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第1話 空に堕ちるモノ(前編)

 もし現在の文明社会が滅びを迎えたとして、遠い未来の人間は果たしてその原因を正確に言い当てられるだろうか。

 それ以前に、未来に人類という種が存在できているかどうか。

 もはやそのような事態さえ危惧しなければならないほど、現在、世界全土を脅かす危機は、重大かつ深刻なものとなっていた。


「『百万の隕石ミリオンメテオ』の内、十一個が地球に激突か……しかし、よく十一個で済んだよな。それとも、命中率としてはそんなもんなのか? 宇宙は広いからな」


 もう五分以上は下降を続けているエレベーターの中で、風岩瞬は沈黙に耐えきれなくなり、半分は独り言のような話題を切り出した。

 シャフトの内側しか見えないにも関わらず、わざわざ設けてある窓には、退屈そうな顔をした少年――――他ならぬ自分の顔が映し出されている。

 癖が強く変に跳ね上がる髪は、事前に整髪料で撫で下ろしてはきたのだが、結局時間の経過で元に戻ってしまっているようだった。

 二メートル四方ほどの籠室の中には、瞬以外には一人しか乗員はいない。

 幾度もの死線を潜り抜けてきた歴戦の兵士を想起させる、暗い光を双眸に宿した男だ。

 若竹色の髪にはまだまだ艶が乗っており、一見して二十代の青年のようにも感じられるが、ひどく冷淡な瞳からは相応の若さも甘さもまるで感じられない。

 男の、ごく自然と発せられる注意力に満ちた所作は、やましいところのない瞬にも十分なプレッシャーとなって襲いかかる。

 話題を振るということは、自ずと話し相手はその男に限られるのだが、男は埃一つない濃紺のロングコートの背面を瞬に向けたままだ。


「いや、前者の認識で正しい。今回はたまたま運が良かっただけだ。ミリオンメテオとは関係なく、毎年数万もの隕石が地球に飛来している。それらの九割以上が、大気圏内で燃え尽きるか、海面や地表に激突してもさして問題のないレベルに摩滅してくれているだけでな」


 てっきり無視されたとばかり思っていたところに、やっと返答がくる。

 しかも、世間話程度のつもりで投げた問いにも関わらず、無駄に丁寧な説明だった。


「そうだよな……普通はそうやって、燃え尽きるもんなんだよな」


 やりにくいなと思いつつも、瞬もまた会話を続けた。

 男の言うとおり、此度の隕石が本来の確率で降り注いできたなら、とっくに人類は滅んでいたことだろう。

 五年前に地球に飛来し、実に三十億の人命を奪うことになった十一個の隕石は、宇宙空間を漂っていた時と現在とで、のだ。

 大気圏突入時の摩擦熱どころか、地表に衝突しても尚、僅かな欠片さえも剥離することのない未知の頑強な結晶鉱物。

 それらは、後に“HPC(High-purity Crystal=高純度結晶)メテオ”という名称を与えられることになった。

 サイズはいずれも直径一メートル前後で、本来なら、都市一つを消し飛ばすほどの破壊力さえない。

 だが、HPCメテオはとある特性から、ともすれば自身の百倍以上の質量にも匹敵する破壊力を秘めていた。

 加えて、HPCメテオは“当たり所”も非常に悪く、ほぼ全てが陸地、或いはその近辺の海域に落下している。

 その後の社会的混乱も含め、ここ五年以内の死者の総数は綿密な調査を行うまでもなく人類史上最大である。


「連合政府が回収した一つも、如何なる手を尽くしても、欠片一つ削り出すことができなかった。もっとも、余計な加工をしない方がより高い効果を発揮する物質ではあるがな……」

「色んなエネルギーを吸収して、元の何十倍っていう量の熱や光に変換増幅して放出する、だったっけ……最初に聞いた時は、なんつうSFチックな設定だと思ったぜ」


 瞬は今更のように苦笑する。

 それこそまさに、多くの人間を死に追いやったHPCメテオの特性である。

 宇宙空間を漂う間に、既に飽和状態寸前まで内部にエネルギーを溜め込んでいたのか、地表に衝突したことが刺激となって、全方位に対して途方もない量の光熱を放出したのだ。

 まだ、世間には出回っていない情報だが、似たような仮説は既に多く立てられている。

 そうであることを断定せざるを得ない事態が新たに発生したのだ。


「しかも、それを動力源として組み込んだ巨大兵器が暴れ回って、連合は手も足も出ない。五年前の自分に話しても失笑されるだけだろうな……いまどき小学生でも信じねえよ、こんなの」

