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第28話 必然(前編)

「ダバオか……」


 フィリピンの南部に存在する、国内第三位の人口を誇る大都市。

 ハワイ方面へ伸びる北太平洋の防衛戦線、そしてベトナム方面に伸びる南シナ海の防衛戦線、双方の維持において重要な役割を果たす中継ポイントである。

 周辺地域をオーゼスに押さえられてしまえば二つの兵站ラインが絶たれてしまうため、今回の戦闘も全く気が抜けないものとなっている。

 周辺海域に展開していた連合の艦隊は既に突破され、それを成した新たなるメテオメイル二機は、ミンダナオ島へと上陸。

 数分と経たない内に、ダバオに存在する連合の海軍基地へ到達するという。

 一方でセイファートは、ダバオまで残り五十キロの地点を通過し、微弱な減速による位置調整を開始している最中であった。

 計算上は、どうにか基地の手前で迎撃できるようである。

 そのコックピットの中、瞬は焦燥感に駆られ、内壁を軽く小突く。


「セイファート……お前だって、これ以上の無様な真似は晒したくないだろ。ズタボロにされるのはいい、だが、そろそろ勝とうぜ……」


 瞬は祈るように、呟く。

 轟のバウショックはセイファートの七十秒後にラニアケアから射出されたが、ダバオへの到着は約二百五十秒遅れとなる。

 機体重量や空力特性の違いから、空中での移動速度に差が生じるためだ。

 バウショックが到着するまでの四分は、専守防衛に徹するのが無難な策であったし、実際にそのような命令もケルケイムから出ている。

 瞬も流石に、一対二の状況で優位に立ち回れるとまでは慢心しておらず、素直に従うつもりではいた。

 だが、その判断は轟との協力を是とするものではない。

 二脚での歩行能力を得たとはいえ、機動力においては未だに全メテオメイル中最低クラスであるバウショックを囮として、自分は一撃離脱の攻撃を繰り返す算段だ。

 問題があるとすれば轟には何の相談もしていないことだったが、勝手にやるというのは轟本人も

望んだことではないかと、瞬は意地の悪い笑みを浮かべる。


「攻撃は全部あいつに受けさせて、オレは様子を見ながら上手く隙を突く。中々論理的じゃねえか、この勝手な作戦」


 負の要素を全て味方に押しつけることができるとなると、名目上とはいえタッグを組んでの戦闘も悪いものではない。

 注意すべき点は、孤立無援の数分間を上手く逃げ回り、命を繋ぐことであろう。

 住民の避難はほぼ完了しているとのことだが、少しでも街の被害を減らすために、自分もまた囮として相手の目を引きつけなければならない。

 機体の側で自動的に行われる効率的な降下軌道の算出も終わり、瞬はモニター上に浮かぶ指示の通りに、セイファートのスラスターを噴かしながら地上を目指した。


「見つけた……!」


 何かしらの武装によって市街地に破壊を撒き散らす、二機のメテオメイル。

 程なくして、それらが目視できる距離となる。

 高層ビルが少ないエリアを侵攻していたため、メインカメラのズーム倍率さえ上げれば、下降する中でも十分に外観の把握は可能だった。

 一つは、鳩羽色の装甲に血管の如き赤い紋様を奔らせる機体。

 心許ない二脚によって支えられる肥大化した上半身、その両腕には巨大な鉄爪が装着されており、尖塔のように突きだした頭部も相まって、西洋の魔獣を彷彿とさせる。

 距離を縮めていく内にわかったことだが、建造物を焼き払っている武装は、この機体の脚部から放出される拡散レーザーであった。

 小雨のように細い光条であるために、遠方からでは視認できなかったのだ。

 対メテオメイル用としては威力が心許ない気もするが、対人用としては凶悪極まりないものである。

 そしてもう一つは、月白のボディを持つ人型――――そうとしか表現のできない、シンプルな構造の機体。

 装甲表面の起伏が極限まで抑えられてあり、頭部すらも完全なる無貌。

 まるで石膏像やマネキン人形が三十メートルサイズにまで巨大化したかのような、兵器らしからぬ姿は、他とは一線を画する不気味さがあった。

