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第219話 オーゼス(その2)

 瞬たちにが伝えられたのは、今朝のことだった。

 厳密には、三日前の時点で出ていた話を、遅れて知ることになった。

 決戦の中で全てを出し尽くした瞬たちの身体的、精神的疲労は深刻なもので、昨日の午後まではずっと病室のベッドで眠りこけていたのである。


「代表理事の井原崎義郎と、その井原崎に匹敵する重鎮とされるが、お前たちとの会談を所望しているそうだ」


 ケルケイムは、執務室に呼び集めた瞬たちに対し、いつも以上にこわばった表情でそう告げた。

 ことの重大さに胃を痛めているせいもあるだろうが――――そもそも、ジェルミとの一戦でケルケイムが負った傷は、たかだか二、三日程度の療養で復職していいような軽いものではなかった。

 それでもケルケイムが無理を押して現場に戻ってきたのは、自身の身勝手な行動によって失われてしまった信頼を、少しでも取り戻そうという思いがあるからだ。

 全隊員に向けた謝罪は昨日の段階でなされており、瞬たち三人も、今しがた深々と頭を下げられたばかりである。

 瞬も轟も連奈も、ケルケイムが持ち場を離れた件で直接の迷惑は被っていないどころか、自分たちも相当の無茶をやらかしただけに、怒る権利も責める権利もない。

 むしろ、自分たちやオースティン副司令が起こした数々の問題行動の責任を引き受けてくれたため、感謝するほかなかった。


「……だろうな。それをやらなきゃ納得できねえ。オレたちも、あいつらも」


 ケルケイムの軍服の、だらりと垂れた左袖口から視線を逸らしつつ、瞬は答える。

 瞬たちは、実に十名以上のオーゼス構成員と交流を持ち、彼らを通して貴重な情報をいくつも得ていたが――――それでもまだ、オーゼスという組織の根幹部分については、なにも知らないに等しい。

 オーゼスのメテオメイルパイロットは、自身や自身に与えられたメテオメイルのことについてはひどく饒舌だったが、組織の内情については全員が黙秘を貫いたのである。

 このような状態で心に一区切りを付けることなどできるわけもなく、薄靄がかかったような気分のまま、瞬は今日という日を迎えていた。

 轟や連奈にしても、それは同じだろう。

 ケルケイムは敢えて詳細を語ることをしなかったが、重鎮と称された人物が、オーゼスの首魁であることは確実。

 全ての元凶にして、謎の核心。

 その人物の正体を知り、明らかにすることは、本当の意味で戦いを終わらせるためにも避けては通れない道だった。


「ちなみに、あちらが指定してきた会談場所は、ロッシュ・ローブの最深部にあるという――――例のの居室だそうだ」

「捕らえたわけじゃないの……?」


 連奈が怪訝な表情でケルケイムに尋ねる。

 瞬もてっきり、ロッシュ・ローブの制圧は完了していて、井原崎たちとはどこかの艦かラニアケアで面会形式で話すものとばかり考えていた。

 だが、ケルケイムの言い分では、こちらが招待を受けているように聞こえる。

 実際、その認識は間違いではなかった。


「『一部の例外を除いた、施設内の全区画の事前制圧を許可する代わりに、投降前に、どうしてもお前たち三人と直に話がしたい』……その要求に、連合政府が応じたのだ」

「なるほど……その条件じゃ断れないわね」


 連奈が一人先んじて、納得に至る。

 瞬も感覚的には理解できたが、理屈として飲み込むためには、ケルケイムの補足を必要とした。

 どうやらまだ、思考回路も万全の調子ではないらしい。


「ロッシュ・ローブという施設が持つ情報的価値は計り知れない。人類史上初の、完成した氷山空母の現物であることもそうだが……なにより、オーゼスという組織が長年に渡って蓄えてきた技術の宝庫だ。我々の突入に先だって大半の資料や現物が破棄されているとしても、その残滓を回収できるだけでも人類にとっては大きなリターンとなる。あちらの要求を拒んだことで、施設もろとも自爆などというヤケを起こされては困るというわけだ」

