第46話 暗雲(中編)
夕暮れ時の執務室にて、ケルケイムは事務用椅子にもたれかかりながら、かれこれ十数分ほど呆然としていた。
とにかく、心労が洪水のように押し寄せてきた一日だった。
現在の精神状態は、とうとう一周回って頭痛が治ってきたように感じるほど、良くはない。
「……例え間違いであろうと、私には、あの選択しかできなかった」
ただぼんやりと宙を眺めながら、ケルケイムは呟く。
ノルン・エーレルトとの縁談は――――今日、ラニアケアを訪れた彼女に対して、はっきりと断わった。
理由は至って単純、ケルケイムの性根は、彼女をただ利用することを許さなかったからである。
例え本人がそういう扱いを心から望んでいたとしてもだ。
偽りの婚姻を結んででも自分や家柄の力を使えとまで言い出してきたノルンに対しては、嫌悪感も忌避感もない。
むしろ目的の為に手段を選ばないという意味では、ノルンの方がよほどケルケイムより強靱な意志を持っているし、尊敬の対象であった。
なのに自分は、オーゼスを壊滅させるために打てる手は全て打つと決断しておきながら、しかもノルンのような賛同者まで生み出しておきながら、この体たらくだ。
命を投げ打つ覚悟とは言いながらも、魂を汚す非情には踏み切れない矛盾。
とどのつまり、深層心理下では己に清廉さを求めているということだ。
これでは、恥も外聞もなく保身に走ったスラッシュや霧島と、何の変わりもない。
どころか、正しさにしがみついている分だけ、自分の方がなお醜悪だ。
「こんな男には、例え仮初めの形であったとしても、伴侶を得る資格などない」
僥倖だったのは、自分を曲げなかったことで―――正確には曲げられなかったことで、ノルンからの好感度は些かも落ちなかったということだ。
だからこそ惹かれたのだと、他ならぬ本人がそう言ってくれたのだ。
実戦部隊のケルケイムを取り込んで更なる出世を目指したいヴィルヘルムにとっては満足の行く結果ではないだろうが、ノルンからの口添えはあると思っていい。
ケルケイムが十全に動けるような体制を作ろうとするノルンなら、好感触であったとぐらいは嘘もつけるだろう。
ケルケイム自身は、余計な口を挟まない方がいい気配さえある。
「この惰弱さで、私は司令官を続けてもいいのか……?」
自問しても、答えはない。
そうして暫くの間、空虚な心のまま空虚な時間を過ごしていると、脇のインターホン機材から入室許可を求める電子音が鳴った。
ケルケイムは、そこでようやく気を引き締め直し、来訪者の姿を確認した後に扉を開いた。
「失礼する」
ケルケイムの執務室に踏み入ってきたのは、連合製メテオメイルのマシンデザイナーであるミディール・ヒルシュだ。
ミディールがラニアケアを訪れるのは、一週間ぶりのことである。
やや早い歩調と、普段より一際危険な輝きをみせる瞳から、今回の報告は中々の成果が期待できるようだった。
ケルケイムは、点けっぱなしになっていた端末をスリープ状態にして、自身も応接スペースに移動する。
相変わらずの階級を気にしない傲岸不遜な物言いも、今は注意しようとする気さえ起きない。
弛んでいるのは、どう贔屓目に見ても自分の方だからだ。
「ケルケイム司令……この前鹵獲した二機のオーゼス製メテオメイルだがな、色々と面白いデータが採れたぞ」
「聞かせてくれ」
瞬と轟が死闘の末に撃破した、スピキュールとプロキオン。
その残骸は、カナダに存在する、連合の最高司令部に併設されたメテオメイル専門の技術研究所へと送られていた。
搭載されていたHPCメテオも含めて、入念な解析調査を行うためだ。
連合製メテオメイルのマシンデザイナーであるミディールも、戦闘終了から昨日までの約五日間、その作業に立ち会ってきた。
今後の設計開発に利用できそうな要素を見定めるには、やはり直に触れるのが一番だという。
「あくまで個人用に纏めたものだが、取り敢えず渡しておこう」
ミディールは、テーブルの上に置いたアタッシュケースの中から数枚の紙資料を取り出し、ケルケイムに渡してくる。
回収された機体の、各部位の簡易的な構造図及び写真が主の資料である。
