第39話 叩けよさらば開かれん(その1)
自らに有利な状況を作り出すべく、それぞれ行動に移る、四機のメテオメイル。
最初に仕掛けたのは、セイファートだった。
他の三機が微速前進する中、開幕直後からの躊躇いなき最大加速で、一気にスピキュールとの距離を詰める。
そして、圧倒的な機動力が生み出す慣性を乗せた、ジェミニソードの斬撃。
内向きに構えていた長刀を、全力で振り抜く。
直後、刃同士のぶつかり合う甲高い音が戦場に鳴り響いた。
「はっ、仕込みが入る前の速攻なら何とかなるとでも思ったかよ!」
通信装置越しに、スラッシュが嘲笑しながら吐き捨てる。
弾丸の如き問答無用の先制攻撃を、スピキュールは見事、即座に構えたアシッドネイルで弾き返すことに成功していた。
峰の部分で受けたために、切っ先に浸透する強酸こそ降りかかることはなかったものの、十分に素早く正確な防御である。
過去の戦いでは、事前に仕掛けられていたワイヤートラップによってセイファートの先制を妨害したスピキュール。
しかし操縦者であるスラッシュは、そんなものがなくとも身を守れる程度の技能を有している。
瞬は、その力量を改めて再確認することとなった。
反応速度の高さというよりは、自分を狙ってくるものと、ある程度予測がついていたのだろう。
「テメエの実力を過信した闇雲な突撃、前回と全く……っ!?」
スラッシュが息を呑んだとき、セイファートの姿は、スピキュールから何百メートルも離れた位置にあった。
斬撃後も加速を緩めることなく、この距離まで到達したのだ。
瞬は方向転換の後、再びセイファートを加速させ、地面すれすれを飛行しながら二撃目を放つ。
スピキュールに、完全に振り向く余裕を与えることなく。
それでも背面スラスターの噴射により、半歩分横にスライドされてしまうが、ジェミニソードは確実にスピキュールの右脚部装甲を削ぎ落とす。
「全く、どうしたって?」
セイファートが、またもスピキュールの脇を抜け、大きく距離を取る。
コックピットの中で、瞬は操縦桿を押し倒し再度の方向転換を行いながら、不敵に笑う。
そのまま、三度目の攻撃に移行。
今度も、追撃はしない。
スピキュールの射程外から飛来し、斬りつけ、射程外へ。
けして相手の攻撃範囲に留まることのない、清々しいくらいの一撃離脱戦法。
瞬とセイファートに関しては、弾丸の如くとは、凄まじい速度のみを例えた表現ではない。
手の届かない遠距離から襲い来るという意味も含まれる。
機体性能任せの単純な攻撃だが、優れた策とは、自身の長所のみを活かしきることに同じである。 一方的に攻め続けられるのならば、単純でも全く構わないのだ。
ラニアケアに戻ってからの数日で、意識して習得したこの攻撃パターンは、確かに有効のようであった。
「敵の土俵でフラフラはしない、か……とりあえず、五歳児レベルの知能でも考えつきそうな反省はしてきたみてえだな」
「貶せば貶すほど、負けたとき格好がつかねえぜ」
「格好ついてねえのは、たったこれしきのことで調子扱いちゃってるテメエだろうが? この程度、どうとでも対応できらあ」
「……っ!」
続く四度目の接近の途中、瞬は、スラッシュの言葉が虚勢ではないことを早々に思い知らされる。
肉薄する直前のタイミングで、スピキュールの胴体後部から放たれた、眩い閃光。
原理は不明だが、十輪寺のディフューズネビュラに内蔵されていたそれとは異なり、明確に相手の視界を潰すことを目的として搭載された機能なのだろう。
メインカメラの減光処理を経ても尚、目を覆わずにはいられない光量に、ジェミニソードを振るための操作が一瞬遅れてしまう。
「まずい……!」
時速数百キロという速度域の中で発生したタイムラグは、攻撃の機会が丸ごと消失するのと同義である。
早い話が、何もできずに、ただ敵へと突っ込んでいる形になる。
こちらのスピードに慣れたスラッシュに、まんまと誘い込まれたのだ。
「俺様の卑怯をとことんまで注ぎ込んだスピキュールに不可能はねえ。相手のやることなすこと全部、邪魔できちまうんだぜ?」
瞬は真正面を見据えたまま、舌打ちした。
内壁モニターは閃光に対する映像補正が完了しておらず、まだスピキュールの動きが殆ど見えない状態なのである。
(こいつはただ、単発で妨害挟んでくるだけの奴じゃねえ。同時に何か攻撃が、ある……!)
