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第25話 煩躁(後編)

 十輪寺勝矢の駆るメテオメイル“ディフューズネビュラ”が、本人曰く“ゴッドネビュラ”なる形態へと姿を変える過程を細密に説明するならば、こうなる――――

 まずは、台座型の航空機――――これまた本人曰くエイ型メカ“アーマードレイ”が、左右に分割。

 その後、内側から膨らむようにスライド展開することで筒状の構造体を形成する。

 そこにディフューズネビュラの両脚部が脛の中間まで差し込まれ、一気に全長は十メートルほども延長される。

 尾を構成していた鞘状のパーツはディフューズネビュラ自身が左腰へと装着する。

 次に、胴体に対し過剰なサイズの翼と大型ブースターを持つ航空機――――またも本人曰くタカ型メカ“アーマードイーグル”が、ディフューズネビュラに上から覆い被さる。

 折れ曲がった機首と左右から回り込んできた装甲版が正面にて接続され、胸部装甲となる。

 そして、機首にドリルが設けられた航空機――――本人が主張するところのモグラ型メカ“アーマードモール”が左右に分割。

 それぞれが巨大な腕へと変形し、アーマードイーグルの両側面に接続される。

 余剰のドリルは新たな腕が両腰へと装着する。


「ふっふっふっふ……!」

「これは……!?」


 両腕から生えた、航空機形態時の翼をそのまま利用した黒い刃が、セイファートのジェミニソードを難なく受け止める。

 そして今、十輪寺の自信に満ち溢れたみと共に、最後の変形プロセスが完了していく。

 アーマードイーグルの垂直尾翼がせり上がり、無数のアンテナが伸びた新たな頭部が露出する。

 双眸はディフューズネビュラのそれよりも鋭さを増し、口元のガードも兵器らしい排気口じみた造形である。


「はっはっはっはっは……!」


 四十二メートル、五百二十九トン。

 全長も重量のディフューズネビュラの実に倍。

 セイファートよりも一回り巨大になった、その重装甲メテオメイルこそ、十輪寺が真に求めていた究極の姿“ゴッドネビュラ”。

 建造に関わった全てのスタッフに感謝の念を送りながら、十輪寺は恍惚とした表情で操縦桿を押し込む。


「レッドバーニングフォーメーションは実戦において無事に成功、見事成功、美しく成功……! もう二度と涙は見せないと心の師匠に誓ったはずなのに、感激の余り視界が霞んでいくぜ……!」


 ゴッドネビュラは腕を振り払い、セイファートを軽々と弾き飛ばす。

 伊達や酔狂の範疇には収まらない、実用性も兼ねた圧倒的な膂力だった。

 底なしの幸福を燃料として湯水の如く湧き出る精神力を実感しながら、十輪寺は相対するセンスの欠片もない少年に対し、己の力を見せつけるべく、吠える。


「さあ目覚めろ、そして見せつけろ、お前の圧倒的パワーを……! 脅威の四体合体、ゴッドネビュラのパワーを!」


 無意味に拳を突き出し、ポーズを取るゴッドネビュラ。

 そのコックピットの中で、十輪寺はやはりこの機体こそが至高のメテオメイルであると歓喜に打ち震えた。



「わざわざ合体だと……!」


 目の前で起きた異常な事態を前に、攻撃することも忘れて瞬は呆然と呟く。

 戦闘中に態々隙を晒して、人型から人型に姿を変えることに何のメリットも感じられない。

 ディフューズネビュラであることでの有用性があるなら別だが、特徴といえば役に立つかどうかもわからない四輪駆動車への変形だけだ。

 合体を許してしまった立場だが、最初から合体して出撃していれば安全だったのではと瞬は内心で指摘する。


「ロボットの合体は男のロマンだ! そのせいで大幅に完成が遅れてしまったが、しかしどうだ、羨ましいだろう、この造形美、この重厚感! 俺はお前をこれから倒してしまうわけだが、じっくり撮影したいというのならその時間は与えてやってもいいぞ!」

