第37話 菫青石(中編)
風岩流の歴史は、長らく不遇と共にあった。
風岩流剣術の特徴として挙げられるのは、真逆の性質を持った二つの型を巧みに使い分ける、高速転換の戦術。
一つは、重点的に鍛えた脚力による軽快な動きで敵を翻弄し、前後左右、時には上下からも攻撃を仕掛ける――――先制攻撃と間隙奇襲に特化した『風』の太刀。
もう一つは、敵の攻撃を待ち構え、集中力を高めて致命的な一撃を見舞う――――後の先による攻守逆転と抜刀術による神速迎撃に特化した『岩』の太刀。
行動速度の極端な変化によって相手の隙を生み出す緩急の概念は、剣術のみならず、多くの武術・武道において根幹を成す要素である。
それを一括りにすることなく、“緩”、“急”という明確に区分された立ち回りとして定義し、更に細分化することで技の段階にまで落し込んだのが、風岩流なのだ。
誕生したのは十六世紀末で、江戸中期には現代でも内容をそのままに用いられている技法書が完成と、中々にその歴史は古い。
しかし、極端に二分された技術の双方を会得して初めて真価を発揮するという修練過程のせいで、門戸を叩く者はごく少数。
一剣士として完成するまでに余りにも時間を要するため、一刻も早く戦場に出せる兵力が求められる戦国の世とは相容れぬ存在であったのだ。
そのため、活躍の機会であった長い乱世の時代を、ほぼ無名のままに終えるという始末。
一族の中には剣客として名を挙げた者も少なからずいたが、流派自体の評価には繋がっていない。
だが、実戦派を謳う他流派の多くが滅びていく中、風岩流は現在も尚、後継者を生み出す土壌を維持していた。
婚姻統制や零落していった他流派の吸収合併など、並々ならぬ流派存続への執念によって、とうとう二十三世紀にまで足を踏み入れたのだ。
消去法と言ってしまえばそれまでだが、ここ半世紀ほどは総本山どころか分家にすらも弟子入りの志願者が訪れ、幾許かの活気が生まれていた。
「だから口うるせえんだよ、うちの総当主様は。なんせ七百年越しの悲願だからな、まともな数の門下生を抱えてる状態なんて」
「今の調子をって、張り切ってるわけか」
「注目され始めたのがちょうど自分の世代からだって聞いてるし、余計にそうなんだろうな」
夕暮れ時の、寒々とした森の中を駆け昇りながら、瞬と轟はとりとめのない雑談を続けていた。
ここは、風岩屋敷が建てられているのと同じ山中ではあるが、位置的にはちょうど真裏の場所である。
方角的には更なる奥地の方を向いており、もはや人工物は皆無、夜になれば完全なる闇が支配する世界となる。
十数平方キロメートルと広がる入り組んだ地形が、光を奪われた迷宮と化す――――
その意味において、この場所を利用した走り込みは、否が応でも日没というわかりやすい刻限までに脱出を果たさねばならなかった。
「おわっ、底が剥がれてきやがった」
足下でぱかぱかと妙な音を立て始めたスニーカーを見ながら、瞬は渋面を浮かべた。
瞬と轟が風岩流の臨時門下生となって修行を開始してから、今日で一週間目になる。
午前は早朝から剣の素振り、それから朝食を経て、腹筋や腕立て等の一般的なトレーニングと、三千段の石段を五往復。
昼食後は山を回り込んで専用の修練場に移動し、木造の雲梯渡りと池面に設置された丸太渡りで三時間。
それが終われば五百メートル先の頂上を経由して、本邸へと帰還。
更に、修行内容には含まれていないのだが、二十キロメートルも離れた麓のスーパーマーケットへの買い出しが義務づけられている。
そして夕食の後には午後八時から、最後の関門が待ち受ける。
長い石段の左右に並ぶ木々のどこかへ雷蔵が事前に吊り下げていた、意図的に舌を加工されて音がほとんど鳴らなくなった風鈴を見つけるという理不尽の極み。
この難関を抜けてようやく、一日の全行程が終了する。