「まずは、OMM-08スピキュール。左半身を失っており、当然ながら、その断面も破損が著しい。肝心要の中央部が欠損しているため、復元はほぼ不可能だろう。ただし、頭部だけはどうにか難を逃れていた。内蔵されていたのは、自ら発した煙幕や閃光の中でも視界を確保できる超高感度センサー、及び推定出力七百万ボルトの電撃を発射可能な機構。これらの修理自体は、そこまで難しくはないようだ」
「転用も可能ということか?」
「稼動自体はな。もっとも、あの巨大な頭部に収められていただけあって、どちらもかなりの大きさだ。積載スペース確保の問題もあって、そのまま既存の三機に搭載というわけにはいかん。実用化するためには、かなり小型化する必要があるだろう」
「そうか……」
「あとは右腕だな。超強酸を切っ先に浸透させた爪は、どの機体のコンセプトとも親和性が悪い。だが、あの発射ギミックは使える。余裕があれば、セイファートのシャドースラッシャーやウインドスラッシャーの機構を一新したいところだ」
ミディールは手にしたタブレット型端末を弄りながら、そう説明する。
「次に、OMM-09プロキオン。バウショックのソルゲイズに直接叩き込まれただけあって、表面装甲のほとんど全てが融解・変形してしまっている」
「収穫はないと?」
「いや、むしろその逆だ。内骨格は、比較的軽微な損傷で残っていた」
ミディールの口元が、悪魔のように大きく歪む。
資料をめくって次のページに移行し、ケルケイムは、ミディールの表情のわけを知った。
マシンデザインに関しては素人のケルケイムだが、立場上、連合製メテオメイルの基本構造に関しては十分な知識を持つ。
だからこそ、目の前の資料に記されたプロキオンのフレーム構造があまりに異質であるということも、記憶している情報と比較した上で理解できる。
「はっきり言って、モノが違う。こちらの三機だけでなく、スピキュールのそれと比較しても、剛性、柔軟性、敏捷性、あらゆる面が高いレベルで纏まっている。おそらく型番から推測できるとおり、オーゼスが保有する中でも最新の技術を用いられているのだろう。バウショックの打撃によって、欠損や歪みも生じているが、この程度なら補完も効く」
ミディールは口頭で、このフレームの特徴を、簡潔に羅列する。
液体金属を材質とした、自在に可変する球体関節。
高度な複合ダンパー構造による、衝撃及び自重負荷の軽減。
各種機関の形状を工夫することで、無駄なく組み合わさる内部構造。
結果――――多数の新技術を導入しながらも、サイズが膨れあがりすぎることもなく、純人型のフレーム形状を成している。
一切非の打ち所がない、連合製フレームの完全な上位モデルといえた。
ケルケイムとて、これを後にも先にもプロキオンのみの独自設計と捉えるほど、楽観はしていない。
あるのは、技術力の格差が更に広がっていることへの絶望だ。
「あちらでも……いや、あちらだからこそ、進歩も早いというわけか」
実用性を無視し、自由な発想で幅広く設計を行っているが故に、新たな発見も多いということなのだろう。
とてもではないが、連合にそんなことをやっていられる余裕はない。
セイファートら三機とて、かなり常識を逸脱したデザインではあるが、“組織の所有物”としての思惑や制約に縛られているところも多い。
実質的に移動砲台のような扱いのオルトクラウドでさえ、素体は人型であるという点が、まさにそれだ。
莫大な製造コストの元を取るべく、純粋な戦闘のみならず、現場での救助や運搬にも対応させたいというのが上層部の意向なのだ。
「確かに、オーゼスの技術力は連合の数歩先を行っているようだが、こうして鹵獲を続けていれば食い下がることは可能だ」
「このフレーム……技研の総意としては、どうなのだ?」
「当然、最終的には全機への採用を予定している。勿論、各機の外装に合わせた形状調整が必要なため、それなりに時間はかかるだろうがな」
「取り替える優先順位は、どうだ」
「まずはバウショックからだ。一刻も早く実戦データを取得するため、こいつだけは、手に入れたオリジナルフレームに直接手を入れる」