「だが全ては、現実に起きていることだ。オーゼスを壊滅させない限り、嘘のような惨状は更に拡大していく」


 男は鉄面皮の中に微かな怒りを滲ませながら、言った。


 オーゼス――――五十年ほど前に設立された私設研究機関。

 主な研究内容はロボット工学、サイバネティックス技術など。

 南アフリカに数カ所の研究施設を持ち、欧米諸国から資金支援を受けて活動していたと記録にはあるが、その規模に反して目立った成果はみられなかった。

 過去に所属していた技術者達もまた、各分野において無名に等しい人物ばかりで、大きな発明をしたという記録も残っていない。

 オーゼスはそんな、これまで噂にすらならなかったような弱小組織だったのだが、五年前、一気にその名を世間に広めることとなった。

 地球に衝突したHPCメテオの内、実に九個を、国際連合に代わる新たな国際組織である地球統一連合政府に先がけて、迅速かつ強引に回収したためである。

 その後、オーゼスは連合政府からの再三の引き渡し要求を無視し、間もなくして表向きには閉鎖を表明。

 公表されている研究施設とは異なる場所にHPCメテオを秘匿、行方を眩ませた最高責任者や研究者達によって解析を続けていたと言われている。

 そして、一年前。

 再び歴史の表舞台にオーゼスは舞い戻ってきた。

 “メテオメイル”と呼ばれる、全長約四十メートル前後の戦闘兵器群を伴って。

 それは同時に、世界を破滅に向かって加速させる惨劇の第二幕でもあった。

 オーゼスは、メテオメイルを用い、何ら一切の宣戦布告を行うことなく世界各地の都市に対して攻撃を開始。

 外部からのコンタクトには一切応じることなく行われる虐殺、その犠牲者数は、既に五千万人を超えていた。

 無論、メテオメイルの侵攻を食い止めるべく、地球統一連合軍もまた総力を挙げて、日夜応戦を続けている。

 しかし、結果はいずれも惨敗。

 スタンドアローンの兵器としては到底有り得ない膨大なエネルギーを用いた殲滅力、そして、強固なバリアが全身の装甲を皮膜として保護する絶大な防御力――――動力源にHPCメテオを組み込んでいることは、ほぼ間違いないとされた。

 核ミサイルですら足止めにしかならない鋼鉄の魔物は、たった一機でも、自身を迎え撃つ全ての戦力を一蹴できるのだ。

 既に、南半球を主とした世界の半分はオーゼスの管理下にある。

 このままオーゼスの侵攻が続けば、残された人類はメテオメイルの餌食となるか、生産活動が滞って自滅していくかの二択を迫られることになる。

 失った土地の割に犠牲者数が少ないのは、即ち北半球に多数の人間が避難しているからであって、資源は今でも急速に枯渇の一途を辿っているのだ。

 物量によって首の皮一枚のところで維持している赤道付近の防衛ラインが崩れれば、あとは一気に畳みかけられ、二度と反撃の機会を得ることなく、人類は滅亡するだろう。

 それだけは、絶対に避けねばならない事態であった。


 そんな窮地を打開し、オーゼスのメテオメイルを葬り去るために呼ばれたのが、瞬なのである。


「しかし、まあ、なんだ。世界を救うなんて大仕事に関わる一人が、男子中学生ってよ……これが一番フィクションじみてるよな」

「勿論、軍属でないどころか義務教育すら終えていない若者を前線に送り出すことへの抵抗感と罪悪感はある。だが、メテオメイルを操縦することの出来る、適性のある人間が他にいない以上は仕方がない」

「わかってるさ。それに、結構乗り気なんだぜオレは。メテオメイルでメテオメイルに対抗、そしてオレはそのパイロット。責任重大な役割だけど、悪い話じゃない」


 瞬は瞳を爛々と輝かせながら、そう答えた。

 メテオメイルが出現するようになってから程なくして、連合政府は有能な技術者を各地から掻き集め、模造メテオメイルの開発に着手させていた。

 オーゼスはかねてより巨大ロボットの開発に必要な研究を行っていたと推測され、更に四年の歳月をかけている。

 それより短い期間で、同等の戦闘能力を持つ機体を建造するのは不可能に近いといわれていた。

 それでも、追い詰められたことによる必死の努力が実を結び、“三機”とも、約一年の開発期間で完成度六十パーセントまで漕ぎ着けていた。

 過去の交戦記録と、僅かだけ回収できた敵機の残骸も、開発が進んだ大きな要因である。

 むしろ問題は、パイロットの確保にあった。

 長期に渡る調査の結果、オーゼス製メテオメイルには、HPCメテオで増幅させるための元となるエネルギー――――要するに、通常のエンジンやエネルギータンクの類が内蔵されていないという事実が判明した。

