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第56話 優しさまでの距離(その3)

「ふっふっふ……よくぞ来たな、バウショックよ! 俺の名前は十輪寺勝矢! 三度の飯より巨大ロボットを愛する、熱き魂を持った戦士だ!」

「どんな肺活量してやがんだ、このオッサンは……!」


 バウショックが戦場に到着した瞬間――――暑苦しいにも程がある顔面と、鼓膜を破りかねない声量が、通信ウィンドウを通して轟を襲う。

 その凄まじいインパクトに、轟の脳髄は二つの意味で揺さ振られることとなった。

 パキスタン南西の更地にて、堂々と腕組みをしながら敵機の到着を待っていたディフューズネビュラ。

 そのパイロットである十輪寺が、もはや存在自体がうるさい人物であるということは瞬から聞き及んではいたが、ここまでとは思いもしなかった。

 毎度の手間を省くために、自動でオーゼス機との間に通信回線を繋ぐ設定にしていたのは失敗だったようだ。

 だが、遮断するにげるという選択肢は轟には選べない。


「俺はな、諸処の理由によりお前だけはどうしても倒さねばならない。そう、お前だけはその存在自体が邪魔なのだ」

『この台詞、風岩君にも言っていた気がする……。結局、連合製メテオメイル全てが憎いんじゃないかな、この人は』

「……うるせーのはもう一人いるんだったな」


 轟は軽く舌打ちをすると、もう一人の通信相手であるセリア・アーリアルが映るウィンドウを、S3による思考操作でモニターの端へと追いやった。

 今回は複数箇所で戦闘が行なわれるということで、南極近海での救助作戦時と同様、サブのオペレーターが各機への伝達を担当することになっている。

 面倒なことに、バウショックの担当がセリアであるということもだ。

 なにか自分の思いもよらない作戦上の理由があるのかもしれないが、尋ねようにも相手がセリアでは、それもできない。

 小一時間ほど前の一件で、少なからず気まずさを感じていたからだ。


「まずその一! 紅蓮の如き赤を宿した、そのボディ! 微妙に色調の違いはあるとはいえ、俺のディフューズネビュラと被ってしまっている! 同じ理由でシンクロトロンも結構憎い! 似たようなカラーリングのロボットは一機あれば十分なのだ!」

「だったらまずは、テメーのからブッ壊してやるよ!」


 轟はバウショックの右腕を引き絞らせると、すぐさまディフューズネビュラに向かって突撃を仕掛けた。

 本来、轟はもう一機を相手にしなければならないはずなのだが、それを搭載しているはずの輸送艦は十数キロ南方の沿岸部に留まったままだ。

 舐められているのか、それとも漁夫の利を狙っているのかは不明だ。

 かつての自分のように、ただ共闘を嫌っているという可能性も、アクの強い人員ばかりを揃えたオーゼスならば十分に納得できる。

 二対一という状況を恐れているわけではないが、わざわざ待つ義理もない。

 人の世界も獣の世界も、仕留められるうちに仕留めるのが最適解だ。


「そうはさせない、バーニングライフル!」

「効くかよ!」


 ディフューズネビュラが、唯一の武装であるレーザーライフルを連射するが、轟はその直撃を受けながらも直進する。

 直撃とは言っても、バウショックにとっては装甲が炙られる程度のもので、貫通には程遠い。


「なんだなんだ、その機動力は! データを遙かに上回っているではないか! 以前の鈍重さが見る影もない!」

「おかげさまでな……!」

「むむむっ……まさか鹵獲されたプロキオンの! 他人の褌で相撲を取るとは、卑怯だぞ!」

「奪ったモンは、その時点からテメーのモンだ。ゴチャゴチャぬかしてんじゃねー」


 一発で言い当てたとはいえ、十輪寺はバウショックの走力にだいぶ泡を食っているようだった。

 新型フレームの転用それ自体もだろうが、こうも短期に投入してくるとは思いもしなかったらしい。

 そして、全速力を出したのは初めてのことなので、轟自身も驚きは大きい。

 現在の時速は約百二十キロメートルといったところだろうか――――人型機体としてはまだまだ下 位だが、ちゃんと疾走と呼んでいい速度が出せている。

 加えて、脚部関節への負担を気にする必要がないというのが嬉しいところだった。


「まずい、これでは合体する時間が稼げない! 最初から合体しておけばいいだと!? そんなロマンの欠片もないような真似ができるか! わざわざ戦闘中に合体するのが燃えポイントなのだ!」

「そもそも合体機能自体が丸ごと余計だろーが。なんの意味があるんだ」

「かぁーっ、これだからいかん! 最近の少年はいかん! リアル路線のロボットアニメばかり見ているとそうなるのだ、冷めた目線でしか物事を見れなくなってしまうのだ! ワンダーが欠乏した少年に未来はない!」

