第24話 煩躁(中編)
瞬は自室のベッドで仰向けになりながら、もう数十分はぼんやりと天井を眺めていた。
現在の時刻は午後二時。
今日はシミュレーターマシンに新たなデータを追加する作業が行われているため――――加えて言うなら、そのデータは実機のコアユニット部から吸い出されるものであるために、操縦訓練は中止。
軽度の身体トレーニングだけで既定のメニューは終了という、事実上の半日休暇である。
しかし、何もする気の起きない瞬にとっては、せっかくの空いた時間も無駄に消費されていくばかりだった。
怠惰になっているのではない。
まともに思考回路が働いていない現在のコンディションでは、何をするにしても集中できないという確信があるから動かないのだ。
それ程までに、激昂の残滓である熱量が、未だ全身を蝕んでいた。
「司令が圧かけてくるのが悪いんだぜ……。いや、その圧に屈しちまったオレもオレでチョロくね?とは思うけどさ……」
色々と御託を並べつつも、結局は、漠然とした気持ちのまま手紙の封を開けてしまったからだ。
「……読むんじゃなかった」
机の上に投げ捨てられている醜く丸められた便箋を横目に、瞬は苦々しげな表情で呟く。
手紙は、家族を代表してというよりは、あくまで実兄の風岩刃太個人として送ってきたものであった。
そこまで堅苦しさの感じられない文体だったからだ。
内容としては非常にありきたりなもので、瞬の心身を気遣う冒頭に始まり、ヴァルクスの奮戦で地元にも僅かながら活気が戻り始めていることや、家族の近況など。
もっとも、余計な真似をとは思いつつも、流石にそんな文面に一々目くじらを立てる瞬ではない。
全ては、更に追加で書かれていた段落に原因がある。
『一日でも、二日でも構わない。今のお前の立場では極めて難しいことだろうが、一度家に帰ってこい。そして、父さんでも、爺様でも、俺でも構わない。直に剣術の稽古を受け直せ。ロボットの操縦というのは間違いなく、俺が想像するより遙かに難しいものだろう。だが、それとは無関係な、もっと根本的な部分での立ち回りの甘さを、今のお前に感じている。ニュースで流れてくる程度の映像からでも、それはわかる。お前の歳での自主鍛錬には限界がある。今後も風岩流剣術を駆使して戦い続けるというのなら、より腕の立つ者からの指導は必須だ』
最後まで目を通した瞬間、便箋はくしゃりと音を立てて瞬の両手の中に収まった。
パイロットの座は、家族の猛反対を押し切って手に入れたものだ。
最悪親子の縁を切られても構わないと覚悟し、彼らには二度と頼らないことを前提とした決断だ。
風岩家には、古来からの伝統を頑なに守り通してきた強固な信念の副産物として、時代錯誤な頭の固さがある。
不心得者には、例え直系の人間であろうと容赦がない。
戻ったところで、そこには些かの温情も慈悲も待っていないであろう。
人類を守るために必要不可欠で他に代わりもいない人材であるという、スカウトを受け入れるにあたって至極当然の理屈すら、通用することはない。
つまるところ、この手紙の要点というのは――――
“再びの教えを乞うために、果たして瞬は当主であり師範である祖父に対し、どういった態度を示さねばならないか”ということだ。
そのひどく屈辱的な結論が、瞬の腸を煮え繰り返させた。
「ふざけやがって、ふざけやがって、ふざけやがって……! 誰が帰るかよ……! わざわざ理不尽な思いをするためだけに……!」
瞬は数十分前の記憶を再び呼び起こし、そして同じように憤怒の形相となる。
最初の文体に騙されたが、或いは刃太としてはあくまで個人の意見として送ってきたつもりなのだろうが――――
テレビでもネットでも嫌と言うほど流れてくるセイファートの戦闘の模様に、刃太以外が一切目を通していないとは考えにくい。
実家で腕を磨き直せというのは、実質的に風岩家の総意のようなものだ。
体調を気遣う序文に少しでも安堵を覚えた自分の愚かさを、瞬は呪う。
「世界の平和の為にやってることなのに、俺が駄々をこねてるみたいな認識をしてる連中だぜ。ただ一方的に頭を下げるだけの譲歩なんて、そんな苦行をやる気は更々ねえよ……!」
