第42話 叩けよさらば開かれん(その4)
「が、っ……!」
「最大充電したクラッシュボルトの味はどうだ、クソガキ二号。セイファートと違って一発昇天とはいかなかったみてえだが、中身はどうかな」
不意打ちの超高圧電流を受け、バウショック内部の駆動回路があらゆる場所でショートする。
分厚い装甲隔壁を経た内部に座る轟も、ダメージの受け方は機体とよく似ていた。
全身に走る激痛で、まともな言葉すら紡げない。
それでも崩れ落ちることなくバウショックを転回させたのは、殆ど本能による操縦だった。
正面モニターには、各部への異常な電熱の負荷を伝えるアラートが幾つも表示されている。
駆動系全体を管理するシステムが回路の復旧機能を作動させてはいるが、仕組みとしては、生きているルートを無理に繋いでいくというものだ。
機械は機械、灼かれた箇所は、幾ら待てども人体のように治癒などしない。
ここからは、機体を動かせば動かすほどに、自滅までのカウントダウンが急速に進行していく。
「気持ちがいいねえ……必死の努力を卑怯で一蹴する、この感覚。何度経験しても味わい足りねえな」
スラッシュも、それだけのダメージを与えたと確信しているのか、攻め込んでくる気配が先程よりもやや薄らいでいた。
周囲は依然として一寸先も見えない暗黒空間、煙幕のジャミング効果によって通信機器にも異常が出ている。
だが、おそらくスピキュールは何らかの機能によって、良好な探知性能と視界を確保できている。
残された攻撃手段の数においても、スピキュールが圧倒的に上だ。
そのような明確に優勢といえる状況ですら、手ずからとどめを刺すよりバウショックの自壊を待っている。
その選択ができるあたり、つくづくスラッシュという男は卑怯に傾倒しきったパイロットだった。
「結局、正道なんざクソほどの価値しかねえんだよ」
「んだ、と……!?」
僅かに和らいできた痛みをねじ伏せながら、轟は聞き返す。
すぐにでも動き出したくはあったが、機体や肉体のコンディションのことを考えれば、悔しいがあともう少し時間が欲しい。
それに、自分が倒すべき目標が霧島であるとはいえ、この男を突き動かす感情もまた、知りたいという思いがあった。
一度は自分達に勝ったような強者が、一体何を抱えて戦っているのか。
この男達を超えて更なる高みを目指すためには、無視もできない要素である。
「テメエだって見ただろうが。剣使いのガキがやってきた一撃離脱の攻撃は、何度か動きを観察するだけで容易く対応できた。テメエがさっき霧島の野郎に一発かました技術だってそうだ」
「全力で逃げときながら、ほざいてんじゃねーよ」
「そうだ、喰らったらやばいから逃げた。だが、それだけで事足りたじゃねえか。ありゃあ、近接戦オンリーのプロキオンが相手だから通用したようなもんだ。俺様みてえにきっちり距離を取る奴にはフェイントも何も関係ねえ」
「……うぜー野郎だ」
「結果として俺様は、テメエらが血反吐を吐く思いで身に付けてきた技を、あっさり無価値なモンへと変えちまった。閃光弾で解決、逃げて解決だ。割に合わねえとは思わねえか? 時間の無駄だとは思わねえか? きっひひひ……!」
スラッシュは声を大にして嘲笑する。
確かに、ここまでの経過を思い返すだけならば、そうであろう。
届いたと思った瞬間、呆気なく見切られて無力化される。
この男も、霧島も、ずっとそうやって、幾人もの才ある人間の未来を潰してきたのだろう。
方向性は異なるとはいえ、努力の意義を疑わせ、心を折るという点では、二人の性質はよく似ていた。
「健全に、真面目に、勤勉に、真摯に、精勤に……そんなモンがテメエを強くしてくれるっていう道徳的妄執が、俺様は死ぬほど気に入らねえ。だから全てを、つまんねえ小細工で蹂躙してやりてえんだよ!」
右前方から飛来してきた拡散レーザーが、バウショックの装甲に豪雨の如く打ち付ける。
貫通するには程遠い威力だが、元より、こちらが動き出すのを促すためだけに放ったのであろう。
程なくして、今度は左前方からレーザーが飛来する。
まだまだ装甲は無事だが、表層は着実に蒸発していく。
受け続ければ、いずれは――――
(ああ、引っかかってたのは、それか……!)