 同時に、HPCメテオの変換効率が最も高いエネルギーが、人間の精神波であるということも。

 思念や感情が生み出す、近年その存在が立証されたばかりのエネルギー。

 それを利用しているからこそ、オーゼス製メテオメイルは余計な大荷物を背負わずに戦えていたのだ。

 しかし、精神波は誰しもが生み出すことが可能なエネルギーであったが、HPCメテオが反応するレベルで体外に放出可能な人間は極めて稀少であった。

 精神波の強弱ではなく、放出する才能の有無の問題である。

 この才能を有した人間を探し出すべく、連合政府は二ヶ月前より世界中で順次検査を行い、他を大きく引き離す結果を見せた上位三人を、連合製メテオメイルのパイロットとすることを決定した。

 瞬は、その内の一人というわけである。

 親族からは当然のように反対の声も多く上がったが、瞬は嬉々として連合政府からの誘いに乗った。

 状況が状況である、というのは理由の半分。

 もう半分は、このまま平凡な一市民として生涯を終える気がなかったからだ。

 戦いの中で命を落とすリスク以上の、どうしても名を上げなければいけない事情が、瞬にはあるのだ。


 そして、ようやくエレベーターは目的地である最下層付近へと辿り着く。

 扉の先に待っていたのは、天井までの高さが五十メートル近くもある、広大な空間であった。


「おぉ……!」


 入るなり、瞬は思わず感嘆の声を上げる。

 数十人以上のメカニックが騒がしく行き交い、無数の作業機械音が反響する空間の最奥、横並びになった整備ハンガーの中で直立するのは、いずれも全長三十メートル超の、三体の機械巨人。

 それこそがまさに、現在開発中の連合製メテオメイルである。

 機密の塊であるため、実際に姿を見るのは、この秘密工廠に呼ばれた今日が初めてである。


「お前が搭乗することになるのは、我々から見て左端の機体、『AEX-01 セイファート』だ。三機の中では最初に建造が開始された機体だ」

「あれか! おいおいおい、思ってたより全然格好いいじゃんか……!」


 男が指し示した機体は、全身各所から鋭い黄金のパーツが突きだした、極めてヒロイックな形状をしていた。

 所詮は連合政府直轄の連合軍技術部が開発した、無骨で工業的なデザインの機体かと思っていただけに、喜びも一入である。

 瞬は興奮を抑えきれず、他の二機に目もくれず、駆け足でセイファートの足下まで向かった。

 同時に、作業服姿のメカニック達が、みな、興味深げに瞬の方を見遣る。

 この施設に子供が迷い込むことは有り得ない。

 となれば、今日ここを訪れることになっているセイファートのパイロットであることは自明の理。

 後ろから付いてくる男の姿を見れば、それは尚更のことだった。

 幾人かが話しかけようとしてくるが、作業に戻れといった目線で、男が彼等を追い払う。

 やや気恥ずかしさを感じながらも、瞬はセイファートの頭頂から爪先まで幾度も眺め回した。

 セイファートの装甲を構成するメインカラーは黒と白。

 頭部や胸板、両腕側面、腰など、鎧のように保護された部位は黒、肉体に該当する部位が白となっている。

 猛禽の如く尖った双眸に、まだ光は宿っていないものの、射竦められると同時に吸い込まれるような神秘性があった。

 まだ装甲が取り付けられておらず、内部フレームが剥き出しになっている箇所も多く見受けられるが、その圧倒的な存在感が損なわれることはない。

 瞬はしばらくセイファートの姿に見惚れた後、率直な感想を漏らす。


「大昔の、侍とか剣客みたいな機体だな」


 額から伸びる黄金の五本角、後頭部からは髷のようなブレード状のパーツが伸び、装甲もどこか鎧武者の甲冑や剣豪の装束が組合わさったようなデザインである。


「マシンデザイナーの趣味という奴だ。ただし、一見して無駄と思えるパーツにも全てなんらかの機能が備わっている。もっとも、そうでなければ設計データに許可は降りないがな。……とりあえずは、気に入ってもらえたようで何よりだ」

