならず、基本スペックも飛躍的な向上を果たしているようだった。


「どうかしら……!」


 連奈は収束プラズマ砲を海面に向けて発射し、敢えて大波を生むことでヴァルプルガDを押しのける。

 結局、揺り返しによる津波は起こるが、この程度なら基地施設も持ち堪えられるはずだった。


「よくやった大砲女! ここまで離れてくれれば、ブチ込める!」


 視界を確保するためか、ヴァルプルガDは大きく後退しながら、高度も僅かに上げる。

 その好機を逃すまいと、バウショックは波飛沫を撒き散らしながら起き上がった。

 驚くべきことに、クリムゾンストライクのエネルギーチャージは、既に完了間際にあった。

 掌に生成された圧縮熱量体が、急速に肥大化していく。


「器用なことをやるじゃない」


 本来はチャージが完了するまでに数十秒の時間を要するのだが、どうやら轟は、蒸気の霧を作りだした時点からずっと、最弱の出力を維持し続けていたらしい。

 オーバーヒートによる内部機構の故障も、海水に身を沈めて冷却することで、上手く回避したというわけだ。

 先を見据えたシステマチックな立ち回りは苦手でも、個々の武装を効果的に扱うことに関しては、轟は三人の中で頭抜けたセンスを持つ。

 連奈は見事な手際に感嘆しながらも、自身もゾディアックキャノンの発射準備に入った。


「私とあなたで化物退治……どうするかは、わかっているでしょうね」

「テメーに手柄を寄越すためにやったんじゃねーんだが、仕方がねー!」


 雑な確認だったが、即答されたあたり、無事に連奈の意図は通じたようだ。

 轟の叫びと共に、バウショックが前方に大きく跳躍する。

 ヴァルプルガDの超重量を支えたことで限界を迎えつつある脚部を酷使している上に、そこから先は水深も急激に深くなる。

 まともに飛距離を出せるのは、事実上、これが最後だ。

 しかし轟は、その一回を最大限有効に使い切ってみせる。

 幅跳びの容量でヴァルプルガDの足下近くにまで到達したバウショックは、滞空の最中、上体を倒してやや後方に身を反らす。

 攻撃目標をよりはっきりと視界の中へ入れることで、クリーンヒットの可能性を僅かでも上げるためだ。

 そして直後、手にした全長二十メートルの巨大火球を、頭上で悠然と構える黄金の神像へと叩き込んだ。

 その刹那、途方もない熱量が急速に拡散し、空間が丸ごと燃焼する。


「クリムゾン、ストライク!」

「くっ……!」


 初めてアクラブが発した呻く声も、轟く爆音が呑み込んでいく。

 全てを焼き尽くす灼熱が閉じ込められた、紅き人工天体――――クリムゾンストライク。

 効果時間が短い反面、全方位へ無秩序に熱波を放つソルゲイズとは異なり、ある程度の指向性を有するショートレンジ用の決戦兵装。

 射程が短すぎるという最大の欠点も、TypeFフレームによる機動力の増加によって、大きく改善を果たしていた。

 今のように、疾走や跳躍を絡めて打ち出せるという点では、旧来のバウショックとは比較にならない使い勝手だ。


「これは流石に効いただろーがよ、悟り野郎!」


 火球の炸裂と同時に、着水するバウショック改。

 そのコックピットで、轟が吠える。

 黒煙の中から弾き飛ばされるようにして姿を現すヴァルプルガ、その滑らかな黄金鎧の各部には、醜い黒色の斑模様が生まれていた。

 装甲の表面が溶け落ち、内層が焦げ付いている証拠だ。

 ようやく、強化された力場でも軽減しきれないダメージらしいダメージが与えられたことで、轟は会心の笑みを浮かべる。

 そして、こちらの攻撃はまだ終わりではない。

 上空へと打ち上げられ、未だ体勢を崩したままのヴァルプルガDに、連奈は照準を合わせる。


「よくやってくれたわ、北沢君。こっちも準備は万全よ」


 連奈の操作に伴い、オルトクラウドの両肩から伸びる長大なキャノンユニットが、基部から回転して正面を向く。

 下方からの攻撃という難易度の高い芸当を、わざわざ轟に行なわせたのも、全てはゾディアックキャノンによる被害を極限まで減らすためだ。

 咄嗟の回避を不可能にするほどの大ダメージをバウショック改が事前に与えた上で、続けざまにゾディアックキャノンを撃ち込む――――その連携パターンは、実現はほぼ不可能と言われてきた。

 バウショック改の退避時間の確保という問題が立ちはだかるからだ。

 高い航空能力を持ち、その場から容易に離脱できるセイファートとはわけが違う。

 だが、轟は海中に逃れることで条件を見事クリア。

 クリムゾンストライクの衝撃によってヴァルプルガDを地上から引き離した上で、かつバウショック改を巻き込まずにゾディアックキャノンが撃てるという、この上なく理想的な状況の構築に成功した。