こちらも大人げなかった、などと申し訳なさそうにしている祖父の姿は残念ながらまるで思い浮かばない。
感情論を抜きにして後日冷静に考えてみても、脳裏には今想像するとおりの光景が再現されるであろう。
「今までに何度も言ってきたことだけどよ……やっぱり、勝つしかないみたいだな」
律儀に手紙で返信する気など毛頭無いが、しかし返答はしたい。
そんな気持ちがそのまま言葉になった結果である。
まずは一勝を収めて、現在の技量でも打倒オーゼスに際して十分に通用することを示す。
それは、兄や家族を見返すという、当初の目的にも含まれる。
勝ちさえすれば、自分に関する現在と過去が、何もかも肯定される。
それさえできれば、自分を見下す者達と、堂々と正面から渡り合うことも可能なのだ。
面倒事が増えれば増える度に強くなる勝利への渇望、その事実もまた、勝利が自分を貫く上での万能のフリーパスであることを証明している。
「次で三戦目……三度目の正直ってのを見せてやる」
瞬は、歯を食いしばりながら、天へとかざした拳を握り込む。
自分が心から求めるそれが、想像しがたいほど多くの壁によって遮られている事になど、まるで気付かずに。
それから五日後――――
ハワイの東部海域にオーゼスの潜水艇“フラクトウス”が出現したとの報告を受け、セイファートは単身、現場へと急行していた。
ラニアケアは偶然にもハワイのラナイ島に停泊していたため、今回は長距離移動用のリニアカタパルトを用いる必要は無く、純粋な機体の飛行能力のみによる移動である。
オーゼスの侵攻目的地は毎回ほぼランダムと言っていいほど戦略的価値を無視した選定がなされているが、運の悪いことに、ハワイに限っては凄まじく“ある”。
ハワイは、太平洋上の補給地点として数世紀も前から重要拠点の一つとして機能している場所だ。
相応の充実した軍備もあるのだが、しかし一騎当千の戦闘力を持つメテオメイルを相手にするのに十分な要害であるとは言い難い。
もしハワイが奪われるようなことがあれば、インドネシア・フィリピンから続く連合軍の長大な海上防衛ラインが崩れることは確実。
一旦穴を開けられてしまえば、今日まで平穏を保ってきた日本や中国などのアジア北部、そして北米までもが危険域と化す。
以前、エンベロープの侵入を許した際にセイファーの迎撃が間に合ったのも、既にラインの内側での発見だったとはいえ、太平洋上を網羅する厳重な監視体制が機能していたからこそだ。
巡視や索敵においても中核を担うハワイ基地が落とされてしまえば、全てが終わる。
想定される連鎖的な被害を考慮すれば、けして負けることの許されない、今まで最も重要度の高い一戦。
攻撃を凌ぎ切るだけでも十分な成果であるため、ケルケイム自身からも、今回に限っては敵機の撃墜より施設防衛を重視するようにとの命令が出ている。
「つっても、巻き込まないようにするって意味では、こっちから積極的に攻撃を仕掛けていった方がいいよな……。どうせあいつらセイファートに狙いを絞ってきてるしよ」
『会談で井原崎義郎が話したとおりの新しい方針と、これまでの法則性、その双方が必ず遵守されるのならば、そうなんだろうけどね。だけど、そんな保証は何処にもない。君だって御免被るだろう? 敵の言葉を鵜呑みにして海のど真ん中で戦っている最中に、別の機体がハワイ基地の攻略を始めるなんて展開はさ』
「……まあ、所詮は口約束でしかないしな」
『いつでも基地の守りに戻れる距離ということを考えると、司令が指示したとおりの位置……ハワイ島の南東部にある荒れ地で上手く交戦してくれるのがやはり理想だね』
「仕方ねえか……」
セリアの手によってセイファートの内壁モニターに表示されたハワイ諸島全体の地図。
その一画で点滅する、目的地に定められた緑色の光点の近辺は、どの自然保護区からも離れており、人家も皆無。
陸地で迎え撃つには唯一にして最適なポイントである。
どうにか敵機を誘導することを意識しながら、瞬は先日になってようやく一応の完成を見た、左腕に装着された新兵装を見遣る。
セイファートのメインカラーの一つである、光沢のある黒で塗られた重厚な籠手だ。
