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第41話 叩けよさらば開かれん(その3)

「させるかよ! ……轟、とっとと下がれ!」


 プロキオンの体術によってバウショックが片腕を失うや否や、待っていたとばかりに動き出したスピキュール。

 時を同じくして、セイファートもまた、窮地を救うためにバウショックの元を目指す。

 バウショック後方の空から、矢の如く、一直線に。

 だが、あちらの方が一手早い。

 スラッシュではなく、霧島がだ。

 いつの間にかプロキオンは、瞬が気付かぬ内に、バウショックの背後へと、回り込んでいた。


「消えただと!?」


 他ならぬ、正面から対峙していた轟でさえ、そのような反応をする。

 直前までのバウショックとプロキオンの距離はたった十メートル足らず。

 轟のことである、視界に入れるどころか、微細な動作も見逃すまいと細心の注意を払っていたはずだ。

 瞬とて、いつでも最適なタイミングでフォローに入れるように、瞬きさえ惜しんで二機の戦いを見守っていた。

 なのに、動きを目で追えなかった。

 どういうわけか、三十メートル超の巨大な構造体が完全に意識の外へと追いやられていた。

 正面モニターに表示されたセイファートの速度計は、割って入るために間に合うことを想定した数値のままだ。

 つまり時間の流れは正常、プロキオンが消したのは姿ではなく、気配であるということだ。


「普通に歩いているだけなのに、ひどいなあ。誰も僕に気付いてくれない」

「構ってやるから、安心しろよ」


 瞬はセイファートの高度を大きく落としながら、呟く。

 具体的には、バウショックの前に出る軌道から、後ろに付ける軌道への変更。


「焦りすぎたな、あんた」


 肝心のスピキュールはセイファートよりも遅く、バウショックの元まで、あと百五十メートルといったところだ。

 瞬と轟の虚を突くことには成功したプロキオンだが、些か動くのが早すぎたのだ。

 大方、スピキュールのために、バウショックの動きを封じておく目論見だったのだろう。

 しかし残念ながら、セイファートは通常歩行でさえ、どのメテオメイルと比較しても倍以上の速度が出せる。

 飛行している状態であれば、言うまでもない。

 幾ら先手を取ったところで、連続して二度打てる後手には敵わないというわけだ。


「逆にオレ達が、挟み撃ちだ!」

「今度こそ、逃げ場はねーぞ!」


 セイファートの斬撃と、振り向いたバウショックの打撃。

 真逆の方向から襲い来る、種別の異なる二つの破壊。

 加えて瞬は、フェイントとしてコンマ数秒、遅れて剣を振ることを決める。

 幾ら霧島といえど、この時間差攻撃を凌げるとは思えない。

 正しくは、思いたくなかった。

 もっとも、不確実な情報に頼ることが策の破綻を招くというのならば、これ以前にも瞬は、一つの大きな認識ミスをしていた。

 この戦闘が二対二で行われている――――それは正しく、周辺区域内に、戦闘へ介入できる第三者の存在はない。

 スピキュールに、ワイヤーや地雷等、何らかのブービートラップを仕掛ける素振りはなかった――――これも正しい。

 では何を見落としているのかというと――――本体から切り離されたパーツが、以降も何らかの形で利用できるという可能性である。


「引っかかりやがったな、バカが」

「そこから、何を……!」

撃ち放つ毒爪バスターアシッドネイル

「っ!」


 神経に言い知れぬ危険信号が奔ったとき、まずは背後を。

 瞬は斬撃の寸前、セイファートの上半身を強引に九十度回転させ、ジェミニソードの短刀を真後ろに振るう。

 この三週間を使い、反射で実行できるよう体に染みこませた感覚が、瞬を救うことになった。

 飛来してきたのは、先程斬り落としたはずの、スピキュールの右腕。

 その肘から先、毒爪を携えた部位だ。

 発射するギミック自体は以前の戦いでも嫌というほど苦しめられたが、未だコントロール下にあるとまでは、察することができなかった。

 残存エネルギーが尽きたためか、どうにか弾くことのできた毒爪は、力なく地面に落下する。

 今度こそ、完全に停止したと考えて間違いないだろう。

