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第22話 南の魚(後編)

「“フォーマルハウト”とセイファートが交戦中ですって……!?」

「どうも、そうらしい」


 移動式台座に乗ったグレゴールが、いつものショットバーで昼酒に興じていた白髭の元へ駆けつける。

 己の職務さえ忠実にこなすことができれば、他の不精の全てが許されるオーゼスにおいて、昼からアルコールを胃に入れる程度の悪徳は咎められる事ではない――――どのみち、そんな一般常識を持ち合わせている者すら少ないし、グレゴールもその類ではない。

 白髭は、全く予定にない事態がそう遠くない場所で起こっているにも関わらず、のんびりとした所作でエクストラオールド級のコニャックが注がれたグラスに口を付ける。

 仲間の誰にも分け与えたことのない、完全な白髭専用のキープボトルだ。


「シンクロトロンの整備を行っていたら放送を聞き逃してしまいましてね。一体全体、何がどうなっているのか教えて頂けませんか。途中で鉢合わせた井原崎さんにお尋ねしてもまるで要領を得ない返答しか頂けなかったものでして」

「大方、アレが先日仕留め損なった原潜の救助に来たら、セイファートもまた出くわしてしまったという事だろう。丁度あの辺りはアレの巡回ルートだしな。彼らがここに奇襲を仕掛けてきただとか、そのような緊急事態ではなさそうだ」

「成程、そういう事ですか……全く井原崎さんも、紛らわしい。ついに決戦の時がやって来たのかと無駄に焦ってしまいましたよ」


 自分が井原崎の妙に慌てた話し方のせいで大いなる勘違いをしていた事に気付き、グレゴールは安堵の息を吐く。

 もっとも、その安堵も、“他の誰か”にセイファート撃墜という手柄を横取りされずに済んだという意味合いであり、このオーゼス本拠地が陥落するなどとは露程も思っていない。


「我々の対応については、“あの御方”は何か仰っておられましたか?」

「別に、何も言っては来ないな。放っておいても構わないと踏んでいるのだろう。逆に出撃したら大激怒といったところか。我々が加勢して勝ったところで、得るものは何もないのだからな」