「そのデザイナーの人、わかってるな。やっぱ巨大ロボットは見た目の派手さが大事だって。言いたくはないが、オーゼスのメテオメイル、見てくれだけはかなり好みだからな。対抗するんならこれぐらいじゃなきゃあ。……それで、完成はいつだって?」

「最終的な完成の時期は不明だ。だが、数ヶ月以内に、実戦投入可能な状態にまでは仕上げるつもりでいる。現在の主戦場であるアジアや北米南部が制圧されれば、もう同等の軍事拠点は数えるほどしか残らない。そうなってしまうと、このメテオメイルがどう活躍しようとも敗北は必至だからな」

「だよな……」


 このまま押し込まれれば、故郷の日本も、早々にオーゼスの手に渡ることになる。

 瞬の実家そのものは山奥の片田舎にあって、直接の被害に遭う可能性は低いが、国家が機能しなくなっては意味がない。

 セイファートを前にして気分が高揚していた瞬だが、多少は、気を引き締める。

 この先世界がどうなるかが、その重責の三分の一が、自分の手に委ねられているのだ。


「……なあ、オレの“お仲間”は?」

「二人とも、明日の便でここへ来ることになっている。彼等が加われば、この地球統一連合軍メテオメイル部隊『VaLCKXヴァルクス』はようやく本格的な活動を開始する事ができる。今後の活動方針についての説明も、その時に行う」


 連合政府の回収したHPCメテオは一つ。

 しかし、連合製メテオメイルは合計で三機が建造されている。

 これらの事実は、けして矛盾するものではない。

 あらゆる局面、用途に対応できる万能型メテオメイルの開発は、現段階の技術力では夢物語に過ぎない。

 その前提条件があった上で、高い完成度を誇るオーゼス製メテオメイルを撃破しようとするのなら、選択肢は一つ。

 汎用性は最初から切り捨て、ある一方面に特化した機体を複数用意することで、相性によってそれぞれに打ち勝つしかない。

 また、ある機体が戦闘続行不能となった場合、他の機体が早急に出撃できる環境になければ、対抗戦力としての牽制効果は薄い。

 結果、HPCメテオを核とした動力源は、容易に他の機体へ移し替えられるようにユニット化されているのだった。

 故に、いざ実戦投入が開始されても、機体の整備上の問題からも、同じ機体が連戦し続けるということは無いはずだった。

 活躍の機会が綺麗に三等分とまではいかないまでも、同じ役目を与えられた人間が他にもいるというのは、瞬にとっては心の支えである。

 まず間違いなくパイロットの中では最年少であるという確信もあるため、年長者を頼る気分もあって、余計にだ。


「今日は、この辺にしておこう。明日以降に備えて、今の内にしっかりと休息を取ってくれ」


 そう言って、男が再びエレベーターの呼び出しボタンに手を掛けた、ちょうどその時だった。

 男のコートの中で、アラートめいた電子音が数度、特定のリズムで鳴る。

 男はすぐさま、音の発信源である携帯端末を取り出して、通話を始めた。

 これまで冷淡さを保っていた表情に、次第に逼迫の歪みが表れていくのを瞬は見逃さない。


「何ですって……!?」

「……どうしたんだよ?」

「では、我々は……。ええ、はい……了解しました」


 伝わってくるのは、憤怒と焦燥の入り混じった激しい無力感。

 それから数十秒が経過し、幾度かの短い返事を出した後、男は明確な渋面を浮かべ――――そして瞬だけではなく、工廠にいる全員へと向けて、言い放つ。


「……オーゼスのメテオメイルが、日本近海に出現したとの報告があった」

「あ……?」 

「確認された位置は、日本本土から南東に五百キロメートルほど離れた太平洋側。現在は北西に高速で移動中とのことだ。既に哨戒中の戦闘機が何機か墜とされている。まず間違いなく、本土にも攻撃は仕掛けてくるだろう」