 だが、こちらが一気に押し切れるかもしれなかった好機を潰したのだから、成果としては及第点どころか満点。

 この一射による妨害は最大の効果を上げたといっていい。

 スラッシュは、“最も邪魔のできる瞬間”を正確かつ迅速に把握できている。

 それは同時に、勝敗に大きく関わる要点の判別もできるということである。

 どこを看過し、どこを押さえるのか――――悔しいが、まだまだ瞬は、それらを嗅ぎ分ける才覚ではスラッシュに遠く及ばない。


「これ以上のでかいミスに発展しなかったのは良しとしたいけどよ……!」


 瞬は視線を正面に戻しながら、呻くように発する。

 自分が前面への攻撃に集中できなかったせいで、バウショックの拳もセイファートの長刀も、どちらもプロキオンに受け止められてしまっていた。

 拳は右手で包み込むように、ジェミニソードは左手の指先で挟むように。

 ジェミニソードを両手持ちの最速で振り抜けていた場合のことを考えると、これほど大きな痛手はない。


「ちっ、剣使いのガキは反応しやがったか」

「彼らの攻撃を一人で捌けるかどうか、試してみたかったんですけどねえ」

「ただ不意打ちしたかっただけではあるがよ、結果的に助かっておいてその言い草かよテメエ!」

「彼が受けるという選択をしてくれたからいいものの、躱されたら僕に当たってたんじゃないですか今の」

「うるせえよ!」

「まあいいです……とりあえず、そちらに送っておきますよ」


 霧島がそう言うなり、プロキオンは上半身を捻りながら、掴んだ二機それぞれを振り飛ばそうとする。

 拳を掴まれているバウショックはともかく、セイファートはジェミニソードを手放せば自由になれるわけだが、そんなことをすればへし折られるだけだ。

 その時、目前まで迫っていたスピキュールが、両腰のサイドアーマーから新たな錨付きワイヤーを射出する。

 ここでやっと、瞬は霧島の目論見に気付く。

 目の前の景色が、完全に入れ替わろうとしていたからだ。

 わざわざ体を大きく捻ったのは、勢いを付けるためだけではない。

 半回転し、セイファートをスピキュールの方に送り出す意図があったのだ。

 加えてスピキュールのワイヤー射出は、ちょうどプロキオンが百八十度の回転を終えたとき、セイファートを餌食にする調整。

 命中すれば再び拘束、しかもバウショックはプロキオンを挟んだ向かい側に行ってしまう。


「このパターンは……!」


 分断だけはまずいと、瞬は僅かに冷や汗を流す。

 一対一の戦闘が二箇所で行われることはいい。

 問題は、互いがすぐさまフォローに入れない状況を構築されることだ。

 スラッシュと霧島は、この辺りの立ち回りが憎らしいほどに上手い。

 邪魔が入らなければ絶対に負けないという確固たる自信があるのはわかるが、その状況を作り上げるための動きに、余りにも無駄がない。

 同じ流れで敗北を喫しているだけに、反省は十分にしてきたつもりだったが、理解したところでそうそう止められないのが完成された動きというものだ。

 だが、このまま流れに飲まれるつもりは、毛頭ない。

 重要なのは即時適応、絶対に思考を止めず足掻いてみせる精神の在り方である。

 そして轟もまた、この分断だけは確実に避けねばならないと悟ったようだった。

 直後、セイファートとバウショックは、全く同時に動き出す。


「ここで流れを!」

「変えるしかねー!」


 片腕となったバウショックは背中に体重をかけ、セイファートは左手に持ったジェミニソードの短刀でプロキオンに斬りかかる。


「うわっと……!」


 バウショックに外側へ引っ張られた挙句、セイファートの斬撃は身を逸らして回避――――体勢と重量、二つの要素で予想外の遠心力が発生することになったプロキオンは、もう百八十度の不要な回転を余儀なくされる。

 つまり、一周。

 セイファートもバウショックも元の場所に帰ってきた形になる。

 向こうにとって、“これほどの邪魔”はないだろう。


「何してやがる、霧島ぁ!」


 既に射出されたワイヤーはバウショックに絡みついていくが、バウショックにとっては片腕ですら引きちぎることは容易く、それ以前に圧倒的な重量差から引き倒すこともできない。