「なるほど……それで、三日ぐらいは寛大な精神で待ってやろう、ってわけか」

「三日どころの話ではない。今朝方に至っては、官僚の一人が、お前たちが完全に復調するまで、もう一週間は待てるとまで言ってきた。既に送り込まれた調査部隊は、おそらく相当のを手にしたらしいな」

「連中のおこぼれ頂戴どころか、ゴミ箱漁りで小躍りしてやがるのかよ。最高にダセーな」


 轟が吐き捨てるように言う。

 ケルケイムも、財宝を前に目をくらませる上層部に対して呆れるところはあったのだろうが、しかしこの場は組織の最高責任者としてあるべき姿勢を貫く。


「人類全体の技術レベルを引き上げ戦後復興をより円滑に進めるための、苦渋の決断だ。それに……我々のメテオメイルも、こうした努力の積み重ねの果てに生み出された代物だ。彼らを軽蔑する資格はない」

「……わかってらあ」


 皮肉交じりの正論を前に、轟もそう返すのみに留まる。

 苛立ち一つ見せず素直に引き下がる轟の姿に、未だに目と耳が慣れず、瞬は苦笑いを浮かべる。

 ともあれ――――自分たちが眠っている間に勝手に話が進んだことだけは癪に障ったが、状況は整った。

 ケルケイムは形式上、瞬たちに対し、会談に臨む意志の有無を確認してきたが、答えは最初から決まっていた。



「捜査資料となり得る物品のほとんどは既に回収を終えていますが、可能な限り発見時の状態を保存したいと考えておりますので、中のものに触れることは極力控えてください」

「りょーかい」


 案内役の士官の先導のもと、瞬たちはロッシュ・ローブの内部を、しばし見学した。

 瞬たち全員の意見が一致すれば、この過程を省略してまっすぐ会談場所に向かうこともできただろうが、それを望む者は一人もいなかった。

 瞬にしても、轟にしても、連奈にしても――――オーゼスのパイロットたちとは精神的決別を果たしており、彼らが生活していた空間を今更見て回ることに、それほどの執着はない。