装甲が肘の上から拳の先まで伸び、肘から先を完全に覆い隠しているという意味では、外観的にはセイファートより一回り大きい機体に装着されるのが相応しいように思えるが、メテオメイルの高い膂力を考慮した上での面積である。
名称は、ストリームウォール。
本武装を構成する複数の装甲板がスライドすることで、その隙間から通常の物体であれば容易に削り取ることが可能なほどの鋭き圧縮大気が噴射――――“気流の壁”の名の通り、風圧で敵の実弾攻撃を弾くという、画期的な防御兵装なのである。
現段階では装甲に対して平行な“面”の形でしか圧縮大気を展開することはできないが、将来的には制御機構に改良を加え、何らかの形で攻撃性を付与する見通しもあるという。
ストリームウォールの装着でセイファートはますます鎧武者に近くなり、そして何より最大の弱点である防御面の対策が取られたこともあって、瞬としては現状でも満足の出来である。
これを上手く使いこなせるかどうかが、勝敗にも大きく影響する。
瞬はセイファートの左腕を軽く振り、実機での重量感を再確認した後、敵機を捕捉するため高度を三千メートルから一気に千メートルへと下げる。
しかし結果的には、周囲に対し特別な注意を払う必要は皆無であった。
セイファートが目標地点への到達したと同時に、水平線の彼方より、それが堂々と姿を現したからである。
「あの機体は……!」
浮上してきたフラクトウス、その広大な甲板の中央にある隔壁が開き、内部より巨大な四輪駆動車がせり上がってくる。
ボンネット部の全面積を利用して大きなオーゼスのロゴマークが刻まれた、深紅の車体。
あまりにも一般乗用車と酷似したフォルムであるが、その全長は二十メートル近い。
タイヤは勿論のこと、各部のガラスやドアもそれらしく見えるような代替素材で構成されているが、しかしそのサイズから、視覚的効果があるとは言い難い偽装だった。
見る者を困惑させる、という意味でならその限りではないが。
「ディフューズネビュラか……実戦でやるのは初めてだな」
瞬はシミュレーターマシンの中で、これまでに連合軍が採取したデータから作成された、上っ面だけのそれとは幾度も戦った経験がある。
だがディフューズネビュラは現在に至るまで、実戦において、内蔵した小型レーザーライフル一挺しか攻撃手段を披露したことがない。
その貧弱な武装だけを反映したデータでは、手応えは極めて薄いものであった。
無論、これが全容であるはずもない。
他の機体と同様に、強力無比な特性を備えていることは確実といっていいだろう。
瞬はディフューズネビュラを陸地へ誘導するため、セイファートの速度を敢えて大きく落とし、時間をかけて着地する。
フラクトウスの方も、セイファートの存在に気付いたのか、基地への最短ルートを逸れ、真っ直ぐにこちらへと向かってくる。
やはり、積極的に補給路を断つといった、本来であればそうあるべき戦略に傾倒し始めたというわけではないようだった。
瞬は僅かだけ安堵の息を漏らす。
そして高まる緊張感の中、セイファートにジェミニソードの両刀を構えさせ――――
「やっと会えたなセイファート! 待 ち わ び た ぞ !」
「おあ!?」
突如として鼓膜に叩きつけられた尋常ならざる大音量に、瞬は思わずびくりとなる。
例の如く敵方からの、オープンチャンネルを利用した強引な割り込み通信によるものである。
セリアとの会話に問題がない通り、受信音量の設定は、基本値から変更を加えてはいない。
つまりこの鼓膜に突き刺さる叫びは、相手の純粋な声量によるものということらしい。
そして、他のオーゼスのパイロット達とは異なり、この男はフェイスウィンドウまで開いて素顔を晒している事だった。
謎の自信に満ち溢れた笑みを浮かべた中年男性の濃い面構えは、見ているだけで心が疲弊していくようだった。
戦いはこれからだというのに、瞬の頭に複数の理由で痛みが奔る。
「俺の名前は十輪寺勝矢! 三度の飯より巨大ロボットを愛する、熱き魂を持った戦士だ!」
「そうかよ」
今回に限ったことではないが、オーゼスのパイロットはそれぞれが稀代の殺戮者であるというのに、敢えて相手に対し名乗りを上げる。