 繋がった状態を逆手に取られることを警戒して、スピキュールは即座に末端を切り離して後退する。


「このまま交換だ! あの卑怯野郎、今の俺なら仕留められると高を括っていやがった。合気道野郎の前に一発ブチのめしとかなきゃ気が済まねー。いいな、瞬!」

「任せる!」


 そのままスピキュールを追って遠ざかっていくバウショックを、瞬は制止しなかった。

 先程は、分断はまずいと考えたものの、この形でならば問題ない。

 むしろ、理想的ですらある。

 何故なら、妨害手段に長けたスピキュールとは異なり、プロキオンにはセイファートの飛行を止める術がない。

 バウショックがスピキュールを引き離せば引き離した分だけ、後でセイファートが合流したとき、プロキオンが追いつくまで二体一で戦える時間が長くなる。

 スラッシュが頑なまでにセイファートに貼り付いていたのは、純粋な戦闘における相性よりも、その点だろう。

 だからこそ、瞬も轟も、互いの目標を切り替える機会を窺っていたのだ。


「まだサシの勝負では、オレは外道スラッシュに、轟は合気道きりしまに敵わねえ……。新しい攻略の糸口を探る為には、一度互いの目標を切り替えなきゃあな」


 しかし通常ならば、セイファート対プロキオン、バウショック対スピキュールの構図を作り上げることは不可能に近い。

 セイファートがプロキオンを狙うことはできても、機動力の低いバウショックではスピキュールに追いつけないからだ。

 その場合は、スピキュールもセイファートを倒しに向かうだろう。

 故に、とどめを刺すべく向こうから接近してくれるのなら僥倖。

 有利な組み合わせに変えようとしたプロキオンを、逆に利用しない手はなかったというわけだ。


「そういうわけで、しばらく付き合ってもらうぜ。薄気味悪いおっさんよ!」

「ひどい言われようだ。ですが、いいでしょう……君とも手合わせしてみたいですからね」

「その余裕ぶっこいた態度にも、そろそろ飽きてきたぜ」

「では見せて下さい、生まれ変わった君の剣捌きを。多少はびっくりするかもしれません」

「見れるもんならな!」


 ジェミニソードの長刀を両手で持ち直させると、瞬はセイファートの全スラスターを高出力状態にし、プロキオンの側面へと飛んだ。

 側面から斬ろうというのではない――――これより始まるのは、セイファートの機動性を活かした全方位からの超高速複合乱撃。


「三十一式、“乱衝・表らんしょう・おもて”! 三十二式、“乱衝・裏らんしょう・うら”! 止められるもんなら、止めてみやがれ!」

「尽力させて頂きましょう」


真横から襲い来るジェミニソードを、プロキオンは動じず、向きを変えないまま片手で払い除ける。

だが、一の太刀が通用しなかったことなど、今の瞬にとってはどうでもいいことだった。


「さあ、どんどん行くぜ……!」


 まさに、疾風の如く。

 最初の斬撃を払われるや否や、セイファートは、すぐさま半円を描くように軽く跳躍し、今度はプロキオンの背後から峰による打撃を放つ。

 続いて、大きく跳躍して頭上から打撃。

 その次は正面からの斬撃。

 更にその次は再び側面からの斬撃。

 敵の周囲を縦横無尽に駆け、飛び回り、四方八方から追い詰める対技、それが乱衝である。

 コンセプトは、運動量と攻撃回数の追求――――つまるところが手数による圧倒。