 注視すると、こちらは前方の機体を追従するだけで、特に攻撃は行っていない様子だった。

 もっとも、メテオメイルで街中を歩行するという行為自体が、大規模な破壊を招いているわけだが ――――

 ともかく、どちらのメテオメイルにしても、今回が初確認となる機体だという情報に間違いはないようである。

 瞬は慎重な面持ちで、セイファートの速度を僅かに落とす。


「どうにか、この辺りに留まってもらわねえとな……!」


 二機のメテオメイルまで残り千メートルを切ったとき、向こうも機体を大きく方向転換し、セイファートの飛来する上空を見遣った。

 それ以前からレーダーによる感知はしていただろうが、対応するにはこの距離からで十分ということなのだろう。

 オーゼスの面々が自己主張のためだけにやるような無駄な通信は好まないが、今日ばかりは時間を稼ぐためにも、何とか会話を引き延ばしたい所であった。

 瞬は、セイファートに地面すれすれを飛行させながら、更に五百メートル接近する。

 その間に、コンソールを操作して通信回線の設定も行った。

 ヴァルクスでは、これまでにオーゼス製メテオメイルから受信した電波の周波数及びデータの暗号化処理を解析することで、それらとの通信を専用のチャンネル化することに成功していた。

 傍受の容易なオープンチャンネルではなくなったことで、周辺環境を気にせずに通話が可能となったということだ。

 周波数帯が統一されていない可能性もあったが、その辺りは、オーゼスは杜撰であるという確信があった。


「おい、お前ら……!」


 更に距離を詰めながら、瞬は二機を呼び止めるようとする。

 だが二百メートルのラインを超えた直後、魔獣は無言のままに右腕を正面へと構える。

 それを見た瞬は、即座にフットペダルを踏み直し、セイファートの踵を道路にすりつけながら一気に減速する。

 既に思考を操縦に反映させるS3は起動しているが、確実性が欲しかったからだ。


「っ……間に合うか!?」


 更に数瞬の後、まだ加速の勢いが乗ったままのセイファートは地滑りしながら、ジェミニソードの長刀を引き抜く。

 スピキュールの右腕、その肘から先が高速で撃ち出されたのは、ほぼ同じタイミングであった。

 間断なく振り抜かれたジェミニソードは、迫り来る鉄爪をどうにか弾き飛ばする事に成功する。

 応答の代わりに返ってきたのは、先制攻撃というわけだ。


「……問答無用ってわけかよ」


 逆噴射を働かせ自動で本体の元へ帰還していく右腕を見ながら、瞬は言い放つ。

 初めて見る類の武装であったが、まだ距離があるにも関わらず鉄爪が正面に向けられた時点で、そのようなギミックの存在を察することはできた。

 第一、魔獣からは、装甲越しでも感じられる程に殺気が漏れ過ぎている。

 これまでに相対してきた奇人達とは、優先事項の配分が少し異なるということだ。


「おうおうおう、流石の反応速度だな。きっちり剣で受けやがるとは」


 魔獣の方から届いたのは、聞き覚えのない、随分と渋みのある男の声だった。

やはりパイロットもまた、新しい人員のようだ。

 同時に、従来の機体と同様、肩部装甲に刻印された英数字の羅列から、新型二機の名称が明らかとなる。

 前方に立つ魔獣は、OMM-08 スピキュール。

 後方に控えている謎の機体は、OMM-09 プロキオン。

 名称から機体特性が読み取れることまで機体はしていないが、念のため、瞬はその名前を記憶に留めた。


「余りにも遅すぎて、避ける気もなくなったってわけだ」


 ようやく双方向の送受信が成立した回線を通して、瞬は尊大に言ってみせる。

 あのタイミングでも左右に回避できるのは本当のことだったが、着地しなければ、飛行の慣性に乗って今以上に接近してしまっていた。

 未知の敵を相手に、それだけは避けたかったのだ。


「いい加減に、そっちも二機ってわけか」

「そんなに怖がらなくてもいいぜ、クソガキよ。メテオメイル同士の戦闘では、テメエらと同じ数の機体しか戦えねえ取り決めになっててな。お仲間が来なけりゃ相手も俺様一人ってわけだ。後ろの変な奴は気にしなくてもいいぜ」

