第58話 優しさまでの距離(その5)
沖縄近海からオマーンまで射出されることになった瞬は、どうにか日が暮れる前に、ラニアケアに戻ってくることができた。
ただし、夕方とは言っても、翌日のだ。
五百トン前後の積み荷を輸送可能な艦艇は数多くあるが、折り畳むことも分解することもできない三十メートル超の物体に対応した型はごく少数。
それらを現地国家の連合軍基地が保有していなければ、自然とラニアケアの合流を待つ羽目になってしまうのだ。
ケルケイムに、戦闘に関する諸々の報告まで終えた頃には、時刻はもう十九時。
ラニアケアの陸地部分も、夜闇と人工の光とがせめぎ合うだけの空間と化している。
砂漠気候ゆえの肌寒さに身を縮こまらせながら、瞬はそそくさと隊員用宿舎の中に入った。
「結局、まともに戦闘したのは俺だけかよ」
エントランスと殆ど一体化しているレクリエーションルーム。
その一画にある、円状に並べられたソファの一つに寝転がる轟が、首だけを捻って瞬を出迎えた。
「みたいだな……」
そう言って、近くのソファに腰を落とした瞬は、傍にあるラックに並べられた雑誌類を漁る。
相も変わらず、大手のスポーツ・ファッション誌ばかりで、瞬の興味を引くようなものはなかった。
単純な趣味嗜好の問題もあるが、十代の半ばにも満たない隊員というものが、そもそも軍施設の利用対象とされていないのだ。
「とんだ肩すかしだったぜ、まったく」
今回の戦いは、まさに瞬が語る通りの内容だった。
三手に分かれた四隻の輸送船の内、本物の輸送船であったのは、パキスタンに向かった二隻のみ。
瞬と連奈がそれぞれ迎撃を担当した、イランとオマーンに向かう二隻は、巧妙に作られたハリボテであったのだ。
これはケルケイムから聞き及んだ話になるが――――パキスタンの二隻にしても、十輪寺の発言や各艦の積載量を考えるに、積まれていたのはフレイムジェット及びディフューズネビュラとアーマードマシン三機。
複数形態を使い回すことは可能なものの、事実上、有人機は一機しか運用できない戦力だ。
言ってしまえば、本気には程遠い、何もかもが手抜きの侵略。
轟以外は無駄足を踏まされてしまっただけだ。
だが、船体に刻まれたオーゼスのロゴは、こちらの戦力を分散させるにあたって十分な効果を発揮する。
中身が不明である以上は、迎撃に出ざるを得ないのだ。
そして、特に得るものがなかったのは連合だけであって、オーゼスは違う。
「だけど、奴らにとっては十分な成果だろうぜ。今こっちが何機出られるかを確かめられたんだからよ。セコいやり方だ」
オーゼスを牽制する意味もあって、連合はメテオメイルの保有数を公表していない。
オルトクラウド以降、新たなメテオメイルが投入されていないことから、世間でも現状は三機のみが建造されているというのが定説になっているが、あくまで定説だ。
意図的な計画かどうかは不明だが――――今回の一件は、では四機目を引きずりだすためにはどうすればいいのかという問いに対する、解答の一つでもあった。
「全員で攻めて来るまでもなく、偽物の輸送手段をばら撒くだけでいいってわけだ。しかも、こっちの戦力の振り分け次第では、無血開城できるかもしれねえっておまけも付いてる。いや、無血ってこともねだろうし、ヴァルクス以外の部隊が無力って言うつもりはないけどよ……」
従来のように確実な足止めをすることすら厳しくなる可能性を想定して、瞬はだらだらと思ったことを述べる。
その一方、轟の方は全くと言っていいほど、不安がる様子がなかった。
しかも、どうにも纏う空気の質が違っている。
言語化するならば、無神経だからこその図太さから、神経が通っていてなお動じない強さに。
「ごちゃごちゃ悩んだって仕方ねーだろ。誰が相手だろーと、次会ったとき、確実に仕留める……俺達の考えることはそれだけだろーが」
「誰だよお前、轟に化けたスパイかなんかか?」
「ああ!?」
「だってさ、普通お前、決着付かなかったらめっちゃ機嫌悪いじゃねえか。カテナカッタラマケモドウゼンダー、ってさ」
「んだそりゃ、俺の声真似かよ。〇点だボケ」
顔をしかめた轟が、脚を振って履いていた靴を飛ばしてくる。
避けるほどの力も込められていない攻撃だったが、瞬は律儀に躱して、それから轟の元へ投げ返した。