だが、轟は恐れず前進を開始した。
ようやく、得心がいった。
よやく、自分のなすべき事、己の領分というものを思い出すことができた。
自分なりに脳味噌をこねくり回してあれやこれやとスピキュールに一矢報いる方法を考えてきたが、やはり瞬のように、脇腹を突くような会心の一手は打てそうにもない。
大体、変に瞬の真似をしようとして、ぶってみたのが、自ら窮地に嵌り込んだ最大の原因である。
断ち切るべき誘惑は、そこにあった。
「なんだ、簡単じゃねえかよ」
轟は自分の間抜けさに思わず笑ってしまう。
確かに、風岩家での修行を経て、自分は打甲術という新たな強みを得た。
だが一方で、バウショック最大の特性を忘れてしまうという、愚か極まりない失態もまた犯していた。
バウショックは、格闘戦に優れているだけの機体ではない。
並大抵の攻撃ではものともしない超重装甲という基本コンセプト。
耐え抜き、耐え抜き、耐え抜いた上で必殺の一撃を打ち込む、歩く鉄壁――――それが本懐。
機動性の低さをどう埋めていくかと右往左往する前に、その在り方を貫くことが、勝利に迫る最短の道だったのだ。
「おいオッサン……確かアンタは、力を持ってる奴も嫌いだったよな」
「当然だろうが。体を鍛えて手に入れた強さも、所詮はまやかしに過ぎねえ。毒物や電撃、目潰し……これまで俺様がやってきたように、道具一つで脆くも崩れ去る。何年も掛けて立派なガタイを作り上げるより、あの手この手で武器を買い揃える方が手間はかからねえ」
「だったら俺は、その力でテメーに抗ってやる」
「そんなにゴリ押しが好きかよ、進歩のねえ馬鹿が……!」
轟は、更にバウショックで闇の中を進んでいく。
その度に、あらゆる方向からスピキュールの卑怯が押し寄せる。
地雷、アシッドネイル、脚部レーザー、手榴弾。
だが轟は一切動じることなく、攻撃が来るたび、その方向へ転進。
スピキュールが一箇所に留まっているはずがないことは承知の上で、ただ愚直に向かい続ける。
この暗闇の中を覗ける者には、バウショックがいいように弄ばれているという、何とも無様な光景に映るだろう。
耐久力の高いバウショックとはいえ、当然、多量の攻撃を受ければダメージは蓄積していく。
内部の破損も頻発し、活動限界も近い。
しかし――――それでも狼狽えずに、いかにも余裕である風を装うことこそが、魔獣を討つ銀の弾丸なのだ。
「テメーのセコセコした攻撃なんて、バウショックには効かねーんだよ」
「しぶとい野郎だ……! いい加減に沈みやがれ!」
バウショックの堅牢さを信じる――――その決断が、投げやりだとは思わない。
強がり、粋がり、堂々と構えてみせる。
それだけで、はっきりと効果が現れているからだ。
スラッシュは、与えたダメージが不十分と判断したのか、待ちの態勢を一変させ再度攻撃に出始めた。
しかし、こうしてちまちまとした削りに徹するのみで、正面から乗り込んでくることはしない。
否、できないのだ。
もう一撃、頭部からの電撃を放てば、それだけでバウショックは機能停止する。
そう頭ではわかっているだろうに、スラッシュは確実性を求めて冒険を避ける。
未知の一手を恐れて脚をすくませる。
同じとどめでも、大技を用いた九十九パーセントより、小技による百パーセントを。
いかなる場面でも同じ選択をしてしまう無自覚の拘りが、裏目に出た結果である。
轟の虚勢によって生まれた一パーセントの不安が、スラッシュに電撃の使用を躊躇わせているのだ。
「それがテメーの限界か」
轟は、初めて自分から威圧してみせる。
卑怯という外の道ではあれど、達人然とした風格を備えていたスラッシュに空く、滑稽極まりない風穴。
卑怯であろうとするが故に、押せば通るような小さいリスクさえ避けてしまい、勝利から遠ざかっていくという欠陥。
まさに自縄自縛の極致である。
正道を示して外道を退ける、などという格好の良い姿ではないが、ともあれ、スピキュールが隠し持っていた大量の武装を劇的に消耗させることには成功していた。
暗闇の中では如何なる攻撃であるのか判別の付かないものが大半であったが、使わせたという事実が重要なのだ。