「なんでだよ、もろに防衛ラインの内側じゃねーか!」


 瞬は息を呑み、それから慌てて男に詰め寄った。

 フィリピンから、ハワイを経由してパナマまで――――赤道付近には、実に一万六千キロにも渡る強固な防衛ラインが敷かれている。

 大規模な艦隊の展開や航空戦力の配備は勿論のこと、固定砲台の設置も十分な数が接地されており、メテオメイルですらも長時間の足止めが可能な戦力だ。

 ここ数日は戦闘も鎮静化しており、そのラインが突破されたという話は聞かない。

 しかも、オーゼスの本拠地は南極近辺と推測されている。

 敵機が突然北部海域に出現するという事態は、本来なら、まず有り得ないのだ。

 もっともそれは、現時点で判明しているオーゼス製メテオメイルの特性や機動力を考慮した場合の話でしかない。


「監視衛星から送られてきた情報によると、出現したメテオメイルはこれまでに確認されていない型であるとの事だ。随分と空戦能力、そしてステルス性に長けているようだ」


 現在、連合のデータベースに記録されているオーゼス製メテオメイルは合計六機。

 対して、保有するHPCメテオは九つ。

 未知の機体が控えていても何ら不思議ではなく、対策を練る時間すら与えない一撃必殺じみた奇襲など、やろうと思えば何度でも行えるのだ。


「……どうするんだよ、南の方ですらとんでもない物量で必死扱いてラインを維持してるんだぜ? 日本だって、いくらか戦力はあるだろうが、量が揃ってるわけじゃねえ」

「言うまでもなく、迎撃は行われるだろう」

「だから、それでどうにかなるのかって話だよ!」

「その機体の戦闘能力次第だが、他の六機に大きく劣るものでないとすれば、おそらくは……」


 口に出したくもないという風に、男はそこで言葉を切る。

 防衛拠点の一つであると同時に、南部戦線への補給においても大きな役割を持つ日本。

 そこが壊滅するとなれば兵站も滞り、戦局の更なる悪化は避けられない。

 防衛体制が僅かでも崩れれば“終わる”状況下で、この脇腹を突かれるような一手はあまりにも悪辣であるといえた。

 兎にも角にも、対抗手段が存在しない。

 不十分な戦力では、ただ蹴散らされるのみ。

 まともな戦いにさえ発展しないという絶対的不利。

 屈辱ではあるが、どうしようもないものはどうしようもない。

 まだ、今は黙して待て――――男は目を閉じ、言外にそう告げている。

 だが本当にそれでいいのか、何か打つ手はないのかと、瞬は焦燥感に囚われる。

 その時、瞬の目に映ったのは、眼前の巨人、セイファート。

 この機体は、まさしくこの状況を打開する為に用意されたものである筈なのだ。


「……なあ、今からこいつで出撃して、そのメテオメイルを止めるってのは、どうだ」


 瞬がそう尋ね、工廠の内部は騒然となる。

 あまりにも無謀な提案だからだ。

 何故無謀なのかを、男が冷淡に答える。


「完成度は六割だと言った筈だ。主要武装は大半が使用可能だが、見ての通り装甲の装着が不十分、細かな調整作業も完了していない」

「じゃあ、他の二体は?」

「それこそ不可能だ。二号機“バウショック”は脚部が未完成。三号機“オルトクラウド”は内蔵武装も未完成だ」

「……セイファートは五体満足で、武装もあるんだよな? 戦えるかどうかの話なら、一番現実味はあるってことだよな?」

「お前が満足に動かせるかどうかという、最大の不安要素に目を瞑ればな」


 逸る瞬を制止するように、男は答える。

 全くの正論だった。

 本日付でヴァルクスの一員となった瞬には、メテオメイルの操縦に関する予備知識は一切ない。

 これからの数ヶ月で、操縦技能を身に付ける予定だったのだ。

 今乗ったところで、まともに操縦できるとは、瞬自身、思っていない。

 しかし、まともな操縦にならなくとも、この窮地を脱する為に少しは役に立ちたいという気持ちは強い。


「操縦マニュアルみたいなもんは、あるんだろ。出撃とは言っても、ここから日本に到着するまで、そこそこ時間はある。その間に、手足ぐらいは動かせるようにしてやるよ。それでも足りなきゃ通信でサポートしてくれ。これでも結構飲み込みは早いほうなんだ、だから……!」

「そもそもセイファートは、まだ書類の上では“軍事兵器”ではなく”開発途中の機械の塊”だ。発進させていいわけがない。そんなことをすれば重大な軍規違反になる。それに、破損のリスクも……」