「いるかよ! 何が美だ、ゴテゴテしてるだけじゃねえか、芸術性の欠片もねえ」


 色調も統一されていなければ、複雑にパーツが絡み合って体型もバランスが悪い。

 セイファートも、ややデザインが派手すぎる気がしないでもないが、少なくとも機能性だけは可能な限り高められている。


「昨今の無駄に洗練された小綺麗なロボットしか見ていない悲しき若者の意見だな。変形、合体、必殺技の三大原則を知らぬ事の愚かしさよ……」

「いつの原則だよ……」

「正直に言って、こいつも見てくれではセイファートに敵わない。だが、三大原則を盛り込んだ事による総合的な格好良さはこちらが上であると断言しておこう」

「外見なんて関係ねえ、勝った方が格好いいんだよ!」


 瞬はウインドスラッシャーを投擲し、背後からの攻撃を試みる。

 ゴッドネビュラになったことで、機動性は向上しているどころか、むしろ大幅に下がったとみていい。

 装甲が厚くなっても動きが緩慢になってくれるのであれば、そちらの方がセイファートとしては戦いやすく、願ったり叶ったりの展開であるといえる。

 だが、投擲とほぼ同じタイミングでゴッドネビュラの両腕、両足、両肩から合計六門のレーザー砲、更に背面からミサイルポッドが現われ、一斉に火を噴いた。

 濃密なレーザーの雨が、次々とウインドスラッシャーに命中する。

 ウインドスラッシャーは、ジェミニソード同様の耐レーザー加工が施されているためなんとか破壊だけは免れたようだった。

 しかし、完全にコントロール不能となって海面に落下してしまう。


「ハイパーネビュラバスター&ハイパーネビュラミサイルの弾幕をみたか! このゴッドネビュラに飛び道具は通用しない!」

「ちっ……!」

「しかし効かなかったとはいえ、そのブーメランは欲しい。後で回収して持ち帰らせて貰おう! そしてゴッドネビュラに装備する!」

「やるかよ!」


 背部の大型ブースターを噴かせながらゆっくりと上昇するゴッドネビュラ。

 その全身から未だ放たれる火砲を掻い潜りながら、短刀を鞘に収め長刀を両手で握り込んだセイファートは、円の軌道で回り込む。

 両腕のブレードによる反撃も待ち受けているため正面からの攻撃は不利。

 最優先で狙うはやはり背後。

 その場に留まらず、加速で横切りながら斬撃を浴びせ、着実にダメージを蓄積させていくのが望ましい。

 だが、技を繰り出そうと精神を集中したその時――――


「フラクトウスから離れたことだし、そろそろ本気で戦うとしよう! それではミュージック、スタート!」

「!?!?」


 突如としてコックピット内に飛び込んで来た大音量のBGMに、脳内で構築していたイメージの全てが霧散する。

 アップテンポでドラムとトランペットがけたたましく鳴り響く、聞き覚えのない耳障りな音楽。

 だが、イントロダクション部位はあくまで楽器が騒がしいだけで、まだ救われていたかもしれない。

 その十数秒後に混じり始めたボーカルの音声は、他ならぬ十輪寺のものだったのだから。

 最初は、この場で急に十輪寺が歌い出したのかと思ったが、違っていた。

 歌声と並行して、十輪寺がイントロ部分の鼻歌を口ずさんでいる――――つまりこの歌は、あらかじめレコーディングされたものなのだ。

 そうすることの理由や意味は、知る由もない。

 第一、知りたくもない。

 こぶしは効いているものの、特に上手いということもなく、ただただ不快極まる音の波が瞬を襲う。


「さあ心して聴くがいい、この日のためにずっと温めておいた挿入歌を! これを聴き終えたとき、否が応にもお前の心は熱血色に染まるだろう!」

「ふざけんな、このクソみてえな歌を早く止めろ……!」

「ちなみに曲名は『熱血激闘、ゴッドネビュラ!』だ! さあ聴け、とくと聴け!」



~熱血激闘、ゴッドネビュラ!~


作詞/作曲: 十輪寺勝矢

歌:十輪寺勝矢&オーゼス少年合唱団(※合成音声)


 俺が正義で お前が悪さ (バンバラババン バンバラババン)

 俺が悪なら お前はもっと悪さ (バンバラババン バンバラババン)

 ロボに乗れればそれでいい 操縦できればそれでいい

 今 地球が泣いている 誰のせいとは言わないが

 見せろ脅威の八つ当たり精神 最強マシンで蹂躙開始

 

※巨大なドリルが大地を砕く (ダンダダン) 

 巨大なソードが空を斬り裂く (ダンダダン)

 命尽きるまでダッシュ ダッシュ ダッシュ 連合軍をやっつけろ

 燃え尽きるまでダッシュ ダッシュ ダッシュ 連合軍をやっつけろ


 俺が無敵で お前は雑魚さ (バンバラババン バンバラババン)