 おもてうらを幾度も切り替えることで防御を崩すという性質上、目標の動きを注視する必要があるため、乱戦での使い勝手は悪い。

 だが、スピキュールが遠ざかりつつある現状は使用にあたって何の問題もなかった。


「やっぱりすごいなあ、セイファートは。連合製の模造品なのに、敏捷性はプロキオンと拮抗できている」


 風の斬り裂かれる音と、刀身が捌かれる音、その間に舞う火花。

 文字通り一、二を争う反応速度を実現した機体同士による、他の全てのメテオメイルを置き去りにした超高速の応酬。

 聴覚に異常をきたしそうな高音が、もう数十秒と絶え間なく鳴り響く。

 しかし全くの規則的なリズムは、状況に変化が起きていないことも意味している。

 プロキオンは、的確に刀身の側面を掌で打ち払い、この凄まじい猛攻を凌ぎ続けていた。


「追いつかれてるだと……!?」


 正確な表現ではないという自覚はあるが、瞬はそう呟く。

 大いなる誤算であった。

 プロキオンは、

 あくまで瞬は、プロキオンをできるだけ長く、に留め置きたかっただけだ。

 だがプロキオンは、そんな瞬の願望を超越して、振り向きさえしない全くの不動であった。

 どの方位からの攻撃であろうと、音を頼りにして、そこへ腕を回すだけで弾く。

 上半身を大きく捻ることさえしない。

 まるで千手観音を相手にしているような気分だった。


「やってみれば、何とかなるものですね」

「何とかしてんじゃねえよ、化物が……!」


 どうにか動きに追いつこうと、プロキオンが必死に旋回してセイファートを視界に捉えようとする――――その隙を瞬は突こうとしていたのだ。

 だというのに、体勢すら変えずに防ぎ切られては何の効果もない。

 むしろこちらが、エネルギーの消耗を急激に早めているだけ大損である。

 足止めという本来の役目は果たせているものの、割に合っているかどうか、瞬は不安になる。


「ひょっとしてまだまだ速くなったりします? もしそうだとしたらちょっと厳しいかなあ」

「嫌味な野郎だな!」

「そんな意図はなかったんですがね。むしろ君には感謝しかない」


 もう何十撃目になるかわからない一閃を平然と払いながら、霧島は少しの間を置いて、言った。


「――――今となっては稀少な実戦派剣術である風岩流、その使い手とやり合える機会なんてそうそう無いですからね」

「あんた……風岩流のことを」

「やはり正解でしたか」

「どうして知ってやがる」


 瞬は思いがけない単語が霧島の口から出たことに面食らって、そう返した。

 これまで瞬は、少なくともオーゼスの機体と通信回線が繋がっている状態で、風岩流という言葉を口にしたことはない。

 より精度の高いイメージを構築するため技の名前を発することはあるが、その殆どは、門下生でない者が知り得るわけのない単語である。

 瞬は攻撃を続けたまま、霧島の返答を待つ。


「合気道を極めようとする身としては、他の武術に対する備えを固めるのは当然のことですよ。世界中の、となると流石に時間が足りませんが、空手に柔道、剣術……国内の実戦的なものは、主な流派ぐらいなら一通り研究しています」

「だからか……!」

「その身のこなしも、何処かで見たことあるとは思っていたんですよ。二刀を用い、攻守や緩急を巧みに使い分ける流派……。二天一流、新陰流、駒川改心流、最初はこの辺りの分派かなとも考えたのですが、そこに当て嵌らない極端な動きが見受けられたので絞り込めました」