「フォーマルハウトが原潜を沈めた場所、発見されてはまずいものはありましたかね」

「どうだったろう。ここを隠蔽しているステルスフィールドの範囲外だし、特に重要な装置は配置されていなかった筈だが……」


 白髭もグレゴールも、フォーマルハウトがセイファートを撃墜してしまう事態は考えていない。

フォーマルハウト――――オーゼスが開発した機動兵器の一つ。

 主に海上戦、及び深度二千メートルまでの海中戦に対応した機体である。

 全身のスケイルを可動させ推進力とする機構により、水上・水中の航行速度は実に最大二百ノット、既存の艦艇を圧倒的に上回る数値だ。

 高追尾性刺突端末に、短射程ながらも爆発の威力を高めた大型ミサイル、最大射程十数キロもの巡航ミサイルと、武装も充実している。

 しかし海面を離れて活動することはできず、高速飛行が可能なセイファートであれば逃げ切ることは容易である。

 セイファートを撃墜する可能性がほぼ有り得ないというのも、その為だ。

 フォーマルハウトの撃墜に固執しなければ、メインスラスターを破壊されない限り、まず助かる。

 貴重なメテオメイルと、有益な情報を掴んでいるかどうかも判らない沈みかけの原子力潜水艦、秤に掛ければ間違いなく前者の方へと傾く。

 ダメージ覚悟の作戦続行よりも撤退の方が優先されるだろう。


「まあ、どう転んだとしても、我々が大損をすることがないのだけは確かだな。何故ならアレも……」


 白髭がそう言いかけた時、再び施設の全域に、事態の推移を伝える臨時の放送が鳴り響く。

 戦闘は、一応の終結を迎えたようであった。



 その、数分前――――



「まずは一撃……!」


 自ら編み出した運用法である、ウインドスラッシャーの拳鍔形態。

 その“斬打”が打ち込まれたフォーマルハウトの頭部、右頬に相当する箇所には大きな裂傷が刻まれることになる。

 セイファートの膂力はバウショックに数段劣るため、打撃自体のダメージは轟の想定に及ばない。

 多少の不満は残る結果だが、反動の不自然さからセイファートの腕部フレームが軋んでいるのを感じ取り、これ以上の力を加える事は不適当だと判断する。

 最終的な破損は全く厭わないが、まだ破損して貰っては困る段階だ。

 フォーマルハウトは即座にもう一度、大きく首を振るってセイファートを狙う。

 首長の海竜であるために、首と胴体で重心の位置が別個に存在しており、頭部を揺さ振られても体勢は崩れないというわけだ。

 今度は横薙ぎではなく、上から下へ振り下ろす受け難い一閃。

 だが轟の反射神経は的確に反応――――今度はアッパーカットにて、フォーマルハウトの下顎にウインドスラッシャーを抉り込んだ。

 突き上げと振り下ろし、双方の勢いが加算され相当なダメージとなったようで、下顎を構成していたパーツは無惨に砕け散り、海面へと落ちていく。


『なんだ、全然出来るじゃないか……工夫』

「黙ってろ……」


 フェイスウィンドウの向こうのセリアは素直に感心したような表情だった。

 嫌味のない賞賛であったものの、逆にこれまでは、まるでそうするだけの知恵がない愚鈍な輩だという認識をされていたようで、轟はセリアにガンを飛ばす。

 純粋に拳一本で全ての敵を打ち倒すというのは、自身が求める強さの最終段階であり、理想型だ。

 そこに辿り着くまでの過程に他のやり方が介在することは否定しない。

 敢えて技を切り捨てているのは、バウショックという機体が、まさにその“強者の領域”を体現する存在であると確信しているからであり、だからこそ“技”という通過点に居座ったままの瞬を許容することができないのだ。