 とはいえ、施設の中を歩き回れる最初で最後の機会とあっては、一応は目にしておきたくなるというのが人情だった。


「本施設は、全部で五層に分かれています。もっとも、彼らから提供された情報の上では、ですが」


 最上部に位置する第一層は、パイロット用の居住区。

 二十部屋ほどの個室と、ランドリールームなどの共用部だけが存在する、極限まで切り詰められた空間だった。

 続く第二層も、わずかな娯楽施設と生活物資の保管庫が存在するのみで、面積は第一層とほとんど同じだ。

 その下にある第三層は、技術者や整備スタッフなど、パイロット以外の構成員たちの居住区。

 ここには未だに多くの人間が残っており、瞬たちの会談が終了するまで、エレベーターや会談の近辺以外は立ち入りが禁止されていた。

 そして第四層が、連合にとっての大本命――――研究区画。

 徹底した省スペース化がなされた上層とは真逆で、この区画は幅も高さも奥行きも、遠近感が麻痺してしまうほどに広大だった。

 ケルケイムの推察どおり、ここには何十機ものメテオメイルが保管されていた。

 どれもワンオフの機体で、これまで瞬たちが戦ってきたものとは全くの別物だ。

 ほとんどは各所のパーツが欠けた未完成品だったが、少し手を加えるだけで実用に堪えそうな機体もいくつか混じっている。

 その足元に群がり沸き立つ連合の技術者たちの姿を見るに、これらの機体が忌まわしき負の遺産として即刻処分されることは、まずないだろう。

 戦いが終わった後、連合を去る予定の瞬としては、この“宝の山”が新たな火種にならないことを祈るばかりだった。


「ようやくか……」


 瞬は、眼前に存在するエレベーターの扉を見やって、低い声で呟く。

 第一層から第四層までは一本のエレベーターシャフトで繋がっていたが、このエレベーターは、それとは遠く離れた位置に存在していた。

 士官の説明によると、最深部である第五層に通じる移動手段は、これ一つのみ。

 第四層までとは異なり、第五層との間には、非常階段さえ設けられていないという。

 エレベーターや空気循環システムが故障した際の不都合よりも、物理的な隔絶が優先されている―――――

 言い換えるのなら、オーゼスの首魁たる人物の居室せかいは、そうまでしてということだ。


「念のためにもう一度だけ、各種機材の確認をお願いします」


 護衛部隊の隊長を務める男に請われて、瞬たちは衣服の中に仕込んである機材が、間違いなくそこにあることを目視確認する。

 ポケットの中にある緊急時用の通信装置。

 袖口のリストバンドと一体化した、強力な点滅機能を備えた護身用ライト。

 首元のレコーダー付きピンマイク。

 瞬たちにとって必要なのは上の二つだったが、連合政府にとって最も大事なのは、やはりピンマイクだろう。

 彼らは今回の会談で、井原崎たちに全ての重要情報を吐き出させるつもりでいる。

 中でのやり取りの一部始終を録音することは、もはや当然の任務として、必ず質問すべき事項のリストも用意されていた。

 そもそも、瞬たちがこれほどの大役を任されているのも、これまで捕虜にしてきたオーゼス構成員たちが、瞬たちに対しては多少口が軽くなるという前例を踏まえてのこと。

 つまるところ、軍の事情聴取の手伝いをしているようなもので、健闘が称えられて会談に出席する権利を手にしたわけではないことは重々承知していた。


「問題ねえ」


 瞬が端的に答えてから数秒の後、護衛部隊の一人が、硬い表情のままエレベーターのボタンを押し込んだ。

 居室の直前までは、護衛部隊の同行が許可されている。

 とはいえ、当該のエレベーターに全員が同時に乗り込めるほどの広さはなく、合計三回に分けて移動することとなった。

 最下層へと向かうエレベーターの籠は、三層・四層間よりも遥かに長い距離を下降していく。

 なにかが起こっても、容易には戻れないということだ。

 護衛部隊が先に降りていることで、安全は確保されているとはいえ、それでも三人の表情はわずかに固くなっていた。

 数多くの死線をくぐり抜けてきた瞬たちではあったが、それは全て、メテオメイルという最強の矛と盾を身につけていたの話。

 だからこそ余計に、物理的に逃げ場のないこの状況は、瞬たちを不安にさせた。


「……お待ちしておりました。地球統一連合軍特殊兵器実験部隊ヴァルクスの、メテオメイルパイロットの皆様方でいらっしゃいますね」


 エレベーターを出て、開けたフロアに出ると、そこに待機していた井原崎が瞬たちを出迎えた。

 思えば、井原崎と直に対面するのも今回が初めてのことであり、瞬は井原崎の背丈がイメージよりももう一回り小さかったことに驚く。

 連奈より低く見えるということは、百六十センチメートルにも満たないだろう。

 そんなことを考えていると、定型文のような挨拶を終えた井原崎は、護衛部隊込みで十人以上の大所帯となっている瞬たちを右に左にと見回す。

 井原崎の所作は丁寧で、武装した軍人に取り囲まれていることに対しての恐怖は微塵も感じられない。

 今からどう足掻いたところで自分の処遇が変わることはないと、観念しているのだろう。

 いや、それも少し違った。