「セイファートではなくか?」
ケルケイムは、その疑問をミディールに伝える。
セイファートのフレームは、敏捷性を極限まで上げている代わりに、深刻な強度不足に陥っている。
プロキオンの反応速度は、そのセイファートと互角に渡り合えるほどのポテンシャルを持つ上に、堅牢さまで兼ね備えている。
言ってしまえば、新型フレームの採用はセイファートの欠点を全て補うようなものだ。
だが、その認識はやや違うと、ミディールは首を横に振る。
「確かに、安定感は大きく増すだろうな。だが、このフレーム唯一の欠点として、密度の高い液体金属を用いている影響で、六トンほど重量が嵩む。バウショックやオルトクラウドにとっては些細な誤差といったところだが、セイファートにとっては致命的だ」
「取り替えれば、セイファート最大の個性を奪うことになりかねないということか」
「その通りだ。どの機体も、一点特化のコンセプトを徹底して貫いてきたからこそ、総合性能で遙かに勝るオーゼスに対抗できているようなものだからな」
駒に役割を完遂させる――――司令官としてけして見誤ってはならない、重要な点だ。
今後は、三機のメテオメイルを同時に運用することになる。
複数体複数の、乱戦の機会も増えるであろう。
ケルケイムは、指揮を執る者として、より一層戦術面に力を入れる必要がある。
その観点からだした結論も、セイファートの機動性を損なわせてはならないというものだ。
「そして、ここからが最も重要な話だ」
喜ぶでもなく、悲観するでもなく、ミディールが静かに言い放つ。
ケルケイムに渡された資料自体は、もう先のページが存在しなかったが、ミディールは自分の端末をスクロールさせていた。
自分の目が届かない場所には、例えそれを運用する者の元にすら残すべきではない――――そういった類のデータなのだと、ケルケイムは悟る。
連合製メテオメイル開発の第一人者という意味では、ミディールは、ケルケイムなどよりもよほど深く連合軍の中核に潜り込んでいる。
抱える機密情報の重要度も、比例するかのように高い。
ミディールが情報の秘匿に頓着がないだけで、おそらくこれから始まる話も、本来ケルケイムには届かないもののはずだ。
「本当に今更だがな、私の担当はあくまでハードの基本設計だ。その設計にしても、連合の部隊がオーゼスとの交戦によって得た、各種記録からの逆算によって成り立っている。独創的だと持て囃されることもあるが、既に完成しているモノがあるのだ、オリジナリティは皆無といっていい」
「それでも十分すぎる功績だ」
「だが、技術屋のプライドとしては微妙なところだ。造りは違えど、同じ作用をもたらすモノを作り上げることは、それほど難しいことではないのだ。私にとってはな」
「しかしそれでは、システム面のように、外側からではどうやっても把握できない部位もある筈だ。それらは、どうやって作り上げたというのだ」
ミディールが開発に関与していない部位が、セイファートら三機の中に存在するというのは初耳だ。
しかも、わざわざこうして話すということは、それなりに重要なものなのだろう。
ケルケイムも流石に、ミディールが個人で、一から十まで三機分の図面を引いたなどとは思っていない。
だが、肝心要の部位こそ、優れた頭脳を持つミディールの担当だと考えてはいた。
「察しが早くて助かる」
変わらず端末の方に視線を落としたまま、ミディールが答える。
「稼動実験にも携わり、今でこそ己の血肉とした知識ではあるがな。私がメテオメイルを設計するにあたり、部署においても、発想においても、全くの外部からもたらされた技術がある。人間の精神波に内包される信号化された思考を読み取り、機体の操縦に反映させるSprit Sympathy System……我々がS3と呼び、今では常時起動が前提となっている、あの機能だ」
「余りにも高度なシステムだとは、思っていたが……」
違和感だけなら、ケルケイムにもあった。
HPCメテオというオーパーツの傍にあるために、視線がそちらに向かってしまいがちだが、冷静に考えれば、あの機能は異質だ。