 俺が雑魚なら お前はもっと雑魚さ (バンバラババン バンバラババン)

 かっこいいならそれでいい 操縦できればそれでいい

 今 みんなが泣いている 誰のせいとは言わないが

 燃えろ脅威の逆恨み精神 最強マシンで蹂躙開始

 

 巨大なビームが敵を焼く (ダンダダン)

 巨大なソードが敵を斬り裂く (ダンダダン)

 体力尽きるまでダッシュ ダッシュ ダッシュ 誰彼構わずやっつけろ

 夢が尽きるまでダッシュ ダッシュ ダッシュ 誰彼構わずやっつけろ


※ 繰り返し


※ 繰り返し



「いや、通信をオフにした方が早えな!」


 サビに入る前に最適解に辿り着き、すぐさまゴッドネビュラからの通信をシャットアウトする瞬。

 だが、それで止まるかと思っていたふざけた歌が、数秒後、再びセイファートのコックピット内に流れ始める。

 それまでに聞いた事のないメロディや歌詞へ移行しているため、幻聴の類ではない。


「ああ、何でだ!? なんで聞こえてくるんだ!」


 困惑する瞬だが、程なくしてその原因は判明する。

 十輪寺は機体の外部スピーカー機能を用いて、この悪辣な歌を周囲に垂れ流し始めたのだ。

 さすがに戦闘への支障が出るため、外部音声を遮断することは実質的に不可能。

 本来聞こえるはずの音まで聞き逃せば操縦の感覚が狂ってしまう。

 少しでも動作の精度を上げるべく、瞬はセイファートをハワイ島の沿岸部へと戻す。

 この大音量で精神を掻き乱された状態では、飛行と攻撃の並行イメージには無理があった。

 そして結局、十輪寺に何かを言い返したいが為だけに、通信回線を復旧させた。


「こんな馬鹿みたいなやり方で……!」

「さあどうだ、魂が燃えてくるような感じがしてきただろう!」

「ああ、何だか体がカッカしてきたぜ……あんたへの怒りでな!」

「ならばもっと熱くしてやろう! 受けるがいい、男のロマン武器の代名詞! ハイパーネビュラドリル!」

「またロマンか!」

「そうとも、このゴッドネビュラにはロマンしか詰まっていない!」


 セイファートを追って島に上陸したゴッドネビュラは、腰部から取り外した巨大なドリルを右腕に装着し、突撃してくる。

 高速回転により甲高い音を放ちながら迫る、極太の衝角。

 さすがにストリームウォールでも受けきれる気はしない。

 ならば、先に攻撃を当てるまで――――

 瞬は左右に回避することはせず、セイファートの体勢を低くして前方へと踏み込ませる。

 相手の腕が伸びきった状態は、技を仕掛ける絶好の機会であるという、あらゆる武術に共通するルール。

 それはまさにゴッドネビュラが突き出している右腕にこそ当てはまるからだ。


「九式、“昇滝しょうろう”!」


 ドリルが頭部を掠めると同時に、セイファートは跳躍の力を利用した斬り上げをゴッドネビュラの右腕に叩き込む。

 だが想像上の強度であったためか、ジェミニソードの刀身はゴッドネビュラの腕部装甲の表面を斬り裂くに留まる。


「ちっ!」


 この密着状態では二撃目も放てないと判断し、すぐさま装甲に潜り込んだジェミニソードを引き抜き、その場を離脱しようとするセイファート。

 しかし、その左腕を、ゴッドネビュラの空いた左腕が掴む。


「同じロマン武器でも威力は段違いだな!」

「うるせえんだよ……!」

「そして、今度こそドリルアタック!」


 逃げ場を失ったセイファートの胸部に、ハイパーネビュラドリルが押し当てられる。

 視界がドリルで埋め尽くされる様は、内壁の前半分が丸ごと外界を映し出すモニターと化している連合製メテオメイルではより一層の恐怖としてパイロットの視覚に飛び込んでくる。