「俺は、ロボットアニメなんて見ねーよ!」

「余計に悪質だ! 見ろ! 玩具も買え!」


 よくわからない理由で怒りを爆発させた十輪寺の叫びと共に、ディフューズネビュラが跳び蹴りを放ってくる。

 突然のことだったが、そのとき轟は、自然と迎撃の構えを取ることができていた。

 上半身を捻り、前方へ左腕をかざして盾に――――打甲術の応用系である。

 面積と強度、双方に優れた右腕ギガントアームを盾にするのが従来の基本型であったが、霧島の指導によって反転型も咄嗟に繰り出せるように訓練を重ねていたのだ。

 盾に向いているのは右腕なのだが、矛に向いているのもまた右腕。

 確実にカウンターを決められる自信があれば、右腕を使う方が有効だった。

 左右の役割を自然と切り替えられるようになれば、対応力は更に上がる。

 轟は今まさに、その効力を実感していた。


「ハマった結果がテメーなら、尚更見る気がしねーよ、ボケ!」


 ディフューズネビュラの蹴りは、自分から見て右側から飛んできているため、右手で防御を行なえば視界を塞ぎかねない。

 その意味でも、腕の割り当ては適切といえた。

 更に、反応が早かったことで、ディフューズネビュラを目で追える余裕も生まれている。

 全てが思い通りに動く小気味よさを覚えながら、轟はバウショックの上半身を捻らせ、ギガントアームによる全力の殴打で対抗した。


「打撃・あかがね……!」


 外から内へ――――巻き込むように殴りつける真横からの一撃が、ディフューズネビュラに命中する。

 超常の衝撃を受けて吹き飛ばされたディフューズネビュラは、砂岩の大地に叩きつけられたあと、二度のバウンドを経てうつ伏せに倒れた。


「どわあっ! パンチも速い!」

「今のは、機体性能だけじゃねーぜ」


 轟は、半壊したディフューズネビュラを見下ろしながら言ってのける。

 打撃が命中したディフューズネビュラの右大腿部は、痛々しくねじ曲がっていた。

 これでもう、歩行することすらままならない。


『ここまでやれば、ゴッドネビュラへの合体も不可能……でも、北沢君!』

「テメーは黙ってろ……」


 セイファート戦でも右脚を破損したディフューズネビュラだったが、その際は、合体パーツによる実質的な補強によって、特に問題なく戦闘を続行していた。

 だが、大きく歪んだ現在の状態では、まず正常にパーツ同士が噛み合うことさえ難しい。

 三機のサポートメカもそれぞれ単体で戦闘能力を有するとのことだが、例え呼び出されたところで苦もなく撃破が可能だろう。

 最初から合体していなかったあちらの手落ちもあるが、ほとんど消耗なしに、もう一体を相手にできるというわけだ。

 轟は迷いなく、ゴッドネビュラにとどめを刺すべく接近する。


「考えてたよりは遙かにラクな戦いだったな。だが、勝ちは勝ちだ。テメーの首はもらっていくぜ……!」

「ふっふっふ、それはどうかなワイルド少年。真のヒーローは如何なるピンチから逆転するものなのだ」

「こっからテメーに何ができるってんだ……!」

「それを今からお見せしよう! 」


 十輪寺がそう言い放ち、不敵な笑みを浮かべた直後、レーダー上に新たな高熱源体の反応が現れる。

 出現座標は南方の輸送船。

 とうとう、もう一機が出撃したというわけだ。

 間を置かず、かなりの速度でこちらへと向かってくる。

 ほぼ同時に、ディフューズネビュラは右脚をパージ。

 そして、スポーツカー形態に変形すると、すぐに反転して後退していく。

 合体するという印象があまりにも強すぎて、ディフューズネビュラにそうした機能があることを、轟は完全に失念してしまっていた。


「バーニングチェンジ! アンド、バーニング一時後退!」

「しまった、車……!」

『だからさっき、それを言おうとしたんだよ……!』


 轟は慌てて追跡するが、片足を失って三輪になったとはいえ、それでも車輪駆動である。

 人型のバウショックよりは僅かに最高速度で上回り、距離が縮まらない。

 クリムゾンショットを二度投げつけるも、巧みなドライビングテクニックで回避されてしまう。


「クソ……タイヤがブッ壊れてるのに、いい動きするじゃねーか!」

「ふはははは、元・自動車整備工を舐めないでもらおうか! 壊れた車の動かし方も熟知している!」


 それでも諦めずに三発目の発射準備に入るが、急速接近してくる熱源が、とうとう肉眼で捉えられる距離に入ってくる。

 高度百メートル前後の低空を飛行する物体――――轟は最初、それをオーゼス唯一の完全な空戦対応機体であるエンベロープかと判断しかける。

 しかし、実際には似ても似つかない全くの別物であった。

 増援の正体は、一対の前進翼を持つ、赤と黒に塗られた巨大戦闘機。

 ただし、既存の軍用機とは似ても似つかず、かなり凹凸の多いデザインだ。

 キャノピーを始めとして、全身各部にライトグリーンの透過素材を多用していることも相まって、どうにも玩具くさい。

 全長四十メートル近い異様なサイズも、そう思わせる一因かもしれない。


「なんだこいつは、今まで見たことがねーぞ……!」

「紹介しよう、こいつはフレイムジェット! アーマードマシンと対を為す、もう一つのディフューズネビュラ用支援メカだ! しかと目に焼き付けろ、このいかにも変形しそうな、航空力学に反しまくった形状を! やはり支援メカはこうでなくてはいかん!」