スローモーションで流れる、極限まで圧縮された時間の中。
既に見たものは記憶から引っ張り出し、まだ見ぬものは想像で、スピキュールの如何なる迎撃が待ち受けているのかを脳内で羅列する。
そこまでしなければ、一気に敗北の沼に引きずり込んでくるのが、スラッシュ・マグナルスという男なのだ。
修行だけでは拭い去ることのできない、一度味わった惨敗の恐怖が、瞬の焦りを一層際だたせる。
スラスター噴射の強弱を変えて左右に逃れようとしても、今からではもう間に合わない。
このままでは、まずい。
蜘蛛の巣にかかる蝶の気分で、瞬は歯噛みする。
「おらよ、一丁上がりだ!」
絡め取るという点において、直前のイメージは正解であった。
両腰より交差するようにして射出された錨付きワイヤーが、遠心力によってセイファートに何度も巻き付いていく。
「くっ!」
両腕の自由を奪われたが、瞬は咄嗟に胴体の大型バルカンを乱射して、スピキュールと繋がるワイヤーを切断する。
それでもまるで安心できないのは、並行してスピキュールが次なる攻撃の準備に入ろうとしているのが見えたからだ。
ワイヤーを振りほどかねばならない現状、どうしても先手を許すことになってしまう。
「もう攻守は逆転してんだよ、クソガキが」
セイファートが両腕を広げて拘束を解いた時、既にスピキュールはアシッドネイルを振り上げていた。
ジェミニソードで受けるのに間に合うかどうか、時間的猶予は微妙なところである。
だがそれでも、やるだけはと、両手のジェミニソードを頭上にかざした時――――
遠方から、打ち込まれたような勢いで飛んできた火球が、二機の間に割って入る。
攻撃のチャンスを逃したスピキュールは、すぐさま後方に飛び退いていった。
「何やってんだテメーは、あんだけ対策練っておきながら早々に引っかかりやがって」
「敢えて罠にかかって更にその隙を突く高等戦術の途中だ」
「口が減らねー奴だ、礼の一つも言えねーのか」
「それなら問題ねえ、次のお前のヘマを穴埋めしてやれば帳消しだろ」
「……けっ、助けに入りやがったか」
スラッシュがスピキュールの体勢を整えながら、毒づく。
機体の頭部は、セイファートの五十メートルほど右後方に向いていた。
そこに立っていたのは、振り下ろした右腕から余熱を放出するバウショック。
その位置から、ギガントアームの掌で生成した圧縮熱量体を投擲し、セイファートを援護したのだ。
クリムゾンショット――――それはギガントアームの改良によってバウショックが得た、新たな攻撃手段。
絶大な破壊力を誇る反面、射程の短さと消費エネルギーの膨大さ、加えて直撃させるだけの機動力 不足など、様々な面で難を抱えていたクリムゾンストライク。
クリムゾンショットは、その応用派生系であり、威力とサイズこそ劣るものの、低消費かつ短い冷却期間での連射を可能とする。
また、たった今轟がそうしてみせたように、本体を離れても数秒程度は圧縮が持続する。
レイ・ヴェールによる、エネルギーの一時的な“封じ込め”、その精度と持続時間が向上した賜物である。
オルトクラウドの射撃兵装ほど射程距離も発射間隔も優れてはいないが、近接格闘特化の機体が、追加武装なしに飛び道具を手に入れたことの意味は大きい。
これ以上の重量増加を避け、更に中距離以上に対応できるようになったバウショックは、相手を警戒させるのに十分な効果を発揮する。
「オレだって、流石にあのまま上手くいくとは思ってねえよ。だったら修行の意味がねえ。さっきまでのは、言われた通りに最低レベルの反省点。……何が変わったかってことなら、こっからだ」
瞬もまた、仕切り直すべく、セイファートを一旦バウショックの元まで後退させる。
ここまでの駆け引きは、これからの動きを円滑に進める上で必要な線引きのようなものだ。
どこまでが通じて、どこまでが通じないのか。
完全に平常心とはいかないまでも、それを確かめられるくらいの視野は、確保できていた。