 胸部装甲はいとも容易く削りとられていき、あの煩わしい歌さえもが聞こえなくなるほどの轟音がコックピットを満たす。


「離しやがれ、おっさん!」


 ゴッドネビュラの脚部を蹴り飛ばしてどうにか脱出には成功するが、しかし損傷は深刻なレベルに達していた。

 まだ正面モニターには細かなノイズが走る程度で、十全に機能はしている。

 だが、機体を動かすたびに僅かな外気が流れ込んでくるのが感じられる――――それはつまり、複層構造の内部隔壁の、最後の一枚にさえ隙間が生じているということだ。

 ここまで来ると、もはや純粋なダメージどころか戦闘の中で発生した電気や熱の余波でさえ、肉体に襲いかかるということである。

 感覚として察した瞬は冷や汗を流しながら大きく距離を取る。


「操縦はかなり素人臭い適当さだが、中々やりやがる……!」

「注ぐ情熱の違いということだな! お前には、思い切りが足りない! マシンと共に生き、マシンと共に死ぬ覚悟も感じられない! 俺にはある!」

「今日会ったばかりのおっさんが勝手に決めつけてんじゃねえ! 俺にだって全力で戦わなきゃいけない理由がある!」

「嘘は止すんだな少年、どうせパイロットになってから後付け的に思いついた薄っぺらな理由だろう! 気迫でわかる!」

「黙れ!」


 薄っぺらい――――轟からも、連奈からも、そして敵である十輪寺からも、いつも自分に送られる共通のワード。

 どうしようもないほど自分勝手な理由で戦っている者ばかりがいる戦場で、何故自分だけがこうも一段階下の扱いを受けねばならないのか。

 何故自分だけが足りてないという誹りを受けるのか。

 その理不尽さから生まれた歯ぎしりするほどの悔しさに瞬はいつも耐えてきたが、とうとう我慢の限界点を突破し、激昂する。

 機体の損傷を忘れてしまうほどにだ。

 直後、セイファートはジェミニソードの二刀を構えてゴッドネビュラに飛びかかる。

 だが、その最中、怒りで煮えくり返った頭の中で、ふと考えてしまった。

 十輪寺の発した“後付け”という言葉が、具体的に自分のどの辺りに該当するのだろうと。

 果たして、自分はいつから自分なのだろうと。

 轟は元来より闘争を好み、強大な力を振るうために、そして強大な敵と戦うためにバウショックで戦う。

 連奈は元来より刺激を好み、自分にしか踏み込めないほど高次の危険を味わうためにオルトクラウドで戦う。

 オーゼスのパイロット達は、元来持つ己の奇癖を最大規模で実行するためのツールとしてメテオメイルを用いて戦う。

 では、風岩瞬は――――

 元来より実兄に激しい対抗心を燃やし、兄にも真似できないほどの偉業を成すという理想を叶えるためにセイファートで戦う人物だったか――――

 答えは、否である。

 瞬が兄を超える存在になるという夢を抱いたのは、メテオメイルの操縦者たり得る適性があることを告げられた、その後だ。

 セイファートを操り世界を救い、その成果を家族に叩きつけることで自分の価値を認めさせる。

それ自体は否定されるべき点はない。

 問題は、それ以前の時間軸――――ただの一市民であったときに、同じだけの熱量を宿してなどいなかったことだ。

 兄に対して抱く感情は、対抗心と呼べるほどに強靱な意志によって構成されるものでは、断じてなかった。

 諦観、無気力、劣等感。

 思い浮かぶのは、どれもこれもが負念ばかり――――


「オレは……!?」


 瞬の全身に例えようのない恐怖を伴った寒気が奔る。

 あまりにも正しい結論を導き出してしまったからだ。