「そういうことかよ、クソガキが……!」
やっと自分が泥沼に沈みかけていることに気付き、スラッシュが語気を荒げる。
バウショックの損傷度は、そろそろ力技で保たせるには無理のある段階にまで進行していた。
全身が強酸で溶け、爆破で欠け、熱線で焼け焦げ、ほとんど原型を留めていない。
よくここまで凌げものだたと、轟はバウショックの耐久力を褒め称える。
申し訳ないとは微塵も思わない。
全ては、勝利を得るための対価。
今の轟には、そう言い切れるだけの責任感があった。
「本当にもう何も忍ばせてなかったってわけかよ……クソが、こんなつまんねえ事で、俺様を!」
「瞬の野郎は俺に寄越すために、あの合気道の弱点を見出してるはずだ。だから俺も俺なりに、テメーの卑怯を可能な限り削っておく必要があった。まだまだ備えが十二分だっていうんなら、失敗なんだろうけどよ」
「義理を果たすってか……? その為に、テメエはわざわざ俺様にいたぶられるだけの木偶をやってたってのかよ」
「そうだ」
「そんな下らねえ理由で、テメエはああまで危ねえ橋を渡るのかよ。ガキくせえ友情ゴッコに酔っても、テメエが大損扱くだけだぜ……!」
「勘違いしてんじゃねーよ……俺は信用ありきでしか動かねー」
諭すように言い放つスラッシュに、轟は静かにそう返す。
嘘偽りのない、正直な感想だった。
この一ヶ月間――――いや、最初に出会ってから約三ヶ月間。
多かれ少なかれ、瞬と言葉を交して、わかったことがあった。
風岩瞬という人間の本質を正し把握できているとまでは思わない。
ただ、それだけは自己統計による間違いのない情報だった。
「あいつほどふざけた奴を、俺は生まれてこのかた見たことがねー。でかい口ばかり叩きやがるし、テメーに都合の悪いことからはすぐ目を背けやがるし、テメーの実力を棚に上げて他人を貶しやがるし、煽ってくる割にはテメーに耐性がねーし、反省したかと思えば調子扱いて同じミスをやらかす。思い上がりも甚だしい、自己顕示欲と承認欲求の入り混じったクソ中のクソ、最低最悪の人間だ。あんなのと、どう友情を育めってんだ」
轟は、瞬に対する印象と感想の全てを吐き出す。
それから一呼吸を置いて、もう一度口を開いた。
初めての経験には戸惑いと躊躇いがついて回るように、発したことのない言葉を紡ごうとすれば、余計な前置きが増える。
真に語ろうとした内容は、ここから先なのだ。
「ただ……俺はあいつが泣き言をいうのを、ただの一度も聞いたことがねーんだ。言い訳は散々しやがるし、愚痴も言いやがる。だがよ、無理だの駄目だのできねーだの、弱音を吐くことは絶対になかった。いつも瀬戸際で踏みとどまって、偉そうに分不相応な理想を語りやがる」
「それが、どうしたってんだよ……!」
「どこまでもしつこく食い下がれる奴だってことだ。あいつは、人の弱みを探るのだけは上手い。負けずにどうにか粘ってるんなら、じきに逆転まで辿り着く。これが答えだ」
進退を繰り返す不安定さはあるが、停滞も絶対にない。
この自分でさえもが進むべき道を見失い、行き詰まっていたときですら、醜く足掻きながらも可能性を切り拓いてみせた、負けず嫌いの男。
例え空回りでも、高速回転し続ければ風を生み出す。
まさにその例えこそ、瞬の生き様を語るに相応しい。
曇り眼を脱却した今なら、成果の一つは持って帰ってくると期待できる。
故に自分もまた、応えてみせねばならない。
どこまでも、惜しみなく――――この身を再び灼き焦がそうとも。
「驚くほどの高評価に、逆にドン引きだぜ。オレのことを信じすぎて一周回ってきめえ」
そう決心しかけた直後、超音速で切り拓かれた大気の鳴動が、轟の鼓膜を打つ。
次いで、上空から叩きつけられた突風の障壁が、周囲に滞留する暗黒の粒子を一瞬にして吹き飛ばす。
再び降り注ぐ、朝焼けの眩い光を背にして滞空するのは、左腕の籠手に激しき気流を纏った鋼鉄の侍。
反逆の疾風、セイファートの合流である。
通信環境が完全に回復することで、モニター上のノイズが晴れるフェイスウィンドウ。
その向こうで自分を見遣る少年は、いつもの通り小憎たらしい顔つきで、いつもの通り癇に障る物言いをする。
