第4話 ヴァルクス始動(後編)
ヴァルクスの活動拠点である“ラニアケア”は現在、伊豆諸島の中でも北方に位置する、御蔵島付近に投錨していた。
“現在”や“投錨”という表現をしなければならないのは、ラニアケアという軍事施設が、スクリュー推進によって海上を航行可能な移動式人工島であるからだ。
総面積は約三平方キロメートル。
陸地の部分には司令部としての機能が集約された中央タワー他、メテオメイルや支援機など所有兵器全般の整備・開発を行う工廠エリア、そして医療棟や居住区などが存在し、物資の補給という条件さえクリアすれば、島外施設に頼らぬ部隊運用が可能となっていた。
ラニアケアは元々、どの国家にも属さぬ海洋リゾート地として連合政府が開発を進めていた。
だが、ミリオンメテオによる災害の後は都市の復興に注力せねばならず、計画は実質的に無期限の中止状態にあった。
その後、オーゼスの出現に際し、世界各地に出現する彼らを転戦迎撃するために、八ヶ月ほどの期間を要して移動要塞化されたのだ。
通常の艦隊よりも寄港回数が遙かに少なく済み、かつ遠海での戦闘にも対応できる、対オーゼスにおいては、この上なく有用な拠点であるといえた。
ただし、ラニアケアもメテオメイル同様、実際の運用は数ヶ月先を想定されていたため、まだ完成していない区画も多い。
あくまで最低限の最低限――――医療棟からケルケイムの待つ中央タワー最上階に辿り着くまでの間、瞬の見る景色の半分は工事用の鉄骨とシートに遮られていた。
「……大丈夫なのか、こんなんで」
エレベーターを出た瞬は、眼前の扉の脇にあるプレートを一瞥し、ここが指定されたケルケイムの執務室で間違いないことを確認すると、脇に備え付けられたタッチパネルに触れ、呼び出しを選択する。
この二十三世紀にあってハイテクとは無縁の生活を送ってきた瞬だが、複雑極まるセイファートの操縦も経験し、この程度のことは迷わずできるようにはなっていた。
「えーっと、ケルケイム司令に呼ばれて来た、風岩瞬ですけども」
『瞬か。今開ける』
ケルケイムの短い返事と共に、すぐに扉はスライド開放され、室内の光景が瞬の目に飛び込んでくる。
フロア面積のほぼ全て――――学校の教室四つ分ほどもある、個人での使用がメインとは思えないほどの広さ。
その最奥にある執務机には、無数の端末と書類が載せられていた。
壁面は全てガラス張りとなっており、今は周囲の大海原を一望できる。
天井も高めで風通しもよく、部屋の主に襲い来る大津波の如き仕事を抜きにすれば、なんとも快適な空間のようだ。
そして、最後に瞬が視線を向けた場所、そこにこそ、ここへ足を運んだ要がある。
ラウンドテーブルの周囲に四台の大きなソファーが配置された応接スペース。
そこで瞬を待っていたのは、ケルケイムと、これから共に戦う事になる二人の仲間――――
「子供……?」
瞬は呆気にとられて、ついつい口走ってしまう。
ケルケイムの左右のソファにそれぞれ身を預けていたのは、瞬と同い年のようにも見える少年と少女だった。
面と向かってまじまじと見てみたわけではないが、しかし顔立ちや所作の若さは明らかに大人のそれでもない。
「司令、他パイロットって……そこの?」
「そうだ」
ケルケイムは何をそんなに驚くことがあるといったような表情で瞬の方を見てくる。
瞬としては、自分だけが特例的に、子供ながらもメテオメイルのパイロットに選ばれたのだと勝手に思い込んでいたのだ。
周りが同年代だらけの環境というのは、気楽ではあるだろうが、それは同時に頼りにできる人間が少ないことも意味する。
落胆とまではいかないが、瞬は少しだけ不安を覚える。
「あぁ……? テメーだってガキじゃねーかよ」
少年の方が、苛立たしげに首を回して顔を向けてくる。
ファーの付いた上着と鎖付きのジーンズはどちらも深い黒に染め上げられ、赤いメッシュの入った茶髪のミディアムヘアー、瞳が窺えないほどの濃いサングラス、しゃがれたような低い声も相まって、並々ならぬ威圧感が発せられていた。
わかりやすいルード系の格好ではあるが、ただファッションにこだわった上っ面だけの輩ではない。