 昔からずっと風岩瞬じぶんだと思い込んでいた人格は、たった二ヶ月ほど前に誕生したばかりの赤子のような、それこそ皆の言うように薄っぺらいものでしかなかったのだ。

 しかし、今抱いている理想に嘘はない。

 それがいつ生まれたものであろうと、真実には違いないのだ。

 そんな飴細工のように脆い理屈にしがみつきながら、瞬は操縦桿を握る腕に力を込め直す。


「では格の違いを思い知らせてやるとしよう! 男のロマン、剣戟でな!」


 セイファートの接近に対抗して、ゴッドネビュラもまた、左腰の鞘から剣を引き抜く。

 柄の部分に赤い宝玉が埋め込まれた、刃渡りも刀身の厚さもジェミニソードを圧倒的に上回る巨剣だ。

 ジェミニソードのような片刃の刀ではなく、左右対称の形を成す両刃からは、見せかけだけのギミックとは思えない重く鈍い光が漏出している。

 ただの物理的な斬撃以上の威力と値踏みしておかねばならないようだった。


「これこそ、ゴッドネビュラ究極最強の武器! ハイパーネビュラブレード!」

「十八式、“双雷そうらい”!」


 跳躍したセイファートが全力で二振りのジェミニソードを振り下ろし、ゴッドネビュラの肩関節の切断を狙う。

 だが、ゴッドネビュラが横に構えたハイパーネビュラブレードが、その両刃を易々と受け止める。

 それでも瞬は、全身のバーニアスラスターを最大噴射にしてそのまま押し切ろうとする。

 ジェミニソードの切断力は、全く同じ行程で鍛造された現物の日本刀と同等かそれ以上。

 極端な強度差がなければ強引に押し込むことでも斬り裂ける筈だった。

 ゴッドネビュラもまた剣を手にした右腕に力を込め、ガチガチと金属の噛み合う音が二機の間に流れる。

 しかし、先に根を上げたのはジェミニソードの方だった。

 押し合いの最中、徐々に刀身から蒸気が立ち上る。

 ハイパーネビュラブレードの刀身に内蔵された、マイクロ波加熱機構によるものである。

 接触した物体に高周波を伝導させ、物体の高速振動による熱量を発生させることで、狭い範囲とはいえ一気に数千度まで物体の温度を上げることを可能とする。

 その原理までは知らずとも、目の前で起こっている異常事態から危険を察知した瞬は、一度ジェミニソードを引き離す。


「まずい……!」


 未だに蒸気を噴き上げるジェミニソードの刀身に目を凝らすと、刃の一部が融解を起こしているのが瞭然であった。

 まだ使えないことはないだろうが、切れ味が大きく落ちていることに変わりはない。

 ウインドスラッシャーを回収し損ね、ジェミニソードしか主力武器が残されていない現状、形勢は十輪寺の方に大きく傾いたことになる。

 自分で招いた失態に、瞬は歯噛みする。


「だから武装がショボすぎんだよセイファートは……!」

「自分の機体にケチを付けるとは、益々許せなくなってきたぞ、少年!」


 上から振り下ろされたハイパーネビュラブレードを二刀でどうにか受け止め、横に流すセイファート。

 だが反撃するよりも前にゴッドネビュラの全身からレーザー砲とミサイルが放たれ、回避に全力を注いでいると、またソードの一撃が襲いかかる。

 剣を受け止め、払い除け、追撃を躱し、また剣を受け止めるという悪循環。

 具体的な打開策が見出せない内に、それは十数回と繰り返される。

 瞬の剣技は兄にこそ勝てないとはいえ、同年代の門下生の中では優秀な部類に入る。

 しかしメテオメイルという、体躯の大きさも重量にも制限のない巨大兵器同士の戦いにおいては、技と力は対等の関係などではない。

 機体のパワーと武器の数で勝る方が極めて有利に立ち回ることができる。