「そりゃあ悔しいに決まってんだろーが。俺に責任は一切ねー、本当にただバウショックの不調が原因の引き分けだったとしてもだ。そんな状況でも、どうにかトドメを刺す方向に持って行ける奴こそが真に強い奴なんだからな。……だがよ、そればっかり気にしてるほどヒマでもなくなっちまったんだ」
「お前が? 他に興味が出たって?」
「ああ、まあ、な……」
あの北沢轟にしては、随分はっきりしない返事だった。
これもある意味で、大きな変化だ。
以前以上の頑強さと同時に、以前以上に弱々しいところも見せる、なんとも奇妙なその振る舞いに、瞬は一層困惑の色を強めた。
「ますます偽物が成り代わっている可能性が上昇したぜ……。血液検査やったらB型がA型になってるパターンだな」
「寝言ほざいてんじゃねーよ。俺は元からA型だ」
「嘘つけ、お前絶対B型だろ。じゃなかったとしてもAB型だろ。そのマイペースっぷりでA型はねえって」
「誰しもがテメーみてーにわかりやすい作りはしてねーんだよ、このO型野郎」
「当ててんじゃねえよ!」
そうやって、いつものように下らない口喧嘩と併せて取っ組み合いをしていると、遅れて帰還した連奈にセリアとメアラを含めた女子組が宿舎に入ってくる。
連奈は自分と同じで現地待機からの船旅、セリアはシフト上がり、メアラは訓練上がりと、それぞれぐったりしていて華やかさは七割減というところだ。
「おかえり、無駄足二号」
「ただいま、無駄足一号」
品もなくぼすりとソファに身を預ける連奈にわざわざ声をかけたのは、メアラの話し相手という重荷から逃れるためでもあったのだが、そんな企みは易々と突破してくるのがメアラでもある。
適当に話題を振ろうとしていたところへ、急に活力を取り戻したメアラが物理的にも首を突っ込んでくる。
「ご苦労さまでした、風岩先輩、北沢先輩、三風先輩! よろしければ、今回の出撃に対する感想をお聞かせ願いたいのですが!」
「なんもねえよ。強いて言うなら、出撃が徒労に終わるのも、それはそれで精神的に疲れるもんだなって思わされたことくらいかな。以上、感想おしまい」
「同上」
「では、唯一交戦なさったという北沢先輩は……」
二人のいい加減な解答ですらしっかりメモを取ったメアラは、そう言いつつ轟の方へと身を翻す。
瞬も、せいぜい数十分付きまとわれるがいいと、少しだけにやけた口元になって視線を轟に向け――――
そして、そこにあった全く予想外の光景に開口したまま硬直する。
「北沢君。この後、少し時間いいかな」
「この後もなにも、今からでいい。だから、ここでわざわざ待ってやってたんだ」
瞬や連奈、メアラにとっては、全く、意味のわからない展開であった。
誘ったのはセリアのようだが、轟の方が先導するように、二人して宿舎を後にしてしまう。
不思議な組み合わせによる、不思議な外出。
ただ、意味がわからないというのは、なぜあの二人がという点への疑問であって、その間にある空気の正体が読めない瞬ではない。
おそらくは、連奈も。
「は? は? は? は? ……は?」
だが、そうであるからこそやはり、総合的には理解不能の事態である。
瞬はただ、壊れたスピーカーのように、しばしの間疑問符だけを垂れ流し続けた。
「はぁ」
「ふう」
轟とセリアは、ただ間を持たせるだけに、交互に深く息を吐いた。
宿舎を後にしたとは言っても、ここは隣接する棟との間にあるベンチで、歩いた時間は三十秒にも満たない。
ただそれでも、どうしても外には出たかった。
どういう話になるのかもよくわかっていないのに、屋内は適していないという確信めいたものがあったからだ。
それに、冷えた空気を浴びた方が、身も心も引き締まるというメリットがあった。
一人分の隙間を空けて座るセリアは、すぐ脇に立つ電灯からそれなりの暖かさを得ており、この場所選びに対する不満というものは感じられない。
「…………」
二人がベンチに座ってから、もう二分ほどが経過するが、その時間を埋めたのは沈黙のみ。
轟はいい加減、話題を切り出すことにした。
何か用か――――セリアに誘われた経緯を考えれば、そう尋ねるのが理に適っているし、会話の始まりとしては自然だ。
ただ、出撃前の一件に関することで、下手には出て欲しくなかった。
わかっていてそうさせるようなら、情けないにも程がある。