具体的な命令を送るために、ある程度の習熟度は要求されるが、そのラインに到達してしまえば、ほとんど人機一体レベルでの動作が可能となる。
過去にパイロットとしての経験がまるでなかった瞬達が、ああまで機体を使いこなせるのは、偏にS3の存在あってこそだ。
そもそも、操縦桿やスイッチ類のみに頼った完全マニュアル方式では、あの精度と反応速度に到達さえできない。
どれだけ研鑽を積んだところでだ。
これまでは、便利なシステム以上のことは考えないようにしていたが、ミディールの話を聞く限り、どうもきな臭い出自を持つようだ。
「私が技術屋をやっているのは、ただ強力な兵器を作りたいがためだ。善も悪も知ったことではない。最後に残るのが自分の手がけたマシンならば、それでいい。だから、S3がどこから流れてきたものであっても構わないのだ」
「とはいえ、あんなものを製造できる場所となると、かなり限定されてくるが……」
「しかし、宛てが外れた」
「……どういうことだ」
「私もな、つい先日まではケルケイム司令と同じことを考えていたのだ。意図は不明だが、オーゼスに内通者が存在し、S3の技術を連合に供与したのだと。だが……スピキュールとプロキオン、どちらの機体にも、S3が搭載されていた形跡すら見当たらなかった」
「何だと……!?」
予想が裏切られ、ケルケイムは少しだけ語調を強くして聞き返す。
そこでようやく、ミディールは端末を差し出して、画面をケルケイムに見せる。
それは、先の資料には記載のなかった、スピキュールとプロキオン、それぞれのコックピットブロック内の調査結果であった。
機体の起動停止に際し、搭載OSのデータが自動的に抹消されてしまっているとは事前に聞き及んでいたが、構造それ自体から判明する事実もあるというわけだ。
「スピキュールは、こちらのマニュアル操縦と同等の方式だ。だが、OSが余程高性能なのか、操縦桿にしろ、コンソール類にしろ、全体的に簡素な造りになっている。搭載プログラムによる動作補助の対応範囲が、こちらよりも遙かに広いのだろう」
次のプロキオンは、これも内部フレームと同様、見ただけで特徴が明らかだ。
こちらは簡素化どころか、コックピット内にろくに機材が見受けられない。
全長二メートル程度の球形空間、その内壁に、僅かなスイッチ類が儲けられているのみだ。
「一方でプロキオンは、パイロットの四肢や胴体にモーションセンサー内蔵のリングを装着し、本人の動作をダイレクトに反映する方式だ。パイロットの技能が達人レベルにまで極まっていればS3に並ぶ反応速度を実現する。だが、体力低下による動作の鈍化もそのまま反映されてしまうため、実質的には下位互換のようなものだ」
どちらも、単一の操縦システムのみが採用されており、少なくともS3のように思考を読み取る装置類は見当たらなかったことを、ミディールは付け加える。
「敢えて搭載していないということも、常識から大きく逸脱した思考様式のオーゼスならあり得るが……」
ケルケイムは独り言のように呟く。
幸いにして、スラッシュと霧島はラニアケアで監視下にある。
改めて尋問を行うのが、真相に迫るには手っ取り早いだろう。
しかし、二人が知らない可能性も考慮して、ケルケイムはもう少し質問を続ける。
事前の情報収集が不足していることで手玉に取られるという失態は、もう御免だった。
「ヒルシュ大尉、S3はメテオメイルの操縦以外にも利用できるものなのか」
「S3それ自体は、ただ精神波を読み取って電気信号に変換するだけのシステムだ。応用は幾らでも利く。しかし、一般的な重機や兵器を人間の思考でコントロールするとなると、余りに危険だ」
ミディールは、きっぱりと断言する。
確かに、そんなものが世間に出回るようになれば、いざ誤作動を起こした場合の被害は計り知れない。
それに、過剰に高度なテクノロジーであるため、搭載する必要性からして怪しい。
「三機のメテオメイルは、何千、何百億ドルという湯水の如き予算を投入した超高性能OSと多重セーフティ機能によってようやく、満足のいく安全性を実現しているのだ。民間レベルの技術力では、起動後即時暴走どころか、まず製造すら不可能だな」
