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第3話 ヴァルクス始動(前編)

「ええと……?」


 若干の肌寒さを感じ、瞬は目を覚ました。

 そして、まだ完全に覚醒しきっていないながらも、確かな不快さを覚える。

 理由はすぐに判明した。

 自分の体を挟む、妙に弾力のあるベッドと、パサパサとした軽く薄い毛布だ。

 畳に布団という純和風の睡眠スタイルを十四年間続けてきた瞬にとっては、床より数十センチ高い場所で横になっている状況は違和感の塊でしかない。

 二度寝が習慣と化している瞬だが、今日ばかりはどうにも落ち着かずに身を起こす。


「随分と豪華な部屋だな……」


 感嘆しながら、瞬は周囲を見回す。

 十畳近くの面積の中にあるのは、トールボーイスピーカー付きの大型テレビ、マホガニー製の机、パソコンに洗面台、電話機、豪奢な作りの絨毯と照明――――

 それだけの物に満たされていると、高級ホテルの一室のようにも見える。

 だが、ベッド両脇に設けられた金属質の手すりと、背後にあるナースコール用の機器、そして何より、自分の左腕から伸びる点滴器具からするに、病室で間違いないようだった。

 そこまで推察したところで、ようやく頭脳がまともに機能し始め、“直前”までの情報が一気に流れ込んできた。

 連合製メテオメイルを運用する部隊“ヴァルクス”の一員となった初日、静止軌道上の宇宙ステーション“テヒラー”に赴き、そこで自分の乗機となる“セイファート”と対面。

 その直後に地球で新型のオーゼス製メテオメイル“エンベロープ”が確認され、迎撃のために未完成のセイファートで大気圏に突入し、そのまま交戦。

 決着は着かなかったがとりあえず撃退には成功、そして、心身ともに疲れ果てた影響でその場で意識を失う――――そんな、凄まじい密度の1日。

 あまりにも現実離れした事柄が多すぎて、瞬は、その全てを実際に自分が体験したという事実を、まだうまく飲み込むことができていない。

 壮大な夢物語ではないことを確かめる為に、瞬はとりあえずテレビのリモコンを手に取る。


「ここは、連合絡みの病院ってことでいいんだよな……? まさかオーゼスに捕まってるとかいうオチはやめてくれよな」


 それで、この待遇ということはないだろうが、ここまでの過程を知らない以上は断言もできず、瞬は苦笑しながら電源のスイッチを入れた。

 中々のチャンネル数があるようだったが、見るべきものは決まっていた。


「やっぱり、もう報道してるか」


 画面端の時刻表示を見て、今が正午近くであることを知りつつ、瞬は随分な盛り上がりを見せるニュースを食い入るように見つめた。

 興奮気味のニュースキャスターが並べ立てるのは、セイファートの活躍。

 テロップではオーゼスに対抗しうる反撃の神風、地上に降り立った鋼鉄の英雄、などと表現されており、パイロット当人としては気恥ずかしさを感じないでもない。

 交戦場所が交戦場所なだけに、戦闘の映像記録などは流れていないようだが、神奈川基地で仁王立ちするセイファートを押し寄せた多くの報道陣が撮影する模様や、一般市民が狂喜乱舞しながらセイファートの戦果を絶賛する光景は、幾度も幾度も繰り返し放送される。

 この一年、ただ一方的に蹂躙されるだけの日々が続いていただけに、ようやくその苦境を抜け出す具体的な手段が登場し、確かな結果も出したとなっては、反動で気分が昂るのも無理はない事だった。

 皆の凄まじい熱意に圧倒されて、瞬はしばし言葉を失う。

 先日の、そしてこれからの戦いも、どこか遠くで人知れず行われる一回きりの勝負などではない。

 地球全人類の未来を背負った途方もなく大規模な戦争の、その結果に大きく影響する一戦なのだ。

 理屈の上では重々承知しているつもりだったが、こうして実際に大勢の反応を見てみると、自分が一体どれ程のものを背負っているのかがわかって、瞬は空笑いするしかなかった。


「“名を上げる”ってのは、こういう事か……とんでもねえプレッシャーだな」


 気分の善し悪し以上に、身に染みるのは重圧。

 瞬は他にも幾つかのチャンネルを回してみて、ヴァルクスの存在が大々的に広まったことや、その最高責任者であるケルケイムの各方面に対する会見があったことなどを記憶しつつ、ひとまずは癒しを求めて動物関連のドキュメンタリー番組を見ることにした。

 起きたばかりなのに、もう精神的な疲労が蓄積している――――この調子で、これからやっていけるのかと、心に一抹の不安を抱えながら。

 ケルケイムが部屋を訪れたのは、それから十数分後の事だった。

 相変わらずの鉄面皮であったが、知った顔が現れた事で瞬は幾らかの安心を得る。


「瞬……意識が戻っていたか。丸二日も眠っていたようだが、どうだ、体調の方は」

「特に問題ないみたいだぜ。まあ、起きてすぐだし、実際はどうなのかわかんねえけど」


 あるとすれば、空腹だった。

 点滴のおかげで最低限の栄養やカロリーは確保されていても、それで育ち盛りの肉体が納得するわけもなく、自分に関するあらゆる疑問よりも真っ先に切り出したい話題であった。