「瞬、テメーは……!」
「あれー、そのやられっぷりは何なんだい? オレが割と無傷で仕事してきたってのに、一方その頃ズタボロにされちゃったのかい」
「ああ!? これも機体の役割の差だろうが! そこんとこをすっ飛ばして、何を偉そうにさえずってやがる! つーか、いつから聞いてやがった!」
「泣き言云々の下りからかな。褒めてもらうって有り難いことのはずなんだけど、相手次第では鳥肌が立つもんなんだな」
感慨とは全く関係のない理由で全身が急激に熱くなるのを感じる。
生まれて初めて意識的に他人の長所をひねり出すという無理をやったというのに、そのレスポンスが低俗極まる挑発という始末。
「セイファートは少しでもどこかブッ壊れると役に立たなくなるハリボテみてーな機体だからな。無傷のまんまでかろうじて戦力扱いできるラインだろーよ……!」
轟は押さえきれない怒りを、操縦桿に折れんばかりの力を押し込めることでどうにか抑制する。
いずれ倒さなければならない相手ということなら、この瞬もまた轟のリストの中に加えられている。
単純に、ストレス解消目的でだ。
「いいのかな、そんな態度で。せっかくオレがいいもの拾ってきてやったのによ」
瞬は負けじと、更に応戦する。
轟にとっての朗報は、セイファートの到着だけではない。
その小脇に抱えられている深紅の超重手甲こそ、自分が真に求めている力だ。
先端にマニピュレーターを備えた、本来の腕を覆い更なる巨腕へと変える追加武装――――ギガントアーム。
プロキオンに捻りきられた右腕に装着されていたそれを、瞬はここに来るまでに取り外して運んできたのだ。
バウショックの前腕は全く同一の形状であるため、ギガントアームは問題なく装着が可能。
更に、マニピュレーターは親指と小指に該当する部位がそれぞれスライドすることで左手へと変形させることもでき、左腕としての運用にも全く支障がない。
機体は限界が近付いているが、だからこそ再びギガントアームによる熱量攻撃が使えるようになって、もう一働きしなければならない。
「とっとと寄越せ、ボケ!」
「わかってるって、ほらよ!」
「いきなり落としてんじゃねーよ!」
勿体ぶられても困るのだが、催促するなり唐突に上空から放り投げるという、この身勝手さ。
しかもバウショックに向けて渡そうとするのではなく、ここから十数歩分は離れた自らの足下に。
轟は憤怒の形相で瞬を睨み付けながらも、五百メートルの高度から落下してくるギガントアームを回収するべく、右方に駆けだした。
通りを二つほど挟んだ場所に潜んでいたスピキュールも、すぐさま疾走を開始する。
動き出す順番としてはバウショックが先であったが、素の機動力プラス前傾気味の体勢を上手く利用した速度により、より早くギガントアームに迫れるのはスピキュールであろう。
「みすみす渡してたまるかよ……あれさえ壊せば!」
道路を抉りながら疾走するスピキュールが、またも凄まじい閃光を放つ。
直前には、尖塔の如き頭部に青白い雷光が収束するのも確認できた。
だが、焦りは微塵も感じない。
自分がバウショックを走らせているのは、一刻も早く力を取り戻したいという衝動によるところが大きい。
奪われる可能性など、完全に考慮の外なのだ。
「そんなマヌケをするタマじゃねーんだよ」
白く染め上げられた世界の中、轟は呟く。
確か、この辺りだったはずだ。
轟はバウショックの速度をやや落とし、地面に向けて伸ばした左腕で、目星を付けていたものを上手く掬い上げることに成功する。
数瞬の後、やや前方で響く、弾けるような重低音。
それから、外の光景が徐々に元の鮮明さへと回帰していく。
「なあ、瞬」
光が完全に収まった時、そこには轟が思い描いていた通りの光景があった。
空中で上下を逆転させ、頭部から射出したシャドースラッシャーでギガントアームを引き上げ直したセイファート。
跳躍後に電撃を放ったものの、予測射撃が外れ、何の成果もなく着地するスピキュール。
スラッシュに妨害されることを予測した上で、瞬は自身の近くにギガントアームを落としたというわけだ。
轟もまた、途中で瞬の意図に気付き、次に繋がる一手を用意済みである。