テーブルの上に両脚を預ける行儀の悪さに反して、その体勢の中に、殆ど隙が見当たらない。
微細な挙動が極めて動物的な機敏さを持ち、武道か喧嘩かまでは判別しかねるが、相当な場数を踏んでいるようだった。
その全身から発せられる獰猛な獣の空気に、瞬の緩みきっていた警戒心は戦時のそれへと引き上げらる。
剣さえ握れば話は別だが、ただの殴り合いでは到底勝てる見込みがないだろう。
「ともかく、座ってくれ」
「ああ……」
ケルケイムに促され、瞬は消去法的に、ケルケイムと対面する位置のソファに腰を下ろす。
それぞれの間に少しの距離はあったが、両隣が知らない初対面の人間とあっては、やはり落ち着かないものがあった。
「精密検査のデータ、これから色々と細かいところを見直すって言ってたけど、やっぱり目立った異常とかはないみたいだってさ」
「そうか、それは何よりだ。……ではこれよりパイロット諸君に、連合・オーゼス間で行われている大規模武力紛争に関しての現在の世界各地の状況及び、地球統一連合軍ひいてはメテオメイル部隊ヴァルクスの今後の活動方針と具体的内容についての説明を行いたい。その前に、まずは自己紹介を挟まねばならないがな」
言って、ケルケイムはまず瞬の方を見遣った。
搭乗機体のナンバー順ということなのだろう。
セイファートの型式番号がAEX-01であることを思いだしながら、瞬は左右をちらりと見ながら口を開く。
「オレは風岩瞬。今年で十四歳。風岩流っていう、かなりマイナーな剣術をやってる家に生まれて、多少は剣の心得がある。だからセイファートのパイロットに選ばれたんだろうけどもさ。趣味は山の中を散策する事と食玩集め。戦う理由は……オレを何かと過小評価しやがる家族を見返すためかな」
「ガキかよ」
「うっせーな。結構切実な理由なんだぜ、オレとしてはよ」
少年に一蹴されるのも仕方のないことだという自覚は瞬にもあるが、しかし反論した通りである。
瞬には、刃太という名の六つ歳の離れた兄がいる。
刃太は、勉強、スポーツ、そして剣術においても、何ら一切非の打ち所がない精到全美の超人であった。
剣術の腕前は既に、師範の祖父及び師範代の父をも越えるとされ、本人こそ乗り気でないが、若くして教えの側に立つ回数も増えていきている。
その上、清廉かつ勤勉で、誰から慕われ敬われるという、人間としての理想像がそのまま具現化したような傑物なのだ。
そんな兄を持てば、無論人々の注目はそちらに集まっていくし、瞬はもはや比較対象に並ぶことさえない。
下に見られるのならばまだしも、もはや何の話になろうと、刃太には勝てない事が親族の中では前提となっているのだ。
それでいて、怠惰になろうものなら、そんな様だから兄に及ばぬのだ、という理不尽な叱責が飛んでくる。
こんな生活を十数年も送っていれば、多少は自暴自棄になってでも、何か一つ、兄にも出来ないようなことをやってみせるしかないという結論に至ってしまうのである。
第三者からみれば、確かに命を賭すにはつまらない理由――――実際、家族にもほぼ満場一致で反対された。
だが、己の存在証明を立てることが生きる目的だというのなら、これほど純粋な戦う動機もない。
見事世界を救い、その結果を、自分を認めない家族に叩きつけることこそ、瞬が求めてやまない到達点なのである。
「まあ、とりあえずはこんなもんだ」
「では、次は……」
「俺か……」
「聞かせてもらおうじゃねえか、お前の戦う理由ってやつを。さぞかしご立派でご大層なご事情があるんだろうな」
瞬は最大限に嫌味を込めてそう投げかけるが、無視するように、少年は誰を見るでもなく、ただ前に向かって言葉を放った。
「俺は北沢轟。歳は、そこのそいつと同じだ。俺は命懸けの戦いってのが大好きで、いつだって戦いたくてしょうがねえ。強そうな奴、気に入らない奴は、これまでに数え切れないくらいにぶちのめしてきた。だが、この社会で普通に生きてるだけじゃ、俺の欲求はどうにも満たされない。殴れば警察行きになるし、そもそも全力で戦いたいと思う奴が少なすぎる。だから、連合からのスカウトは喜んで受けたぜ。なんたって合法的に戦えるんだからよ。それも、軍隊がどれだけ集まっても太刀打ち出来ないような極上の化物達とだ。先の事はともかく、今はそいつらを全員ぶっ潰すことに集中する。飯も食わせてもらってる事だし、この一件が片付くまでは、少しは大人しくしといてやるぜ」