「けっ、そいつとも合体するってわけかよ……」

「その通り!!! 全く新しい機体が出てくるよりも、コアロボが別の支援メカと合体して新形態になる方が百億倍燃えるだろう! 異論は認めない!」


 ディフューズネビュラは、更に高度を落としたフレイムジェットから伸びてくるウインチワイヤーに吊り下げられ、地面を離れた。

 しかも、その状態で再変形して、わざわざ腕を組み直すという余裕まで見せて。

 そして、バウショックのすぐ傍にあるクリムゾンショットの射程外領域――――要するに、真上へと移動する。


「日本のロボットアニメについてまるで理解のない技術スタッフのせいで、こいつも開発が遅れに遅れてしまった! 俺は忘れないぞ、フレイムジェットのデザインを持ち込んだときの、連中の呆然とした顔は! 他のマシンはどんな無茶苦茶なのでも速攻でコンセプトを把握する癖に!」

「テメーのことをわかる奴はいねーよ!」

「だがどうにかこうにか要望通りに作らせた! さあ行くぞ、ディフューズネビュラ第二の合体、マッハバーニングフォーメーション!」

「ちっ、間に合え……!」


 ぐんぐん上昇していくフレイムジェットに、もはや位置を調整したところでクリムゾンショットは届かない。

 バウショックはすぐさま、ギガントアームを展開させてソルゲイズの発射準備に入った。

 だが、直前にクリムゾンショットのエネルギー充填を中断しており、まずはその冷却から始まる。

 そうこうしている間に、上空ではディフューズネビュラとフレイムジェットが合体シークエンスに移行していた。


 まずは、フレイムジェットの機首から機体の中ほどまでが左右に分割し、脚を形成。

 機首の部位だけが上に折れ曲がって足になる。

 次いで、後部の大型ブースターポッドが展開し、腕部を形成。

 スラスターが腕の内部に収納され、入れ替わりに五指のマニピュレーターが出現する。

 更に、胴体の奥から、扇状に広がる三本のアンテナを額に備えた頭部がせり上がってくる。

 地面に対して水平状態のままそこまでの変形を負えたフレイムジェットは、そこでようやく垂直に持ち上がると同時に、吊り下げていたディフューズネビュラを両腕で保持。

 胴体にできた空洞の中へ、上半身と下半身が折り畳まれ異様な形状となったディフューズネビュラを収める。

 そして、両腕に装着していた盾状のパーツを組み合わせて、胸部に装着。

 最後に、前進翼が基部から半回転して、Vの字の翼となる。


「ふっふっふっふ……! 今回も合体成功だ……!」


 背面装甲から新たに露出した縦長のスラスター四基の噴射によって滞空する、赤きメテオメイルの中で、十輪寺が感涙の涙を流す。

 全高四十五メートル、重量五百四十トン。

 ゴッドネビュラよりもやや身重でありながら、ディフューズネビュラを完全に格納する形式としたことで構造上の脆弱性が大幅に改善された、事実上の後継機。

 この姿こそ――――


「これぞ、マッハバーニングフォーメーションにて完成する、もう一つの強化形態、“カイザーネビュラ”! どうだ、これも格好良いだろう! 俺は複数のメカを纏う形式と同じくらい、巨大な支援メカに格納される形式も大好きなのだ! 撮影する時間なら幾らでも与えてやろう! むしろ撮れ! そして俺にもデータをくれ!」

『確かに、この合体パターンなら、動力源さえ無事なら戦闘に全く影響がないね。その意味では以前のタイプより洗練されているといえるよ』

「だから、もういらねーだろ合体そのものが……!」

「合体の必要性を理解できない悲しきワイルド少年よ、やはりお前は悪だ。この十輪寺勝矢が直々に引導を渡してやろう!」


 そう叫ぶなり、カイザーネビュラは背面から二丁の大型銃を取り出す。

 よほどの大火力武装を積んでいない限りエネルギーの枯渇とは無縁なメテオメイルの主兵装が、よもや実体弾ということはないだろう。

 ディフューズネビュラが持つレーザーライフルの高威力版と考えておいた方が良かった。


「また距離で苦しめられるのかよ、俺は……!」


 エンベロープに次ぐ空戦対応型、そして長射程火器。

 深く考えるまでもなく想像が付く、近接特化型じぶんの不利。

 轟はバウショックの腰を落として、跳躍の準備だけは行ないつつも、忌々しげに呟いた。


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