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第31話 人知れぬ宴

 オーゼス主要メンバーにとっての最重要施設、本拠地内部の居住区画に存在するショットバー“Fly-byフライバイ”。

 その中央に設けられたタイガーウッド製の多人数用テーブルを囲むように、七人のメテオメイルパイロット、更にはゼドラと井原崎が集っていた。

 相変わらずサミュエルだけは自室に籠ったままだったが、それ以外の面々は、普段は顔を出したがらない者まで全員が揃い踏みという非常に珍しい光景だった。

 片側の中央席でふんぞり返るスラッシュは、テーブルの上にビル街の如く乱立する高級銘柄の酒瓶を一望すると、天を仰ぐようにして口を開く。


「えー、つうわけで……この俺様こと、スラッシュ・マグナルスの大勝利を記念して、一同、乾ぱ」


「リシャールの適度な熟成感……堪らないな、これは」

「2112年製88年モノのソーテルヌ! この数字のシンメトリー感、まさにパーフェクト!」

「焼酎バーニングうめええええええええええええええええええええええ!!! かぁーっ!!!」

「みなさん、だいぶテンション上がってますね」

「オンザロックなんて、軟弱者の証明ですよ。私はセンテナリオのストレートを頂くとしましょう」

「他人の呑む酒は、どれも美味そうに見える。自分で選んだ酒は、どれも不味い。何故なのだろうな」

「あの、ええと、では、私は、この、透明で飲みやすそうなものを……」

「それはスピリタスですよ、井原崎理事」


「聞 け よ コ ラ! 主 賓 の 話 を!!!」


 少し目を離した隙に、既に一杯目を空にしている者が大半という始末。

 スラッシュは青筋を立てながら、全員に怒鳴りつけた。

 もっとも、それで頭を下げるのは律儀に口を付けなかったゼドラと井原崎ぐらいのものだ。

 パイロット勢は自分の世界を常時展開しているような者ばかりで、幾ら凄んでみせたところで誰も意に介したりなどしない。


「つーかよ、テメエらまず祝いの言葉を贈れよ、俺様に! 初だぞ初! 連合のメテオメイルが出てきてから始めて“マーキング”に成功したの俺様だぞ!? この歴史的快挙をよく無視できるなオイ!」

「大方、機体に何かトラブルでもあったのだろう。二機とも、だいぶ動きが悪かったからな……」

「どうやら一生分の運を使い果たしてしまったようですね、スラッシュさん」

「あんな一方的な展開があり得るわけがない! あれはきっと連合の策だ! 裏に何かある!」

「季節外れのインフルエンザで重度の体調不良だった可能性もあるな」

「何にせよ、次の戦いで敗北の憂き目に遭うのは必定だろう」

「テメエら……好き放題ほざきやがって! 本来なら奢られて然りのところを、大なり小なり讃えて貰える期待込みで奢りつったんだぜ俺様は! そんな調子なら全員自腹にさせるからな!」


 忌憚のなさ過ぎる言い様に、スラッシュは呆れたように椅子に背中を預ける。

 スラッシュに誘いを持ちかけられて、白髭達はこの宴会への参加を快諾したわけだが、本当にただ、奢りの一言だけにしか着目していなかったというわけである。


「それは困るな。では少しは褒めるとしようか」

「金の問題で屈するのかよ……っていうか少しかよ」

「ルールの上では勝利だが、やはり彼らが相手となれば、撃墜してこそ真の勝利というものだろう。しかし、初陣にしては中々の立ち回りだったと思うよ。大きなミスもなく、機体特性を上手く引き出せていた」

「だろ? だろ? そういうのだよ、俺様が求めてたのは!」

「――――流石だな、霧島君」

「お褒めに与り、光栄です」

「おい!!!」


 スラッシュが声を張り上げる近くで、貼り付けたような薄い笑みのまま、霧島が白髭に会釈する。

 霧島は相変わらず席に付くことはなく、壁に背を預けたまま、グラスに注がれた水に口を付けていた。

 本人曰く、「立っているのと椅子に座っているのとでは、咄嗟の反応に天と地ほどの差が出る」との事で、霧島はけして人前で何かに腰を預けることはしなかった。

 飲食に関しても慎重で、他人の作った料理は一切口にすることはない。

 差し出されたもので最低限の許容の対象となるのは、ただの水か、瓶や缶に詰められた物のみ。

 それも全ては、真の護身を完成させるが為。

 霧島が求めるのは極限の安全――――何し遂げるためには、戦闘のみならず日常に潜む危害の全てに気を配る必要があるのだ。

 オーゼスに属する者は皆、自分が楽しめるかどうかか唯一の行動原理で、そこに信頼など微塵もないが、霧島の場合は重ねて信用すらも持ち合わせていないというわけだ。


「あのバウショックさえもを無力化する絶技、見事だったよ。けして馬鹿にするわけではないが、ただの武道がメテオメイル戦であれほどまでに力を発揮するとは……いやはや、完全に想定外だった」