「バカかよ」
「んだと? ……今ここでテメーから潰してやろうか」
テーブルから脚を離し、立ち上がろうとする轟をケルケイムが制止する。
その手が伸びるのがあとコンマ数秒遅かったら轟は本当に殴りかかってきたのだろうが、しかし瞬の感想としては、実際に発した通りである。
何かを為したいだの誰かに認められたいだのという人間らしさの欠片さえない、たたただ闘争本能を満たしたいという、単純明快にして最も理解から程遠い理由。
獰猛な獣という印象はあながち間違っていないどころか、この上なく核心を突いていたのだ。
こんな人間が仲間なのかと、瞬は憚ることなく溜息を吐いた。
「では、最後に……」
期待すべくは三人目という事か。
瞬は、轟という際物のせいですっかり意識を向ける事を忘れていたもう一人を見遣る。
アンティークホワイトのセーターに、薄桃色のストールとロングスカート、シェンナのロングブーツと、落ち着いた色合いの服装をした少女。
腰の近くまで伸ばされた長い黒髪は手入れが行き届いており、艶やかさを保っている。
それだけの要素が揃っていても人形めいた印象を受けないのは、あまりにも退屈げな表情のせいであろう。
瞬や轟とそう変わらない背丈の割に幼さを感じさせるその容貌はむっとしており、この顔合わせに些かの興味もないことを窺わせる。
そして――――瞬の視線がこちらに向けられていることに気付いて、更に細眉は下方に傾くことになった。
そこまでされてようやく、瞬は驚きの声を上げた。
知っている顔だったが、それ故に、事実を受け入れるまでに時間が掛かったというわけだ。
まさか“親戚”とここで会う事態など、想像できるわけもない。
「連奈!? 連奈か!? なんでここに!?」
「……それはこっちの台詞よ。本家のお坊ちゃま」
「あぁ? テメーら知り合いかよ」
思わず立ち上がって、瞬は少女に詰め寄る。
対して少女は、会いたく無かったとでも言いたげに、不機嫌な睨みを瞬に向けた。
「やはり面識があったか。有適性者の身辺を調査していた時にもしやとは思ったが……」
「あるさ。従妹だよ従妹、三風連奈だろ」
「とは言っても、そこまで親交があるわけではないけど。会うのはせいぜい盆正月、風岩一門の大試合の時くらいでしょう。……それにしても、残念極まりないわ」
「何がだ」
「未完成のセイファートで飛び出してオーゼスのメテオメイルに土を付けたパイロットと聞いて、それなりに見所のある人だと思っていたのだけれど。その正体が、見覚えのある締まりのない顔だったなんて……」
「その刺々しさでこっちも思い出しましたとさ。性格に反比例して、見てくれだけは随分と綺麗になりやがってよ」
「どんどん魅力を増していく自分の美貌には驚かされるばかりよ」
「言ってろ」
風岩一門には、宗家である風岩家の他に、四つの分家が存在し、それぞれ日本の各地で風岩流の更なる発展と後進の育成に力を注いでいる。
連奈が生を受けた三風家も、その分家の一つだ。
だが、連奈は一人娘であるにも関わらず後を継ぐ気は更々無いようで、親族同士の集まりにおいても、存続問題が話題に上ることも少なくない。
実力至上主義である風岩一門においては、一族全体の総当主と、最優の腕を持つ筆頭剣士がイコールの関係にはなく、毎年行われる試合の結果を考慮して後者が変動する。
そして、より強い発言権を持つのも後者だ。
そのため、宗家と分家という形での対立は少なく、瞬は刃太憎しという意味において、他の同年代のいとこ達と比較的良好な関係を築いていたのだが、連奈とだけは打ち解けていない。
それは、連奈が剣術にまるで興味を示していないということも理由の一つなのだが、あまり他人と関わりたがらないドライな性格の方が割合としては大きいと瞬は思う。
「まあ、箝口令とか何とかで家族以外に口外するなってのは、スカウトされた時に言われてた事だしな。しかし……従妹っていう点もだが、そもそも全員日本人じゃねえか。精神波を出す才能ってのは、かなり偏った地域に集まってるんだな」