だから、その過程は最初から省く。
「俺は馬鹿だからよ……実際にテメーの目で見たものだけで、物事の善し悪しを判断する。だから、今まで散々見落としてきたかもしれねー。実は気の合う奴とか、尊敬できる奴とかをよ」
「私は、どれにカテゴライズされたのかな?」
「どこかだ」
気に入られたことが前提の図々しい質問だったが、間違っているわけでもない。
轟は数ミリだけセリアとは逆方向に首を回しながら答えた。
「他者を認めるためのハードルが高く設定されているだけではなく、ハードル自体の幅も狭かった、ということかな。ちょうどそこを飛び越えられない限り、君からの合格点はもらえない、と」
極めて的確な表現だと、轟は感服する。
轟は、真の強さを追い求める内に、いつしか脇目を振ることを止めていた。
他人に興味を持つことは、寄り縋って安心を得ようとする、心の弱さの無意識的な発露だと思ったからだ。
故に、己の進路上にあるものしか視界に入れることができず、知己と呼べるほどの相手と出会う確率は常人より大幅に低かった。
視野が狭い上に、自分の前に立ち塞がることのできる強い相手である、という条件が付くからだ。
轟は今日、セリアという人間の強さを能動的に認めてようやく、自分が如何に勿体ないことをしてきたのか、気付くことができた。
傍に置くのは、切磋琢磨できるような強さを持つ人間だけでいい、というスタンスは今でも変わらない。
ただ、そんな相手をもっと早くに見つけられていればという後悔はあった。
そして、こんな風に、馬鹿な自分でさえも楽に呑み込めるような理屈を用意できるからこそ、轟は尋ねざるを得ない。
「すぐにそこまで察せるテメーが、なんでだ?」
どうして、自分に歩み寄ってくる理由が“わからない”のか――――本当に言いたかった台詞は、こうだ。
言えなかった原因は、適切な言葉を選ぶための努力を今まで放棄してきたことと、答えを得ることを逸ってしまった現在の気分。
セリアは、そんな轟の言い分を前に、ただ悲しく笑った。
「多分もう、そこから大いなる勘違いが始まっていると思うんだ。君だけでなく、風岩君や連奈もさ。私は君達が思うほど、人の心を読む能力には長けていないよ」
「……今更なに言ってやがる。心理学の博士号持ってんだろ。いつだったか、テメー自身の口から、他人を分析すんのが趣味だって聞いたこともある」
「だから、趣味だってば。得意だとは一言も言ったことがないよ」
面倒くさい言い回しだが、確かに筋は通っている。
しかし、完全に納得できたかと言われれば、そうでもない。
得意ではないといっても、学位を授与されるほどの専門知識を持っているのならば、それはやはり得意と呼べるのではないかというのが轟の意見だ。
「自分がどういう人間なのかを長々と語るのは、滑稽だし、気恥ずかしさももある。ただ、それが手っ取り早いのかもしれないね。私達が、答えに辿り着くにはさ。あれこれと考えるのは、その後でもいいんじゃないかな」
「……そうかもしれねーが」
同じ謎を一緒に追い求めている、という事実は、全くその通りなのだが、改めて言語化されると妙に落ち着かない気分になる。
肯定の意を露わにしたつもりなのに語尾がおかしなことになっているのは、そうしたわけもあった。
「だったら全部話せ。俺が眠くならない程度にな」
轟は、足下から伸びた自分の影を見ながら言う。
そもそも、轟にとってはセリア・アーリアルという人間の身の上すら全くの謎であった。
今ではすっかり当たり前の光景となっているため感覚が麻痺してしまっていたが、メテオメイルパイロット以外で唯一、軍属となる年齢規定を無視してヴァルクスの隊員を務める少女。
自分達とは別の形で特例措置を受けているのだろうが、どういう経緯で抜擢されたのかは不明だ。
必ずそれは、真相に至るための大きな手がかりになるだろう。
十秒ほどが経って――――これまでどんな状況でも流暢に喋ってきたセリアは、小さく咳を入れてから再び口を開いた。
「スイスにさ、あるんだよ」
「何がだ」
「地球統一連合政府が直々に所管している、、先天的高知能児のための教育施設さ。名前を”アークトゥルス”という。私は五歳の時からずっと、そこに預けられていた」
入学要件はIQテストで160以上が絶対条件。