「消去法かよ……!」

「仕方がないじゃないですか、この戦いでようやく見分けが付く段階になったんですから」

「……ちっ」


 言い返すことができず、瞬は舌打ちする。


「ぐうの音も出ねえ正論だ。オレは剣術家としてはまだまだ未熟も未熟、精進が足りねえ」


 正直なところ、霧島のいう通り、これまで自分が身に付けていたのは風岩流などではなかった。

 その知識を散発的に活用するだけの半端者。

 だが、今は違う。

 例え首級を挙げるには至らずとも、一つの武器として扱いこなす自信がある。


「随分と謙虚になってしまいましたね。以前のがっつく感じも嫌いじゃないですよ、僕」

「何言ってんだ、あんた」


 新たな斬撃を放った後、セイファートはプロキオンの真上へと跳ぶ。

 速度が上がるわけでもなく、プロキオンの余裕が消えるわけでもなく、ここまで幾度となく繰り返してきた乱撃の延長線上。

 次なる攻撃もまた、どれだけ渾身の力を込めたところで、間違いなく防がれてしまう。

 あくまで風岩流の技に頼り続けるならば、の話だが。

 その刹那――――霧島の磨き抜かれた超感覚の賜物か、これから起こることを察したかのように、プロキオンがその場から飛び退こうとする。

 だが、もう遅い。

 瞬は迷わず、左右の操縦桿の発射トリガーを押し込んだ。


「今だって、そうだぜ……!」


 直後、セイファートの胴体両側面に内蔵された発射口から、左右それぞれ秒間百二十発という連射速度を誇る八十ミリ弾が吐き出される。

 プロキオンの頭上に向けて降り注ぐ、弾丸の豪雨。

 レイ・ヴェールによるエネルギーバリアと流線型の装甲、二重の防御効果によって威力は大きく減衰するが、数百発も浴びれば話は別だ。

 プロキオンの頭部、そして咄嗟に掲げた腕部は夥しい箇所が陥没していく。


「剣術家としては、って言っただろ。セイファートの武器はそれだけじゃねえんだよ……!」

「……これは僕の失態だなあ」

「ちょっとばかりオレに期待しすぎたな」


 額に汗を滲ませながらも、瞬は精一杯の嫌らしい笑みを浮かべた。


「あんた、本当はもっと凄い技が出て来るのを望んでたんだろ。だからオレが通用しねえ攻撃をしつこく続けているのを、何かの作戦だと勘違いして、引っかかった」

「……お見事です」


 語調は相変わらずだったが、声量をやや落として霧島が讃えてくる。

 霧島が、セイファートの大型バルカンの存在を失念していたということはないだろう。

 ただ、瞬がなまじ中々の技を見せてしまったために、より高度な技術で凌ぎきることを己に求めてしまっただけだ。

 常にあらゆる攻撃が来ることを想定している霧島なら、理屈の上では発射寸前の回避もできたはずだが、希薄の中にある僅かな拘りが判断の妨げになったのだ。

 それは、道を極めんとする求道者故の欲求。

 普段は、他者の深層心理めいた部分を無遠慮かつ無自覚に探り当てる瞬だが、今回に限っては会話の端々から順序立てて類推した弱点である。

 ただし同時に、瞬もプロキオンに対し、自分が打てる手立てはここまでと証明したようなものであった。

 実際、セイファートの力では表面装甲を削るのが限度。

 致命傷を与えられるまでの未来図は描けない。

 プロキオンの超常護身を打ち破るのは、やはり轟とバウショックの役目である。

 そろそろ、本来の目論見通りにバウショックの方へ合流しようと、瞬はレーダーを見遣り位置確認をしようとする。

 もっとも、その前に霧島が、向こうがどういった状況であるかを端的に説明してきた。


「僕はこの体たらくですが、スラッシュさんはどうでしょうかねえ。彼は腕前の上達なんてどうでもいい口ですから」

「っ……!」


 瞬は急ぎ、セイファートをもう一つの戦場へと向かわせた。

 どのみちレーダーに、友軍機であるバウショックを指し示す青い光点は表示されていなかった。

 一キロメートルほど北に存在する無人の市街地は、広域に渡って濃密な黒煙に包まれていた。


 数分前、瞬達の機転による逆分断作戦が成功した頃――――


「待てコラ、外道野郎!」

「誰が待つもんかよ、こんな更地は俺様の土俵じゃねえんでな」


 器用にも後ろ走りで北へ北へと逃亡するスピキュール。

 轟はバウショックの最大加速で、それを追撃する。

 移動速度自体はスピキュールの方が一段上回っているのだから、大きく迂回してセイファートに向かうのではないかという危惧があったが、何故かスラッシュはそうしない。


(これもまたアイツらの策か……? いや、そもそも根っからのチームってわけでもなさそうだしな)