 完璧に近いお膳立てが整っている故に、この一射は絶対に外せない。

 連奈は照準のロック表示が出た瞬間、専用の発射グリップ先端に設けられたトリガーを押し込んだ。


「――――さよなら、お節介警鐘おじさま」


 二門の砲口から解き放たれる、極大の巨光。

 最大出力で放射される圧縮光子レーザーは、オルトクラウドの全高以上に膨れ上がり、天空へ向かってどこまでも直進する。

 収束しきれず、左右から後方へと流れていくエネルギーの余波ですら、並の機体を消滅させるほどの威力。

 正面に伸びる光条は、もはや必滅の領域にまで達する。

 ガンマドラコニスBに放ったのは、他の火器類と同時発射する都合上、威力を三割ほど落とした通常モード。

 しかし今回は、ダブル・ダブルを撃墜したときと同様、反動ダメージを一切考慮しない百パーセントのエネルギーが注がれている。

 轟の支援に二度目がない以上、連奈もまた、一度きりのチャンスに全身全霊を賭さなければならかった。


「発射を許してしまうとは……だが、まだ終わりにはしない」


 今からスラスターを噴射しても逃げ切ることは到底不可能と踏んだのか――――発射の寸前、ヴァルプルガDはバルジセプターを構え、その先端から半球状の力場を展開する。


「バルジセプター、防魔アミュレットモード。この攻撃を凌ぎきってこそ、僕は警鐘たりえる」


 これまで平静を決め込んでいたアクラブの言葉にも、微かに力が籠る。

 おそらくはゾディアックキャノンと同様、他のエネルギーを一点集中させ、強度を限界まで上げた絶対防御の形態。

 小細工を完全に捨てた、エネルギーの総量を比べるだけの勝負が始まるというわけだ。

 基準値三倍の精神波変換効率対、二基分のメテオエンジン。

 アクラブの素質や、二基同時使用時のエネルギー増幅原理が不明であるため、優劣は断言できない。

 だがそれでも、他にヴァルプルガDを倒しうる方法が思いつかない以上は、この一撃で仕留めきるつもりで臨むしかなかった。

 ゾディアックキャノンの放つ光はあまりにも凄まじく、連奈の視点からでは命中の如何を確認することは不可能だった。

 しかし、既に発射してしまった以上、もう気にしても仕方のないことだ。

 当たっているものと信じ、機体か精神のどちらかが限界を迎えるまで、メテオエンジンへ精神波を送り続ける。


「あなた如きに、私を受け止められるかしら……!」


 三十秒、四十五秒、一分。

 真昼の空より尚も激しく戦場を煌めかせながら、最長の照射記録を更新し続けるゾディアックキャノン。

 それでも連奈は発射トリガーを押し込んだまま、離さない。

 ぽっと出の乱入者でありながら、警鐘と称し、重箱の隅でも突くような機能を駆使して自分達を見下すアクラブ。

 連奈個人としても、最高に気に入らないタイプだった。

 そこから更に三十秒が経過して、連奈は激しい虚脱感に襲われる。

 全く同じタイミングで、ゾディアックキャノンも内部機関の破損によって、物理的に照射を停止した。

 余波で巻き上げられた海水が雨となって降り注ぐ中、連奈は途切れかけた意識を叩き起こすようにして、レーダー反応と上空の様子を矢継ぎ早に確認する。


「直前の火球が効いたな……そうでなければ、もう少し軽傷で済んだんだろうが」


 結果だけを単刀直入に述べるなら、ヴァルプルガDは未だに健在であった。

 しかし、全身くまなく焼けただれている上に、各部から火花と白煙が吹き出しており、どう見ても満身創痍といった状態だ。

 多機能の塊であるバルジセプターは右腕ごと消し飛び、頭部はフェイスカバーが融解して髑髏じみた貌が露出している。

 加えて、あれだけ連奈達を苦しめた力場領域も展開している様子がない。

 いかに鉄壁を誇る強度といっても、クリムゾンストライクからのゾディアックキャノンという、二つの最強武装の繋げ技は耐えきれなかったようだ。


「戦いを甘く見てたのはテメーの方だったな。一気に片を付ける度胸のねー弱腰野郎は、どんな強えー力を手に入れたって勝てやしねーんだ」

「蓋を開けれてみれば、訳知り顔をしているだけの素人だったわね」


 二人は口々にそう言ってのけるが、連奈も轟も、表情に笑みはなかった。

 ヴァルプルガDに致命傷を負わせる方法が、あのタイミング、あの位置関係での連携以外に思い浮かばなかったからだ。

 上手く成功したからいいようなものの、一つでも判断や操作に迷いがあろうものなら為す術なく敗北していたと確信できる。

 どう立ち回ろうとも巻き返せない、完全な詰みチェックメイトが待ち受けていたかと思うと、背筋はむしろ寒くなるばかりだった。

 場慣れすることで得られる勝負強さを主張はするものの、それらは機体スペックのように、いつでも一定の効果が期待できるわけではない。

 今の言葉は、自分達に言い聞かせているに等しかった。


「君達の実力を侮っていたのは認めよう。ただし、弱腰というのは否定してもらいたいな。僕の役割はあくまで警鐘を鳴らすことだ。なにがなんでも、ここで君達を始末するつもりで来たわけではない。こうまで戦闘を長引かせたのも、こちらの技術力を知らしめるためだ。そして、目的は無事に達成できた。その意味で、勝利者は僕であると言っていい」