「そんなところだけフェアプレイの精神をやられてもな」

「だったら力量も公平にしてやろうか。セイファートはぶっちゃけた話、機動性だけのカスだからな……俺様は全力の三十パーセントぐらいってところか?」

「舐めてくれるんなら、そりゃあ有り難いな。これからあんたを倒す身としては……!」

「舐める? 事実だろ? 火力のない機体に、ゴミクズみてえな技量しかないパイロット、戦いを舐めてるのはそっちだろうが、なあ?」


 スピキュールを操る男の見え透いた挑発に、瞬は表面上こそ冷静を装いながらも、しかし血液は沸き立っていた。

 主張はさておき、少なくとも実戦においては、男が指摘するとおりのザマであるからだ。

 理想としては、このまま一定の距離を置いて、戦闘を続行したいところだった。

 だが、もうこれ以上に名誉が損なわれることを、瞬の自尊心は許さなかった。

 勝てない機体であるというマイナスイメージを払拭し、自分が持つ真の強さを誰しもの心に刻みつけるためには、堅実に立ち回るだけでは不足。

 正々堂々、正面から実力で打倒する方が、遙かに効果的である。

 逸る瞬はここで、敢えて敵の懐に飛び込むことを決意する。


(様子見はやめだ。まだあっちも戦闘に集中できてない今、不意打ちで仕留める……!)