「日本の基地が根こそぎやられた後には、もう違反だのリスクだのって話ですらなくなるだろ……それでいいのかよ、あんたは! いや、あんた達は!」

「……よくはない。このまま侵攻を許せばどうなるかなど、その危機感は、お前以上にある。」

「だったら、腹を括るしかねえんじゃねえのか。なにもしなけりゃ近い内に人類は全滅だ、首を切られてでも、なにかやった方が悔いは残らねえだろ!」

「子供が……言ってくれる」


 男は苦々しい口調で言い放つ。

 実際、その通りなのだろう。

 瞬は、セイファートを出撃させることが重大な責任問題を孕む、ということは理解していても、具体的にどのようなペナルティが下るのかは知る由もない。

 まさに社会を知らない子供だからこその発言だ。

 だが――――その行動力こそ、追い込まれた人類にとって最も必要であることを、男は知っている。

 だからこそ、セイファートを始めとした三機のメテオメイルはここまで開発が進んだのだ。

 悩みに悩んだ末、まずはチーフメカニックを務める、体格のいい大男に尋ねた。


「……構わないか? 一年近く心血を注いできた機体の初出撃が、このような形で」

「そりゃあ、馬鹿げた提案だとは思いますよ。だけど、その坊主のいう通り、馬鹿げた真似でもしなけりゃお先真っ暗っていうところにまで来てる。進んで処罰を受けたいとまでは言いませんが、だったら無茶でもなんでも出すしかないでしょうよ」

「そうだな……」

「俺達はこのメテオメイルを、オーゼスと戦わせる為に作ってきた。戦いもせずに終わるよりは、出して終わりたい。それは、ここにいる全員が同じ気持ちですぜ。これまで散々無茶なスケジュールを間に合わせてきて、作業能率は鍛えられてます。欠損部位の応急処置ぐらいは、すぐにやってみせますが」

「……というわけだ、風岩瞬」


 チーフの後方で皆が一様に頷くのを確認した男は、瞬に向き直る。

 どうやら、途方もない愚を犯す決意が固まったようだった。


「やれるな……? そう断言するのなら、セイファートを出してもいい。政府、軍、ヴァルクスの全スタッフ……あらゆる方面に全力で働きかけ、出来るだけ穏便に事が済むよう努力もする。結果は保証できかねるがな」

「具体的には、どのあたりの成果だ? あんたの“やれる”に相当するのは」


 全員の、覚悟の籠もった返事と強い眼差しに、瞬は余裕のない笑みで応じる。

 瞬とて、自分にこれからどれほどの無理難題が襲いかかるのか、そのプレッシャーはある。

 そういう流れを作ってしまった自分が何をしでかしたのかという動揺もだ。

 その恐怖を更に上から押し潰すには、もはや笑うしかないのだ。


「敵メテオメイルの撃墜、或いは撃退。そこまでやってみせれば、釣りは来る。連合製メテオメイルの有用性が認められ、今後ヴァルクスも動きやすくなる可能性が出てくるだろう。……では、もう一度問おう、やれるな? お前から言い出したことだ、一蓮托生は覚悟して貰う」

「やってやるさ……! もしこれであんたが言ったとおりの成果が出たら、大英雄になるな、オレは。みんなで一発かましてやろうじゃねえか、そろそろ、あのオーゼスに」


 これまで、連合軍がメテオメイルを撤退までに追い込んだ事例は、僅か数件。

 十数時間にも及ぶ超長期の連続爆撃によって駆動系にどうにかダメージを蓄積させ、継戦を不可能にしたとは記録にはあるが、実際の所はパイロットの体力面で限界が来ていることも大いに関係しているのだろう。

 少なくとも、“同等の力”による深刻な損傷を想起させ、追い払ったことは一度もない。

 もし、それができるのならば、間違いなく前代未聞の快挙となる。

 瞬の返答と同時に、工廠の内部が沸く。

 けして分の良い賭けではない。

 むしろ危険を掻き集めて煮詰めたような最悪の船出だ。

 それでも、この大渦に飛び込まねばならない。

 今しか、流れを変える機会はないのだから。


「もう、今の状態で出られるんだよな?」

「待て。幾ら何でも、元々装甲の薄いセイファートを、パーツの欠損させた状態で出すのは余りにも無謀だ。せめてコーティング・バンテージで防御性能を高めたい」

「なんだ、そりゃ」

「耐弾、耐熱性に優れた軟質素材で作られた、本来は応急処置用の包帯状装備だ。これをフレームが剥き出しになった部分に巻く。これくらいはやらなければ、狙い撃ちにされて即時撃墜は必至。オーゼスの擁するメテオメイル操縦者は、正体こそ不明だが、ここまでの戦いを見る限り腕利き揃いのようだからな」