「実質的なメテオメイル専用の機能で間違いないということか……。それで、S3を提供してきたのは、どこの部署なのだ」
「部署ではない。新世界創生機構“エウドクソス”……七ヶ月ほど前、私の前に現れた男は、自身の所属する機関をそう名乗っていた。渡された時点でシステム自体はほぼ完成しており、あとはこちらで擦り合わせをするだけという状態だった」
「……初めて聞く名前だ」
該当する単語自体は記憶の中にあったが、おそらく、その組織名の由来であろう。
現存する研究所としては、まったく聞いた覚えがない。
しかし、どこか新興宗教めいたところのある名称に、ケルケイムは妙な胸騒ぎを覚える。
「私もそのとき初めて耳にした。まともに精神エネルギーの研究を行っているのは、HPCメテオを弄る技研と、政府の設立した保健機関くらいのものだと思っていた。まだ金にはならん分野だからな」
ミディールが言うように、精神エネルギーは、その存在が立証されてから十数年が経過するが、具体的な用途が皆無という状況であった。
発見当初は随分騒がれたが、これを専門とした研究者はほとんどいないというのが実情だ。
唯一それを利用できるメテオメイルにしても、軍事機密の塊であるため携わる者は少なく、歴史も一年程度と浅い。
つまり、独自に技術を発展させることは、極めて困難――――だからこそ、不気味なのだ。
共同開発するならまだしも、ある程度体系化されたものを持ち込むということは、普通では有り得ない。
「連合との関係は不明だが、S3を組み込んだ上での正式な設計図は。問題なく軍部に認可された。そのため、当時は二者間の協力を疑いもしなかった」
「……そのエウドクソスがオーゼスの一派ではないとしたら、厄介なことになりそうだな」
メテオメイルに関する技術を何かしら保有している組織が、連合とオーゼスの他にも存在し、独自に動いているとしたら、いま以上の混沌とした状況になることも予想される。
行動予測のしやすさで言えば、オーゼスの離反者か内通者であってくれた方が、百倍ありがたいのだ。
しかもおそらく、エウドクソスは連合のメテオメイル開発に便乗したのではなく、より早い時期から行動を開始しているのだ。
ただのネガティブシンキングでは終わらせられない、不穏な材料が揃っている。
これほどの大きな不確定要素が、自分達のすぐ傍を這い回っていたという事実に、ケルケイムは渋面を浮かべた。
「この話は、上層部には?」
「一切していない。先程も言ったが、私は今の環境が揺らがぬ限りは、どこの誰がいかなる意図で動いていようとも意に介さない。むしろ黙認を続けた方が立場は安泰といったところだな」
「私に話したのは、念のためというわけか」
「そうだ。私が責任を被らねばならないようなトラブルの匂いを嗅ぎつけたなら、未然に防いでおいてくれ。軍も政府も、どこにエウドクソスの影響があるのか不明な以上、技研経由で探りを入れるのは上策とはいえないからな」
身勝手な意見だったが、ケルケイムとしても、この件を周到に調べるつもりでいる。
連合のメテオメイル開発に寄与してくれたのは確かだが、ただそれだけを目的としているかどうかは定かではない。
現状は何の実害もないが、無知のままでは、いずれ痛い目を見ることになるだろう。
「了解した。ロベルト副司令にも事情を話して、早急に調査を始めるとしよう」
「感謝する。礼になるかどうかは保証しかねるが、新型フレーム実用化の作業は急がせる」
「……頼む」
返事をするまでに幾許かの間が空いてしまったのは、先程覚えた妙な気掛かりの答えが、たったいま、記憶の奥底から引き上げられてきたせいだ。
エウドクソス――――それは、最初に天動説を提唱した天文学者の名である。
天動説は、地球が宇宙の中心に位置し、他のあらゆる天体は地球を中軸として公転しているという学説だ。
勿論その推論は誤謬であり、もう何百年も昔、人類が宇宙に進出するよりも前に否定されている。
現代において、敢えてその名を選んだというのならば、警戒するなという方が無理な話であった。