 スローペースでスピキュールの外周を歩行し、依然として相手の動きを窺うような素振りを見せながら、しかし着実に距離を詰める。

 スピキュールに大きな動きはない。

 ただセイファートが進む方へと機体を向けるだけだ。

 先程の攻撃といい、余りにもわかりやすく、余りにもぎこちない動作。

 ここで瞬は、ある一つの可能性に思い至る。

 いま自分が相見えるのは、新しい機体に、新しいパイロット――――即ち、初出撃。

 詰まるところ、操縦技能は口ほどにもないのではないか、という仮定。

 男は、さも実力者であるかのように振る舞っているが、態度と能力が比例するとは限らない。

 そうした自己肯定の理屈を捏ねつつ、瞬は即興で用意した策を、即時実行に移した。


『風岩君……まさか!』

「あの機体がどれほどのものかはわからねえが、セイファートより反応速度が速いなんてことは有り得ねえ。一撃で斬り捨ててやる……!」


 瞬の目論見を察したのか、セリアが制止を意味する声色で訴えかけてくるが、今だけは従うことができない。

 一歩、二歩、三歩と円の軌道を進み、そして四歩目を踏み出す途中、瞬はセイファートを急加速させる。

 構えもなく、言葉もなく、最速かつ最短の経路で接近し、反応も許さぬままに両断。

 それだけを思い描きながら、直進。

 セイファートの機動性であれば、二百メートルの距離から肉薄まで二秒とかからない。

 人体ならいざ知らず、棒立ちの巨大人型兵器にとって、二秒以下の時間でその場を離脱することは不可能に近い。

 一刀目を防御させるためのフェイントに使い、二刀目を空いた部位へ確実に命中させるところまで、ロジックは組み上がっている。

 ここまで練り込まれた攻撃ならば、通用する。

 そう信じ込んで、最初の百メートルを疾風のように駆け抜けた。

 だが、残る百メートルの途中、セイファートは見えない何かに足を取られ、バランスを崩して前のめりになる。


「罠……いつの間に!?」


 無駄に体を捻ったばかりに道路から逸れ、横倒しのまま、無数の住宅を巻き込んで滑るセイファート。

 その内部で、瞬は呻くようにして叫ぶ。

 機体に伝わった感触は、壁のように強固さを伴っておらず、むしろ弾力に近い感触があった。

 極めて視認の困難な細いワイヤートラップの類が、建造物の間に仕掛けられていたようである。

 スピキュールがその場から一歩も動かなかったのには、確たる理由があったというわけだ。

 おそらくはセイファートが遙か上空にいる間、細かな動作の判別が困難な内に、こちらに気付かない素振りのまま用意を――――


「さすがクソガキ、模範的なズッコケっぷりに涙が出そうになるなオイ!」

「こいつ……!」

「そして……一度俺様の“卑怯”にハマっちまった以上、もうテメエに為す術は無え。あとは一方的に嬲り殺しにするだけだ」


 男がそう言うなり、視界が急速に闇で覆われていく。

 スピキュールが放った、濃黒の煙幕だった。

 煙幕を構成する粒子成分はジャミングや遮熱の性質を備えているのか、機体のレーダーも満足に機能しない。


「そんなせこい真似、セイファートには通じねえんだよ……! ストリームウォールの風圧シールドなら!」


 仰向けになったままのセイファート、その左腕に装着されたストリームウォールは、内蔵された特殊防御機構が生み出す風圧によって、周囲の煙幕を即座に吹き飛ばす。

 ゴッドネビュラ戦では結局見せずじまいの機能だったために、スピキュールのパイロットにしても、予想外の事態であろう。

 瞬としては、この上なく的確に対処したつもりだった。


「これで奴の奇襲は……」


 だが、視界を確保したが故に、見えてしまう。

 頭上から飛びかかってくる、スピキュールの姿を。

 スピキュールは、煙幕を撒き散らすと同時に、跳躍していたのだ。


「奇襲は失敗だ。だが攻撃は終わらねえ」


 スピキュールが力任せに、右腕の鉄爪を振り下ろす。

 セイファートはジェミニソードでそれを打ち払うが、スピキュールは着地と同時に、今度は両腕の乱撃を繰り出してくる。

 未だ片足に絡みついたワイヤーが離れないセイファートは、起き上がることもできない。

 右腕のジェミニソードと左腕のストリームウォールで防御する傍ら、脚を左右に振って何とか振りほどこうとするが、今暫くの時間を要するようだった。


「このままじゃ、まずい……!」


 その時、モニターの端に、機体の一部に重大な損傷が発生したことを警告する表示が浮かぶ。

 該当箇所は勿論、鉄爪による攻撃を最も受けているストリームウォールであったが、しかし損壊状況が余りにも甚大すぎる。

 圧縮大気による物理耐性を備え、しかもバウショックの胸部装甲と同等の厚みを備えた金属塊が、刃を十数度叩き込まれただけで砕かれるわけがないのだ。

 しかし、現実に、警告されたとおりの破壊は起きている。

 更なる一撃を受け、三本爪が奥深くまで食い込んだストリームウォールは、そのまま強引に四分割されるに至った。

 その断面を見て、瞬はようやく、スピキュールの鉄爪がただの斬撃兵装ではないことを悟る。

 断面は、激しく泡立ちながら、急速に腐食が進行していたのだ。

 改めて相応しい表現をするとすれば、それは“毒爪”だった。


『どうやら、あの爪型兵装の刃先には超強酸が仕込まれているようだね』

「酸!?」

『細かな説明は割愛させてもらうけど、物質の溶解能力については見ての通りだ。触れれば本体もただでは済まない。でもまさか、あんなものまで兵器として使ってくるなんて……!』

「そういうのの対策は、セイファートにはされてねえのかよ」

『流石に想定されていなかったんだと思う。単純に散布されるだけなら、レイ・ヴェールで十分に防げるからね。近接攻撃と併用するなんて、とても……』

「払うだけだったジェミニソードは、今のところノーダメージなのは救いだが……しかし汚ねえ奴だ、さっきからよ!」

「卑怯上等! 勝てねえ正道より勝てる邪道だろうが!」


 男がそう叫ぶと、再びスピキュールの両肩から煙幕が噴き出す。

 ストリームウォールを失った現状、セイファートに無効化する手段はない。

 だが、ここに来てようやく天運が瞬の味方をする。

 ワイヤーそのものを振りほどくことはできなかったものの、建造物に打ち込まれていた末端のアンカーを引き剥がすことに成功し、ようやく機体の自由を取り戻すことができたのだ。