生徒は全員、難問を難問と思わない傑出した才能の持ち主ばかり。
生徒一人一人の特性に合わせたカリキュラムが組まれ、必要最低限の一般教養を除けば、他の時間は全て、適性が確認された才能の開発のみに時間を割かれることになる。
つまるところ、各分野の逸材を、仕上げ完成させるための場所。
セリアは長々と補足をし、そこでようやく轟も、ギフテッドが世間で言うところの”天才”に近しい意味を持つ単語なのだと理解に至った。
だが、轟が気に留めたのはまた別の点だ。
「……じゃあテメーも」
「ん?」
「いや……じゃあテメーは、とんでもねー天才なのか」
複雑怪奇なオペレーティング端末を操る豊富な知識と、限られた場面でしか使わないようなコマンドを全て覚える超常的な記憶力。
能力の一端を見せつけられておきながら、随分間抜けな質問だとは思った。
「そうだよ」
驚くほど何の抑揚なく、セリアは答えた。
「私に見定められた才能は大別して四つ。ざっくりした区分をすると、統語論、認知心理学、あとプログラミングはOOADとAMD、それと……」
「何一つわかんねーよ」
まったく脳内で消化できない無機物のような単語の羅列にうんざりして、轟は答えた。
わかったことといえば、それらの能力はセリアにとって、もはや誇示するまでもない血肉の一部と化しているということだ。
分野の違いはあれど、逸材しか存在しない環境では、もはや優劣の意識さえもが不要。
周りの人間を強者と弱者で切り分けてきた轟とは、まず思想を育む土壌からして大きく異なっていた。
「ともかくさ、そういうことが……できたんだ。小さい頃からね。なんと言ったらいいのかな、私達にとって、知識は後付けであって、自分がやっていることを説明するための言語に過ぎないんだ」
「勉強することは、テメーらにとっては答え合わせでしかねーってことか」
「そう、そうなんだよ」
混乱する思考の渦から排出された流木程度にしか思っていない結論だったが、セリアの声は妙に明るくなった。
伝えようとしていた要点をまぐれで当てたのか、それとも会話に熱が入ってきたのか。
ただ、今のセリアが、普段とは全く異なる一面を見せているというのは確かだった。
そう、たった今気付いたことではあるが、自身のことを語り始めてから、言葉選びが随分と下手になっている。
他人のことを言える立場ではないが、要約するという過程がすっぽりと抜け落ちてしまっている印象だ。
加えて、口数が多すぎる。
しかし轟としては、完成された聞き役としてのセリアより何倍も気に入っていた。
「だからかな、興味がないことを理解しようとする意識は、そこの生徒は総じて希薄だった。元々広大な自分の世界を、持てる全ての時間を使って、更に開拓していくだけ。それは同時に、コミュニケーション能力の著しい欠如にも繋がった。彼らは皆、自分の話しかできない……いや、できないわけだからね」
「だけど、テメーは違うだろ」
「ううん、性質的には彼らと全く同じだよ。どころかむしろ、極めつけの不器用に区分される。本当に苦手なんだ」
そう言って、セリアは正面に翳した自分の手の平を覗き込む。
まさに今こそ、言ったとおりのことが起きているではないかと自嘲するように。
同時に、そうであってはいけないという自重を念押しするように。
「これが多分、君の抱く疑問に対する一つの解答になると思うけど……私はただ、学んだ理論と得られたデータから、他人にどう接するべきかを逆算しているだけに過ぎない。普通の人間がごく自然にできている、どうすれば極力相手にストレスを与えないのか、或いはどうすれば気分を良くしてもらえるのかということを、頭の中に用意した膨大なデータの中から幾度もの試行計算を経た上で、言葉に変換する。一言一言、その全てをね。滑稽なことをやっていると、我ながらいつも思うよ。必死にその作業を続けることでどうにか、君達が知るセリア・アーリアルが成り立っているんだ」
心情を読むのではなく、ただ表層を執拗なまでに分析し、類推するだけ――――そうでもしなければ、普通の環境に適応できない。
確かに、轟にとっては色々と合点がいく説明だった。
セリアの、他人との距離の置き方は、思い返してみれば不自然なところが多かった。
押される前に退がり、引く前に寄り。