 この一戦には、自分は既にそこを通り過ぎたのだと、瞬に対して見せつける意味もある。


「土手っ腹に風穴開けるより、このまま頭をブッ潰すのが先か」

『その方が良さそうだね。上手くいけば、撤退してくれるかもしれない。今回に限っては必ずしも撃墜する必要はないわけだし』

「何言ってやがる。俺はいつだって、きっちり仕留める気で戦ってるぜ」


 連奈が一勝を上げてからは、余計に勝利への執念は強まっている。

 交戦を開始しても一切通信を入れてこない――――現代戦闘においてはそれが常識ではあるのだが、オーゼスにしては極めて珍しいといえる、正体を現すことのない謎の敵。

 誰が乗っているのかは、轟にとってはどうでもいい事であったし、エキセントリックな性格の披露によってペースを掻き乱されない分、本来の集中力も維持できている。

 この海竜を倒して、まずは連奈と肩を並べてみせなければならない。

 何が足りない、何に邪魔をされたという言い訳が正当性を持ち得るのは一度までだ。

 二度目以降は繰り返すごとに、加速度的に誇りと信用を失っていく。

 轟の現在の立ち位置は、既に奈落が覗ける崖の縁。

 この機会に勝利を逃せば、後はもうどう足掻いても死ぬ以上の生き恥を晒すだけだということが見えている。

 例え今回の交戦が、正当な勝負ではなくともだ。

 「作戦の主目的は別に存在し、敵機との決着を付ける必要性はなかった」など、轟の中で、これほど格好の付かない自己弁護はない。


『だけど北沢君、こちらには制限時間があるのを忘れていやしないかい。あと五分ほどで引き上げを開始しないと原子力潜水艦どころかバウショックも……』

「わかった上で言ってんだろーが……!」


 轟はセイファートを旋回させて加速する距離を稼いだ後、フォーマルハウトに正面から突撃を仕掛ける。

 セイファートの敏捷性も相まって、首を振り回す攻撃は確実に対処可能な自信がある。

それに、この位置ならミサイルも飛んでこない。

 下手に回り込むよりは余程戦いやすいポジションだった。

 だが、フォーマルハウトは反撃してくることはせず、そのまま全身を海中へと沈めていく。

 近接戦で分がないというのなら、止めるまで――――的確な判断であった。

 海上では射程の内側に入られ使用不可能となったミサイルだが、これで再びセイファートを、しかももっとも対処しにくい下方から狙い撃つことが可能となる。

 轟の推測通りに、フォーマルハウトは水面下からの攻撃を開始する。

 先程のそれよりも更に長大なミサイルが、海面から次々と飛び出してくる。

 胴体内蔵型の大型バルカンでは方向的に迎撃が難しく、轟は一度大きく距離を取って、それらの回避に徹した。


「クソが……手出しできねーじゃねーか……!」


 フォーマルハウトが常に海上で戦ってくれるという固定観念を持ってしまっていた自分のミスを、轟は渋々ながら認める。

 このまま浮上してこないとなると、一対一の戦いにおいても、そして救助作戦においても最悪の展開だ。

 今からバウショックの潜航ポイントまで戻れば、同じルートでフォーマルハウトも追跡してくる。

 潜航ポイントは、ここから数キロと離れていない。

 セイファートの機動性で振り切ったところで、フォーマルハウトがその方向へ進行するのを止めなければ、海上に浮いたままの機材やコンテナ類は確実に発見される。

 有効なのは全く別の方向への誘導だが、生憎とそんな余裕はない。


『やはり水中戦も可能……これは、少しまずいかもしれないね』

「セイファートは、どれくらい潜れるんだ」


 残された時間の中でフォーマルハウトを撃退する選択肢は、そう多くない。

 間を置かずに、轟は聞き返す。


『シミュレーション上では千二百メートル、だけど装甲が破損している現在のセイファートでは千メートルでも危険だと思う。レイ・ヴェール発生装置の一部が機能停止していて、部分的にバリアの皮膜が薄くなっているところもあるからね……。実質的なボーダーラインは八百メートルと考えておいた方がいい』