その神経を疑う瞬だが、同時に、常識が欠落しているからこそ、そんな真似ができるのだとも納得する。
意図的かどうかは計りかねるが、その一点だけは守り通したエンベロープの男がまだまともといえるだろう。
「俺は、諸処の理由によりお前だけはどうしても倒さねばならない。そう、お前だけはその存在自体が邪魔なのだ」
「何だと……!?」
真剣な面持ちでそう語る十輪寺を前に、瞬は僅かだけ臆する。
直後、ディフューズネビュラの車体が甲板上で垂直に持ち上るようにして変形を開始する。
「ディフューズネビュラ、バーニングチェンジ!」
十輪寺の謎の叫びと共に、まずは車体後部の上部が後方へ百八十度回転し、脚部へ。
そのまま立ち上がると、今度は車体前部が展開して腕部へ。
最後に、腕部によって塞がれていた奥のスペースから頭部がせり出し、完全なる人型を成す。
幾分か簡素化されてはいるがフェイス部には鼻や口までもが設けられ、ロボットというよりは巨像という表現が近い。
この形態こそが、ディフューズネビュラの戦闘モードである。
全長はセイファートよりも一回り低い、約二十メートルほどだが、しかし曲がりなりにもメテオメイル。
油断はできない。
「ではその理由を教えてやるとしよう……!」
ディフューズネビュラが甲板から跳躍し、背面のスラスター噴射によって一気にセイファートの立つ沿岸部へと迫る。
機体がちょうど太陽を背にした状態となり、瞬はたまらず目を顰めるが、視線は離さない。
落下中、ディフューズネビュラは脚部側面から短銃身のレーザーライフルを取り出し、三度の射撃を行う。
セイファートのジェミニソードには耐レーザー加工が施してあるが、これはあくまで刀身の保護やレイ・ヴェールを斬り裂くことを目的とした処理であり、面積の関係上防御に用いることは難しい。
こういう場合にこそ、ストリームウォールの出番であった。
瞬は即座に左腕で正面をガードする。
無効化とまではいかないものの、純粋な堅牢さによってダメージをほとんど軽減する。
だが、防御に意識を集中するあまり、そのまま落下してくるディフューズネビュラへの対策が疎かになってしまっていた。
後退が間に合わず、落下の勢いも合わさった強烈な蹴撃がセイファートを襲う。
「まずその一! セイファートのデザインは無駄にヒロイックで、俺のディフューズネビュラが霞んで見えてしまう!」
「知った、ことかよ……!」
体勢を立て直したセイファートはジェミニソードを振り、反撃に出る。
だがディフューズネビュラの上半身が一瞬にして瞬の視界から消える。
「何だと!?」
瞬は、そのトリックが、ディフューズネビュラの膝から上が高速で折り曲がったせいであることに気付く。
瞬には知る由もなかったが、サポート無しでの起き上がりながらの変形を実現するために、膝関節の駆動をかなり強化しているからこそ出来る芸当である。
事実、全力で仰け反ったというのに、ディフューズネビュラは倒れず、脚部だけでしっかりと上半身の重量を支えている。
斬撃が通り抜けた後に高速で上体を起こしたディフューズネビュラは、至近距離でレーザーライフルを乱射しながらセイファートを攻め立てていく。
「黄金の角に、日本刀! そして鎧武者や剣豪的な意匠が各部に施されている! なんだその如何にもな主役ロボ的デザインは! こっちだってな、往年のロボットアニメ的な外観にしてくれと技術スタッフにお願いしたんだよ! だが悲しいことに連中の理解が薄かった! 優れた頭脳と技術力があっても、ジャパニメーション的感性には乏しかったというわけだ! まあそれでも、散々口出しして完成したこいつの出来に満足していたわけだが……そんな最中に現われたのが、セイファートだ!」
「理には適ってるだろ……どう言い繕ってもあんたは主役ってビジュアルじゃねえ」
「許せない理由その二!」
「ぐあっ……!」
エネルギー切れを起こしたレーザーライフルを投擲され怯んだところに、追撃のパンチが叩き込まれる。
雑な操縦ではあるが、無駄はない。
風岩流剣術の門下生の中にも少なからず存在した、圧倒的な攻めで技量差を覆して押し切るタイプであると瞬は判断する。
正確さを重視し、動作がやや慎重になってしまう瞬にとっては、非常に苦手な部類である。