 スピキュールの煙幕は拡散性も高いようだが、飛行可能なセイファートの前では二次元的な滞留は意味を成さない。

 上空にさえ出てしまえば――――

 このとき、瞬に判断ミスがあったとすれば、その場で上昇を始めてしまったことであろう。

 セイファートは、跳躍と同時に脚部のバーニアスラスターを噴射し、文字通りに飛び上がる。

 そう動くように誘導されていることに勘付いたのは数瞬の後で、それではもう、対処するには遅すぎた。


「つくづく型通りだな、テメエは!」

「しまっ……!」


 地面を覆い尽くす黒煙の中から飛び出してくる、鉄爪を装備した二腕。

 そのどちらもが、セイファートの背面スラスター二基を、これ以上ないほど性格に刺し貫いた。

 推進力の、そして空戦機動における要を奪われ、セイファートは空中で大きくよろめく。

 滞空自体は他のスラスターだけでも問題なく行えるが、機動性は大きく低下。

 安全圏であるはずの高空へ逃れる術も失った。

 反撃しようにも、スピキュールは煙幕の闇の中から出てくる気配はなく、しかし中に潜ればあちらの独壇場という窮地。

 そうして手をこまねいてる間に、一度本体の元へ帰還した鉄爪が再び射出され、セイファートを狙う。

 今度は両腕ともにジェミニソードで弾き返すことに成功するが、破壊はならず、それらはまたも煙幕の中へと戻っていく。

 その軌道から本体の現在地に見当を付ける瞬だが、飛び込んだところで新たな罠が待ち構えているのではないかという疑念が、瞬に突撃を躊躇わせる。


「おらどうした、かかって来いよクソガキ! このスラッシュ・マグナルス様とスピキュールの“卑怯”にな!」


 スラッシュが余裕たっぷりに吠え猛り、対称に瞬は、一向に変わる気配を見せない流れに歯噛みする。

 先程の連撃を思い返してみても、スラッシュの操縦技術にはまだまだ粗があった。

 しかし、そんなことはまるで関係ないかのように、アドバンテージは常にスラッシュの側にある。

 徹底した搦め手と奇襲を貫く姿勢が、そうさせているのだ。

 初撃はおそらく、こちらの反応速度に大凡の目星を付けるために放ったもので、それ以降、スピキュールはただの一度も正面から仕掛けてこない。

 相手と比較して、何が劣り、何で勝っているのか、スラッシュは弁えているからだ。

 そして、何を奪えば相手の戦闘能力を大きく削ぎ落とせるかも、正確に把握している。

 やり方はダーティそのものだが、立ち回りに関しては、瞬のそれよりも各段に洗練されているといえた。

 相手を“観る”ことに長けた瞬は、スラッシュの優勢の理由を、はっきりと理屈で纏め上げることはできる。

 だが、そこから先が続かない。

 自分を“観る”ことが、極めて不得手だからだ。

 何故その領域にスラッシュのような者がいるのだと、憤慨することしかできないのだ。


『風岩君、二十秒後にバウショックが降下してくる! その隙に後退を!』

「轟の奴、遅えんだよ……!」


 完全に予定通りの到着であったが、体感時間の余りの長さに、瞬はそんな事を口走ってしまう。

 刹那、セイファートのレーダーもバウショックを感知し、機体間通信も可能となる。


「ちゃんと俺の為に、獲物を両方残しておいてくれてるみてーだな。まあ、テメー如きが四分程度で倒せるなんて思っちゃいなかったがよ」

「知った口聞いてんじゃねえ……こいつら、お前が思ってる以上に“出来る”ぜ」

「テメーこそ、この前といい、俺の何を知ってるっていうんだ。ようやく完全な姿になったバウショックでなら、負ける気がしねえ……!」


 轟の威勢のいい叫びと共に、大気をねじ伏せながらバウショックが戦場に飛び込んでくる。

 減速は時速百キロ前後まで――――敢えて機体へのダメージが残らない最低限のレベルに留め、敢えて眼下に広がる煙幕の中心へ。

 着陸というよりは衝突の直前だったが、スピキュールは闇を裂くようにして姿を現し、そして大きく後退する。

 万が一、自身がバウショックと衝突してしまう危険性を考慮してのことだろう。

 轟がそこまで狙っていたかどうかは定かではないが、スピキュールを炙り出すのに有効な策ではあった。

 アスファルトとコンクリートの破片を巻き上げながら、立ち上がるバウショック。

 エレバス・ユニットや無限軌道などの補助を必要としない、完全な二脚構造の実現である。


「これよ、これ……これを待ってたんだよ」


 轟は、腰と膝関節が自由に動かせるという解放感からか、愉悦の笑みを漏らしていた。

 二ヶ月前までは完全に手詰まりとなっていた、上半身の重量を支えきれないという問題。

 その解決手段は、皮肉にもオーゼス製メテオメイルであるラビリントスから得られたものであった。

 バウショックの更に数倍の質量を誇りながらも、二足歩行を可能とする脚部。

 その残骸の一部を回収した連合軍の技術開発部は、完全な内部展開用のレイ・ヴェール発生機構が複数搭載されているのを確認していた。