「ならそこまでは潜る」

『推奨はしないよ。敵機が更に深く潜航したら何の意味もない。どころか機動性の落ちたセイファートでは狙い撃ちにされるだけだ』

「撃ってくれるんなら、それでいいんだよ」

『あ……』


 轟の言わんとする事を理解したのか、セリアは、はっと息を呑む。

 フォーマルハウトのミサイルとて、有限ではない。

 敢えて射程内に入ることで連射を強いれば、いずれは全ての弾薬を使い果たす。

 水中戦もこなせる機体であるならば、レーザー等の非実体系火器を搭載している可能性も低い。

 水中では大きく威力が減衰し、ほぼ全てのエネルギーが目標に命中するまでに拡散しきってしまうからだ。

 オルトクラウドのゾディアックキャノン級の火器ならば話は別だが、そこまで大出力の火砲が搭載されているようには思えない。

 となれば、装備は全て実弾で固めていると考えるのが妥当だ。


『でも、本当やるのかい』

「やるしかねえだろ。俺自身の為にも、そっちの都合としてもよ……!」


 空中で待機していてもミサイルは飛んでくるが、しかし散発的だ。

 今この瞬間、敵の攻撃の手が止まっていることがその証明である。

 攻撃頻度を可能な限り上げようと思えば、潜航して、機動性が落ちているところまで敵にアピールしてみせなければならない。

 敢えて的になる逆転の発想――――成功さえすれば、攻撃手段を失わせることが可能だ。

 だが成功とは、向かってくるほぼ全弾を避けきる事と同義である。

 既に手負いのセイファートは、あと数撃受けただけでも海の藻屑となる。

 空力特性を高めた機体形状であるが故に、水抵抗もまた受けやすく、セイファートの水中における機動力はバウショック以下といってもいい。

 海中は、何もかもがこちらにとって不利に働く敵の土俵。

 踏み入ることは、極めて危険な賭けといえた。


「残り三分ちょい……ノロクサやってる暇はねー」


 しかし、轟は踏みとどまらない。

 戸惑いや恐れが、勝利を得る上でどれほど無駄な要素であるかは、暴力の行使を日常としてきた自分の肉体が知っている。

 戦いにおいてもっとも意識すべきは、足を止めず、ただひたすらに行動し続ける事だ。

 獣がそうするような、愚直なまでの猛突。

 その繰り返しだけで、勝利は存外に自分のすぐ傍まで転がり落ちてくる。


「耐えろよセイファート、これからちょっとばかし素潜りだ……!」


 直後、轟はセイファートを空中で上下反転させると、自由落下と加速の勢いで海面に叩きつけるようにして潜水させた。

 凄まじい波飛沫の音を聞いたのも束の間、数百トンの機体は一気に水深百メートル近くの場所まで到達する。

 機体の周囲で生まれては消えていく泡音を除けば、外界はほぼ無音。

 レーダーの索敵範囲は一気に四分の一以下に狭まり、通信電波の感度も大きく低下する。

 この静寂の世界を、セイファートは変わらず頭部を海底へと向けながら突き進む。

 この体勢の方が、下方に向けての視界を確保できるからだ。

 既に空間は青く暗い闇に包まれつつあったが、轟は視界の彼方で人工的な光を放つ構造体を発見する。


「いやがった……!」


 フォーマルハウトは、姿を消した位置から、ほぼ真下へと移動を続けていた。

 セイファートとの距離は、約三百メートル。

 轟はセイファートの体勢を僅かに傾け、大幅に威力の低下したバルカン砲を数秒間発射する。

 ダメージの程度以前に、水中ではまず届かない。

 狙いはあくまでこちらの存在を感知させることだ。

 発射し終えるとほぼ同時に、セイファートは遅々とした動きではあるが、フォーマルハウトとの位置を合わせていく。

 フォーマルハウトの全身から生えていた刃状の鰭が次々と分離し、それぞれ独自の軌道で浮上を開始したのは、その直後の事だった。

 総数は不明、全基が後部に付いたスクリューで高速推進し、次々とセイファートに襲いかかる。


「ちっ、ミサイルだけじゃなかったのかよ……! まだこんな隠し球を!」


 数十を超える鰭は、セイファートを取り囲むように一度散開する軌道を取った後、それから大きく転進し、四方八方からセイファートを狙い撃ちにした。


「こいつはやべえ……!」

『北沢君、どうにか回避を……』

「無茶言うな!」


 速度も、物量も、軌道も、全てが想像の外――――ミサイルのように身を引く程度で躱せるわけがない。

 当然の結果として、ほぼ全基がセイファートに命中。

 半数は全身各部に突き刺さり、残る半数は装甲を切り刻んだ後、一度距離を取って再びセイファートを狙う軌道に入る。

 どうにか身をよじり、コックピットブロックの収められた胸部中央だけは致命傷を避けられたが、だが左腕以外の四肢は根こそぎ破壊し尽くされ、糸の切れた操り人形の如くあらぬ方向へと折れ曲がったまま、首の皮一枚というレベルで本体と繋がっている。