「現在の結果だけを見れば、そうなるな。検査は世界中で実施されたにも関わらず、結局こちらの要求するレベルを越えた者は日本一国に集中している。そういった分野を研究している連合の部署からも、人種や土地環境が強く関係しているのではないかという説が出ている。……ともかく、続けてくれ」
「三風連奈、十四歳。好きなものは刺激、嫌いなものは退屈、あと面倒臭い相手との会話。これ以上ない刺激があると思ってパイロットになることを決めました。以上、おしまい」
「お前もお前でなんつーか、極端だよな……」
そういう性格であるという事は前々から知っていたが、しかし瞬は改めて、その清々しいまでの“辛党”ぶり――――瞬だけが使う用法ではあるが――――に、苦笑いを浮かべる。
誰しもがやっているような事にはやる価値を見出すことができず、同じ事の繰り返しに耐えることが出来ず、ありきたりな事では充実感を覚えることの出来ないという、轟とはまた違った意味で人間社会とは反りの合わない問題児。
理性的ではあるため、仕方なくその他大勢に“合わせて”日々を送ってはいるものの、しかし連奈の魂を震わせるのは、非日常、非常識、非道徳。
大凡の場合、それは度を過ぎた危険という形で顕在化する。
死と隣り合わせの極限状況は、なるほど確かにこれ以上なく連奈を惹き付ける要因なのだろう。
苛烈で鮮烈な本性が、ある意味最悪の形で活きてくるというわけだ。
「最後に私も、もう一度名乗っておこう。私はケルケイム・クシナダ。この地球統一連合軍メテオメイル部隊、ヴァルクスの司令官を務めている。元々は連合政府直轄の、軍とは指揮系統が完全に独立した特殊戦闘部隊の出身だったが、オーゼスの侵攻の後、連合にも早急にメテオメイルの配備が必要だと確信し、私の主張に賛同してくれたシンパの協力も得て、こうしてヴァルクスという組織を設立するに至った」
「でも、言いだした本人とはいえ、部隊のトップというのは、本当ならもっと階位が上の人間が任される筈よ。そんな重要なポストを任されるような歳には見えないけど」
「悪く言えば、旗頭としての役割を押しつけられたという事になる。だが、それも仕方のない事ではあるのだ。私の後援者は既に一定以上の地位にある人物が多く、彼らには彼らの仕事があり、それはけして投げ出すことのできないものだ。私も当時は部隊の隊長を務めてはいたが、代理を立てるという意味では、彼らに比べれば遙かに容易だった。私のような若造がこのような立場にある理由は、大体こんなところだ」
連奈の問いに、ケルケイムは相変わらずの鉄面皮のまま返答する。
だが、その瞳には確かな使命感の光が宿っており、今の立場を任されたことに何ら不満はない様子だった。
「では、全員の自己紹介も終わったところで本題に入ろう。……まずは、これを見てくれ」
ケルケイムがテーブルの上に軽く手をかざすと、その表面全体に淡い光が灯る。
このテーブルは表層が有機ELで構成されており、先程までの白い無地柄もまた、通常のテーブルのように見せかける、それらしい画像が投影されていただけに過ぎない。
程なくして浮かび上がってきたのは、目が痛くなるほどの無数で細かい光点と線に彩られた世界地図だった。
「これが、現在の勢力図だ。主な要素だけ抜粋すると、緑のラインは、連合軍が世界各地で展開している防衛線。青いエリアは、連合加盟国の中でも、まだ政治機能が生きている場所。赤いエリアが、既にオーゼスの手に渡り、侵入した際には無警告で攻撃される場所だ」
「今は、丁度半々くらいか」
「しかし、改めて図で見てみると恐ろしいな。ただの一組織と、他の全ての人間で陸地を半分ずつってよ」
「そもそも、オーゼスはどうして土地の“確保”にこだわるのかしら? そこに住む人間を追い出して、それでやることと言ったら、何に使うかもわからない柱を建てるだけ。占領や支配ですらない」
「それを知る者は皆無だ。セイファートのレコーダーに記録された、“エンベロープ”のパイロットの発言からも、目的についての情報は何も得られなかった」