最初は内容を聞いただけで卒倒しかけたこの荒行を、よくもまあ七日も耐えられたものだと、瞬は今更ながらに思う。
いや、正しく耐えられているかどうかは怪しい。
今とて、昨日までの日々を、その過酷さを思い返すだけで、一瞬にして精神が崩壊しかける。
朝を迎える度、終えるまでに半日以上を費やす途方もない訓練メニューの量を想起して発狂しそうにもなった。
ついでに、今日もまだ夜の風鈴探しが終わっていない。
轟と駄弁っているのも、体が慣れたことで心身に余裕が生まれているからでは、けしてない。
むしろ余裕などというものが完全に擦り切れているからこそ、何も考えたくないあまりに言葉を紡ぐのだ。
「いつもこんなイカレた修行してんのかよ、風岩流は」
「まさかだろ。あの修練場を使うのは月に一度、普段は厳しいには厳しいがここまでじゃねえよ。丸一日使える、学校が休みの時だって六時間くらいで終わる。これはあくまでクソジジイの組んだ短期用メニューだ」
「だろーな。テメーの温さを見てれば良くわかる」
「うるせえよ……」
頂上を過ぎ下り坂に入っても、体力の消耗が減る代わりに一歩ごとの負担が増え、総合的な苦しさは同程度である。
石段とは違い、斜面には全く人の手が入っていないため、体重と加速の乗った足は腐葉土と化した柔らかな地面へ深く潜り込む。
また、余程大きく迂回しない限りはかなりの急斜面を進む事になるため、転倒にも注意しなければならなかった。
もはや棒きれ以下の信頼度しかない脚を、踏みしめるというよりは突き刺すような感覚で、瞬はただ本能的に前へと進んでいく。
「だがテメー、この修行はリタイアせずにちゃんとこなしてやがるな。何でだ」
「そりゃあ、どうやったらなるべく疲れずに済むかを考えながらやってるからな。膝どれだけ曲げるかとか、太股どれだけ上げるかとか、どういう呼吸が肺を痛めずに済むかとか。そういうのを意識して体に定着させなきゃ、こんな無茶振りやってられるか」
「雑魚は雑魚なりに、か」
「そうだよ。お前みてえに、馬鹿げた体力と回復力で強引に突破するのは無理だからな。頭使って、どうにかするっきゃねえだろうが。結局、火傷以外ほとんど治りやがって」
「だからそう言っただろうが……。まあ、テメーはテメーで勝手にやってろよ。口出しはしねー」
「元からそのつもりだ。オレはオレで、お前はお前だろ」
同じ研鑽を積み、同じ釜の飯を食い、同じ部屋で床に就く――――
一日のほぼ全てを共に過ごす生活を七度繰り返しても、瞬と轟の関係には何の変わりもない。
仲間などでは断じてなく、ただ自分の方が能力面で先んじていると実感するための比較材料。
或いは、高みを目指す己の意志に点火するための火口のようなものだ。
掻い摘んでしまえば、自らの成長に必要不可欠な存在でもあるのだが、その自覚は今の瞬には些かもない。
「おっ」
「と……!」
やっと、少しは踏み慣らされた坂道が見えてきて、瞬と轟は最後のスパートをかける。
もはやろくに脳に十分な酸素が行き渡っておらず、限界は間近。
しかも後から到着したところでペナルティのようなものは設けられていない。
その上、幾許かの休憩の後にはフルマラソン級の距離をまた走らなければならないのだが、ここは単純な意地によるものである。
肉体を慣性にほとんど預けて、斜面を滑り落ちるが如く、二人は裏門を抜けて敷地内を目指す。
だが、最後に一踏ん張りして跳躍した瞬と、最後まで走り抜けた轟は、今日も完全な同着で塀の内側へと雪崩れ込んだ。
「ごはっ……ぐふっ、げほっ」
突っ伏したまま立ち上がることもできず、瞬は、顔面に硬い石砂利を食い込ませたまま荒い息を整える。
胃も相当に痙攣していたが、既に内容物は道中に撒いてきており、ここでの吐瀉の心配はなかった。
どうにか歩ける程度に体力が回復するまで、未だに最低でも五分は要する――――どっと押し寄せる疲労感に、瞬は一度瞼を閉じる。