「オレはまたスピキュールに仕掛けるが……」
瞬は、確認を取るように轟に向けて言った。
霧島の操るプロキオンだが、降下してからというものの、のろのろと前進するだけで未だに一機だけ戦闘に混ざる気配がなかった。
轟がセイファートの援護に入ったのも、心境の変化以上に、プロキオンがまだまだ間合いの外にいるというのが理由であろう。
「俺があいつらに殴りかかれる距離までは手を貸してやる。利用してえならとっとと行けよ」
「あいよ!」
馴れ合わない代わりに、見捨てもしない。
それが、自分と轟が見つけた妥協点。
瞬はバウショックが駆け出すと同時に、セイファートを低空飛行させる。
「あの光……セイファートにとってはこの上なく厄介だな。まさか一回限りの奥の手ってわけでもねえだろうしよ」
ほんの僅かに機を逃すだけで失敗に終わってしまうのが、斬撃最大のデメリットである。
然るべき瞬間、然るべき場所に、然るべき角度で然るべき刃先を当てなければ、威力は半減どころか激減。
セイファートから精密な動作を奪えば全く脅威ではなくなると、スラッシュは経験則から熟知しているのだ。
「でもな!」
瞬は臆せず、脚部と背面のスラスターを右方だけ高出力状態に調整し、フットペダルを踏み込む。
「ほう……!」
「アンタがタイミングをずらすってなんなら、こっちもずらせばいいんだよ!」
噴射の勢いが片側偏向したセイファートは、ジェミニソードの短刀を鞘に収めながら、反時計回りの円軌道でスピキュールを取り囲む。
微細な出力変更で、更に内側へ寄せるも、外に逸れるも自在。
フェイントで一度閃光を放出させ、止んだと同時に斬撃を浴びせる算段だ。
「俺様のテクニックを片っ端から盗んでいきやがって……!」
どこかに穴はある策だろうが、その時は理詰めをやり直せばいい。
勝利へ近付くためには、とにかく同じ手を二度は食わないという、その執念こそが肝要。
即時適応を実践し、戦闘の最中に自らを高める。
以前の瞬には、意識する余裕すらなかった概念である。
「まさか狡いだなんて言わねえよな、卑怯な真似が得意なおっさん」
「こいつ……!」
「そして……ずらすのはオレとは限らないぜ」
瞬が言い放つと共に、遠方からバレーボールのスパイクの要領で叩き込まれるクリムゾンショット。
スピキュールの閃光放射が影響を及ぼすのは、あくまで視界のみ――――攻撃の威力を減殺するものではない。
急ぎ、スピキュールが短距離のステップで回避行動に移る。
セイファートが仕掛けるのは、まさにその瞬間であった。
「……そこだ!」
「何!?」
左方に跳んだスピキュールの脚部が完全に接地した刹那、軌道を円の中心へと曲げるセイファート。
加速を止めて慣性に身を任せ、死角となる右後方より、傾いた体勢のまま斬りかかる。
「一式、“透迅”!」
「こ、の……!」
今度は、如何なる防御も間に合わせない。
すり抜けるように、滑らかに。
両手持ちの長刀による横薙ぎの一閃が、スピキュールの右腕を斬り落とす。
断面より火花の飛沫をあげながら宙を舞う、かつてセイファートを幾度となく溶かし刻みつけた毒爪。
だが瞬は、会心の一手に浸ることなく、怒りを爆発させたかのように高速で振り向くスピキュールを見据えていた。
まだ終わっていない。
スピキュールの反撃も。
こちらの第二手も。
「クソガキ共が!」
「二式、“戻打”!」
両の踵を地面に擦りつけ、踏みとどまったセイファートが、新たな一撃を繰り出す。
左に振り抜いたままのジェミニソードを、持ち替えることなく逆刃のまま、反対方向へもう一度振り抜く――――それは、相手の胴を峰で押し込み、体勢を崩すための打撃。
透迅が『風の太刀』の起点であるならば、戻打は対になる『岩の太刀』の起点。
これら二つの技を組み合わることができて初めて、風岩流が掲げる二型高速転換術の第一歩となる。
ジェミニソードを脇腹に打ち込まれ、ぐらつくスピキュール。
だが瞬は、ここで一度距離を取った。