連奈の言うとおり、オーゼスはただいたずらに破壊活動を繰り返しているわけではなく、どちらかといえば土地そのものを求めているようにも思える行動を取っている。
今や世界各地に、確認されているだけで数十本が存在する、全長五十メートル程の謎の柱状構造体。
それはオーゼスのメテオメイルが、周辺領域内からあらゆる人間と軍事力を排除したと判断した際に打ち込まれる、言わば略奪成功の証。
オーゼスは、この柱から半径百キロ以内の領域を例外なく死守する。
資源の有無や地形の状態など、戦略的価値を問わずにだ。
そこまで不可侵にこだわる割には、何かしらの施設を建造する様子もなく、この従来の侵略行為に当てはまらない異常な独自性は、オーゼスという組織の薄気味の悪さに拍車を掛けていた。
「オーゼスの管理下にあるエリアを奪還した事例は、未だにない。オーゼスはメテオメイル以外の戦闘兵器を使う事はせず、実際の所、エリアのほぼ全てが手薄となってはいる。しかし、奪還しても防衛が不可能なため、即座に奪い返されるだけなのだ。だがそれも過去の話だ」
「そこでオレ達が何とかするってわけだな」
「その通りだ。お前のおかげで、連合製メテオメイルの有用性も実証されたことだしな。現時点での武装でもオーゼス製メテオメイルに十分な損傷を与えたという、このデータのおかげで、それまでメテオメイルに懐疑的であった反対派の顔色も変わった」
「だけど、攻勢に出るのは当分先の話でしょ?」
「無論だ。セイファートが実戦に出たことなど、これから始まる大いなる逆転の萌芽でしかない。戦力差はまだまだ絶望的といっていい。エンベロープも含め、あちらには最低七機のメテオメイルが。対してこちらは、実質的には一機。この数的不利をどうにかしなければ我々に勝利はない。それ故、当面は防衛に徹し、侵攻してくるメテオメイルを確実に一機ずつ仕留めていく。できれば鹵獲という形でな」
敵機の持つHPCメテオを回収できれば、連合でもメテオメイル二体以上の同時運用が可能となる。
機体そのものが手に入れば、オーゼスの戦力を上回ることすらあり得る。
しかし、実戦を経験した瞬達にしてみれば、そんなものはあくまで理想中の理想といったところだ。
「出来るだけ傷つけずにってか……だけど、そんな手加減のできる相手じゃなかったぜ」
「絶対に大破させるなと強制しているわけではない。攻撃の手を緩めた事で、こちらが撃墜されてしまっては元も子もないからな。だが、常に意識はして欲しい。一つのHPCメテオが世界に対しどれだけの影響力を持つのかは、今更語るまでもないだろう」
「……ああ」
「新規のHPCメテオを得る方法については、他にもう一つあるかもしれないが、これについては未確定情報が多く、まだ何とも言えない。現状は、敵メテオメイルの方だけに意識を向けておいて欲しい」
「質問」
「俺もだ」
話の流れを切るかのように、轟と連奈が軽く挙手する。
同時というところから、その内容を察したケルケイムは、少しの間を置いてから口を開く。
「『込み入った事情などはどうでもいい、バウショックとオルトクラウドはいつ出られるのか』……か?」
「わかってるじゃねーか。俺だって、そこらの一般市民共と同じ意見なんだ。とっとと完成させて、早く俺に戦わせろよ」
「……そもそもセイファートですら、本来ならば戦闘に出してよい開発進度でないことは理解した上での質問か?」
「答えになってないわね」
「以前の説明を十分に理解していれば、回答になっている筈だ」
バウショックはセイファートの1.5倍以上もある自重を支えるための脚部が未完成、オルトクラウドは内蔵武装の燃費改善に難航している。
一方でセイファートは、装甲強度に不安を残し、武装の幾つかが開発中であるものの、メインとなる機能と武装だけは既に存在し、とりあえずの戦力としては宛てに出来るレベルにある。
開発において、これから連合内外の支援も増えることになるが、その労力が3機に対して平等に注がれるのか、それとも特定の一機に集中することになるのかは、考えるまでもない事なのだ。
「まずはセイファートを最優先で仕上げる。そして、得られた運用データを元にバウショック、オルトクラウドの各種問題点を解消していく見込みだ。これが、最も効率的な段取りだ」