 こうなると、逆に完全に千切れてしまった方が身軽になるというものだが、重量が減少すれば沈む速度は当然ながら低下する。

 視界を埋め尽くす金属片を振り払うようにして、轟は舌打ちした。


「あいつの独壇場じゃねーかよ……」

『損傷率六十五パーセント……! 背面のスラスターと左腕まで失ったらバウショックの引き上げもできなくなる。ともかく、ここは一旦浮上を!』

「させてくれるわけねーだろーが! あと二分十三秒、避けきる案は止めにして、このまま突っ込んでトドメを刺すしかねー……!」


 轟は残された時間を見てそう叫んだが、実際の計算には、ここから再浮上し、かつバウショックの潜航ポイントまで戻る時間も含めなければならない。

 自由に使える時間はちょうど半分といったところだった。

 一刻も早く接近しなければならないが、しかし距離を詰められない。

 セイファートは水深二百メートルまで到達、フォーマルハウトは変わらず四百メートル地点に留まっている。

 だが脚部のスラスターが失われた現在、フォーマルハウトを近接武器の射程内に収めるためには、あと数十秒はかかる。

 それだけの時間があれば、フォーマルハウトはまたセイファートを引き離し、中距離からの攻撃を続けるだろう。

 この絶体絶命の窮地からの逆転の目は――――

 このままでは、瞬やバウショック、原子力潜水艦の乗員どころか、まず自分の命が危うい。

 轟の生存本能と闘争本能が死中に活を求め、勝利に繋がる蜘蛛の糸を紡ぎ出すべくフル稼動する。

 策と呼べるほどの上等かとうなアイデアは求めてはいない。

 最速最短で敵を仕留めうる理屈でありさえすれば、それで構わないのだ。


「瞬、テメーは最初に言ったよな……」


 コンマ数秒という僅かな時間が経過した後、轟は口元を大きく歪めて、そう呟く。

 次いで、唯一稼動する左腕でセイファートの腰部を探り当て、ジェミニソードの短刀を引き抜いた。

 海上から差し込む僅かな光を受け、滑らかな刀身が妖しい輝きを放つ。

 当初の予定では使うつもりは一切なかったが、この窮地を打開するのは、やはりセイファートのメインウェポンであるこの斬撃兵装のようだ。

 しかし、この位置ではフォーマルハウトを斬りつけるには、余りにも遠すぎる。

 だからこそ轟は、これから斬りつけるのだ。

 ――――セイファートの、千切れかけた四肢を。


「俺にセイファートを任せて、無事に済むわけがないってな!」


 ジェミニソードの一閃が、セイファートの右腕に、吸い込まれるようにして潜り込む。

 狙うのは右腕の関節部ではなく、前腕筋に相当する部位。

 メテオメイルの全身には、エネルギー供給ケーブル、それに推進剤やオイル、非常時用の小型バッテリーが張り巡らされている。

 それらが特に密集する腕部、脚部を奇麗に斬り裂さけば、起こるのは各種エネルギー、薬剤の漏出による大規模な爆発。

 これを推力に変え、一気にフォーマルハウトの元へ接近しようというのが、轟の目論見だった。

 爆発の衝撃に押し出される最中、轟は続けざまにジェミニソードを右脚、左足へと突き刺し、同様の現象を発生させる。

 多段階ロケットの如く、四肢を切り離しながら急速に沈降するセイファート。

 フォーマルハウトは、目の前で繰り広げられる異常な光景を理解できずに、対処が遅れる。

 自らの手足を切り落とす様は、潔い自決のようにも思えるだろう。

 轟は、その隙に乗じてジェミニソードの短刀を捨て、新たに長刀を構える。

 狙うは一点、胴体の中心。

 そこにメインの動力炉があるという確証はないが、もはや探り当てている余裕もなく、可能性の高い場所を選んだだけの話だ。


「俺の勝ちだ、俺の……!」


 自分に言い聞かせるようにして、轟は吠える。

 直前で再びフォーマルハウトの背部装甲が展開してミサイルがせり出してくるが、構わず轟は、ジェミニソードを叩きつけるようにして振るう。

 さすがに質量差と、水中故の抵抗もあってか、両断には至らない。

 刀身が胴体の中に埋没しただけだ。

 だが、その一撃が内部の弾薬を微かに掠めたのか、内臓腐敗によってガスをの噴き出す死骸の如く、フォーマルハウトは背から腹から絶え間なく爆炎を放ち――――ようやく、全機能を停止する。

 その散り様を、既に浮上を開始しながら見下ろす轟は、ようやく己が手で収めた勝利に歓喜の笑みを浮かべる。

 幸いにしてバウショックの潜航ポイントまで戻るだけの時間は、十数秒程度ではあるが、猶予がある。

 ワイヤー一本のみでの引き上げとなるが、それでもバウショックがレイ・ヴェールの展開を必須とする深度三千メートルは脱することができる筈だった。

 瞬の命がどうなろうと構わないというスタンスだったが、今回だけは例外だった。

 一人だけ置いてけぼりを食らった、焦りと悔しさに滲む瞬の顔を見てみたいという気持ちが、多少なりとも生まれていたからだ。


「かなり手こずらされたな……ちっ、どんな奴が乗ってたのか、やっぱり聞いておくんだったな」


 命からがら海上への生還を果たすセイファートの中で、轟は上機嫌に愚痴をこぼす。

 しかし数時間後、死闘の末に掴み取った勝利は――――少なくとも自身にとって、限りなく無価値に近いものへ成り果ててしまうことを、轟はまだ知らない。

 自分が倒したモノが何であったのか――――

 自分が苦戦したモノが何であったのか―――― 

 今この段階で真実に辿り着く事は、できなかったのだ。



「アレも……所詮は無人機だからね」


 白髭は施設内部で流れる“フォーマルハウト6号機”の撃墜報告を聞いて、穏やかに、そう呟く。

 オーゼスの本拠地を探ろうとする者にペナルティを下すために建造された無人巡視システム、フォーマルハウト。

 しかし、如何に高速航行が可能とはいえ、広大な南極大陸の全域を単機でカバーするのは到底不可能な話であり、オーゼスは東西南北に中間方位を加えた八つのエリアに、つまり合計八機を自動操縦で配備はなしがいしていた。

 操縦を行うのは生身のパイロットではなく、高度な戦術プログラムで組み上げられた人工知能。

 主動力は二基の核融合炉のみで、メテオエンジンなどは搭載しているわけもない。

 つまるところ――――失ったところで、さして痛くも痒くもない戦力なのだ。


「撃墜されてしまったということは、だいぶしつこく追い回されたのかな。是非とも回収して記録映像に目を通したいものだ。気になる、どのような戦闘が行われたのか、実に気になる……」


 グラスに注がれたコニャックを飲み干し、白髭は静かに天井を仰ぐ。

 日常の中に舞い込んできた些細なトラブルに、感謝するかのように。



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