だがその時、一人分の足音が近寄ってくるのを聴覚が捉える。
砂利を踏む間隔と重量感から、どうやら雷蔵ではないらしいことはわかる。
ならば満身創痍の体に鞭を打って起きる必要もないと判じるが、投げかけられた声が思いもがけない人物のものであったために、瞬は驚いて首だけを跳ね上げた。
「聞いてはいたけど、これまた本当に厳しい強化特訓をやっているみたいだね。坐薪懸胆、いい事だ」
「セリア……!?」
純和風建築物の敷地内では激しい場違い感のある、どぎついピンク色のワンピースを着込んで現われたのは、ヴァルクスオペレーターのセリア・アーリアル。
擦り傷だらけの痛ましさに対する同情、真面目に修行をしていることに対する感服、そんな目に遭っていることに対する妙なおかしさ。
瞬達に向け三つの感情を並行して露わにしたセリアは、それらが混じり合って生まれた薄ら笑いを浮かべていた。
「竹垣、灯籠、鹿威し……これぞまさに日本庭園という感じだね。趣きがあっていいじゃないか。風土の特色も何も無い一般住宅で暮らしてきた身としては、憧れるなあ」
「客はみんなそう言うけど、住むとなれば話は別だぜ?」
「いいから早く来い」
十メートル以上も伸びる本邸裏手の縁側。
後ろからついてくるセリアは、興味深げに夜の庭園を眺めていたが、瞬も轟も扱いをぞんざいに、隣接する客間の一つへと入った。
本人曰く「司令の代理として伝令を仰せつかってきた」との事だが、どう見ても風岩家の観光と自分達の観察を楽しんでいるようにしか見えない。
ついでに夕食にも同席し、雷蔵達に対し、ラニアケアにおける二人の慢心や己惚れに満ちた行いまで暴露する始末である。
一週間をかけてようやく食卓の居辛さにも慣れてきたというのに、また壁に頭を打ち付けたくなるような羞恥に苛まれることになって、二人は軽い苛立ちを覚えていた。
唯一の僥倖は、セリアからの話は正式な任務の一環ということもあって、買い出しと風鈴探しという二大理不尽要素がこの一晩に限り廃されたことである。
早めに説明が終われば何かしらのトレーニングがねじ込まれる可能性もあるため、瞬は質疑応答をどこまでも引き延ばすことを心に誓う。
「うわあ、見事に何もない部屋だね。いや、服は散らかってるんだけど」
布団が二組敷かれた八畳間に足を踏み入れたセリアが、率直な第一印象を漏らす。
“積厚流光”と 筆書きされた古びた掛軸が飾ってはあるものの、他に家具の類は一切置かれていない、客間というよりは単なる空き部屋のような空間。
瞬も轟も、この部屋での生活を余儀なくされていた。
とはいっても、就寝時以外は殆ど立ち寄ることはないのだが。
一度は自室から漫画や携帯ゲーム機を持ち込んでもみた瞬だが、部屋に戻った途端に意識が途切れてしまうため無用の長物と化していた。
「ここで風岩君と北沢君は仲良く一緒に寝ているわけか」
「語弊のある言い方は止めろ!」
「だから仲良くねーっつってんだろーが……! つーか、勿体ぶってねーで早く話せ。日帰りなんだろ、テメー」
轟がそう漏らしながらどっかりと腰を下ろすと、セリアは椅子のない環境にしばし戸惑ったあと、正座を選択する。
何か仕返しをしようと考えていたにも関わらず、少し離れた茶室からわざわざ座布団を持ってくる自分の善良さに瞬はほとほと呆れる。
轟を風岩家に置くよう一緒に頼んだ件にしても、どうにも見過ごすという真似ができない性分らしい。
「軍事機密に関わる情報も出す以上、本当は話をしていい環境からして複数の確認項目が存在するわけだけれど、盗聴対策は基準を満たしているものと勝手に判断させてもらうよ」
「そうしてくれ。んな事やりだしてたら、この隙間だらけのボロ屋は何処に行ってもアウトだろうしな」
そこまでは多少は冗談めかした物言いだったセリアだが、いざ手持ちの薄型ハードケースの多重ロックを解除して中身の資料を取り出すと、戦闘時同様の真剣さが表れた面持ちになる。