「それはお前が少年だからだ! 巨大ロボットのパイロットといえば少年と相場は決まっている! 少年が内に抱える、若さと熱さと夢と勇気と愛と希望……それらを強大な力という形で世界へ解き放つことが巨大ロボットの真の役割といえるだろう。俺もずっと、自分が巨大ロボットのパイロットに選ばれる日を待ち続け、そして実際に夢は叶ったわけだが、どうにも時期が遅すぎた! いや、俺の心はいつだって少年、遅いなんてことは有り得ない! だがやはり肉体も少年の頃に乗りたかった! そんな俺にとって、お前は理想の塊というわけだ、だから倒す!」
「いい年したおっさんの逆恨みかよ、ふざけんな!」
「ふざけてなどいない、本気だ!」
「尚更タチが悪いんだよ!」
威力は度外視して、まずは敵の動きを奪い、そこから繰り出す全力の一撃――――メテオメイル同士の近接戦闘でも十分に有効である。
ならば、真似をさせてもらうだけだった。
セイファートは胴体内蔵の大型バルカンを撒き散らし、まずはディフューズネビュラの攻撃を中断させると、一歩踏み込む。
全身に変形機構を採用している以上、敏捷性においてセイファート以上ということは有り得ない。
今度は下半身を狙い、斬撃を繰り出す。
「十六式、“足削”!」
左の刀で本体を守りながら、右の刀で敵の脚部を斬りつける、二刀流だからこそ実現可能な剣技。
左腕に相手の注意を上手く引きつけ、右腕を意識の外に出すため、武術の心得の無い者に対する成功率は極めて高い。
十輪寺がその類であるかどうかはともかく、ジェミニソードの切っ先は確実にディフューズネビュラの右脚に潜り込んでいった。
刃を伝わる異音から、内部のメインフレームにまで達したことが手応えでわかる。
「機動性を奪えば、あとは一方的に痛められる!」
「それはどうかな少年!」
「……っ!」
二の太刀を振るおうとした矢先、ディフューズネビュラの全身から閃光が漏れ、瞬は、今度は完全に目を覆ってしまう。
二秒の後、指の間からゆっくりと外界を確認したとき、ディフューズネビュラは再び海上へと跳躍していた。
脚部が壊れる前の最後の一跳びで、一体何を――――
困惑する瞬の視界の先で、退避していたと思っていたフラクトウスが再浮上、その甲板にディフューズネビュラは着地する。
だが、衝撃で右脚は完全に破損。
ディフューズネビュラはゆっくりと膝を付く。
だが、甲板の隔壁は再び展開を始め、まだ戦闘が終わっていないことを瞬に確信させる。
「やっぱり、何か隠し球が……!」
「許せない理由その三! それは、少年……お前が弱いからだ。少年とは、幾多の戦いを経て成長していくものだ。現時点で未熟であることに罪はない。しかし、未熟であったとして、それなりに勝ち続けなければヒーローとは呼べない。それだけ素晴らしいロボットに乗っておきながら一勝もできない腑抜けは、ライバルとして不適格。俺の理想を裏切った罪は重いのだ」
内部から次々と射出されるのは、三機の航空機だった。
一機目は胴体部に対し過剰に巨大な翼とブースターを備えたもの、二機目は機首にドリルが設けられたもの、三機目は平らで面積の広い、台座のようなもの。
四機による包囲攻撃ともなれば、苦戦は必至だ。
だが、それらは上空に舞い上がることはせず、フラクトウスに極めて近い場所でそれぞれ転進すると、スラスターで強引に機体を浮かせたディフューズネビュラにまとわりつくようにして接続されていく。
「何だかわからねえが、今の内に……!」
「いや、もう遅い! レッドバーニングフォーメーションは無粋極まる横入りにも対応できるのだ!」
先制するべく、セイファートは急加速でディフューズネビュラに迫る。
だが、十輪寺の声に焦りはない。
完全な姿ではないが、既にもう、“それ”はセイファートを迎え撃つべく動き出していた。
「これは……!?」
「さあ目覚めろ、そして見せつけろ、お前の圧倒的パワーを……! “ゴッドネビュラ”!」
セイファートを目前にして完成したそれは、もはや二十メートルの貧弱な機体などではない。
倍の全長に成り果てた、全身各部から凶悪な武装を露出させる鋼鉄の巨人であった。