「具体的に答えろよ。俺は、あとどれくらい待てばいいのかを」
「今の状況では、断言することは不可能だ。元のスケジュールよりは多少早まるだろうがな」
「このままセイファートが継続して主力扱いで、私は予備でしかない、なんていう事にはならないわよね?」
「それについても、何とも言えない。ヴァルクスは打倒オーゼスに際し、もっとも有効で安定したメテオメイルの運用法を随時選択していくだけだ」
「それは要するに――――セイファート贔屓に文句は言うなということでいいのかしら」
轟がゆらりと立ち上がり、喉を鳴らすようにして唸ったのは、連奈が凄んでみせた、その直後の事だった。
瞬は、轟から漏れ出る静かな怒りを感知し、神経を研ぎ澄ます。
「司令さんよ、俺は、最高のバトルをやらせてくれるって言うから大人しく従ってやってるんだぜ。流石に全部の戦いが俺に回ってくるなんて期待はしてねーがよ、今後も当面セイファートだけ使っていくって話は、何か違わねーか」
「我々がやっているのはスポーツではない。出撃の機会が平等に回ってくるという事は、どう考えても有り得ない。その程度のことがわかっていなかったというのなら、こちらの不手際だったな」
「出せよ、それだけでいいんだ。出せば勝ってやる。マシンがどうのこうのって言い訳はしねー。俺の戦いは理不尽上等だからな」
「敵の性能次第では、早期出撃もあるかもしれない。だが、セイファートの開発を優先するというスタンスに変更はないことは心得ておけ」
「詭弁じゃねーか……!」
テーブルの脚を蹴りつけ、轟が声を荒げる。
派手な音が鳴り、室内はしばらくの間、沈黙に包まれた。
轟は、睨みを利かせたケルケイムが一切動じないことに舌打ちすると、そのまま背中を向け、執務室の外へと歩き出した。
「……何処へ行く。まだ話は途中だ」
「出番をやる気のない奴にごちゃごちゃと説明して、何の意味があるよ。大体俺は、戦いさえできればそれでいいんだ。どこをどう守るだの、誰をどう倒すだの、知ったことじゃねーんだ」
「では命令という形を取らせて貰おう。この場に残れ、北沢轟。特別な事情がない限り、こちらの命令に従うこともまた隊員契約時の規約に含まれている。お前はその全てに目を通した上でサインを行った筈だ」
「俺があんな長々した紙束を全部読むわけねーだろうが」
「得難い才能を持っているからこそ、態度の悪さに目をつぶってやっていることを忘れるな。スタンドプレーが過ぎる場合には、懲罰を与えざるを得ないこともな」
「やれるもんならやってみろよ。悪いが俺は、法律だの規則だのでビビるタマじゃねーんだ。俺に何かしようってんなら全然普通に抵抗するぜ?」
あまりに淀みなく発せられた轟の言葉は、ただの威勢というには余りにも程遠い。
社会に生きる人間としての枷など持ち合わせていない、凄絶な笑みを轟は浮かべる。
「おい、待て……!」
「あとで操縦マニュアルを部屋に持って来させろ、シミュレーター訓練はやるし、筋トレは勝手にやる。だがな、それだけだ。つまんねーイベントには呼ぶな」
そうやって部屋を出て行く轟の背中を目で追っていた瞬は、本気で辟易しかけるが、続いて連奈も同じように席を立つのを見て、今度こそ絶句する。
「私も退席させてもらうわ。同調しただけだと思われるのが嫌だからタイミングをずらしたけど、彼と八割型同意見よ。ただ刺激が欲しいだけでパイロットになることを決めたのに、その刺激が手に入らないのならやる気も失せるというものよ。むしろ命令違反を犯して処罰された方が刺激になるかしら。
そういうわけで、詳しいお話はまた別の機会にお願いするわ。あとは二人でごゆっくり」
耐えることに耐えられない、まさに我を通すためだけに生まれてきたような人間、それが轟であり、連奈であった。
こうなってしまったのは、ケルケイムが寛大すぎた結果でもなければ、その場の感情に流された精神の未熟さでもない。
本質からして、まともな人間としての道を外れてしまっているのだ。
けして自分ができた人間などとは思っていないが、それでも相対的に、ここでは優等生の部類に入るのではないかと、瞬は渇いた笑いを漏らすしかなかった。