 スラッシュと霧島は、互いを利用できるときはそうするが、無理をして合流する気もないのだと、轟は結論付ける。

 轟にとって、そうした共闘の形は、最終的な目標地点である。

 だが、個としての力が完成に至っていない現段階では、実践するには不相応。

 轟も、今回の戦いにおいては瞬を利用する形を取ってはいるが、意図するところは“最大限の利用”だ。

 状況次第では役に立ってもらわなくもない、というスタンスのスラッシュ・霧島コンビとは、似ているようで大きく勝手が異なる。

 早い話、轟がそのような表現を好まないだけで、自分達がやっているのは正しい連携なのだ。

 もっとも、瞬と手を組むことに関してだが、今はけして悪い気分ではなかった。

 仲間意識に目覚めたわけでもなければ、他人に頼ることを良しとしたわけでもない。

 瞬もまた自分と同類、研鑽の果てに、いずれは真の強者を目指す者だということがわかったからだ。

 馴れ合いは御免被るが、より高みを目指すために必要な一時的と協力ならば、吝かでもない。

 瞬は今、自分が打ち倒すべきプロキオンを相手取り、撃破に繋がる何かしらの下準備をしてくれている手筈。

 ならば自分もまた瞬の為に、瞬にとっては対処が困難なスピキュールの強みを取り除いておく義理がある。


「厄介なのは、あの溶ける爪じゃねー」


 轟は片腕を失ったことでバランスの取りにくくなったバウショックの操縦に難儀しながら、呟く。

 狙うべき場所はわかっている。

 問題は、近接戦しかできないバウショックでどうやってその部位を破壊するかである。

 それにしても――――スピキュールはどこまで下がっていくのか。

 これではこちらの思う壺でありすぎる。

 ただより高いものはなく、予想以上の優勢もまた安易に信じ込んではならない。


「テメー、どこまで……!」

「俺様の卑怯にお誂え向きの場所だ。ここならたっぷり痛めつけてやれる」


 スピキュールの行き着いた先は、高層ビルの乱立する市街地中央部。

 以前の戦いで立ち入る事はなかったものの、オーゼスの占領が成功したことで住民の全てが退避し、どこか圧迫感のある静寂に包まれていた。

 微塵たりとも破壊の爪跡が見受けられない分、より一層の不気味さを掻き立てる。

 建造物の陰にスピキュールの姿を上手く隠しながら、スラッシュは小悪党然とした、喉を鳴らすくぐもった笑いを送り届けてきた。


「さあかかって来いよ、突撃しか能のねえクソガキ。何を隠してやがるかは知らねえがよ」

「……あ?」


 会話の流れに大きな齟齬を感じて、轟は立ち止まる。

 そもそもスラッシュは一度、とどめを刺せると確信した上で襲ってきたというのに、ワイヤーを千切られたくらいでまた逃げ出すという違和感。

 スラッシュに限って、その程度の浅知恵で距離を詰めてきたわけでもないだろう。

 だとすれば導き出される解答は一つ。


(俺が、考えなしに突っ込んだせいか)


 こちらは本当に拳以外の武器が失われているというのに、スラッシュはまだ何か、バウショックがスピキュールを破壊しうる何かを隠し持っていると警戒している。

 クリムゾンショットには、そう想像させるだけの十分な威嚇効果があったということだ。

 だとすれば、スピキュールの全ての行動に納得がいく。

 用意周到であるが故の過剰な未来予測。

 瞬ほど頭が回るわけではないが、この誤認された状況を有効活用しなければ、スラッシュの張った蜘蛛の巣に絡め取られるだけだ。


(だが、やるしかねー……!)


 轟はすぐさま、スピキュールが消えていった、左右をビルに挟まれた大通りへと潜り込む。

 幾ら姿を隠したところで、レーダーで熱源を捕捉できている。

 どうやら一際大きな複合型商業施設の裏側に潜んでいるようだった。

 だが、動かないのなら好都合。

 最適解とは言い難いが、直前で建物の角に飛び込み、その破壊と共に不意を突いて先制する。

 重装甲のバウショックだからこそできる芸当だ。

 そう考え、一気に駆け出した瞬間だった。


「後ろだと!?」


 レーダー上の、メテオエンジン級の熱量発生源を表わす光点が、背後にもう一つ。

 瞬時に移動したのではない、二つに増えたのだ。

 まさかプロキオンが、いつの間にかこちらへ――――轟の脳裏に、まず有り得ない可能性がよぎり、ほんの短い時間ではあったが轟を硬直させた。

 進むか、振り返るか。

 余計な知識を身に付けてしまったからこその戸惑い。

 元々けものの轟にはなかった迷い。

 轟の成長を認めたからこその策略。

 罠に飛び込む愚直さがあれば助かる可能性が上がったという皮肉。

 このままでは、潜むものと表れたもの、どちらが本体であろうとも攻撃を受けることになる。


「不確定要素があるんなら、どの可能性だって構わねえっつう選択をしてやりゃあいい。俺様にできて、テメエにできてねえ事だ」


 嘲るようなスラッシュの声は、果たしてどちらから聞こえてくるのか。

 その疑問は、コンマ数秒後に判明する。

 吹き付けるように背後から押し寄せてくる、漆黒の粒子状物質。

 周囲の空間は、即座に立体感のない暗黒へと染まり行く。

 だが直後、闇は再び真白へと転じた。

 意識を刈り取る激しき稲光と共に。

 聴覚を狂わす超振動のノイズと共に。


「イっちまいな……!」


 数百万ボルトの雷撃が、バウショックの背中に撃ち込まれ、そして放射状に拡散していった。


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