 瞬は同じ剣を使うゴッドネビュラの守りを崩せないことから、そう結論付けて“しまう”。

 そして直後、攻撃に打って出ることのできない悪辣なループは終焉を迎える。

 精神の集中が乱れていたところに繰り出された横薙ぎの一閃。

 それをまともに受けたジェミニソードの二刀共が弾き飛ばされ、セイファートの手を離れる。


「しまっ……!」

「熱意のない者に、俺は負けんのだ!」


 どちらが先に拾える距離か――――慌てて周囲を見渡す瞬だが、その隙を逃さず、ゴッドネビュラはセイファートの頭部を掴み、その凄まじい握力で五指を食い込ませていく。

 みしりみしりという金属の歪む音と共に、コックピットの内壁モニターが次々と死んでいく。

 メインカメラである双眸も、圧壊を始めているためだ。

 ゴッドネビュラを引き剥がすべく、瞬は四肢を振り回して暴れるが、力の差は歴然だった。


「俺は子供の頃からずっと待っていた! いずれどこかで開発されるであろう巨大ロボットのパイロットとして声が掛かることを!」

「それで、オーゼスに所属してメテオメイルでも作り始めたのかよ……」

「違うな、オーゼスにスカウトのされたのは数年前の事だ! それまでは、これだけ熱意があるのならその内何処からかオファーが来るだろうと堂々と構えていた!」

「待ってただけ……って言うんじゃねえのか、世間では」

「ならお前はどうだ! 待つだけではなかったのか!? それとも待ってさえいなかったか!?」

「ごちゃごちゃと、うるせえんだよ!」

「図星のようだな!」


 十輪寺が口元を歪めると同時、まるで瞬の精神と連動するかのように、ここまで握撃に耐えてきた頭部が一気に砕かれる。

 ねじ切られて地面に落ちる黄金の五本角、押し潰されて完全に視力を失ったメインカメラ。

 剣豪の如き威圧感を誇る形相もまた、その装甲がひび割れ、剥がれ落ちていく。

 もはや頭部は、首本のケーブルでかろうじて本体と繋がっているだけの無惨な鉄の塊であった。


「ではそろそろトドメと行こうか! 選ばれるべきでないにも関わらず選ばれてしまった少年、お前を倒す事で鬱憤を晴らさせて貰おう! 一発限りの大技、ハイパーネビュラサンダー!」


 ゴッドネビュラはセイファートを突き飛ばす形で解放。

 そして、全身各部から激しい放電を行い、セイファートの動きを完全に止める。

 セイファートは受け身さえ取れないまま、よろめいて地面に倒れ込む。

 数千万ボルトの電流を浴びたことで、機体の機能の大半が一時的に麻痺しているのだ。

 パイロットスーツの絶縁機能によって感電こそ逃れた瞬だが、しかし機体は完全に沈黙してしまっている。

 側面モニターに表示されたウィンドウには、コントロールの復旧作業が高速で進んでいるとの表示が浮かぶが、プログレスバーの進み具合をみるに、とてもではないが数秒内には完了しそうにない。


「ちっ……起きろセイファート! このままじゃ次の攻撃が防げねえ!」


 操縦桿を激しく揺らしても、セイファートは何も答えない。

 そうする間にも、メインカメラが機能停止したことで歯抜けになった内壁モニターの向こうでゴッドネビュラは天高く上昇していく。


「さあ、そしてこれが! ゴッドネビュラの超必殺奥義! ハイパーネビュラブレード、爆熱超炎斬だ! くらええええええええいっ!」


 再び太陽を背にしたゴッドネビュラは剣を頭上で構え、セイファート目がけて自由落下を開始する。

 接地しているセイファートに対して加速の勢いを上乗せした斬撃を上から振るうのは位置関係上不可能ではないか、という指摘はあったが、どのみち窮地であることに変わりはなく、瞬は狼狽する。