スラッシュの反撃を警戒していたのもあるが、たった今感じた手応えに沸き立つ心を、一度鎮める必要があると判断したからである。
「やるじゃねえかよ、オレ……!」
歓喜に震える声で、瞬は自賛する。
瞬はこれまで、岩の太刀を、いずれも大した効果がないものと疎んじ、風の太刀を優先して習得してきた。
だが今回の修行を経てようやく、これら一対技の、真の有用性を知るに至った。
即ち、連撃。
瞬は、風岩家における個別修行が始まった際の、雷蔵とのやり取りを思い出す。
「瞬よ、お主の最大の欠点は、個々の技の完成度に執着しすぎることにある。それこそまさに、実戦派剣術の何たるかを欠片も理解しておらぬ証拠よ」
「いいじゃねえか、整ってる分には」
「戯けが。お主がやっておるのはただの模倣じゃ。教えられた技を、教えられた形のままに再現しておるだけよ。言ってしまえば演舞のようなものじゃ。それでも凡百相手には多少は通じるじゃろうが、格上と渡り合うことは到底出来ぬ。まるで“流れて”おらぬのだからの」
「流れる……」
「意識せずとも自然と二の太刀、三の太刀を繰り出せるよう、無駄なく動作を繋げていく事よ。お主のように、一つが終わってまた次という考えでは駄目じゃ。滝の如く、川の如く、絶え間なく流れ続けて勢いを生み出さねば、いつまで経っても勝利には届かぬ」
これまでにも散々言われてきた事だったが、雷蔵は改めて念入りに説明してきた。
「お主とて、剣を握った頃には理解できておったじゃろうに」
「ああ……」
「じゃが、お主は半端に優れておったが故に、目を曇らせた。基本がなっておらんでも、挫折することなくどうにかやっていける、何とも質の悪い才じゃ」
「……ぐうの音も出ねえ」
幼き頃の瞬に送られるのは、いつも賞賛だった。
筋が良い、飲み込みが早いと誰からも褒められ、刃太をも超える腕前になるとさえ噂されていた。
思えばあの頃から、自分の中で何かが歪んでいったように感じる。
初志を貫徹し順当に成長していけばそうなる、という言葉を取り違え、そうなる器なのだからと慢心し、誰の忠言に対しても聞く耳を持たなくなっていった自分。
過ぎた憧れが招いた、過程と結果の逆転。
我ながら、恥ずべき愚かさであった。
「お主に課す修練は、風岩流の立ち回りの根源たる、風の太刀と岩の太刀の交互展開よ。無論、当流に必須となる脚力、空間把握能力、集中力の強化も並行してやって貰う事にはなるが、何より重きを置くべきは基礎じゃ。緩急の呼吸を己が体に、今一度叩き込め。そして知れ、真価を発揮した風岩流が、如何ほどの武器となるかを」
「なるほど……“発展的な修行に対しての基礎的な練習”じゃなく、“風岩流の基礎を今まで以上に叩き込むための修行”ってわけか」
「左様、普段お主らに課しておるそれとは全くの別物じゃ。概念の、より高度な理解と言ってもよい」
「やっぱりそこからか……オレに必要な特訓は」
「当然じゃ、お主に秘伝など以ての外よ。否……風岩流においては基本こそ秘伝。二つの型を組み合わせた連撃を、正しく放てるように稽古を付けてやるということは、流派の全てを明け渡すにも等しい」
「頼むぜ……どんな内容になろうと、全部そっちの都合だけで好きなだけねじ込んでくれていい。負けるのも死ぬのも嫌だけど、何より怖いのは、また道を見失うことだ」
「故に、心してかかれ」
今度こそ、ではない。
かつてそうしていたように。
厳格さを崩さない雷蔵の目は、確かにそう語っていた。
自分が成長するにあたって、大きく一歩を踏み出す必要さえもなかったことに、瞬は苦笑した。
振り返り、確かめる、ただそれだけのこと。
現在の位置まで正しい道程を経るだけでいい。
それだけで、心の刃は見違えるほどに磨き上げられた。
鋭さは不十分、形も未だ歪。
されど、鍍金を含まぬ、純粋なる鉄と鋼で打ち直された刃。
見せかけだけの模造刀から、実戦に耐えうる真の刀へと生まれ変わったのだ。
「やれるじゃねえかよ、オレは……!」
