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第218話 オーゼス(その1)

 濃紺色の海面を、おびただしい数の流氷が彩ることで生まれた、極寒の銀河。

 その二百メートルほど上空を、連合の輸送ヘリが、けたたましいローター音を響かせながら南下していく。

 兵員や物資の輸送スペースを最大まで確保するため、ヘリのキャビンは、限りなく空洞に近い構造をしていた。

 設備らしい設備といえば、左右の壁面と一体化した折りたたみ式の椅子くらいのものだ。


「たかだか五キロメートル、セイファートなら一分もかからねえのによ……」

「あぁ?」

「いやなんでもねえ、ただのひとり言だ」

「あぁ?」

「ひとり言だって!」


 隣の座席から顔を寄せてくる轟に、瞬は声を張って返す。

 近年の機種のローター音は、過去のものより格段に静音化されているらしいのだが、それでもまだ通常の声量での会話が可能なレベルには至っていない。

 そのため、各自に通話のためのヘッドセットが与えられてはいるのだが、三人は空の旅の間、ほとんど言葉を交わすことがなかった。

 ヘッドセットの使用に値する話題がない、というのも理由の一つではあったが、最たるものはやはり場の空気だった。

 キャビンの座席を利用しているのは、瞬たちだけではない。

 むしろ、の方が、乗員の大半を占めていた。

 ヘルメットからプロテクターから、あらゆる装備が黒で統一された戦闘員が、合計で十二人。

 それぞれが、抜き身のライフル銃を傍に置いており、身につけたポーチからは拳銃や警棒などのサブウェポンが見え隠れしている。

 物々しい雰囲気を放つ彼らは、連合の中でもトップクラスの実力を誇る特殊部隊。

 現在は、瞬たちメテオメイルパイロットの、の護衛を任されていた。

 大人が相手でも一切物怖じしない瞬たちではあるが、対人戦闘のプロフェッショナルたちの鋭い視線に晒された空間で、普段どおりの態度を取ることはさすがに難しかった。



 西暦2200年 12月31日――――

 南極海域へと派遣された地球統一連合軍の混成艦隊と、それを迎え撃つ総合新興技術研究機関“O-Zeuthオーゼス”の間で行われた最終決戦は、連合の勝利に終わった。

 同日中に行われた連戦の結果、オーゼスは保有戦力のほぼ全てを喪失。

 所属するメテオメイル操縦適性保持者二名も死亡と判断された。

 その結果を以て、オーゼスの代表理事を務める井原崎義郎は地球統一連合政府に対し正式に降伏を宣言。

 それを地球統一連合政府が認めたことで、一年と八ヶ月に渡って続いた、世界全土を巻き込んだ人類史上最大の武力紛争は、ついに終結を迎えることとなった。

 しかしまだ、一連の騒動全てに、完全にけりが付いたわけではない。

 組織が、戦う力を失ったにも関わらず。

 組織のトップが、降伏宣言を出したにも関わらず。

 戦闘が終了してから三日後の現在――――オーゼスの本拠地である氷山型移動要塞“ロッシュ・ローブ”の攻略作戦は、未だだった。



 ラニアケアを経ってから、二十分ほどが経っただろうか。

 輸送ヘリは、最終決戦の舞台の一つとなった台状の大きな氷山――――ロッシュ・ローブの本島の上に、いよいよ着陸を果たす。

 前後に展開した護衛部隊に挟まれるようにして後部ハッチから降機する、防寒コートを着込んだ瞬、轟、連奈。

 当然のことではあるが、三人とも厚手の防寒コートを着用していた。


「氷点下なら実家の山の中でとっくに経験済みの、この風岩瞬にとってはよ。南極っつっても別にちょっと冷えるなぐらいの感覚のわけで? 驚くほどじゃねえって感じ? なあ、見たことあるかお前ら、マジモンのつららを。二月の朝方とか、まじで軒先に武器にできそうなくらいのぶっといのが何本も伸びててよ」


 瞬は身を縮こまらせ、何度も足踏みしながら、早口でとりとめのない話を続ける。

 驚くほどではない、というのは本音だったが、想像を絶する速さで体温が奪われていくのも、また事実だった。


「っておい、ちょっとぐらい反応してくれよ。これじゃあまるでオレが滑り倒してる奴みたいになって――――」

「大砲女が動かねーんだよ」


 後ろを振り返ると、轟がほれと、顎で当該の方向を指し示す。

 瞬と轟のやや後方の位置する連奈は、無言で立ち尽くしたまま、広がる真白の大地を感慨深げに眺め続けていた。

 そこは先日まで、自然そのままの限りなく平坦な地形を保っていたのだが、オルトクラウドとグランシャリオの激しい戦闘の結果、現在はまるで別の様相を呈している。

 白のキャンパスの中央付近は大小無数の窪みで埋め尽くされており、中には一度滑り落ちれば自力では上がってこれないほどに深く抉れた場所も存在していた。


「そうか、あの人をか……」


 そう、連奈にとってここは、B4との決着をつけた、言うなれば締め括りの場所。

 瞬は連奈と同じ方向に目をやりながら、オーストラリアで顔を合わせたことのある、ひどく頼りなさげな男の姿を思い出す。

 瞬とB4は、そのときに二言三言を交わしたくらいの関係でしかない。

 だが、どれほど短い交流であろうと、その人物が命を落としたという事実を受け入れたとき、やはり思うところは違ってくる。

 並行して別の場所で戦っていた瞬は、二人の戦いがどのように推移していったのかをまだ把握していないのだが、それを知ることに大した意味はないのかもしれないとも思う。

 メテオメイル同士の戦いを幾度となく経験した瞬には、残された破壊の爪痕を見るだけで、戦術とは無縁の行動が――――意地と意地とのぶつかり合いがあったことが、なんとなくわかる。

 それは、相手の存在の中に、自分の存在を響かせた証拠。

 戦いの中で、連奈はB4を知り、B4は連奈を知った。

 それさえわかれば十分だったし、そんな相手だったからこそ、連奈はらしくもなく物思いにふけっているのだ。


「そんなところにいつまでも突っ立っていると風邪をひくわよ、連ちゃん」

「うるさ……。あと全然似てないんだけど」


 しばしの時間が経ち、護衛部隊の面々もじれ始めてきたのを察して、瞬は連奈の母親の雑な物真似で連奈の意識を引き戻す。

 物思いにふけっていたところを邪魔されたせいで、連奈はだいぶ不快げな表情をしていた。

 が、腕時計に視線を落として自分がみんなをだいぶ待たせていたことに気付き、謝罪を口にすることはなかったものの不満を口にすることもなかった。


「さあて、一体どうなることやら……」


 厳しい寒さに耐えながら、瞬たちは本島の一画を目指す。

 そこに待ち受けているのは、連奈たちの戦いによって生まれた窪みの一つ。

 最も深く抉られたその場所は、氷山の内部に建造されたロッシュ・ローブの最上部にあたる、金属製の隔壁を露出させていた。

 先だって上陸を果たした工作部隊の爆破によって、その一部には大穴が開けられており、現在では鉄骨に支えられた階段が仮設されている。

 大穴の前までたどり着くと、そこに待機していたまた別の兵士から、改めてについての諸注意がなされる。

 それが済むと、警戒レベルをもう一段階引き上げた護衛部隊の先導のもと、瞬たちは長い階段を慎重な足取りで下っていく。

 いよいよ、未だ多くの謎を残す秘密組織オーゼスの、その本拠地に足を踏み入れるときがやってきたのである。


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