「それもこれも、寸分違わず僕の思う通りに動いてくれるプロキオンのおかげですよ。流石は次世代型フレームといったところでしょうか」


 冗談とも謙遜とも取れるような無機質な口調で、霧島は答える。

 OMM-09プロキオン――――この機体を単なる地続きの九番機と評するには、些か不適当であった。

 最終的な戦闘能力では八番機までと同格と呼んで差し支えないが、しかし開発経緯は、それらと大きく異なる。

 四ヶ月前の時点では、自身らに敵うものなど存在しないオーゼスであったが、技術者達は更なる高みを目指し、一段階上の性能を持つ“次世代機”の設計を進めていた。

 だが、スピキュールやディフューズネビュラ、エンベロープといった未完成機を抱えている現状、 そちらの完成が急務とされ、計画は一時中断。

 また、霧島の加入もあって、彼に合わせた機体を用意しなければならなかった。

 そこで着目されたのが、既に八割型完成していた新型機の内部フレーム。

 まだオーゼスには知る由もないことだったが、そのフレームは、セイファートすらも超える可動範囲と柔軟性、反応速度を実現していた。

 とはいえ本来であれば、対応する装甲や武装がなければ意味のない代物だったが、肉体そのものを手段とする霧島にとっては“それだけ”で十分すぎた。

 かくして、新型のフレームは霧島のために転用されることが決定し、現行の装甲部品に覆われることでプロキオンとして完成をみることとなった。

 このような事情から、プロキオンはスピキュールまでの第一世代型でもなければ、かといって第二世代型相応の絶大なパワーを備えているわけでもなく、その中間に位置する1.5世代型とでもいうべき奇妙な立ち位置にあった。


「そのフレームもまた、君というパイロットに扱われたことで完成度を高めることができた。おかげで、私のエンベロープも想定以上の仕上がりになりそうだ」

「結局は、そこですか」

「そうさ、私は私以外の何事にも興味が無い。皆と同じようにね」

「けっ、絶賛するのは自分の為になるものだけってか。……おいおら井原崎、酌しろ酌!」

「は、はい、た、ただ今……」


 スラッシュはぞんざいにグラスを突き出し、向かいの井原崎にウイスキーを注がせる。

 随分と前からキープしておいた百年物のマッカラン、その芳醇さは、たかだか五年程度で出荷される安物とは桁違いである。

 慌て落ち着かない態度とは裏腹に、井原崎の手元は微動だにすることなく、注ぐ量も適度。

 幾度の酒宴を経て磨き抜かれた文句の付け所のない技量に、スラッシュは逆に苛立って礼の一つもなく腕を引っ込めた。

 その光景を見て、白髭は軽く喉を鳴らす。


「まあスラッシュ君にも、自らの血肉にできるところがなかったわけではないさ。私は10の結果を得るために9までの損失を許容してしまうタイプだからね。卓絶したダメージ管理の才能を持つ君の動きは参考になる」

「そりゃあ、俺様が願ってやまないのは相手を一方的にボコる事だからな。接戦も逆転も望んじゃいねえ。擦り傷なら受けてもいいなんて考えは反吐が出るし、受けるならきっちり最小限に留める。絶対に相手より優位じゃなけりゃ気が済まねえんだ」

「それだよそれ。目前に迫った勝利を掴み取ろうとする衝動を抑え、敢えて引く……理屈の上では簡単だが、中々実践できないことでもある。今後は、少しは意識してみるとしよう」

「オーゼスではアンタぐらいだぜ、他人から学ぼうなんて律儀なお考えをお持ちの異端者は」


 嘲るように、そして訝るように、スラッシュが答える。

 オーゼスのパイロットは皆、唯一独自の救いがたい奇癖こだわりを持ち、人間としてはともかく、その精神は不変かんせいの域にあった。

 助言や忠告、それら真っ当な意見にも耳を貸さず、己が願望に極めて忠実に生きる――――嘘吐きのエラルドや、護身の霧島とて、本心はいざ知らずベクトルの定義だけはそう難しいものではない。

 だがこの、白髭の男だけは、些か趣が異なる。

 自らを高める為の要素は、感情のフィルターに掛けることなく取り込んでいく。

 かといって、並外れた向上心があるようにも見えず、他者の才能に対する嫉妬も焦りもない。

 何を達成すれば、というよりは、既にこの、オーゼスの一員として活動する状況自体を楽しんでいる風にも見えた。

 メンバーで一番の半端者か、或いは最も箍の外れた愚昧か。

 それ以上に考察を重ねる理由も必要性もなく、スラッシュはマッカランを一気に飲み干す。

 誰が何であれ、最初に白星を挙げたのは自分。

 八人の中で最も格の高いところに君臨しているからだ。


「まあ、せいぜい努力して俺様に追いついてくれや。この唯一無二の勝者、スラッシュ・マグナルス様によ!」

「霧島君もではないか……という指摘はさておき、せいぜい奮励させて頂こう。だが、君も気をつけたまえよ、若者の成長というものは我々が考えるより遙かに速い。君とて次に向けてやるべき事はあるのではないかな?」