そこにいても煩わしさを感じない領域の、丁度すぐ外に立ち続けようとしていた。
深く関わって重荷になることもなく、それでいてすぐに手を貸すこともできる、“それなりの友人”をセリアは演じ続けたのだ。
しかしそんな努力は、計算の狂いで座標がずれてしまえば一転、内と外を頻繁に出入りする、何がしたいのかわからない不快な存在になる。
まさに今日の昼、轟と話したセリアがそれだ。
「……大変だな」
今度は轟が、自省する番だった。
「北沢君らしくない答えだね」
「それもデータかよ」
「一応はね。……もっとも、私にとっての君はずっと埒外の存在だったし、だからこそ計りかねた部分もある。私にらしさを語られるのは、君としても不満だろうけど」
「いや、合ってる。らしくねーのは同感だ」
轟は軽く喉を鳴らした。
脳内で反芻すればするほど、おかしさが増す。
皮肉抜きの同情など、自分の口から出ていい言葉ではない。
「本当は、『勝手でいいじゃねーか。思ったことをそのまま言えばよ』……そう答えようとしてた。だけど、寸前でやめた。勝手にやってきた結果が俺だからだ。俺はこのやり方で満足だが、他人に勧めるわけにはいかねー」
「だからしばらくは、君を避けていた。コミュニケーション能力が壊滅的だった頃の自分を思い出して、怖くなったんだ。……実は誰とも関われてなんかいない、その事実にすら気付いていない、あの頃の自分をさ。暴力的な一面に対する嫌悪感なんて、二の次だった」
「……そうだったのかよ」
どうでもいいとまでは言われていないのに、別の主要な原因があったという吐露を受けて、微かな安堵が生まれてしまう自分。
そんな精神構造の安っぽさに、轟は辟易した。
「でも君は、勝手にやっていく内に、風岩君や連奈という良き理解者を得た。シニカルを気取っている私なんかはゆうに追い越してね」
「上手くいくとは限らねー力技だ」
「それでも羨ましかった。自動でブレーキがかかってしまう私には、挑むことすらできないからね。……ひょっとしたら、それこそが君に拘る理由なのかもしれない。知識を必要とせずに“できてしまう”人間への、嫉妬とか羨望とか」
「あ?」
「なぜ興味を抱いたんだろうという、その疑問自体が間違いだったんだよ。私の精神面は、自分で思うよりも遙かに幼稚だったというわけさ。あまりに単純すぎて、気付けなかったのかな」
本来ならば、自分達こそに向けられる感情を、自分が抱いてしまうという事態――――セリアは自分で導き出した結論にいたく感嘆しているようだった。
だが、轟にはどうも、しっくりこない。
セリアの並べ立てる論理それ自体は正しいが、胸の内がすっとしない。
何故なら、まだ何も解決していないからだ。
「そこで終わりでいいのかよ、テメーは」
「答えは、出たじゃないか。もうこれ以上、君に迷惑はかけられないよ」
「俺は、気の許せる奴が偶然舞い込んできただけで、自分で見定める力が足りてねー。テメーは、仮面を引っ剥がせば無駄にゴチャゴチャ喋っちまう鬱陶しい奴のままだ。良かねーだろ、まだまだだろ。ここで足を止められるのが一番の迷惑だ」
轟は、ここに座ってから初めて、セリアと視線を合わせた。
別に、二人で助け合おうなどという甘えたことを言うつもりはない。
だが、ただ知的好奇心を満たすためだけに時間を割いたわけでもないのも事実だ。
互いに変わろうという思いがあったからこそ、この状況が成立しているのではないか。
そうだろうと――――轟は目だけで同意を求めた。
セリアは、観念したかのように深く呼吸する。
「そうだね……良くないね、まだまだだね」
「大体、テメーが言ったんだぜ。俺がよくわからねー奴だってよ。だったら、さっきの結論だって時期尚早だろ。まだデータが足りてねーんじゃねーのか」
「確かに、君がどういう人間であるかを知るためには、まだまだ調査が必要みたいだね……。メアラのことを笑えないな、私も。どちらかと言えば、私が笑われる方か」
「……テメーは、あそこまでやるなよ」
「しないよ」
苦い顔になった轟を見て、セリアが愉快げに頬を緩めた。
「もっと上手くやる」
「そうか」
遠慮も知性も取り払った、憎らしさすら覚える、その幸せそうな表情を、轟はもっと近くで見たいと思った。
思ったが――――今日のところは、目標の半分の距離を埋めるのが限界だった。