瞬も、胡座を掻いたままではあるが、背筋を少しだけ立たせてその空気に応じる。
「まずは君達がしばらく離れているラニアケアの現状報告といこうか。まず一点目。セイファートとバウショックは両機とも、明後日には修理が完了する。大きな変更点はないけど、多少OSと各種武装に調整を入れてある。前回の敗北は、けして君達の立ち回りのせいだけではないからね」
「具体的には?」
「流石にそれは外部に持ち出せる情報ではないよ。とりああえず、各種プログラムや内部機構動作の最適化が行われたとだけは言っておく」
「動かしやすくなった、と考えとけばいいのか」
「概ね、その認識で合ってるよ」
劇的に向上する、というレベルではないだろうが、有り難い話ではあった。
パイロットの技量を抜きにしても、スピキュールやプロキオン――――特に後者の反応速度はセイファートと同等かそれ以上に達していた。
相対した時間こそ短いものの、純粋な敏捷性で上を行くことができなかった初めての衝撃は、確かに体が覚えている。
現状での優劣は断定しがたいが、少しでも機敏に動けるというのであれば、それに越した事はない。
「次に二点目。まず前提として、君達も見てるよね、あの映像……」
「井原崎のうざってえ謝罪だろ。珍しくクソジジイがテレビ見ろっていうから、何事かと思ったが……」
「んで、三週間の猶予だっけか。馬鹿正直に信じてやるならだけどよ」
「こっちもそれ考えて、クソジジイには今後二週間を、修行の一応の節目に設定してくれとは言ってある。『お前達の拗くれた根性を叩き直すには全然足りんわ!』って一喝されたけど、多分上手く調整してくれてると思う。……ともかく一回戻ってこいって話だろ?」
「いや、少し違う」
短くそう答えると、セリアは一呼吸を置く。
覚悟をして聞けという意味だと、瞬は受け取った。
「先日、ケルケイム司令やロベルト副司令も参加した連合軍上層部の会議において決定したことだ。オーゼスが表明した、一切の侵攻を中止する三週間の期限が切れた直後――――二機のメテオメイルを投入し、前回の戦いで占領されたフィリピンの奪還作戦を開始する」
「奪還、だと……!?」
「そうだよ。その為に、戻ってきて欲しいというわけだ」
瞬も轟も、身を固くしたままセリアの言葉を何度も反芻する。
オーゼスが占領の証として打ち込んでいくコンクエスト・ピラー。
ここまでの一年、連合軍はそれ自体の破壊には成功できても、反応して送り込まれるオーゼスのメテオメイルを撃墜することはできず、結局は再設置されるという状況を幾度も繰り返している。
次第に、占領エリアに侵入するだけ無駄だと悟り、セイファートほか連合製メテオメイルが完成して以降も専守防衛の方針を覆す事はなかった。
しかし、要所の一つであるフィリピンを失い、防衛ライン維持に具体的な影響が出始めたからであろう、ようやく組織全体として重い腰を上げることになったらしい。
もし撃退に成功すれば、史上初の完全なる領地奪還となり、ようやく解放という形で一矢を報いることができる。
もっとも、未だ誰も成し遂げた経験がない故に、オーゼスがしつこく第二、第三波を送り込んでこないとも限らない。
だが、例え一瞬のことではあっても、自分達の敗北で大きく削がれることになった人類全体の気勢を蘇らせるには、確かにこの一勝は必須といえた。
そして、奪還にあたって立ち塞がる、その敵についてであるが――――
「なあセリア、確か、侵入した奴を追い出すために出てくるのは……」
「従来のパターンに変わりがなければ、そのエリアを占領した機体。つまり本作戦で戦わなければならないのは、OMM-08 スピキュール並びにOMM-09 プロキオンである可能性が高い」
自分達に手痛い一敗を刻みつけた、仇敵にして障壁。
スラッシュ・マグナルス、そして霧島優。