 直接セイファートの上に着地されでもしたら、確実に大破してしまうからだ。


「本当にやべえ、このままじゃ!」

「一刀両断んんんんん!」


 十輪寺の暑苦しい雄叫びと共に降下してくるゴッドネビュラ。

 だが、セイファートまで残り三十メートルの距離に到達した瞬間――――

 その巨体は、突如として海の彼方より飛来した、二重に連なる極大光に呑み込まれていった。


「こ、これは!? どわあああああああああっ!」


 回避しようもなく、そして防ぎようもない。

 余りにも強大な範囲を余りにも凶悪な威力で無に返す、破滅の光柱。

 それらはゴッドネビュラ程度の物的干渉など意に介することもなく直進を続け、山脈に直撃。

 その表面を広域に渡って抉り取り、ようやく停止を果たす。

 このような超常の所業を行える機体など、瞬の記憶には一機しか存在しない。

 低速飛行で戦場に接近してくるその機影を視認やレーダーで確認するまでもなく、瞬は呆然とその正体を呟く。


「オルトクラウドのゾディアックキャノン……連奈か」

「全然全く歯が立たないみたいだから、仕方なく助けに来てあげたわ。感謝しなさいよね」


 連合製メテオメイルの三号機にして、唯一オーゼスのメテオメイルを撃墜した勝者であるオルトクラウド。

 そのパイロットである三風連奈は、ここまで大出力の武器を使っておきながら、息一つ乱すことなく退屈そうに言ってのける。

 そもそも、オルトクラウドは重武装に伴う機体形状と重量から、空中飛行は想定されていない。

 スラスター噴射による滞空と短距離移動が限度のはずだが、連奈はそれすらも自らのSWS値に起因する圧倒的な出力で、飛行の域にまで引き上げているのだ。

 比較的パイロットの精神力の消耗が少ないセイファートの操縦ですら、瞬は重度の疲労感に襲われるというのにだ。

 三倍の精神波放出能力というものが、具体的どこまで自分のそれと開きがあるのか、瞬は今日この時、直に見せつけられた形になる。


「……すまねえ」

「その謝罪の意味、本当にわかっているのかしら。司令はあなたを救うために、今後大いに役立つかも知れなかったアドバンテージを捨てたのよ」


 瞬の視野の狭さを見透かしたように、連奈はそう答える。

 暫くの時間をかけて、瞬は連奈の言葉の意味を理解した。

 ダブル・ダブルに搭載されていたHPCメテオが破損もなく十全に機能する状態である、という情報は連合だけのものだ。

 オーゼスにしても、HPCメテオが並外れた強度を持っていることは知っているだろうが、少なくともゾディアックキャノンの直撃に晒されて尚、完全に原形を留めているという確信は持てていない筈だった。

 連奈がオルトクラウドで救援に来たという事実は、連合は現在でも一機のメテオメイルしか運用できないのではないか、という彼らの疑念を晴らしてしまったのと同義なのだ。

 この事実に対しオーゼスが今後どう手を打ってくるのかは不明だが、余計な情報によって彼らを刺激してしまったという意味では、これ以上ない失態である。

 事の重大さを改めて呑み込んで、瞬はこの状況を作りだしてしまった己の至らなさを呪う。


「に、二対一とは卑怯な! しかも名乗りを上げることもなく一方的に遠距離から!」

「あいつ……!」

「あら、まだ生きてたの。存外にしぶといわね」


 ゾディアックキャノンの照射による熱量が拡散したことで、正常な感知能力を取り戻したレーダー。

 その索敵範囲内には、まだ赤い光点が残っていた。

 見上げた先で力なく宙を漂うのは、煤焦げたアーマードイーグルに懸架された、上半身だけのディフューズネビュラ。

 本体を完全に覆い尽くす合体構造のおかげで、各サポートメカで構成された外装は消滅したものの、どうにか撃墜だけは免れたようだった。


「まあ、前回の戦いで少しやり過ぎたから、今回は少し威力を絞らせてもらったんだけど。……それで、まだ続けるのかしら、声が大きいだけのおじさま」

「ううう……二対一の状況でも屈しない精神こそ巨大ロボットのパイロットに求められるメンタリズムではあるが……! 流石にこの損壊状況では……!」

「選択肢は二つ。自発的に消えるか、私に消されるか……さあ、どっち?」

「ぐぐぐ……少々格好が悪いが、ここは退散だ! 次こそは必ず勝ってみせる! それでは来週もこの時間に……バーニング・オン!」


 十輪寺はそう言い残すとアーマードイーグルを自爆させ、ディフューズネビュラを水没させた。

 そのまま、海中で待機しているフラクトウスに帰還する気だろう。

 流石のオルトクラウドも、水中潜航だけはどうにもならないため、追撃は諦めるしかないようだった。


「……やっと静かになったわね」


 連奈は辟易しながら、そう漏らした。

 それから程なくして、十輪寺に向けていたものと全く同じ冷笑的な目つきで、未だに立ち上がることさえできないセイファートを見下ろす。


「今回の一戦も、引き分けと言い張るつもりかしら?」

「最初っから最後まで、あのでかい声と変な歌にペースを乱されっぱなしだったんだよ! なんか機体の外に流れてるの、お前も聞いただろ。俺の相手は、いつもいつも、あんな……!」

「確かに、変なおじさまばかりよね。オーゼスのパイロットは。まともに話を聞いてたら頭が混乱するだけだわ。構うこと自体が間違いなのよ」


 そこは連奈も納得しているようだったが、しかし声色は冷たく、同情などには程遠い。

 むしろ、どんな事情があろうともゴッドネビュラに対しろくにダメージを与えられなかった瞬を、とことんまで見下げ果てたという感じだった。


「……だけど、一つ聞いていいかしら、瞬。この問いに答えられなければ、多分これからもあなたは勝てないわよ。どころか、もっと手痛い敗北を喫することがあるかもしれないわね」

「何だよ」

「――――あなたのペースって、何?」

「そんなの……決まっ、て……」


 言葉が、何も出て来ない。

 当たり前のように答えられて然りの問いに、瞬の体と心は、何の回答も用意してくれない。

 何故なのか。

 何故なのか。

 何故、こうも自分には、誰もが持っている物さえ、欠け落ちているのか。

 乱されるべき芯核さえ、ないというのか。

 余りに弱き主によって無様な姿を晒すセイファートは、まるで失望したかのようにそのまま機能を停止した。


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