「それで、どのくらいかかるんだ……巻き終えるのに」

「二十分くれ、それで確実に終わらせる」

「それから、敵の近辺に降下するための軌道計算ほか、発進準備に十分。合わせて三十分以内に出られるようにする。私はその間、上に掛け合ってどうにか許可を貰う。そしてお前は……出来うる限り、頭に操縦マニュアルを叩き込め。ヴァルクスの戦闘規則もな」


 言って、男はホログラム投影型の記録端末を瞬に渡す。

 小さな筒状の装置だが、側面から画面が投影され、旧時代のタッチパネルと同様の操作を受付けるようになっている。


「ギガバイト単位で情報が詰まっているが、我々は組織の存続さえも危険にするほどの要求を飲んだのだ、後者は特に、強引にでも頭にねじ込むんだな」

「了解……! まあ期待しててくれよ、ケルケイム司令。なんとか、やってみるさ……」


 瞬は無意識の内に額から流れ出た緊張の汗を拭いながら、男の名を呼んだ。

 ケルケイム・クシナダ――――彼こそがまさに、このヴァルクスの司令官にして最高責任者。

 あくまでも現代兵器による物量でオーゼスに対抗しようとしていた連合政府に対し、連合製メテオメイルの必要性を説いた男である。



 それから、三十分後。

 まず、セイファートの出撃許可に関しては、ヴァルクスを任されたケルケイムの嘆願もあって、無事に通った。

 事態を重く見た連合政府の高官の一部が、泡を食って藁にも縋る思いでその意見を後押ししたことも大きい。

 結局、正式な手続きこそ省略されたものの、事後処理を請け負うという連邦政府の言質も取ったことで、その面に関してだけは何の憂いもなく出撃できることになった。

 また、スタッフ総出の努力の甲斐あって、ケルケイムの宣言通り、コーティング・バンテージによるセイファートの応急処置は無事に完了。

 現在、セイファートは施設下面から伸びる、物資輸送用リニアカタパルトの最奥まで運ばれていた。

 脚部はリフトに固定されているものの、二腕は無重力の影響下で、宙を僅かに揺れ動く。


 瞬が訪れた“ここ”は、そう――――地球上の何処でもない。

 地上より約三万六千キロメートル離れた静止軌道上に存在する、長い筒状の宇宙ステーション“テヒラー”。

 当面の宇宙開発が断念されたこの時代においては、稼動を続けている宇宙ステーションはテヒラーただ一つしかない。

 この、オーゼスという脅威から最も遠ざかった空間において、連合製メテオメイルの建造は行われていたのだ。


「こっから一気にダイブかよ……ははっ、やべえな」


 視界の先、宇宙の暗闇の中心に浮かぶ地球のほぼ全景を見て、瞬の体は今更ながらに震え出す。

 他人の操縦する、安全な大気圏離脱の約束されたシャトルで上がってくる時とは比較にならない恐怖である。

 瞬の体は今、パイロットスーツを着用して、セイファートのコックピット内部にあった。

 球体状のコックピットブロックは、内壁の前半分が丸ごと、外部の光景を映し出すモニターと化している。

 その解像度は極めて高く、宇宙空間に投げ出されたと錯覚してしまうほど。

 シートに体を預け、操縦桿を握っているからこそ、どうにか落ち着いていられるのだ。

 精神波を抽出されると説明されていたため、てっきり何かケーブル類がスーツの各所から伸びてコックピットに接続されるものと考えていた瞬だが、実際には数カ所に設置された装置が自動的に精神波を取り込み、胴体と背部の境にあるHPCメテオへと送り届ける、随分とシンプライズされた構造になっていた。


「いや、ビビってる場合じゃねえな……」


 瞬は我を取り戻し、端末を操作しながら次々と画面をスクロールしていく。

 膨大な情報量の中から要点をまとめ上げ、感覚的に理解することに長けている自信のある瞬だが、そもそも単語の段階で意味が不明であるものも多く、 果たして一ページ目の十パーセントすら脳に入っているかどうかは怪しい。