 ラビリントスは、二層一セットのエネルギー・バリアを互いに反発させ合うことで、関節各部の負荷を低減させていたというわけである。

 当然ながら若干の消費エネルギー増加という代償はあるが、外部兵装に頼らねば歩行すらままならない状態と比べれば、些細なことであった。

 格闘攻撃を主軸とした機体であれば、尚更だ。


「瞬、テメーはもうすっ込んでろ。あいつら程度、俺一人で十分だ」

「突撃してくれるなら、オレは止めねえぜ? 集中砲火を浴びてる間に美味しいところを持っていくだけだからな」

「助けはいらねーって言ってんだよ……!」

「現実を見ろよ、バウショックだけで敵うもんか」

「やってみなけりゃ、わからねーだろうが!」


 セイファートを置き去りにして、激しい地鳴りと共に、バウショックが疾駆する。

 セイファートほどではないが、しかし瞬の想定を裏切り、疾走と呼べる部類の速度ではある。


「ほう、やっぱりお仲間のご登場ってわけか。だったらこっちも……」

「ええ、これで僕も戦闘に参加できるというわけですね」


 ここまで静観を決め込んでいたプロキオン。

 そのパイロットと思しき男は、戦場に似つかわしくない、落ち着き払った柔和な声の持ち主であった。

 轟は、自分に近いという理由だけでスピキュールに突撃していたが、プロキオンが軽快な足取りで、その前に躍り出る。

 だが、本当にただ二機の間に割って入ったのみで、全く攻撃する素振りを見せない。

 相手を誘うためにわざと無防備を演じていたプロキオンとは異なる、不自然なまでの自然体だった。


「馬鹿にしてんのか、テメーは……! だがそれでも構わねー、俺の拳を受けてくれるってんなら、そのまま突っ立ってろ!」

「ええ、受けてあげますよ。それこそがまさに、僕の得意分野ですから」

「野郎……!」


 バウショックが、右腕に装着されたギガントアームを後方へ引き絞る。

 ラビリントスとも互角の格闘戦を行える巨大腕が繰り出す殴打に、とてもではないが、プロキオンの標準的体躯が耐えられるとは思えない。

 それでも躊躇いなくバウショックに正面から相対する理由は、先制できる自信があるということだろうか――――

 瞬はそう予想するが、しかし直後、到底信じがたい光景を目の当たりにすることになる。


「脱力、呼吸、そして無抵抗の精神……全ての要素が芸術的バランスで噛み合わさったときに生まれる、完全なる護身。その偉大さを、直接君の肉体に教え込んであげましょう」


 プロキオン目がけて、機体の全重量を乗せた拳を、最大の膂力で振り抜くバウショック。

 その赤き巨体が、ぎゅるりと、高速で一回転しながら宙を舞った。

 次いで、大地が激震する。


「あ…………?」


 対面上にいる瞬には、何が起こったのか、その片鱗さえも理解できなかった。

 プロキオンに肉薄したバウショックが、残像の如き神速で視界から消え、気付いた時には地面に叩きつけられていたのだ。


「轟、無事か……! おい!」

「多分、気を失っていると思いますよ。遠心力は人間の意識をいとも簡単に持っていきますからね……」


 瞬の呼びかけを遮り、他人事のように、男が返答する。

 だがプロキオンの間近で起きた以上、間違いなくプロキオンの仕業なのだ。

 ジェミニソードの切っ先を向けながら、瞬は問う。


「アンタ……今何をしやがった」

「何って、ただの合気道ですよ。しかも基本中の基本である、殴りかかってきた暴漢の抑留……相手の勢いを利用した受け流しです」

「メテオメイルで、合気道だと……!?」


 男は余りにも平然と答えるが、それがどれほどの神業であるか、メテオメイルというものに対する造詣を深めていったからこそ、わかる。

 瞬のセイファートも、操縦者の会得した技術を反映すべく、人体同様の柔軟な関節可動が取り入れられてはいる。

 しかし、刃による斬撃は、多少手元が狂おうとも一定の切断力は保証されている。

 一方で合気道というものは、極めて精密な体幹移動があって、始めて実戦で機能する武術である。

 生身でも易々と実行できないそれを、メテオメイルの操縦で成し遂げるには、狂的なまでの研鑽、或いは天賦の才を必要とするだろう。

 何せ、自身も相手も、互いに数百トンという機体重量。

 受け流しに失敗すれば、体を痛めるどころでは済まない。

 エネルギーを逃し損なえば、機体がねじ切れるくらいは覚悟せねばならないだろう。

 それはもはや、度胸程度で克服できる次元ではない。


「申し遅れました。僕の名前は霧島優、護身くらいしか取り柄のない男です」


 スラッシュ・マグナルス、そして霧島優。

 外道と合気道を極めた二人の強敵を前に、瞬はただ、戦慄するしかなかった。


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