 井原崎の観念が、もっと早くに始まっていたことを、瞬だけは知っている。


「……メアラ・ゼーベイア様がいらっしゃらないようですが」

「あいつはラニアケア(しま)に残ってるよ。連れて行かない方がいいだろうっていう司令の配慮と、連れてくるまでもねえっていうオレたちの判断でな」


 瞬は少し目を細めて、そう返した。

 これから顔を合わせることになるのは、オーゼスのパイロット九人を集め、束ねた人物。

 自分の中に確固たるものを持っていなければ容易くという確信だけはあった。

 メアラにも、そうなる予感はあったのだろう。

 自らの父親をたぶらかした、ある意味で仇敵といえる人物と相対する機会を、メアラはしばしの逡巡の末に手放すことを選んだ。

 まったく食い下がらなかったことに驚く瞬に、メアラは微笑を浮かべながら一言、こう告げた。

『だって先輩が、私の気が多少は晴れるような結果を持って帰ってきてくれますから』、と。

 その手放しの信頼に応えることだけが、瞬が担った唯一の使命らしい使命だった。


「……そうですか、残念です。“あの方”は、できるだけ多くの方にお越しになって欲しいと仰られていたので」

「土産ならオレが代わりに貰っといて……いや、そういえば駄目だったな。あんたたちからなにかを貰うのも、オレたちからなにかを渡すのも」


 会談を成立させるにあたっての協議が、連合とオーゼスの間で先だって行われており、その際に十数項目に渡る規則ルールが制定されていた。

 瞬がいま口にした“物品の受け渡しの禁止”も、その規則の一つだ。

 両者の身の安全を確保するための、当然の措置ではあった。

 他の規則にしても、内容は異なるが、会談を滞りなく進めるためのものという点では同じだ。

 無論、こんなものに縛られずとも、今までの戦いに泥を塗るような無粋な真似をする気など毛頭ない。

 瞬たちも、そしてオーゼス側も。

 顔を合わせて、言葉を交わし、互いの理解を深める――――それが唯一の目的であり、それ以上の利得はなかった。


「つうわけで、とっとと部屋ん中、入らせてくれよ。この期に及んで小細工なんかするつもりはねえし、注意事項も、もう何度も聞かされてうんざりしてるからパスで頼むぜ」


 瞬は井原崎の背後にある、縦横に三メートルほども伸びた、やけに大きな扉を凝視しながら言い放った。

 この第五層には首魁たる人物の居室しか存在しないとのことだが、だとすると、その扉のサイズは奇妙といえた。

 玉座の間のように、首魁の権威を知らしめるため、敢えて過大にスペースを確保しているのだろうか―――とも考えたが、瞬の想像する人物像とは、微妙に噛み合わなさがある。


「そうですね……。では参りましょう。パイロットの皆様方は、こちらへ」


 こちらを信用しているのか、あるいは瞬たちの知り得ない方法で所持品のスキャンを済ませているのか。

 ともあれ井原崎が、無警戒に身を翻す。

 瞬たちは、護衛部隊の面々とアイコンタクトを取ったのち、すぐにその小さな背中を追った。

 連合とオーゼス、双方の合意のもとに決定した会談の予定時間は、約一時間。

 その間は、誰の援護も見込めない、瞬たちだけの戦いになる。


「なあ井原崎のおっさん……わかっちゃいると思うけど、話をはぐらかすのは一切なしだからな」


 扉脇のインターホンを操作しようとしていた井原崎に、瞬は敢えて威圧するように言い放った。


「“ゲーム”に勝ったのはオレたちだ。にも関わらず、こっちから出向いてやってるのは、相応のをもらえるだろうっていう期待があるからだぜ。そこらへんの筋は、ちゃんと通してくれよ。大人であろうと、なかろうとな」

「……心得ております。あなた方が望む情報の全てを提供する……“あの方”は、元よりそのつもりで、あなた方をお招きになられたのですから」

「それを聞けて安心したぜ」


 井原崎がインターホンに向かってなにかを語りかけると、ゴウンという大きな音とともに、扉がスライドを始める。

 その向こう側にあるのは、地上に生きる誰もが追い求めてきた真実。

 しかし直後、瞬たちは目を奪われるどころか、逆に目を覆った。

 向こう側から、眩しすぎる白光が差し込んできたからだ。

 急に照明が点灯したわけではなく、元よりそういった空間のようで、その明るさに慣れている井原崎だけが歩を進めていく。


「ただし、“あの方”もまた、あなた方に対して並々ならぬ興味をお持ちになられています。あなた方にも、こちらからの質問にお答えいただくことがあるかもしれませんが、その点はご容赦ください」

「オレたちの方に、正直に答える義務はねえぜ」


 瞬は臆面もなく言い切るが、それが減らず口だという自覚はあった。

 双方が全身全霊を注ぐことでのみ成立する“魂の剣戟”の価値を知る瞬たちは、そこから逃げることの意味もまた重々に理解している。

 あちらが真剣な態度で会談に臨むのならば、こちらもまた同じだけの真剣さで応じるのが作法。

 自分がいつの間にか、随分と義を重んじる人間になってしまったことに苦笑しながら、瞬は光の中へと飛び込んでいった。


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