既にバウショックは左腕を振りかぶっていた。
「あんな使い方を……!」
「どこ見てんだ、外道のオッサン」
バウショックは間断なく、振り向く間際のスピキュールへ、移動中に掴んでいたコンクリート塊を全力で投擲する。
レイ・ヴェールによるダメージの減衰と衝撃の有無は全くの別問題だ。
装甲を傷つけられはしないが、数トンの重量を持つ物体を叩きつければ動きを止めることは十分に可能。
S3によるイメージ伝達が上手くいったのか、コンクリート塊は正確なコントロールでスピキュールの頭部に命中、尖塔全体を大きく揺らす。
「飛び道具は持ってねーが、何処にもねーとは言ってねーぞ……!」
「ちっ、うざってえ!」
「重てえ重てえ千切れる千切れる千切れる……今度こそ落とすぞ!」
「早くしろ、瞬!」
明らかに懸架できる許容量をオーバーしているためか、セイファートは首元の関節部を軋ませていた。
だが渾身の力で全身を捻ると同時に、その先端部を開き、今度こそギガントアームをバウショックの方へ寄越してきた。
バウショックは落下してくるギガントアームに左腕を伸ばし、そのまま手甲内部に設けられた保持用グリップを握り込むことに成功する。
これで百パーセントとはいかないまでも、七十五パーセントまでは取り戻すことができた。
赤き巨人としての力を、そして威厳を。
「この程度は、余裕なんだよ」
轟は口元を歪ませながら言った。
継続的に行われてきた機体OSのアップデートにより、片腕しか残っていない場合の追加武装装着補助プログラム――――つまりちょうど現在のような状況を想定したアシスト機能が、バウショックには存在する。
余程無理な体勢でなければ、相対距離と向きを計算して自動的に装着を行ってくれる仕組みだ。
しかし、轟は敢えて完全な手動操作で臨んでいた。
まだへたばってはいないと瞬に知らしめたいだけの、戦術的には全くどうでもいい見栄だ。
すぐさま、機体とギガントアーム、双方のコネクターが正常に接続されたことを報せる表示がモニターに浮かび、機能のロックを解除するための認証作業も開始される。
ただ、その数秒を悠長に待つほどスラッシュという男を舐めてもいない。
むしろ、どこまでも妨害に長けた男だからこそ、攻勢を途絶えさせてはならない。
「まだだ、轟!」
「おうよ……!」
バウショックと、着陸を果たしたセイファート、二機はスピキュールに向けて同時に駆け出す。
瞬が位置調整を行ってくれたおかげで、スピキュールを中心点に挟んだ、完璧な挟み撃ちの形になっている。
「テメエら如きに、これ以上は!」
その途中、スピキュールの下した対抗策は、閃光と煙幕の同時展開――――光と闇の二重奏。
全てを見失う、悪辣なる混迷空間の誕生である。
以前ならば、体も思考も停止してしまい、ここから一気に逆転もされたであろう。
しかしもはや、こんな目くらましは何の脅威でもない。
来るとわかっている卑怯への対策は万全――――ギガントアームで頭部を覆い隠したバウショックは止まらず進む。
程なくして、不自然なまでの暴風も吹き付ける。
セイファートがストリームウォールを翳すことで、直射を防ぐと共に粒子を散らせているのだ。
「そんなもんでビビると思ったら、大間違いなんだよ!」
未だ止まぬ光の中、バウショックは正面方向に向けて裏拳を放つ。
打甲術の半身、甲撃・鐐。
攻防の使い分けが前提の技だというのに、片腕だけでは全くの無意味――――ではない。
この一撃をスラッシュが知覚し、僅かでも意識を向けてくれればそれでいい。
打甲術がもたらす真の恩恵、それは甲撃・打撃などという小手先の技術ではなく、相手の防御を崩し、攻撃を打ち込む、一連の呼吸そのもの。
必ずしも、二撃目を自分が担う必要はない。
後に控えた者に、正しく繋ぐことさえできれば。
故に轟は、バウショックの片腕をプロキオンに捻りきられても、自分自身の能力が削がれたなどとは一度たりとも思ったことはない。
「そう、ビビりさえしなければ……あんたの卑怯なんて、突破は簡単なんだぜ」
瞬が不敵に笑うのを見て、轟は自分の判断が、縋ろうとする弱さから生まれた行き違いの信頼ではないことを確信できた。