いつか必ず倒し、乗り越えたことを証明すると心に決めた二人と、早くも再戦の機会が訪れたというわけである。
まだ時期尚早だと、思考の中の冷静な部分が語りかけてくるが、当たり前の理屈を振りかざして
逃げたくはないという意地がそれを制する。
大体、そう、大体だ。
二人との間にある大いなる格の差は、長い時間を費やすことで解決できる問題のようにも思えない。
むしろ執念の炎を激しく滾らせている今こそ、最もしぶとく食らいつけるという確信があった。
ただ、瞬はこの時、一つだけ思い違いをしていた。
「リベンジ、ということになるんだろうね、君達のどちらかにとっては」
「どちらかって、どういう事だ」
轟は引っかかりを覚えたようにそう尋ねる。
瞬も反射的に同じ質問を投げかけるが、寸前、それが不可解でも何でもない、至極当たり前の理屈に則った作戦であると理解に至る。
「投入される一機はオルトクラウドで確定だよ。理由の説明はもはや不要だろう」
そう断言され、瞬も、轟も、言葉に詰まる。
三度の出撃の中で常に圧倒的な力を見せつけ、内一度は撃墜すら成し遂げている、間違いなく現時点最強のメテオメイル、オルトクラウド。
むしろそれを出撃させない理由が些かも見当たらない。
だから、暫くの間を置いたあと、瞬の口をついて出た言葉は全くの感情論だった。
「こっちの意見は無視かよ……!」
「一手一手が今後の戦局を大きく左右しかねない戦いである以上、より勝率の高い選択肢を選ぶのは当然の判断だろう」
「だけど、それで勝っちまったらよ……出られなかった方がよ」
その返答もまた、何ら論理的ではなかったが、言わずにはいられなかった。
同じ相手に同じ条件で勝ってこそ、自分達が成長した確かな証となる。
が、人類がオーゼスという脅威を退けるにあたって、そんな証はさほども求められていない。
今後も一度負けた相手に対して、同じ機体とパイロットで挑むつもりかと問われると、それもまた違う。
今回だけ、特別の必要性を感じているのだ。
次戦に参加できなければ、この厳しい修行が何もかも無駄になってしまうような気がするという、文字にしてしまえば何とも意味不明な理屈。
落ち着きを欠いた今の時点では、これ以上のまともな論理展開ができず、瞬は押し黙る。
「今のところ、残り一枠をどうするかは議論中だ。セイファートは防戦においては心許ないものの、航空能力を有しているからオルトクラウドの砲撃に巻き込まれにくい。一方で堅牢なバウショックは、オルトクラウドがエネルギーを充填する時間を稼ぐための盾役として最適。どちらがよりサポートに向いているか、その辺の連携を実機で確認する意味でも、二人共に戻ってきてもらわなければならないってわけさ」
ここまでのセリアの、というよりは上層部の判断に、これといった穴はない。
それでも、自分とは違う方向から物事を考えられる轟ならば、或いは納得のいく説明ができるのではないかと、瞬は期待の眼差しを向ける。
だが轟は、瞬のそんな思惑を裏切るかのように、暗い光を携えた瞳でセリアを見遣った。
それは豹変といっていい類の、唐突な雰囲気の転換であった。
瞬には、いま轟が纏う空気が如何なる類のものであるか、覚えがある。
最近は鳴りを潜めていたはずの、元通りに聞き分けのない時の、それだ。
「そんな事をやる必要はねーよ……司令には、薄っぺら野郎も大砲女も、どっちも外すように言っとけ。俺が一人で出る。仲間なんて必要ねー、必要ねーんだよ……!」
セリアは無表情を作り、何も返答しない。
論議するに値しないと踏んだのだろう。
瞬としても、轟の言葉に落胆せざるをえなかった。
「お前は、またそうやって……!」
轟にとって風岩家での滞在は、本当にただ心身を強化するためのものでしかないのか。
それこそ、この一週間が丸ごと無駄になったような気分がして、瞬は思わず轟を睨み付けた。