 最低限覚えることができたのは、今握っているメイン操縦桿の先端にある無数のスイッチの配置と簡単な役割、そして主な武装と機体の特性程度のものだ。

 それもあくまで文字で覚えただけで、機能そのものを理解したわけではない。

 しかも、もう落ち着いてマニュアルを眺めていられる時間はない。

 瞬はセイファートが地表に到達するまでに、なんとなく数十分ほどを想定していたが、カタパルトの電磁加速による射出を以てすれば、実際は五分以内に収まるらしい。

 大気圏を抜けるまでには、約三分。

 そこから先は、いつでも攻撃が来てもおかしくはない。

 HPCメテオのエネルギーを利用したレーザー射撃は、従来の砲撃の数十倍もの射程を誇るのだ。


『どうだ、準備の方は』

「逆にもう、いつでもいいぜ。どうせ完了なんて言える程、万端になることはないんだからよ……!」

『降下地点だが、陸地の被害を抑えるため、敵の予測進路上手前の海域とする。あとはオペレーターに別途サポートを任せる。大気圏を抜けた後に微調整を行ってくれ』

「わかった。とにかくそっちの指示に従えば、完全にすれ違いってのは避けられるんだろ」

『では、射出準備に入らせる。二分後で構わないか?』

「ああ……」


 モニターの左側に通信用のウィンドウが開き、ケルケイムの声が聞こえてくる。

 何処かにスピーカーが埋め込まれているのだろうが、そんなことを考える余裕は余裕は今の瞬にはない。

 数時間を掛けて辿り着いたテヒラーから、僅か数分で地球へ。

 結局、地球を離れたのは五時間ほどという、随分と短い旅であった。

 ヴァルクスの人間となった初日でセイファートに乗っていることといい、ほとほと現実味がない。


「これからは、毎日か」

『どうした?』

「いや、なんでもねえ。……じゃあ、セイファートを起動させるぜ」


 瞬は、右操縦桿の隣にならんだコンソールパネルの端にある保護カバーを開け、その内側で赤々と灯るスイッチをゆっくりと押し込んだ。

 瞬にとって、このスイッチは、単に機体を稼働状態にするだけのものではない。

 自分という存在が、ただの一市民から、武器を手に取り戦う者へと変質を遂げるスイッチ。

 それは同時に、法の下に敵の破壊を遂行する兵士となるスイッチでもあり、自分の命をわざわざ最も死に近い場所に投げ込むスイッチでもある。

 いつの日か、戦いから開放される遠い未来までは、不可逆の道。

 喉がかつてないほどに渇き、背筋に不快な汗を感じる。

 だが、不思議な感覚が瞬の心に僅かな安堵をもたらす。

 それは、セイファートが放つ、鋼鉄の心音。

 物理的に接続されていないにも関わらず、出力が通常戦闘レベルのラインに向けて上昇していくに従って、各部の機能が、活性化した細胞のように目覚めていくのが微震を通じてはっきりとわかる。

 極限状態の精神が生んだ重度の錯覚、或いはHPCメテオのまだ知らぬ性質によるものか。

 だが、瞬にとってはどうでもいいことだ。

 追い風になってくれるのならば、今は何でも。


「司令……これは、稼動に成功してるってことでいいんだよな。コンソールのランプ、全部緑に光ってるけどよ」

『ああ、そうだ。こちらでも一切エラーは確認されない。これがお前の適性……数億人に一人しか持ち得ない、確かな才能だ』

「お褒めの言葉、どうも……」

『お前は子供で、まだ素人だ。この際、無理も無茶も無謀も許そう。だが、死ぬな。常に自分の命に対して執着しろ。それは最優先の命令だ』

「わかってるさ……オレは犠牲の精神ってのが一番嫌いだからな」


 瞬がそう答えると同時に、十メートルおきにリング状のパーツで囲まれた、加速用の長大なガイドレールに通電が開始される。

 機体越しに聞こえる、金属に不可視の圧力がかかる音に、これから自分が音速以上の初速で射出される光景を想像し、瞬は生唾を飲み込んだ。

 セイファートのモニターでも、カウントダウンが始まる。

 二十から、順に減っていく数字を眺めながら、瞬は呼吸を整える。

 ここから先は、息つく暇もない戦場。

 既に何千万もの人間を屠ってきた魔物の待つ世界。


「大いに役に立ってもらうぜ……セイファート! ようやく、始まりだ。オレが、オレとして生きるための……! 」


 瞬の叫びに呼応するように、セイファートの双眸は激しい緑光を放つ。

 その刹那、カウントダウンはゼロを示し、鋼の巨体は白の隕石となって地球へと堕ちていった。


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