「ああ言えば、こう言いやがる……!」

「典型的な負けず嫌いのパターンね。まあでも、どんなに嫌ったところで事実は事実。もう二度を顔を見たくないから、ここで潔く消えてちょうだい」


 連奈は、正面モニターに表示されたミサイルコンテナの残弾数を見遣って、ようやく安堵に至る

 あの力場に対しては効果が薄いと早々に断じて、ここまで実弾武装の大半を温存してきたのが功を奏した。

 連装ミサイルと自己鍛造弾を撃ち尽くせば、ヴァルプルガDを灰燼に帰すことなど造作もない。

 だが――――連奈が一斉射撃を行なうよりも先に、決着の時は訪れる。


「え……?」


 一際激しいスパークが機体の周囲に巻き起こるや否や、内側から食い破られるように全身が爆裂し、ゆっくりと落下していくヴァルプルガD。

 手ずから創造するはずの光景が、数秒早く現実のものとなったことに、連奈は呆然とする。

 花弁が散るように、ぼとりぼとりと海面に沈む装甲片が、妙に生々しい死を連想させた。

 四肢からも激しい炎が噴き上げているが、特に胴体ブロックの破損具合は徹底的だ。

 まず間違いなく、中枢部位も無事では済まない――――ここからどう対処しても持ち直せないことは確定的だった。


「おい、どういうことだこりゃ……自滅かよ」


 轟もまた、予想外の結末に顔をしかめながら呟いた。

 こちらの攻撃によるダメージがそれほどまでに蓄積していたのか、或いは、メテオエンジンの二基同時稼動が多大な負担を強いていたのか。

 どちらも可能性としては十分にあり得る。

 しかし、連奈の洞察力は、それらの原因を明確に否定した。

 アクラブやヴァルプルガが、真に連合に対しての警鐘的存在であろうとするのなら、ここで敗退するのは極めて不自然なことだからだ。

 独自にメテオメイルを開発した謎の第三勢力としての脅威も、若干ではあるが薄らいでしまう。

 確かに、こちらの攻撃も、ヴァルプルガDを撃墜しうるほどに苛烈ではあった。

 だがそれでも、アクラブは目的を達成できたとも、勝利者が自分であるとも宣言した。

 欠乏した感情の中に、微かなプライドの高さを垣間見せるアクラブではあったが、それでも主張の 全ては論理的であり、虚勢を張るような人間とは思えない。

 つまるところ、アクラブには逃げ切るだけの算段も余力もあったのではないか、という疑念が連奈にはあるのだ。


「マシントラブルにしては念入りすぎるわ。北沢君も、走って!」


 連奈は、一旦は沿岸部に戻そうとしていたオルトクラウドを、ヴァルプルガDの方へと向かわせる。

 真相に至る手段は一つだけだ。

 望みは薄いが、アクラブを救出して口を割らせるしかない。

 もしもこの顛末が、アクラブの望んだものでないとすれば、尚のこと――――


コックピットブロックは無事だったか……些か頑丈に設計し過ぎたな』


 ヴァルプルガDの予期せぬ内部爆発、その衝撃によって飛ばされたアクラブの意識は、慣れ親しんだ声によって現実へと引き戻された。

 壁面に打ち付けた頭部からは生暖かい赤色の液体が止めどなく溢れ出し、思考がおぼつかない。

 右の肋骨と大腿骨も折れてしまっているようで、僅かに動かすだけで激痛が走る。

 だが、それも一瞬のことだ。

 聴覚が捉えた渋みのある声に反応して、安心と快楽を司る脳内物質の過剰分泌が始まる。


「せん、せい……」


 アクラブが敬愛してやまない、自身の指導者にして、実親以上の信頼を寄せる男。

 彼が今、通信装置を介して自分に語りかけている。

 その事実を噛み締めるだけで、耐え難いほどの痛みは無類の幸福へと転換した。

 生来より他を隔絶する聡明な頭脳を持っていたが故に、アクラブは常人の輪に溶け込む術を知らず、ずっと不安と混迷に苛まれて育ってきた。

 そんなアクラブの前に現われ、方向性という名の安堵をもたらしてくれた救世主こそが、この男だった。

 男に指導を受けながら生きる過去は、アクラブにとって至福の時間。

 男から指示を受けながら生きる現在も、アクラブにとって至福の時間。

 男と言葉を交す、ただそれだけでアクラブの渇きは満たされるのだ。