「馬鹿言うなよ。あんな何一つ足りてないようなクソガキ共が、今からどれだけ腕を磨いたところで差が埋まるものか。一度やり合ったアンタだってわかってるだろうが? どう見たって、あいつらは“伸びねえ”タイプだ」


 スラッシュは酔いの回ってきた、やや赤らんだ顔のまま述べる。

 セイファートを操る口だけは威勢のいい薄っぺらな少年と、バウショックを操る動物並みに猪突猛進な少年――――

 どちらも声から判断できる年齢にしては、異常なまでに精神が凝り固まっているというのがスラッシュの感想だった。

 完成とはまた違う、自ら己の道を閉ざしてしまった愚か者。

 才能を発露さえさせることができないという意味では、常人はおろかオーゼスの面々にすら劣る。

 そんな者達が幾ら研鑽を重ねたところで、自ら設けた枠の中で足掻くだけであろう。

 故にスラッシュの中に、二人に対する警戒はない。

 スピキュールへの入念な対策を練られたとして、更にその上を行く自信がある。

 どう潰すかを熟慮しなければならない相手は、頭一つ抜けた超常の力を誇るオルトクラウドくらいのものだ。


「ちょっと人より出来るせいでホームラン級の勘違いをしちまった、後になればなるほど痛い目を見ることになる正真正銘の廃棄物ゴミ……ああいうのは変にプライド高いから、誰かが性根を叩き直すのも無理だろ。生きてたとして、まだパイロットを続けるかどうかも怪しいもんだ」

「君達に、たっぷり痛めつけられてしまったからな。私は、もう一度くらいは戦いたかったのだが」

「むしろ、もっと骨のある奴が出て来る事に期待だな。……ってオラ、ゼドラ、井原崎! 何ちびちび呑んでやがる! 酒は一気に呑んでこそ酒なんだよ!」


 直前の話題も忘れて、スラッシュはどうにも煮え切らない呑みっぷりの二人を怒鳴りつける。

 井原崎が純粋に苦手な口である一方、ゼドラの場合はスラッシュより多量に呑んで怒鳴られまいとする対処でそうしていたのだが、理不尽なことに結果は同様であった。

 二人はいやいや各々のグラスに手近な酒を注ぐが、スラッシュはそれを制止する。


「この酒豪共の中で今更やったって盛り上がらねだろうが! 芸しろ、一発芸! 霧島、テメエもだ。酒呑まねえなら呑まねえなりに場を盛り上げろ!」

「いや、あの、そんな、私に、芸など……というか、あれ、霧島さんの、お姿が」

「今の今まで、そこに立っておいでだったのですが……」

「くそっ、あいつバックレやがった!」


 霧島は、数秒前まで誰しもの視界の中にあったにも関わらず、忽然と姿を消していた。

 もう霧島なりに、十分に酒宴に付き合ったとでも判断したのか、それとも一発芸をやりたくないがための逃亡か。

 自分の忌み嫌う“技”の求道者であるかどうかはさておいて、酒の席の付き合いの悪さだけでとことん馬の合わない人間だと、スラッシュは内心で唾棄する。

 そうして、また別の酒にでも手をだそうかと辺りを見回したところで、随分と出来上がった十輪寺がおぼつかない足取りで割って入ってくる。

 どうやら今回の酒宴はとことん、スラッシュの機嫌を損ねるものであるらしい。


「強要は良くないぞ、スラッシュ・マグナルス! どうしてもというのなら、この俺、十輪寺勝矢が引き受けよう。つい先日収録が終わったばかりの新曲『その名は十輪寺』を、特別に今ここで披露してやる!」

「やめろ、おいコラ!」

「心配するな、専用マイクもちゃんと持ってきてある!」

「聞いてないな、こいつ!」

「今日も明日も十輪寺~♪」

「悪夢じゃないですか」

「君も僕も十輪寺~♪」

「なんという絶望だ……」

「世界の果てまで十輪寺~♪」

「もはや地獄になったな……というか、ゼドラ、そいつを黙らせろ。そして放り出せ」

「……私がですか?」


 ゼドラは強要されて、これで静かになるならと仕方なく席を立つ。

 だが結局、パイロット達は次から次へと暴れだし――――騒動はこの後も約四時間、ゼドラ以外の全員が完全に酔いつぶれるまで繰り広げられた。


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