「バイタルは安定していたため、とりあえず通常の病棟に運んだが……ともかく、もう一度入念な検査が必要だな。精神波の長時間の放出は、ただ心身の消耗を加速させるだけで、後遺症等の深刻なダメージとは無関係とされているが、サンプル数が少なすぎて、どうもな」

「ともかく、安心したぜ。あんたがいるって事は、ここは連合の施設でいいみたいだな」

「ここは“ラニアケア”。地球上における、我々ヴァルクスの活動拠点だ。あの戦闘の後、ここに滞在していた副司令に命じて、お前を回収したのだ」

「セイファートは、お披露目の撮影会だったみたいだぜ?」

「ああ。本来ならば一刻も早く修理を行いたいところなのだが、広報部の方から、撮影の為に貸してくれと要請があったものでな。今日の夕方までは神奈川基地だ。映像資料だけならこちらで幾らでも用意できるというのに、呑気な話だ」

「やっぱり生がいいんじゃねえの、生が」

「ともかく、今後はこちらに留まり、オーゼスの攻撃に備えてもらう事になる。活動を開始するのがかなり前倒しになったせいで、まだスタッフが全員集まってはいないが……」

「結局、ヴァルクスはこのまま戦力扱いって感じか? 間を置かずに?」

「機体がどれも未完成である事は上層部に伝えてある。パイロットの基礎訓練が完了していないこともな。しかしあの結果を見れば、無理にでも戦って貰いたくなるのだろう。第三者の意見としてはな」


 ケルケイムは無表情を貫いてはいたが、呼吸の深さから、どうにか溜息を吐くのを堪えているのが瞬にもわかった。

 縋ることのできる何かがあるのなら、そしてそれ以外に縋るものがないのなら、ただ無思慮にそれに縋ってしうまうのが人間なのだ。

 瞬としても、自分が無関係な一市民なら、セイファートの事情などは気にかけることなく、そのまま戦って貰うように願っていた自信はある。


「連合政府は、ヴァルクスの現状については理解してくれている。だが、市民の期待を裏切るわけにもいかないといったところだ。……ニュースは、もう見たようだな?」

「見たさ。みんな大興奮で、セイファート万歳みたいに盛り上がってた。びっくりするくらいの活気と熱気だった。こんな時に、準備が整ってないからあと何ヶ月か待ってくれなんて言ったら、そりゃあ不満も出るわな」

「市民の印象が悪くなるだけで終わる話ではない。現に、あの戦い以降、ヴァルクスという一部隊に対しての直接的な資金援助の申し入れも後を絶たないからな」

「そりゃあ有り難い。だけど、それで解決できない問題もあるだろ」

「その通りだ。メテオメイルの開発に関して足りないものがあるとすれば、それはむしろ技術面の方だ。全く新しい分野であるために、精通している者など何処にもいない。メテオメイルの必要性を訴えかけ、実際に建造開始にまで持ち込ませた張本人である私が言うのもなんだが、騙し騙し作った機体が偶然それなりの性能を獲得したようなものだ」


 十分な予算に任せ、このまま作業が進めれば、確かに完成はする。

 だが、それは予め設定していた工程の上での“完成”であって、各種デメリットを払拭する意味での“完成”ではない。

 想定通りのスペックを獲得しても、総合性能においてはオーゼスのメテオメイルには及ばない。

 ニュースを見ても大して胸の空く思いがなかったのは、そんなものが英雄と呼ばれている実情を知っているからだと、瞬は納得する。


「ともかく、これからヴァルクスは色々と忙しくなるだろうが、お前達パイロットは、これからの戦いの事だけに専念してくれていればいい。少しでもまともな環境で活動できるように努力する」

「そこんところは、任せたぜ。……それで、これからオレは?」

「問題なく動けるようであれば、十三時から精密検査をやってもらう。それが終わったら、他のパイロット二名も交えての、今後に関わる説明を行うが、それで構わないか」

「ああ。そういえば結局、この前は会わずじまいだったな」

「本当はオーゼスの手が及ばないテヒラーで安全に事を進めたかったのだが、開発を急ぐためには、やはり地球の方が都合は良いからな。彼等の宇宙行きは中止して、こちらに直接来て貰った。バウショックとオルトクラウドも、今日の午前にこちらに到着している」

「あとそうそう、飯が食いてえ。できれば和食で、山盛りな」

「すぐに運ばせる。……それではまた後で会おう」


 そう言い残すと、やや早足でケルケイムは病室を出て行く。

 上の指示で本来のスケジュールより何ヶ月も早くに部隊を動かす事になってしまい、仕事量が相当に増えている事は想像に難くない。

 瞬はそれでも自分の様子を見に来てくれるケルケイムの律儀さに感服しながら、またテレビの画面に目を戻した。


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