『やはり余剰エネルギーのみを用いた自爆では、痕跡を抹消するには不十分か』


 正面のコックピットハッチは吹き飛び、両脇のコンソールの類も殆どが沈黙していたが、まだ半球型モニターの一部は機能していた。

 アクラブは反射的に、そこに映し出された、機体各部の損傷度を報せるウィンドウに目を通す。

 そして、一箇所だけ、現在の状態すら表示されていないことに気付く。

 二基のメテオエンジンを格納した動力ブロックは、存在しないかのような扱いになっているのだ。

 なにしろ、機体全体に被害が及ぶほどの内部爆発である。

 チェック機構が正常に動作していないのかもしれない。

 ともあれ、浮かべた満面の笑みは、少しだけ曇らせなければならなかった。


「せんせい、申し訳ありません。せっかく頂いたヴァルプルガを、こんなに傷付けてしまって」

『しかし……意外に奮闘してくれたな、彼らも。予定していたシナリオ以上に自然な流れとして仕上がった。遠回しに恩賞でも送りつけたい気分だ』

「せんせい、申し訳ありません。せっかく頂いたヴァルプルガを、こんなに傷付けてしまって」

『肝心要のバルジセプターとバルジリングは修復不可能なレベルで破壊されているか。ならば、憂いは無いな』

「せんせい、申し訳ありません。せっかく頂いたヴァルプルガを、こんなに傷付けてしまって」

『残るは、パイロットだけか』


 アクラブは、ほっと胸を撫で下ろした。

 自分の失態を、許してもらえたからだ。

 許してもらえない場合は、男は口を閉ざし、肉体そのものに調整を加えることで欠点の改善を図る。

 頬や、背中や、腹腔や、腕や、脚が、痺れ、金属で、熱く、暗い、寒く、ケーブル――――

 だから、男が言葉を紡いでいる間は、気持ちが安らぐ。

 コンクリート製の壁と合金の扉で作られた自室で過ごす、穏やかな日常を謳歌しているかのようだ。


「それで………僕はこれからどうしたらいいのでしょうか。このヴァルプルガでは帰投することは不可能です。せんせい。指示をお願いします」

『コンソール右端のカバーを開放の後、パスコードを入力して装置を起動させろ。そこまで出来たら、お前を褒めてやろう』

「わかりました。すぐに実行します」


 褒めて、もらえる。

 男の一言に、アクラブはくぐもった笑みを浮かべ、瀕死の重体であるはずの肉体を軽快に跳ね起こした。

 そのまま血走った眼を横に滑らせ、強化プラスチック製のカバーをスライドさせると、内部からテンキーがせり出してくる。

 8桁のパスコードは、西暦表記での自分の生年月日、迷うはずもない。

 21700625。

 続けて、エンターキーを押せば装置は起動。

 コックピットブロックの上下に内蔵された、ある温度での冷却によってのみ反応を起こす特殊な液状炸薬が爆轟し、パイロットを確実に消し去る。

 通常の自爆装置が何らかの理由で機能不全に陥った場合に用いる、二段階目の操縦者隠滅手段くちふうじというわけだ。


「よし、これで……!」


 アクラブは、何の躊躇いもなくエンターキーを押し込んだ。

 なぜ一段階目の自爆装置が勝手に起動したのかなど、どうでもいいことだった。

 なぜ動力ブロックが存在していないかのような表示が出ているのかなど、どうでもいいことだった。

 男から新たに与えられた指示を実行したとき、自分の身がどうなるかなど、どうでもいいことだった。

 そうすることで、ほんの僅かでも男の役に立てるのなら、それで十分だった。

 そうすることで、男から褒められ、自分の存在価値を見出せるのなら、それで十分だった。


「さあ、早く帰投しないと……ああ、そうだった、このままでは帰投できないんだった。僕はこれからどうしたらいいのでしょうか、先生。指示をお願いします」



 バウショック改とオルトクラウドが、残り二十メートルの距離まで近付いたとき――――ぞっとするほど滑らかに煌めく青い炎が、ヴァルプルガの胸部中央から小さく漏れた。

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