瞬は数秒前に発したそれと、酷似しているようで全く異なる意味合いを持った言葉を発する。
今の瞬には、二つの自信があった。
まだ一撃とはいえ、それでも正当な実力による結果で得た自信。
そして、先の不備を反映し、次は更なる上手さで決められるという自信。
この上ない好調さで思考と肉体が連動する、たまらない心地良さ。
絶妙なタイミングで援護してくれる轟に感謝しながらも、瞬は片腕となったスピキュールにまたも突撃する。
「もう一本、もらうぜ!」
「調子扱いたガキほど御しやすいものはねえ……」
「十一式、“颪独楽”!」
「……同時に、調子づいたガキほど面倒なものはねえな」
体を水平に一回転させて勢いを乗せたセイファートの斬撃を、スラッシュはどうにか受け止めながら、吐き捨てるように言った。
「それに、こっちの口達者なクソガキとあっちの突撃クソガキが手を組み出しやがったのがまずい。要所要所できっちり決めてきやがる……!」
「三週間もあれば、このくらいはやれんだよ!」
「つうかよ、それ以前によ、二対一じゃねえかこれはよ! おい霧島ぁ! テメエなに突っ立ってやがる!」
「そう言われましても、現時点で僕にできることなんてありませんし」
直接、こちらに向けての通信ではなかったために音量は心許なかったが、霧島がスラッシュにそう返答するのはどうにか聞き取ることができた。
ここまで相見えた誰一人として仲間意識の強そうな面子には見えなかったが、同じ戦場に並んでさえ、この有様。
無論、自分達とて二人を馬鹿にできるほどの連携体勢が整っているわけではないが。
「なら、ちったあ役に立って貰おうか!」
流石に不利と判断したのか、スピキュールは大きく後退して、プロキオンよりも後方に位置づける。
圧倒的な自衛能力を持ったプロキオンを盾にする目論見なのだろう。
前回は、轟がプロキオンの撃破に執着しすぎるあまりに、結果として各個撃破される形になってしまった。
介入しようにも、バーニアスラスターが破損し本来の機動力を発揮できなかったセイファートでは、スピキュールの妨害を抜けられなかったことも大きい。
そう考えれば、今度は自分が後衛として、援護を差し挟む役割に徹するべきと、瞬もまたセイファートをバウショックの後方に回す。
「轟、ポジション交代だ」
「テメーが俺を助けるってか?」
「助けたいから助けるんじゃねえ。下手にスピキュールを追って、あいつの罠にかかって機動力を奪われるリスクを極力避けたいだけだ」
「ゴチャゴチャした理屈は俺にはわかんねーな。合気道野郎が前衛張ってるってんなら、叩きのめすだけだ」
「難しいことじゃねえよ、お前の腕が上がってるなら、少し順序を入れ替えられるってだけだ」
プロキオンに苦戦するバウショックの支援を行おうとして、セイファートがスピキュールに側面攻撃を受けたのが前回。
ならば今回は、プロキオンに善戦するバウショックに自らも攻撃しようと割って入ったスピキュールを、セイファートが討つ。
あの霧島の神業を凌げるほど轟の防御技能が向上していることが前提条件だが、もし成功すれば一気に流れを引き寄せられる。
もっとも、机上の空論などとは欠片たりとも思っていない。
自分の手にした技術が、あのスラッシュに通用したのなら、轟の手にした技術もまた霧島に一矢報いるだけの力があって然り。
攻めるだけの男が手にした“守りの術”。
模擬試合で自ら相対してみて、その恐ろしき鉄壁の様を見せつけられた瞬には信じられる。
「小難しい立ち回りを考えるはオレの領分。お前は進むだけでいい。それだけで相手はブッ飛ばされる」
「何言ってやがる、俺がブッ飛ばすんだ」
「いや、そうだけどさ……形としてはオレが言うのも合ってるだろうが」
「どっちだろーが同じだ。あの合気道野郎は徹底的にブチのめす……!」
「ああ、任せる……!」
二人を、不気味なまでの自然体で待ち構えるプロキオン。
そこに、最大加速で直進するバウショックが衝突していく瞬間を、瞬はやや上空で俯瞰することになった。




